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悪役令嬢、時々本気、のち聖女。  作者: もり


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 旅亭に戻ってからは、予想通り殿下から嫌味たっぷりのお説教を受けた。

 でも、めげない。殿下も「間違ったことはしていない。ただもう少し考えてから動くように」って言ってたし。それに、「すぐに助けなくて悪かった」って。

 別に殿下が悪いわけじゃないのに。もし何かあっても自業自得だもの。

 それくらいはわかっているわ。


 くよくよ考えても仕方ないし、気分を変えようっと。

 そう思い立つと、今日買った品の包装を解いていく。

 うきうき気分で壺の箱を手に取り、木蓋を開けて愕然とした。


「そんな……」


 目に飛び込んできたのは、縁が欠けた壺。

 まさか恋愛成就の壺が割れているなんて!

 どうしてこんなことに?

 そういえば、あのお店でお兄様が採掘師の暴挙を防いだ時、何かが割れる音がしたような……。

 あの結果がこれなの?


「やっぱり許せない!」


 採掘師への怒りが再燃して声を上げると、侍女のマイアが何事かと振り向いた。

 だけど取り繕うこともできない。

 だって、わたしの恋も壊れてしまうかもしれないんだもの。

 今にも泣きそうになったわたしの許へやって来たマイアが箱の中を覗き込む。


「まあ! 梱包が甘かったんですね! これはお店に抗議して交換して頂くべきです!」

「……交換?」

「さようでございます。これはお店の不手際ですもの!」


 マイアの言葉に希望が湧いてきた。

 だけどすぐにがっくり。


「これは一点限りだって言ってたわ……」

「でしたら、修繕させるべきですね。幸い底は無傷のようですし、これくらいの欠けなら、目立たないようにできるはずですもの。水漏れもしないでしょう」

「水を入れるつもりはないのよ」

「あら、そうなのですね。てっきり花瓶になさるのかと思いました。安物でも柄が気に入られたのかと」

「で、でもこれ……魔法の壺なのよ。恋愛成就の!」

「魔法の壺?」


 花瓶ではなく魔法の壺だとマイアに説明すると、胡散臭そうな視線が返ってきた。

 それからマイアは何か言いかけ、一度口を閉じると、深くため息を吐く。


「ですから、わたしもお供しますと申しましたのに……。レオンス様もそのあたりは頓着なさらないから……。わかりました。明日そのお店に連れて行って下さいませ。わたしがしっかり抗議いたしますから」

「え、ええ。わかったわ」


 ぶつぶつと呟いてからのマイアの言葉に頷く。

 マイアとは年齢も近くしっかり者のお姉さんのように接してくれるからわたしも気安くできて嬉しい。

 だけど心配性でもあって、森へ行くと告げた時にも、自分も同行すると言ってなかなか引かなかった。

 だから今回の旅ではマイアに同行してもらったのよね。

 他の侍女達はリザベルと一緒に出発する予定。

 それで今はマイア一人だけだから負担も大きいはずで、今日はわたしの世話から逃れてゆっくりして欲しかったんだけれど、逆に面倒をかけてしまったわ。


 それからしばらくして、ネルが食事を運んで来てくれた。

 ネルはテーブルにお皿を並べる間そわそわしていたけれど、全てを並べ終えると顔を上げてにっこり笑う。


「あたし、お貴族様にお仕えできてすごく嬉しいんです」

「お貴族様?」

「はい。お嬢様はお貴族様なんでしょう? それでモーリスさんの店にたむろしていた採掘師達をやっつけて下さったんですよね? もう街中その話題でもちきりです。そんなお嬢様にお仕えできるなんて、あたし鼻が高いです。ご主人も名誉なことだって、張り切ってお料理していました。あたし、今まで以上に精いっぱいお仕えさせて頂きます!」

「……街中で噂になっているの?」

「もちろんです! 見ていた人達はスカッとしたって。あの役立たずで横柄な警備士達がモーリスさんとテスに頭を下げたんですよね? ああ、あたしも見たかった。でもあたしはちゃんとわかってましたからね。お嬢様はいらした時からこの街のことを心配して下さってましたもの。だからトニーとベンに言ってやったんです。お嬢様なら当然だって。あと、アンとメイにも教えてあげました」

「……そう」


 良かった。マイアが席を外してて。

 もし知られたら、どういうことか問い詰められて怒られてしまうもの。まあ、それも時間の問題でしょうけれど。

 それにしても〝我が儘なお嬢様″を演じるつもりが、ネルの言い方だと〝正義の味方″になってしまったような気がするわ。

 わたしはそんな立派な人間じゃないのに。


 でもネルが大げさなだけかもしれないし、悩んでも仕方ないわよね。

 そう自分を励ましてご飯を食べる。

 あのお店――モーリスさんのお店でもたくさんご馳走になったのに、夕食も全部美味しく頂いてしまったわ。

 うむむむ。明日は街中を早歩きでお散歩ね。


 そんなわたしの決意も虚しく、今日の街中ぶらりお散歩はなかなか前へ進めない。

 まず出がけに旅亭でご主人に捕まって、昨日のことを褒めそやされてしまった。

 そして次から次へと街の人達から声をかけられてしまう。


「いやあ、昨日は実に爽快でした。僕はね、昨日この目でしっかり見ていたんですよ」

「そうですか……」

「私も見たかったわ。お嬢様のご勇姿を。あの柄の悪い男達にお一人で立ち向かわれたのでしょう? ご立派だわ」

「いえ、そんな……」

「あっ、もし良かったらサインもらってもいいですか?」

「え?」

「ずるいぞ! 俺も欲しい!」

「ええ?」

「私も! 家宝にしますから!」

「えええ?」


 何て応えればいいのかわからないうちに、信じられない方向に話が進んでいく。

 サインって何?

