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悪役令嬢、時々本気、のち聖女。  作者: もり


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「は? 何、お前……宿題してなかったのか? ひとつも?」

「よ、予定ではとっくにお家に帰っているはずでしたし、帰ってからで十分に間に合うかと……」

「馬鹿だろ、お前」


 ぐぬぬぬ。マティアスには腹立つけれど、何も言い返せない。だって事実だから。

 白状するなら宿題の存在さえ忘れていたんだもの。

 だから準備もしていなくて、お家に戻るまでほとんど手をつけることができない。

 もちろん教本がなくてもできるもの――読書感想文や詩文の創作を馬車の中で頑張ってはみたわ。

 だけど結果は激しく馬車酔いしてしまって、みんなに迷惑をかけてしまったのよね。


 休憩のために寄った街ではびっくりするくらいの歓迎を受けて、宿題をすることはできなかったし。

 どういうわけか、サントセ村でのことはもう伝わっていて過度な期待を向けられていたんだもの。

 そんなみんなを前にして、必死に宿題をするなんてできないわよ。

 ええ、見栄っ張りですとも。


 しかも通り過ぎるだけの村でもすごい歓声で、ついつい車窓から顔を出して手を振ったりして応えたから予想以上に移動の時間がかかってしまって。

 ええ、頑張りましたとも。


 正直に言えば、帰路は楽しいばかりでなくつらいこともあったわ。

 多くの人に奇跡の力を期待されたのに、応えることができなかったから。

 限りある治癒石で皆の望みを叶えても後々大きく失望させるだけだと、お兄様に諭されて。

 治癒石は――あの薬は黒ラド病にだけ効くのだと思わせておくべきだと。


 厳しいけれど、それが現実。

 だけどわたしが謝罪すると、みんな笑って大丈夫だと言ってくれた。

 困らせてしまってごめんなさいとも。


 病気で苦しんでいるのに、怪我で不自由をしているのに、わたしを思い遣ってくれる。

 だから病気や怪我を治すことはできなくても、せめて困っている人達を助けたい。

 そのためにひとまずはお家に帰って、お母様の慈善事業をできる限り手伝うつもり。

 でも、その前に宿題よね。


 ここまでは最低限の休憩だけで戻って来たから、このハルバリーの街では数日滞在の予定。

 それで少しでも宿題を片付けようと思ったのに。

 幸いこの街には国立の正等科があるので、学院用の文具も手に入るから。

 それがまさか、殿下とマティアスが迎えてくれるなんて予定外。

 王都へ別々に戻って仲違いしたんじゃないかと思われても困るからですって。

 まあ、確かに。

 殿下だけでなくマティアスまで「よく頑張ったな」なんて労ってくれたのは嬉しかったけれど、宿題に関しては知られたくなかったわ。

 なんて情けないのかしら。全て台無しよね。


「しょうがねえなあ。じゃあ、俺の教本を見せてやるよ」

「え?」

「離宮でお前たちを待っている間に片付けようと思って、全教科持って来てるんだよ。リザベルは半分くらいしか持ってないだろ?」

「ええ。出発までに終わらなかったものと、自習用に持って来たものだけですから」

「指定ノートはこの街で手に入るんだから、あとは宿題の範囲を教本見て解けよ」

「ええ! ありがとう、マティアスさん!」


 前言撤回。知られて良かった。

 マティアスは口は悪いけれど、意外と親切なのね。

 あら? そう言えば……。


「殿下は大丈夫なんですか?」

「僕? いや、僕は出発前に全て終わらせたから心配いらないよ」

「……そうですか」


 嫌味だわ。あれだけの量を出発前に終わらせるなんて。

 わたしなんて比にならないほど忙しかったはずなのに。

 くうう。どうせまた意地悪く笑っているのよ。

 そう思って殿下をちらりと見ると、気遣うような視線が返ってきた。


 憐れまれてる! 可哀そうな子って思われてる!

 それならいっそ笑ってくれた方がいいのに!


 でもくじけないわ。

 わたしには宿題を終わらせるという壮大な使命があるんですもの。

 ええ、やってみせますとも!


「――エリカ、感想文は用紙三枚でいいのよ。それ……もう七枚目じゃない?」

「だって、わたしの熱い思いが三枚じゃ収まらないんだもの」

「収めなさい。それ以上は時間の無駄よ」

「そんな……」


 読書は大好きだから、今さら新しい本を読まなくても繰り返し読んだ本の中から、一冊選んで感想文を書くことにしたのに。

 リザベルに見せると「ここも、ここもいらないわ。あとここも余分で、こっちにここを……あとは最後に全体を通しての感想と、この本によって自分自身に何をもたらされたのか書いて」と教えてもらって書き直す。

