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悪役令嬢、時々本気、のち聖女。  作者: もり


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ジェラールの願い

 僕の妹はとても可愛い。

 それはもう、可愛いって言葉では表せないほどに可愛い。

 目鼻立ちは美人と形容するのが正しいかもしれないが、とにかく全てが可愛いんだ。

 考えていることがすぐ顔に出るところも、一人でぶつぶつ呟いたり笑ったりしている時も、数字を前にすると泣き出しそうになるところも。

 僕達家族は妹のことを――エリカを神様からの贈り物だと思っている。


 小さな頃のエリカはとても体が弱かった。

 仮死状態で生まれたために産声を上げることもなく、危険な状態がしばらく続いた。

 それでも母さんは絶対に助かると信じていたらしい。

 なぜならエリカが生まれた瞬間、辺りが神々しいほどの光で包まれたからだそうだ。

 あの光は神様が祝福して下さったのよと、母さんは今でもよく言う。

 そしてようやく会えたエリカはとても小さく弱々しくて、絶対に守らなきゃって僕は思ったんだ。

 だって、神様が早く手元に戻したいって思っても仕方ないほどに可愛かったから。


 それからエリカは三歳になってもベッドからあまり出ることはできず、五歳になっても外で遊ぶことはほとんでできなかった。

 だから僕はいつもエリカに本を読んで聞かせてあげていた。

 エリカのお気に入りは、やっぱり女の子らしく勇敢な王子様が囚われたお姫様を助ける話。

 ひょっとして、部屋からあまり出ることができない自分と重ね合わせていたのかもしれない。


 僕が正等科に通う頃にはエリカもずいぶん元気になっていたけれど、それでも外で遊ぶよりも部屋で本を読むほうが好きなようだった。

 まだ小さいのに、このままだと屋敷にある物語は全て読み尽してしまうんじゃないかって勢いで読んでいたから、デュリオ兄さんがエリカには好ましくないものを何冊も自室に隠してしまったほどだ。

