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「エリカさん、準備はいい?」
「はい。ばっちりです!」
力を入れ過ぎたわたしの返答に、殿下はくすりと笑って魔法石――光魔石を差し出した。
それを受け取ってレンブルを唱える。
応えて石は真っ暗な闇を前にしたわたし達を明るく照らしてくれた。
そしてもう一回。
光を放つ石をそれぞれコレットさんのお父様と仲間の採掘師の方に渡す。
ランタンに入れられた光魔石はさらに明るい光を四方へと放った。
「では、入りましょうか」
コレットさんのお父様の静かなかけ声に頷いて、一行は森へと足を踏み入れた。
先頭をコレットさんのお父様ともう一人の採掘師、続いてレオンスお兄様とコレットさん、殿下とわたし、そして騎士二人に最後尾は採掘師二人。
いつもは四人ほどで森に入るらしいけれど、今回は大人数なのでランタンも二つ。
これまでの旅の間にわたしの光魔法の力を何度も殿下やお兄様に見せたから、この採掘での光魔法関係はわたしに一任されているのよね。ふふん。
まあ、いざという時のためにみんなの魔力は温存しておこうってことだけど。
コレットさんがこの採掘に参加することはわたしを含めたみんなが最初は反対した。
だけど、一行にもう一人女性は必要だと殿下達を説得したのはコレットさん本人。
心配するわたしに「こんな機会をくれてありがとう」とこっそり言ったコレットさんはとても嬉しそうで、もう何も言えなかった。
暗黒の森――ここは本当に名前の通り闇が体に纏わりついているように真っ暗で、ランタンの光だけでは足を一歩進めるだけでも怖い。
でもわたしは前を行くみんなの後をついて行くだけだから。
先頭を進むコレットさんのお父様達はすごいわ。
それに、わたしとコレットさん以外の人達は腰に剣を携えて荷物も色々と持ってくれている。
もし魔獣に襲われた時はコレットさんと二人でおとなしくしていること、と約束させられたんだけど――。
「……おかしいですね。これだけ進んで魔ネズミ一匹にも出くわさないなんて」
「それどころか、簡単に上質の石が見つかり過ぎる。まるで誰かがわざと置いたんじゃないかと思えるぐらいに」
一日の予定行程を進み、たき火の代わりに光魔石を囲んでの夕食。
採掘師の方達のお話を聞きながら、もぐもぐと口を動かす。
干し肉というものを初めて食べたけれど、意外と美味しいわ。
ちょっと咀嚼に時間がかかるけれど。
「だが、わざと置くなんて有り得ないだろう」
「そうですよね。今日見つけたのは増魔石などの希少種ばかりですから。これだけあれば一家族が何の不自由もなく三十年は暮らせるほどですよ」
「ああ。それに我々が通った道は人が踏み込んだ形跡もない」
「――それでは、普段はどのように石を見つけるんだ?」
それまで興味深げにお話を聞いていたお兄様が、ふと口を挟んだ。
殿下は静かに耳を傾けて食事をしている。
「そうですね。正直に言えば、勘に頼るところが大きいんですよ」
「勘?」
「ええ。経験を積めば、この落ち葉の山をかき分ければあるんじゃないか、なんて何となくわかってくるんです。それに増魔石は木の洞の中にあることが多く……おそらく小さな魔獣の……化石なのでしょう」
お兄様達は護衛として従っているから、森の危険については十分に調べていたようだけど、採掘についてはほとんど関心を持っていなかったみたい。
それで今になって興味が出てきたのかしら。
まあ、こんなに簡単に魔法石が見つかれば不思議に思っても仕方ないものね。
まるで普通の森の中で木の実を拾うみたいだもの。
でもこれはたぶん吉兆なのよ。
だからきっと、明日には新しい魔法石を、〝失力症″さえも治せる石を発見できる。
そうに決まっているわ!
