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悪役令嬢、時々本気、のち聖女。  作者: もり


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 ほんのひと月にも満たない、それでもわたしにとっては長い長い旅が終わる。

 その思いから、わたしの体は疲れていたけれど心は躍っていた。

 そして私道を進み屋敷の正面が見えてくると、喜びはさらに大きくなった。


 お父様とお母様、そしてデュリオお兄様とジェラールお兄様までもが玄関先で待っていてくれるなんて。

 感極まって、馬車から降りるとお母様に抱きつきそうになってどうにか思いとどまる。

 わたしはもう子供じゃないんだから。


「お父様、お母様、ただいま戻りました」

「お帰りなさい、エリカ」


 淑女らしく膝を折って帰宅の挨拶をすると、お父様たちは温かく迎えてくれた。

 お母様は少し涙ぐんでいるみたい。

 その姿を目にして、わたしも堪えていたものが一気に溢れそうになる。

 それでもどうにか気持ちを落ち着けている間に、お父様たちはここまで送ってくださった殿下に深く頭を下げて挨拶を始めた。


「殿下におかれましても、ご無事でのお戻り何よりでございます」


 それからちょっとしたやり取りをして、殿下は陛下への帰還の報告のために別れを告げて去って行った。

 レオンスお兄様はもちろん殿下に同行されるから、お父様たちとはほとんど言葉を交わしていない。

 でも王宮へ戻り次第休暇を頂けるそうなのよね。


「エリカ、本当に無事でよかったわ。色々と心配したのよ」

「お母様……」


 殿下たちをその場で見送り、一行の姿が見えなくなった途端、お母様がぎゅっとわたしを抱きしめて囁いた。

 それでまた涙が込み上げてくる。

 お父様もお兄様も代わる代わるわたしを抱きしめて無事での帰宅を喜んでくれた。

 やっぱりお家が一番。

 こうして温かく迎えてくれる家族がいるわたしは本当に幸せだわ。


「さあさあ、続きは中に入ってからよ。エリカには聞きたいことがたくさんあるけれど、話はあとね。ひとまずお部屋に戻ってゆっくりしていらっしゃい。ずいぶん疲れているようだわ」


 いつもの調子に戻ったお母様の言葉を合図にみんなが動き出す。

 そしてわたしはあっという間に侍女たちに取り囲まれて、気が付けばお風呂の中。

 その心地よさについうとうとしてしまっていた。


「まあまあ、お嬢様。今にも溺れてしまいそうですよ。さあ、お上がりになってベッドでちゃんとお休みくださいませ」


 休暇に入ったマイアたちの代わりに手伝ってくれる、お母様付きの古参の侍女に声をかけられてはっと目を開けた。

 でも話す気力もなくて促されるままにお風呂から上がるとベッドに横になる。


(疲れた……)


 ハルバリーからの旅はとても順調だったけれど、王都に近づくほどに街の人たちの歓迎は熱狂的になっていたから。

 その期待に応えるために、殿下と同じ馬車に乗って車窓から笑顔で手を振り続けたせいで顔も腕も痛い。


 それにすごく驚いたのは王都に入ってからの出迎えの多さ。

 王都を出るときにはそれほどの見送りはなかったのに、沿道にはぎっしりと街の人たちがいて「お帰りなさい」なんてたくさん声をかけてくれた。あと婚約のお祝いも。

 きっとわたしたちよりも先に着いた噂のせいね。

 だけどみんなが期待するわたしはわたしじゃない。

 殿下はなぜか「エリカさん、ごめんね」って謝るし。

 意味がわからないわ……。


 頭が働いたのはそこまでで、次に意識がはっきりしたのは翌朝だった。

 目が覚めて、一瞬どこにいるのかわからなくなる。

 すぐに見慣れた室内に気付いてほっとしたけれど。


(帰ってきたんだわ……)


