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晩餐会の後はちょっとした舞踏会。
王宮での披露パーティーよりは小規模だけれど、舞踏会から出席する人も多くてちょっと大変。
次から次へとこの辺りの名士と呼ばれる人達がやってきて挨拶をしてくるんだもの。
しかも紹介が終わると続くお話の内容はみんな同じ。
「クレウス川の橋のことを伺った時には驚きましたわ。まさか離宮へのご到着を遅らせてまで、民のために強固な橋を望まれるなんて。やはりエリカ様は素晴らしいお心をお持ちですのね」
「いえ、わたしはラベンダー畑を見たいと我が儘を申しましただけで、橋の修復は殿下のご指示ですから」
「まあ、ご謙遜を」
「なんてお優しい方かしら」
「それにエサルドでのことも伺いましたわ。民のために行政官の不正を暴かれたのだとか」
「いえ、ですからそれも殿下のご活躍です。わたしはただ騒ぎを大きくしてしまっただけで……」
みんなずっとこの調子だから困ってしまう。
こぼれそうになるため息を飲み込んで少し先にいる殿下に視線を向けると、励ますような笑みが返ってきた。
殿下は今までにもこんな集まりに出席しては、たくさんの人達に囲まれて、おもねるような言葉や要求を笑って聞いていたのよね。
ちょっとくらい捻くれるのも仕方ないのかも。
他のみんなもそれぞれ多くの人達に囲まれているけれど、コレットさんのそばにはリザベルが常についていてくれるから安心。
それに差別的な人はどうやらいないみたいだから大丈夫そう。
「――何より、あの恐ろしい病気!」
「ええ、ええ。封鎖された村に、エリカ様がお薬をお持ちになっていらっしゃらなければどうなっていたか……。本当に奇跡としか言いようがありませんわね!」
「それで、本当のところはどういう仕組みでしたの?」
「エリカ様は今もそのお薬をお持ちなのですか?」
会場に目を向けている間に、今現在のわたしの取り巻きさん達はサントセ村での話題に白熱していた。
だけど、その中の二人が急に不躾な質問をしてきて焦ってしまう。
ぼんやりしていたせいで油断していたけれど、この二人はたぶん妃殿下派。
ここは気をつけて応じないと。
「あれは、その――」
「奇跡は奇跡のままにしておいてくれないかな。でないと、エリカさんは王命に背いたと責めを負うかもしれない。だが僕はそんなことを望んでいないんだ」
ためらいつつ口を開いたわたしよりも先に答えたのは、いつの間にかそばに来ていた殿下。
穏やかな笑みを浮かべてはいるけれど、その視線は鋭く二人の婦人に向けられている。
警告を含んだ殿下の言葉に、婦人達はもごもごと何かを呟いて去って行った。
「や、やはり殿下はエリカ様を心から想っていらっしゃるのですね。エリカ様の指輪はもしかして、王妃陛下が大切になさっていらっしゃったものではございませんか?」
少し気まずくなった場を和ませようとしてか、一人の婦人が明るい声で話題を変えた。
でもその内容にちょっとびっくり。この指輪がそんなふうに思われるなんて。
王妃様の指輪って有名なものなのかしら。
「確かに、あの指輪と似てはいますが別物ですよ。これはこの旅の思い出に作らせたんです」
みんなの期待に満ちた視線の中で、爽やかすぎるほどの笑顔を浮かべて答えた殿下は、わたしの左手を取ってそっと口づけた。
その仕草は愛情あふれる婚約者そのもの。
でもこれはただの演技なんだから、もう動揺なんてしないわ。
周囲のみんなは「まあ、素敵」なんてため息を洩らしているけれど、全然違うもの。
殿下はいつものように嘘くさい笑みを浮かべたままみんなに断りを入れて、わたしをその場から連れ出した。
そして踊りの輪へ加わる。
むむ。さすがね。うまく逃げ出せたわ。
披露パーティーの時も思ったけれど、殿下はダンスもとても上手なのよね。
頭が良くて、魔法も扱えて、確か運動もできて、顔も良いなんて、完璧男子だわ。
まあ、顔はわたしのタイプじゃないけど。
「どうかした?」
殿下に問いかけられて、はっと我に返る。
ぼんやりしていたせいで、ついじっと見てしまっていたみたい。
「い、いえ。……ちょっと不思議で」