――と、意気込んだのはいいんだけれど、眠れない。
明日も朝早くに出発なのに。
一日中歩き通しだった体はきゅうきゅうと音を立てそうなくらい軋んで痛いのに、固い地面に寝ているから少しも疲れが取れない。
むしろ余計に痛い気がする。
包まっている毛布からもそもそと顔を出して、隣で寝るコレットさんを覗く。
小さな寝息が聞こえてくるのはコレットさんがちゃんと眠れている証拠。
羨ましいわ。
さらにコレットさんの向こう側ではお父様がぐっすり寝ているように見える。
わたしの背後からはお兄様のいびきがしっかり聞こえるから、振り向いて確かめる必要はないわね。
わたし達四人を中心にして、囲むように寝ているみんなは眠れているのかしら。
敷布を使っているのはわたしとコレットさんだけで男性達は殿下でさえも毛布一枚だけ。
騎士団の訓練には野営もあるから大丈夫だって。
ごろんと寝返りを打つと、木の幹に背を預けて座る殿下と目が合ってしまった。
あら? でもおかしくない?
ランタンは少し離れた位置に置いているからお互いはっきり顔は見えないのに。
暗闇に目が慣れたのかしら。
何度か瞬きをすると、殿下はわたしを真っ直ぐに見つめながら、右手の中指と人差し指で自身のまぶたを撫でるようにゆっくり下ろした。
それは目を閉じろの合図。
だけど不寝の番をする殿下の前で寝るのはなんとなく気が引ける。
だからまた寝がえりを打って顔を逸らし、目を閉じた。
薬草摘みに出掛けたあの時以来、殿下に変わりはなくていつも通り。
やっぱりあれは、からかっていただけなのよ。
思い出すと腹が立ってきて、体が熱くなってきて、いつの間にか眠ってしまったみたい。
次に目を開けた時には、周囲でぼそぼそと話し声が聞こえた。
たぶん朝なんだろうけれど、相変わらず辺りは真っ暗で、頼れるのは魔法石の光だけ。
身支度には少し物足りないから、許可をもらってちょっとだけ工夫したレンブルを唱える。
すると、ぼんやりとした光が四方に広がった。
本当はもっと明るくできるけれど、まだ支度前だからこれぐらいで十分。
この魔法は昨夜初めて披露したんだけれど、みんなすごく驚いたのよね。
お兄様なんて「エリカは光とともに生まれたから、やっぱり光に愛されているんだ」なんて大げさに言っていたぐらい。
みんなを待たせないようにコレットさんと二人で急いで木陰に向かう。
もちろんお兄様とコレットさんのお父様が付き添ってくれる。
そしてコレットさんの水魔法で顔を洗い、お化粧は……どうせ暗いもの。見えないわよね。
わたし達がみんなの許に戻ったところで出発準備完了。
頭の中で消灯のイメージを浮かべると辺りがふっと暗くなって、またランタンの明かりだけになった。
「さあ、進もうか」
コレットさんのお父様のかけ声でみんなが歩き始める。
殿下もお兄様も森に入ってからは採掘師の方達の指示に黙って従うだけ。
当然と言えば当然だけれど、いつもは命令する立場の殿下が熟練者にはちゃんと従うところはさすがよね。
お昼休憩では少し暗くなってきた石の代わりにまたレンブルを唱えて、新しい石をランタンに補充した。
そして再び森の奥と思われる方向に進み始める。
その時、突然目の前に現れたアレに、わたしは為す術もなかった。
それまでまったく魔獣に出会うこともなく、希少な魔法石を難なく手に入れることもできてすっかり油断していたから。
パニックに陥ってしまったわたしは、森中に響き渡るほどの悲鳴を上げて、やみくもに走り出した。
暗黒の森はとても恐ろしい場所。
真っ暗な闇に、突然襲ってくる魔獣。でも何よりも恐ろしいのは深淵。
深淵に一歩足を踏み入れれば、怖気に襲われ動くこともままならない。
そして二歩足を進めて、戻ってきた者はいない。
知っていたのに。
あれほど何度も道を外れてはいけないと言われていたのに。
気が付いた時にはもう、どうにもならなかった。
「エリカさん!」
切迫した殿下の声が聞こえて、それからすぐに頭の中まで真っ暗な闇に包まれてしまった。
お父様、お母様、ごめんなさい。