 そう実感した途端、ちょっとだけ休んですぐに起きるつもりだったことを思い出した。

 お父様やお母様にデュリオお兄様、そしてジェラールお兄様には話したいことがいっぱいあるのに。

 慌ててベッドから起き出すと、なぜかマイアが部屋に入ってきた。


「マイア? 今日はお休みでしょう?」

「お休みは昨夜十分頂きましたから」

「でも――」

「私はお嬢様のお世話をさせて頂いているときが一番幸せなんです。ですから休暇はみんなへの幸せのおすそわけ。これ以上は譲りませんから」


 なんだかわけがわからない理由だけど、胸を張って言うマイアがおかしくて嬉しくて、素直に支度をお願いすることにした。

 だけどわたしがいない間は十分休むように言い含めて部屋を出る。

 そして家族用の食事室に入った。


「お父様、お母様、おはようございます。昨日はごめんなさい。すっかり寝入ってしまって……」

「おはよう、エリカ。そんなことを気にする必要はないよ。だが、食事を抜いてしまったからお腹がすいているだろう? さあ、早く座って食べなさい」

「エリカ、おはよう。いつものように珈琲でいいの?」

「ええ、ありがとう。お父様、お母様」


 優しいお父様とお母様に囲まれて朝食の席に着くと同時に、デュリオお兄様が入って来た。


「おはよう、エリカ。ずいぶん顔色が良くなったね」

「おはようございます、お兄様。昨夜はぐっすり眠ったから、気分もとてもいいの。ありがとう」


 お兄様が席に着くと、すぐに食事が運ばれてくる。

 デュリオお兄様はいつも決まった朝食なのよね。

 だけどジェラールお兄様は朝食を食べたり食べなかったり。


「ジェラールお兄様はまだお休みなのかしら?」

「あら、ジェラールはもう出掛けてしまったのよ」

「え? もう!?」

「ええ。少しゆっくりするように言ったのだけれど、エリカに送ってもらった増魔石で色々と試したいことがあるからって」

「そう……」


 困ったわ。ジェラールお兄様には治癒石を渡そうと思っていたのに。

 お兄様は研究室に籠るといつ帰ってくるのかわからないのよね……。


「わたし、今日はこのあと学院に行くわ」

「あら、学院はまだ休暇中でしょう? 今日はゆっくり休んだほうがいいわ」

「そうだけど……ジェラールお兄様に渡したいものがあるの。だけどその前に、みんなには話しておきたいことがあるから、このあと少しお時間を頂いてもいい?」

「もちろんだよ、エリカ。じゃあ、食事が終わったら居間へ行こうか」


 お父様が優しく了承してくれて、みんな早めに食事を終えると居間へと移った。

 そこで殿下と前もって決めていたことを話す。


 離宮で避暑中、クラエイ村のお祭りに遊びに行ったこと。

 そこでコレットさんのお家に泊めてもらっているとき、夢を見たのだと。

 夢では見たことのない生き物が紅い魔法石を持っていて、黒ラド病に効果があると教えてくれたと。

 そして目が覚めると本当に枕元に紅い魔法石があったのだと。


 だけどこれは今回の旅で一緒だった殿下たち以外には、陛下お一人にしか報告しないことも含めて、お父様たちには伝えた。

 誰かに何か訊ねられても、全ては奇跡の一言で答えることにしておこうと。

 お父様たちは最後まで黙って聞いてくれていたけれど、わたしが話し終えるとお母様はにっこり笑って口を開いた。


「確かに信じられないような話ですもの。奇跡のひと言で済ませるのがいいわね。でも私はこれで納得したわ」

「お母様……?」

「そうだな。エリカは幼い頃から何度も奇跡を起こしてきたんだからな」

「お兄様?」

「その生き物は神様の御使いかもしれんな」

「お父様?」

「さて、では我々は出掛けなければならないが、やはりエリカは無理をしないほうがいいんじゃないか? ジェラールなら呼び戻せばいいんだから」

「それはダメよ。ジェラールお兄様は大切な研究をなさっているんだもの。お父様、わたしは大丈夫だから」

「そうか……。まあ、エリカの思うようになさい。何かあれば私たちは出来る限りお前の力になるから」

「――はい、お父様。ありがとうございます」


 みんなの意味深な言葉はわけがわからない。

 それともいつものように、ただわたしに甘いだけ?

 ちゃんと知りたいけれど時間がなくて、しぶしぶ部屋へ戻って制服に着替える。


「お嬢様。こちらはお嬢様がお留守の間に届けられたお手紙でございます」

「ありがとう」


 マイアに髪を結ってもらっていると、メイドがトレイに載せたいくつもの封書を持ってきてくれた。

 それを受け取って差出人を確認する。

 ほとんどが女学院に進んだ元演劇部のお友達から。


 えへへ。こうしてお手紙をもらえるなんて幸せよね。

 残念ながら時間があまりないので、読むのは帰ってからにしないといけないけど。

 でもその中で、他のものとは違う格式ばった封筒を見つけて首をひねる。


(これって、ひょっとして……)


 表書きを見て、裏を見て、また表を見る。

 内容は間違いないだろうけれど、やっぱり気になって、立ち上がると机の抽斗からペーパーナイフを取り出して開封した。

 そしてざっと目を通す。


「……え? ええ? えええええ!?」


 予想していたけど予想していなかった。

 その内容に衝撃を受けて出てしまった驚きの声は、屋敷中に響いてしまっていたみたい。

 淑女としてはあり得ない失態。ああ、反省。




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