 ちなみにそれらの本は未だに図書室には戻っていない。


 そんなふうにエリカはずっと屋敷で過ごしていたせいか、すっかり引っ込み思案になってしまっていた。

 屋敷に訪問する人達にも挨拶だけすると、すぐ自室に下がってしまう。

 このままでいいのだろうかと家族は心配したけれど、なぜか僕の友人のギデオンに対してだけはとても懐いていた。


 ギデオンが遊びに来ると嬉しそうに顔を輝かせ、大好きな本を置いてでも僕達に加わる。

 エリカが喜ぶのは僕も嬉しいけれど、兄としては複雑だ。

 いったいギデオンのどこがそれ程に良いんだと考えて気付いたことがある。

 エリカのお気に入りの本にある挿絵の王子様に姿がよく似ているんだ。

 だけどね、エリカ。友人としてのギデオンは最高に良い奴だが、王子様には程遠いんだよ。

 優しい顔と柔らかい物腰で学院の女子にもとても人気があるけれど、訓練所時代なんてあんなことやこんなことをしでかした奴なんだから。


 そもそもエリカにふさわしい相手がいるとは思えない。

 レオンス兄さんなんて「エリカを嫁にしたい奴は俺の屍を越えて行け」なんて訳のわからないことを言っているし、結婚なんてしなくていいと思う。

 それは母さんを除いた家族全員の意見だ。

 女性の幸せは結婚だなんて思わないし、エリカが自由に生きられるように僕達兄弟が守ってあげればいいんだよ。


 そう思っていたある日、事件は起きた。

 王妃様が主催されるお茶会にエリカも是非にと招待状が届いたのだ。

 それはもう召喚状であって、断れるわけがない。

 最初は怯えていたエリカも、母さんに上手く言いくるめられて楽しみになったのか、指折り数えてその日を待ち望むようになっていた。


「ジェラールお兄様。わたしね、もうすぐお城に行くの。お城にはね、王子様がいっぱいいるのよ」


 王子様がいっぱい。……微妙な表現だが、嬉しそうに自慢するエリカが可愛いからそれでいいよ。

 ただあの城にエリカと釣り合う年齢の王子は三人。

 しかもその三人は問題児ばかりじゃないか。

 ダメだ。やっぱりエリカが心配だ。


 嫌な予感がして母さんに僕も参加すると訴えたが却下されてしまった。

 学院なんて一日くらい休んでもかまわないのに。

 むしろ王妃様に逆らってでも、お茶会を欠席させれば良かったんだ。

 そうすればエリカがあんな酷い目に遭うことはなかったんだから。



   * * *



「――エリカが怪我をしたって!?」


 心配でいつもより早く学院から帰宅した僕は、執事のクレファンスに聞いた話に驚いてエリカの部屋に駆け込んだ。

 するとデュリオ兄さんが険しい表情で立ち上がった。


「静かにしろ、ジェラール。エリカもようやく落ち着いて眠ったところなんだ。今は母上が傍についている」


 ちらりと寝室の方に視線をやって、兄さんはソファに座るよう僕を促した。

 おとなしく僕が従うと、自分も座って深いため息を吐く。


「兄さん、いったい何があってエリカは怪我なんて……」

「それがよくわからないんだ。どうやら王妃様の私庭で転倒して頭を打ったらしい。それで脳震盪を起こしたんだ」

「脳震盪!? 大変じゃないか!」

「落ち着け、ジェラール。静かにしろと言っているだろう?」

「ああ、すみません。だけどあまりに酷くて……」

「まったくな。だが幸い意識はすぐに取り戻したそうだし、後遺症の心配もないらしい。ただエリカはかなりショックを受けているようで、何があったのか話せないほどだ」

「まさか、ブリュノー公爵家の悪ガキのせいではないでしょうね?」

「無きにしも非ずだな。エリカの悲鳴が聞こえてすぐ、ヴィクトル殿下の助けを呼ぶ声がして皆が駆けつけた時にはマティアスもそばにいたらしい」

「それは……」

「いや、本来なら大事になったところだろうが、王妃様の私庭でのことだから噂にはなっていない。その場ですぐに王妃様が緘口令を布いて下さったお陰だ」

「そうですか……」


 エリカの名誉にだけは傷が付かなかったと知ってほっとすると、やはりどうしてこんな目に遭ったのかが気になった。

 エリカは弱々しくはあるが、物腰は幼いながらに優雅だ。普通ならば転ぶなどあり得ない。


「あの悪ガキ――いや、マティアスが突き飛ばしたりしたのでしょうか?」

「それが、ヴェラ叔母様の話では、ヴィクトル殿下がご自分のせいだとおっしゃったらしい。だが殿下から事情をお聞きになった母上は事故だったと、それ以上は詳しく教えて下さらないんだ」

「ヴィクトル殿下? あの無口で無愛想な? 殿下がエリカと一緒に過ごしていたこと自体が驚きですがね」

「叔母上がおっしゃるには、ずっと二人で仲良くお話をされていたそうだよ」

「それは……驚きを越して寒気がします」

「馬鹿なことを言うなよ。まあ、言いたいことはわかるが……。いつもは他人を寄せ付けようとなさらない殿下がエリカと仲良くなさっていたと、叔母上はもうエリカが未来の王妃になるものと考えているからな」