「不思議? 何が?」
「えっと……数か月前にはこうして殿下と……踊ることになるなんて思ってもいませんでしたから」
高等科に進学して、殿下と同じクラスになった時には想像もしていなかったこと。
あの時は、殿下やマティアスは遠い存在で、リザベル以外に親しい友達もいなくて、夢と希望と不安でいっぱいだった。
「……確かにそうだね。僕もまさか〝暗黒の森″へ行くことになるなんて、〝深淵″の謎に少しでも触れることができるなんて思ってもいなかったよ。ありがとう、エリカさん」
「いいえ、わたしの方こそ我が儘を受け入れて頂いて、いつも助けて頂いてありがとうございます」
先ほど婦人たちに囲まれた時だってそうだわ。
「陛下は民のためなら、王命に背いたって気にする方ではないよ」と励ましてくれたのは殿下なのに、あんなふうに牽制してくれたのよね。
あ、そうだわ。
「殿下、この指輪ですが、いつお返ししましょうか?」
「え?」
「こんなに素敵なものをいつまでもお借りしておくわけにはいきませんから」
「――エリカさんって、本当に……」
「何ですか?」
「いや、何でもないよ」
「何でもなくないです。怒っているじゃないですか」
「怒ってなんていないよ。自分に呆れているだけ」
「殿下が? どういうことですか?」
「うん、もういいから忘れて」
「ええ? 気になるじゃないですか」
ちょうど曲が終わり踊りの輪から抜け出て会場の隅へと向かう。
だけど殿下の言葉も態度もわけがわからなくて、表情を探ってみたけれどやっぱりわからない。
「とにかく、その指輪はまだエリカさんが持っていてくれるかな? ちょっと確かめたいこともあるから」
「……わかりました。ではお言葉に甘えまして」
なんだかしっくりこないけれど、まあいいわ。
この指輪、とても素敵だし。
綺麗なものを見ると嬉しくなるのは乙女心よね。
「――ヴィクトル、ちょっといいか」
うきうき気分で指輪を見ていると、マティアスが近づいてきた。
一緒にいるのは長官と何人かの男性で、これから難しいお話が始まりそうな気配。
これは早々に退散しないと。
簡単な挨拶をしてその場を離れると、壁沿いに歩いてテラスへと出る。
官庁の中庭に面したテラスには光魔石のランタンが置かれていて意外に明るかった。
しかも誰もいないから、ちょっと休憩できそう。
中庭にも所々配置されたランタンの幻想的な光をぼんやりと眺めて、ほっとひと息。
さて、そろそろ戻らないと。
心配性のお兄様が捜しに来ないうちにと、テラスに据えられていたベンチから立ち上がったその時、ランタンに照らされた木の下で人影が動いた。
(あれは……)
まさかとは思ったけれど、もしかしての気持ちが強くてテラスを駆け下りた。
きっと舞踏会の熱気から逃れた誰かが中庭で涼んでいるだけに違いないのに、どうしても確かめずにはいられない。
茂みの裏で男女の話し声がするけれど、こちらではなかったはず。
人影の消えた方へと向かってしばらく進んで、行く手に立ちはだかった人物を目にして息を飲んだ。
「やあ、お嬢さん。一人で出て来てくれるなんて助かるな。ありがとさん」
「あなたは……」
「そう。先日は世話になったね。お陰で命拾いしたよ」
「ですが――!?」
目の前の男性に気を取られていて、背後の男性には全然気付いていなかった。
いきなり抱きすくめられて、驚きに悲鳴を上げようとして口を塞がれる。
「おっと、お嬢さん。騒がないでくれ。俺の手元が狂っちまったら困るだろ?」
手に持ったナイフを軽く振りながら、背後の男性は耳障りな声で笑った。
ここは官庁内の中庭で、少し先では恋人達が語り合っているようなロマンチックな場所。
それなのに、この男性たちはどうやって入り込んだの?
「別に俺達は危害を加えようってんじゃないんだ。ただお嬢さんに渡してほしいものがあるだけさ」
塞がれていた口は解放されたけれど、声を出すことができない。
はっきり言って、すごく怖い。すごくすごく怖い。
今立っていられるのが信じられないくらいに足はがくがく震えている。
でも倒れるわけにはいかない。
今までにないこの危機を乗り越えるにはどうしたらいいか、考えないと。
頑張れ、わたし!




