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 翌日、一人で朝の身支度ができたわたしは何かお手伝いができないかとコレットさんに申し出た。

 だけど何もできない自分に打ちのめされただけ。

 やがて殿下がやって来ると、お兄様とコレットさんのお父様との話し合いが始まった。

 わたしも同席させてもらったものの、盗掘者や採掘量の話になって半分もわからずに挫折。


 役立たずな自分にとことん落ち込んでしまったけれど、お昼からはわたしにもできることを見つけたのよね。

 お裁縫が得意なわたしは、弟さん達の服を〝繕う″ことができたから。

 やり方を教えてもらったあとは時間も忘れて夢中で針を動かしていると、コレットさんから声がかかった。


「エリカさん、そろそろ休憩されてはどうですか? わたしは少し出掛けて来ますが、ゆっくりなさっていて下さい」

「あら、どちらに出掛けるの?」

「咳止めの薬がなくなりかけていたので、薬草を摘んで作り置きしようと思って。村外れの野原にたくさん生えているものですからすぐに戻って来ます」

「それならわたしも一緒に行ってもいいかしら? 気分転換になるし」

「そうですね……わかりました。では行きましょう」

「ありがとう、コレットさん」

「いいえ。手伝ってもらえたらわたしも助かります」


 お邪魔だったかしらと心配するわたしを、コレットさんは簡単な言葉で励ましてくれた。

 コレットさんは本当に優しくて気遣い上手。

 こんなに素敵な人と仲良くなれて幸せだわ。


 お兄様達に手紙を書き置いて、薬草を入れるための籠を持っていざ出発。

 コレットさんから借りた服は動きやすくてスカートの裾を気にしなくてもいいからとても楽なのよね。

 村ではあちらこちらで子供達が遊んでいたり、夫人達が作業をしながらおしゃべりしていたりで活気があって面白い。


「エリカさん、こちらです」

「あ、ええ」


 村の様子に目を奪われているうちにコレットさんから少し遅れてしまい、慌てて追いつく。

 そして村の外れに出ると小さな道があり、その遥か先に黒い影が横並びに見えた。

 あれがきっと暗黒の森。

 もちろんコレットさんの目的は小道を進むことではなく、手前に広がる野原だけど。


 草むらの中にどんどん分け入って行くコレットさんに続こうとしてちょっと怯む。

 それでもあの森へ行こうとしていてこれくらいで尻込みなんてしていられないわ。

 そう自分に言い聞かせると、スカートを引っかけないようにしながら生い茂る草むらに踏み込んだ。


「エリカさん、大丈夫ですか?」

「ええ、もちろんよ。何を摘めばいいのか教えてくれる?」

「はい。簡単だからすぐにわかりますよ。それに後で仕分けますから間違っても大丈夫です」


 それからは見分けやすい簡単な薬草を教えてもらい、二人で黙々と摘んだ。

 コレットさんの言う通り薬草は至る所に生えていて、籠はあっという間にいっぱいになった。


「エリカさん、ありがとうございます。少し休憩してから帰りましょう」


 そう言うと、コレットさんは用意していた敷布を少し開けた場所に広げた。

 それから腰を下ろして水筒を取り出す。


(虫……虫がいるけど、コレットさんは平気そうだし大丈夫よね?)


 あちらこちらで虫は飛びまわっているけれど、幸い蟻の大群はいないもの。

 恐る恐るコレットさんの隣に座って、差し出されたカップを受け取る。

 お屋敷の近所にある公園にピクニックに行くよりは難易度が高いことができたわ。

 離宮でお留守番しているマティアスを思い浮かべてちょっと得意な気分。


「あ、いたいた!」

「おーい! コレット!」


 コレットさんが用意してくれたミントティーで喉を潤したところで聞こえた男性の声。

 驚いて振り返ると、野草をかき分けて男性二人が近づいて来ていた。


「ピーター、ジョルジュ、久しぶりね」


 親しげに応えてコレットさんが立ち上がったので、わたしも立ち上がる。

 だけど初対面の男性にどう接していいのかわからなくて、コレットさんの陰に隠れるように後退した。


「久しぶりだな、コレット。お前が帰って来たって聞いて捜してたんだ」

「あら、どうして?」

「学院のことを聞きたいからだよ」

「それに一緒に帰って来た友達に紹介してほしくて」


 冗談っぽく言って笑う男性をちらりと見てびっくり。

 灰色がかった髪色に茶色の瞳だけでなく、悪戯っぽく笑う表情が高等科の頃のギデオン様に似ているんだもの。


「ちょっと、ジョルジュ。馬鹿なこと言わないでくれる? エリカさんがびっくりしているじゃない」


 ギデオン様に似ている男性――ジョルジュさんは「んだよー」とぼやきながらも、笑顔を浮かべている。

 なんだか胸が苦しいのは、きっとあの頃のギデオン様を思い出すからだわ。


「エリカさん、ごめんなさい。驚いたでしょう? 紹介したくないけれど、仕方ないから紹介しますね。二人はわたしの幼馴染でピーターとジョルジュ。二人とも新米の採掘師なんですよ。こちらはわたしの大切なお友達のエリカさん。二人とも絶対に失礼のないようにね」

「――初めまして、エリカ・アジャーニと申します」


 学院にいる時よりも活き活きとしたコレットさんに紹介されて、どうにか気を取り直すと礼儀正しく微笑んで挨拶をした。

 でも先ほどまで軽口を叩いていた二人はぽかんとしていて反応がない。


 何かおかしなことをしたかしら?

 お化粧が崩れているとか、服が似合わないとか?