 助けを求めてお兄様に目を向けると、男性が差し出した用紙をちらりと見てから大丈夫だとばかりに親指をぐっと立てた。

 いえ、そうではなくて。

 侍女のマイアはお兄様に何か話しかけると、壺の箱を持ったままどこかへ行ってしまった。

 そんな、見捨てないで。

 護衛騎士の二人は警戒はしてくれているみたいだけれど、街の人達を止めるそぶりはない。


 仕方なく、恥ずかしさを堪えて差し出された用紙に〝エリカ″と署名をする。

 家名はここでは控えておくわ。

 でもそれだとちょっと寂しいから簡単なお花の絵を添えてみる。

 あら、好評だわ。これでも選択は美術だから。えっへん。


 調子に乗って全員に書き終えたところでマイアが戻ってきた。

 一緒にいるのは、魔法の壺を売ってくれたお店のご主人。


「エリカお嬢様、安心して下さいませ。幸いご主人が欠けた壺を、新品……同様に直して下さいました」

「まあ! 本当に?」

「ええ。さすが〝魔法の壺″ですわ。ねえ、ご主人?」

「は、はい。その……申し訳ありませんでした。私の不手際で。それと、あの……重ね重ね申し訳ないのですが、どうも勘違いをしておりまして、壺の代金を余分に頂いておりました。あの、こちらはその差額でございます。お返し致しますので、どうぞお納め下さい」

「あら……」

「なんだ。しょうがないな」


 お店のご主人は何度も何度も深く頭を下げて、お兄様へ硬貨を数枚差し出した。

 いくら払っていくら返ってきたのかわからないけれど、なんだか得した気分ね。

 さすがマイアだわ。


「ありがとう、マイア」

「お礼には及びませんわ。当然のことですもの」

「あなたも正直にありがとう」

「い、いえ。私は……本当に申し訳ありませんでした。モーリスのために、お嬢様は身を挺してテスを庇って下さったというのに……もう二度とこのような過ちは犯しません!」


 あまりに大げさな謝罪にびっくり。

 きっとすごく正直な方なのね。

 ご主人の両手を取って気にしないでと笑みを向けると、ご主人はなぜか目を潤ませて「少々お待ち下さい!」と言って走り去った。

 何かしら?

 お兄様とマイアと顔を見合わせてからおとなしく待っていると、すぐにご主人は戻って来た。


「ど、どうぞ、お受け取り下さい……私からの、感謝の気持ちです」


 息を切らしながらご主人は小さな箱を差し出した。

 感謝したいのは欠けた壺を直してもらったわたしの方なのに。

 受け取った小箱をその場で開けてみる。


「まあ! なんて可愛らしい」


 小箱の中に入っていたのは、カメオのブローチ。

 花を持った白いウサギのモチーフがロンを思い出す。


「でも、とても頂けないわ。こんなに素敵なものを」

「いいえ。これはお嬢様にお持ちになってほしいんです。私を喜ばせると思って、どうか」

「……ありがとう。とても嬉しいわ」


 ご主人の必死な様子に、これ以上断るのも申し訳なくて、にっこり笑って受け取った。

 たぶん値の張るものでしょうに。

 すると、そのやり取りを見ていた街の人達までもが、我も我もと色々なものを差し出してくれる。

 長時間握っていてもたこのできないペンだとか、擦っても滲まないインクだとか、床掃除のできる男性用室内履きだとか。

 みんなにお金を払おうとしても、もらってほしいの一点張り。

 ここまでしてもらうほどのことを、わたしはしていないのに。


 モーリスさんのお店に顔を覗かせると、またたくさんご馳走になってしまった。

 そして旅亭でもご主人の腕をふるったお料理。

 この街に来てから食べすぎている気がするわ。

 ちょっと反省しつつ夕食後にお部屋でゆっくりしていると、殿下がお兄様と訪ねてきた。


「今日も大変だったみたいだね。人気者すぎて」

「からかわないで下さい。皆さん誤解してしまっているんです」

「誤解なんかじゃないよ。でもまあ、それを今議論しても仕方ないからね。それよりもエリカさんのお陰で思いのほか証言が多く得られたんだ。ありがとう」

「……わたしのお陰?」

「そうだよ」


 意地悪な殿下の言葉にちょっとムッとして返すと、予想外にお礼を言われてしまった。

 わけがわからなくて首を傾げるわたしに、殿下は小さく笑って説明してくれる。


「今まであまり口を開きたがらなかった店主達が、昨日の一件から警備士や採掘師達への苦情を言い出してね。きっと今まで目に見えない力で抑えつけられていて、ようやく解放されたんだろう。これでだいたい証言も揃ったし、不正の証拠もこっそり見つけたし、王宮に戻って訴えられるよ。だから明後日にはこの街を発とうと思う」

「わかりました。それではコレットさんにその旨の手紙を書きます。ちゃんと落ち合えるように」

「そうだね。ところでエリカさん、体調はいいの? ここまで少し無理をしたんじゃないのかな?」

「あ……いえ。大丈夫です。ご心配頂いて、ありがとうございます」


 殿下に訊ねられるまですっかり忘れていたけれど、確かにそうよね。

 昨日みたいなことがあれば、今までならすぐに熱を出していたのに。

 やっぱり治癒石のお陰かしら。

 だとすれば、これはもう俄然期待できるわよね?

 この街の不正も王宮に戻れば手続きを始められるし、王都に帰るのが待ち遠しいわ。




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