 あら、不思議。ちょうど三枚に収まったわ。


 詩文は馬車の中で考えていたものをリザベルに書き留めてもらっていたので、それを清書する。

 リザベルが言うには、時間がない場合は苦手なものを後回しでいいんですって。逆に時間がある場合は面倒なものから片付けるといいらしいわ。

 だから数学は一番最後。


 美術のスケッチは最初の授業日でいいから、これも後回し。

 家庭作法では作品を一つ提出だけれど、これは授業とは関係なくお家で編んでいたレースドイリーでいいわ。

 あとは、えっと……歴史学と風土学と……。

 ああ、なんてこと。もう一つ大変なものを忘れていたわ。


「リザベルは……魔法応用学のレポートを何にしたの?」

「わたしは簡単なものよ。得意の炎魔法についてだから。タイトルは『生活向上のために必要な炎魔法の役割』」

「……どこが簡単なのよ」

「簡単よ。わたし達の生活で炎魔法は一番に身近だもの。それをレポートにまとめただけ。だからエリカも深く考えなくていいのよ。ねえ、コレットさん?」

「そうですね。わたしもそう思います」

「コレットさんは何にしたの?」

「わたしですか? わたしは『暗黒の森の樹木育成に関する光源の有無と光魔法の発生要因』です」

「あ……うん。そうなのね」


 なんだかよくわからないけれど、さすが特待生ね。

 とにかくわたしは何を書けば……身近なこと……。


「そうだ! わたし、今回のことを参考にレポートを書くわ!」

「今回のことって、……どれ?」

「サントセ村でのこと。そうね……『看護における魔法の活用法』というのはどうかしら?」

「あら、いいと思うわ。今までにない着眼点よね」

「ええ、本当に。今回のことでは、わたしもすごく勉強になりましたもの。水魔法でお薬を飲みやすくするなんて。他にも色々と活用できることがあるかもしれませんし、きっと先生も驚きますよ」


 リザベルとコレットさんに褒められるなんてすごく嬉しい。

 さあ、気分が乗っているうちに頑張るわ!

 さっそく取り掛かって、……さっそく挫折。

 レポートってどうやって書くの?

 うむむむ。まずはそこからでした。


 結局、二人に教えてもらったりしながら、どうにか書き上がった時にはもう夕暮れ時。

 今日はこの街の長官から正式な晩餐に招待されているのよね。

 明後日の出発を前に、この街の有力者達を紹介したいからと。

 それもわたしがずっと部屋に籠りきりだったせいだわ。


「リザベル、コレットさん、付き合わせてごめんなさい。そろそろ今晩の支度をしないと」

「あら、そうね」

「ああ……どうしましょう。緊張してきました。やっぱりわたしは欠席を――」

「ダメよ!」


 おろおろし始めたコレットさんを、わたしとリザベルが声を合わせて遮る。

 確かにコレットさんにしてみれば、ちょっと気詰まりかもしれないけれど、せっかくの機会だもの。

 それに学院の特待生と言えば、将来の官僚候補だから、きっとみんなびっくりするわよ。……女性が官僚になれるのかはよくわからないけれど。


 では支度をということで、それぞれが部屋に戻って取り掛かる。

 コレットさんの準備はポーラが手伝っているはず。

 今日はちょっと気合を入れたからいつもより時間がかかってしまったけれど、まずまずじゃない?

 うん。紫はわたしに一番似合う色だと思うのよね。自我自賛だけど。

 これならもうマティアスに「ブス」だなんて言わせないわ。

 ちょっとだけ自信を持って居間に入り、すでに待っていたコレットさんを見て驚く。


「――まあ、コレットさん! なんて素敵なの!」

「ほらね、コレットさん。言ったでしょう?」


 コレットさんがドレスアップした姿を初めて目にして、思わず歓声を上げたわたしにリザベルが得意げに頷いた。

 うん。本当に可愛いわ。


「このドレスは叔母が作ってくれたんです。数年前まで叔母は王都でお針子として働いていたので。王立学院の高等科に特待生として入学できたお祝いなんです」

「さすが叔母様ね。デザインも色もコレットさんによく似合っているもの」

「ええ、とても素敵よね」


 そこからは三人で品評会のようにドレスや小物を見せ合って、あれこれ言っては盛り上がった。

 しばらくすると、エスコート役の殿下達もやって来て、ちょっと大人ぶってお決まりの挨拶。


「やっぱりエリカさんは紫が一番似合うね」

「ありがとうございます、殿下」


 ん? やっぱり? 殿下の前で紫のドレスを着たことがあったかしら?

 殿下の腕に手を添えて歩き出しながら考える。

 だけど思い出せないまま会場に到着。


 この街では官庁に滞在させてもらっているから、晩餐会の会場は同じ館内の正餐の間。

 すぐ後ろにはリザベルとユニス伯母様がマティアスにエスコートされていて、そのさらに後ろにはコレットさんとお兄様。

 殿下の婚約者として公式の場に出るのは二度目で、本当はまだまだ緊張している。

 でも大丈夫。

 ここにお母様はいないけれど、みんながいるもの。


「準備はいい?」

「ええ、もちろんです」


 あの披露パーティーの時のように殿下は心配してくれているけれど、わたしの心構えは違うわ。

 もう意地悪な婦人達を前にしても怯えたりしない。

 殿下はちらりと腕に添えたわたしの手を見下ろしてから微笑んだ。


「うん、大丈夫そうだね」


 この短い旅で、たくさんの経験をしたわたしは少し成長できたと思う。

 宿題はまだできていないけどね。


「そういえば、殿下は魔法応用学のレポートにどんなテーマを選んだんですか?」

「ん? 僕は『火と風の相互作用による力の増幅とそれに伴う魔力消費の変移』だよ」

「あ、……はい。そうですか」


 もうすごすぎて、ちょっとだけ持てたわたしの自信が折れてしまいそう。

 でもくじけないわ。

 わたしはわたしで頑張ればいいんだもの。

 晩餐会だって楽しんでみせるわ!




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