「無愛想な国王陛下と内気な王妃陛下だなんて、臣下が苦労しますね」

「冗談ではすまされないぞ、ジェラール。とにかく今はエリカの体が大事だ。先ほどベッヘム医師に診て頂いたが、おそらくまた今晩にでも熱を出すだろうと。可哀そうに……」


 再びため息を吐いたデュリオ兄さんに同意して僕も頷いた。

 エリカの体はずいぶん丈夫になっていたが、ちょっとしたことで熱を出す。

 そしてこの日から寝込んでしまったエリカは、回復してからも部屋に閉じこもったまま出て来ようとしなかった。

 いったいあの時に何があったのかと僕もデュリオ兄さんも何度か聞き出そうとしたが、エリカ自身があまり覚えておらず、ただ自分はブスなんだと嘆くばかり。

 どう考えてもそれはマティアスが原因だと思うが相手は王族。吊るし上げたいところだが、堪えるしかなかった。

 だからレオンス兄さんが任務で王都から離れていたのは幸いだったと思う。


 それから数日後、トランクを引きずって屋敷の敷地から出ようとしていたエリカを庭師が見つけた。

 驚くことに、エリカは家出をしようとしていたらしい。

 どうしてそんなことをと父さんが優しく訊ねると、エリカは「王子様と結婚なんてしたくない!」と泣きながら訴えた。


 どうやら王宮へ行く馬車の中で母さんから、「お城にいる王子様とエリカは結婚するのよ」と聞いたことが原因らしい。

 それを真に受けたエリカは怯えて悩みに悩み、お金も着替えも持たず、お気に入りの本を数冊トランクに詰めただけで家出を決行したというわけだ。

 殿下から毎日のように届くお詫びとお見舞いの品も追い打ちだったようだが。


 それ以来、エリカの前では王宮に関する話は一切禁止となり、次第にエリカも元気を取り戻していった。

 ただこれにはギデオンの力によるところも大きい。

 これがいわゆる初恋というもので、兄としては妹の成長を祝うべきなんだろう。

 だが、かなり複雑な心境だった。



   * * *



 そんなエリカも十二歳になると、正等科に通いたいと言い出した。正等科で友達を作りたい、と。

 その頃には僕も研究に忙しく、ギデオンもある事情から遊びに来なくなってしまったために寂しかったのかもしれない。

 やはり同年代の友人は必要だと、心配する母さんをなだめてデュリオ兄さんと僕は応援することにした。

 ちなみに隊舎に詰めているレオンス兄さんは色々と面倒くさいので事後承諾。


 それでも、高等科に進学したい、お芝居をしたいと言いだした時にはさすがに僕もデュリオ兄さんも反対した。

 結局は許してしまったけれど、それも今までにないエリカの熱意に押されたからだ。

 部屋に閉じこもりがちで本ばかり読んでいたエリカが、楽しそうに学院生活の話を聞かせてくれるのだから、これで良かったのだろう。

 エリカの友人のリザベルさんもちょっとクセはあるが良い子だと思う。

 アジャーニ子爵家は政治的にも我が家にとって問題はなく、利発な彼女と一緒にいればエリカの刺激になるだろうと母さんも気に入っている。


 そしてエリカが高等科に進学した頃には、僕の方が研究室に籠りがちになっていた。

 だから学院で何が起こっているのかわからないまま、いつもより学院全体が騒がしいのはヴィクトル殿下とマティアスが入学したからだろうと思っていたんだ。

 その殿下だが、研究室を訪ねて来た時には驚いた。

 エリカが出演した正等科の卒業公演でちらりと見かけてはいたのだが、姿だけでなく性格までもずいぶん変わっていたからだ。

 成長したと言うべきか、大人になったと言うべきか。


 殿下はギデオンの病気を心配して、僕の研究にかなり興味を持っているようだった。

 それは素直に嬉しいが、一つだけ言わずにはいられないことがあった。

 高等科入学前の父へのお申し出については、エリカには知らせないでほしい、と。ついでにエリカには手を出すなと遠まわしに忠告もしておいた。

 相手が王族だろうが何だろうが、大切な妹をあんなふうに傷つけることはもう絶対に許すつもりはないからだ。


 それなのに、エリカはあの時のように熱を出して何日も寝込んでしまったらしい。

 成長するとともにかなり元気になっていたのに、ここ最近になって何度目かになる。

 しかも回復するとすぐにギデオンの病気のことを知るために、研究室へとやって来た。

 エリカの様子から初恋が再燃してしまったのだろうとは思っていたが、どうにかして忘れさせたかったのに。

 こんなにショックを与えることを望んでいたわけじゃない。


 エリカは思い詰めると、突拍子もない行動に出てしまう。

 それはあの家出未遂事件でもわかっていたのだから、注意しておくべきだったんだ。

 まさか殿下と婚約してしまうなんて。


 公表してしまったからにはもう止めることはできないけれど、僕はエリカに何かあれば必ず守り助けるつもりだ。

 だからどうか、エリカが幸せになれますように。

 今はそう願うしかない。




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