 心配になって自分を見下ろしチェックしていると、コレットさんが吹き出した。


「ピーターもジョルジュも、見惚れてないでちゃんと挨拶をしなさいよ」

「あ、ああ。初めまして、ピーターです」

「……ジョルジュです」


 二人はコレットさんに促されて挨拶を返してくれたけれど、真っ直ぐに立ったまま。

 どうやら握手の必要はないみたいなので、にっこり笑顔だけで応える。


「そんな格好だから、てっきりお付きの人だと思って……不作法ですみません」

「俺も……こんなに間近で貴族のお嬢様に会ったことないし……今さら緊張してきた」

「嫌だ、二人とも。格好悪い」

「う、うるせえよ、コレット」

「お前が貴族のお嬢様を連れて帰って来たって聞いて冷やかしにきて……失敗した」


 その言い方かおかしくて思わず声を出して笑ってしまった。するとみんなも一緒に笑う。

 わたしの周りの同年代男子は変な人ばかりだから、なんだか新鮮で楽しい。

 コレットさんのお友達だから怪しい人ではないものね。


「ってか、コレット。エリカさんに薬草摘みなんてさせるなよ」


 ジョルジュさんがそう呟いて足元に置いていた籠を拾い上げた。

 慌てて籠を受け取ろうとしたけれど、ジョルジュさんは大丈夫とばかりに手を振る。


「あの、自分で持ちます。わたしが我が儘を言って付いて来たんですから」

「優しいんですね、エリカさんは」

「いえ、そういうわけでは……」


 ギデオン様に似たその笑顔を向けられると弱い。

 そんなやり取りをしているうちにコレットさんとピーターさんは手際よく敷布を片付けていて帰り支度完了。

 結局、籠は持ってもらったまま四人で村へと戻る。


「なあ、コレット。学院には王子殿下とその婚約者の侯爵令嬢もいるんだろう? 今、すぐそこのアーグレイ離宮にいるらしいが、知ってたか?」

「え? ええ。それはまあ……」

「エリカさんはやっぱりお二人のことはよくご存知なんでしょう? どんな方達ですか?」


 ピーターさんの問いかけにコレットさんが曖昧に答えると、わたしに質問が振られてしまった。

 だけどそれもどう答えればいいのかわからず目が泳いでしまう。


「えっと、どんなって……普通かしら?」

「普通? でも侯爵令嬢は噂ではすごく綺麗な人だって……」

「ええ?」

「それはお前、あれだよ。エリカさんもこんなに綺麗だから普通に思えるだけなんだよ。まあ、優しいお方だってのは間違いないな。クレウス川の橋の件にしたって、俺達もどれだけ助かったか……」

「そうなの?」


 ピーターさんとジョルジュさんの言葉に居たたまれなくなってしまったわたしの代わりに、コレットさんが相槌を打った。

 すると二人は難しい顔をして頷く。


「ああ、しばらくはエサルドの街へ迂回するしかなかったんだけどな。あそこは最近何かと賄賂を要求されるんだよ」

「賄賂?」


 予想外の言葉を聞いて、わたしとコレットさんは顔を見合わせた。

 賄賂だなんて、物語の中でしか聞いたことがなかったのに。

 そんなの絶対おかしいわ。


「まっ、そんな辛気臭い話しよりさ、せっかくこの村に滞在するんだから楽しまないと。八日後には祭りがあるんです。エリカさんも参加できるでしょう?」

「……お祭り?」

「ええ。そんなに盛大なものじゃないけど、森の恵みに感謝する祭りなんですよ。うちは魔法石の採掘で栄えている村だから」

「そうそう。各地から行商人も来て露店が出るから、色々なものも手に入るしね」

「露店……」


 どうしよう。

 お祭りなんて参加したことも見たこともなくて、心躍るわ。

 しかも露店だなんて。

 本で読んだけれど、お祭りの露店って美味しいものがいっぱいあるのよね?

 ああ、すごく楽しそう!

 って、いいえ。そんな場合じゃないわ。

 ここへは遊びに来たんじゃないんだから。


「だけど祭りの最大のイベントは魔法石の告白だろうな」

「魔法石の告白?」


 ピーターさんの呟きに思わず立ち止まる。

 心を正したばかりなのに、乙女としてはときめかずにはいられない言葉だわ。


「それってどんなイベントですか? 占いのようなものですか?」


 期待し過ぎてじりじりとピーターさんに迫っていたみたい。

 ピーターさんは「あ、いや、えっと……」なんてはっきりしないことを言いながら一歩二歩と後ずさる。

 そんなわたし達を見てコレットさんがくすくす笑った。


「昔、とある採掘師が自分の採掘した石の中でとっておきのものを、ずっと片想いをしていた女性に愛の言葉と共に贈ったんです。そして結ばれた二人は末長く幸せに暮らしました。――との言い伝えから、この村では魔法石を大切な人に贈る習わしがあるんですよ」

「まあ! ロマンチックね!」


 わかりやすいコレットさんの説明につい興奮して声を上げてしまった。

 もし自分の好きな相手から石をもらえたらすごく幸せでしょうね。


「それに、祭りには男も女もこの地域の伝統衣装を着て踊るんですよ。その衣装も俺の姉貴のがあるから、エリカさんも着てみたらどうですか? きっとすごく可愛いと思うな」

「そんなことは……」


 可愛いって言われてときめいてしまうのは仕方ないわよね。

 だって〝可愛い″なんて、家族とギデオン様以外から言われたことないもの。

 綺麗とか美人だともまた違う特別な言葉だと思うわ。


「ね、エリカさん。一緒に祭りに参加しましょう?」

「それは――」

「無理だね」


 突然割り込んだ低い声にぎくりとして、恐る恐るそちらに目を向ける。

 すると、殿下が特上の爽やか笑顔で立っていた。

 どうしよう。なんだかすごく怖いんですけど。




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