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「――ノエル先輩と?」


 どうしてそうなるのか訳がわからない。

 殿下の突然の提案にリザベルも眉を寄せているし、マティアスはびっくりするくらい怖い顔になった。

 そして掴みかかるほどの勢いで殿下へ詰め寄る。


「ヴィクトル! お前はまだくだらないこと考えてんのか! いい加減にしろ!」


 今にもケンカが始まるのかと驚いたけれど、マティアスは思い直したのか手を固く握りしめたまま殿下を睨みつけた。

 それなのに殿下は冷静にマティアスを見返すだけ。

 まるで二人の間に何か無言のやり取りがあるみたい。

 だけど、ちょっと。二人ともわたしのことを忘れていません?


「あの、何がどうなってそうなるのかはわかりませんが、もしわたしがノエル先輩と婚約したとすれば、後継者争いに発展してしまいますよね? ノエル先輩の後ろ盾にアンドール侯爵家がつくのですから。殿下はそれでよろしいのですか?」


 わたしの言葉に殿下とマティアスがはっとしてこちらへ振り向いた。

 やっぱりわたしのこと忘れていたわね。

 しかもマティアスは信じられないとでもいうような顔をしている。


 失礼ね。そんなに驚かなくてもいいのに。

 わたしだって知ることを知っていれば、たまにはちゃんと考えるのよ。

 ただ知らないことが多いだけ。


「まさか、殿下はご自分の責任を放棄なされるおつもりですか? エリカには偉そうに――あら、失礼。エリカに義務と責任について説いていらっしゃったのに?」


 疑わしそうに殿下を見つめながら、リザベルが嫌味な言葉で問いかける。

 でも本当にそうよ。いったいどういうつもりなのかしら。


「厳しいな、アジャーニさんは」


 殿下は苦笑して応えると、苛立つマティアスにちらりと目を向けてからわたしに向き直った。


「僕もエリカさんほどとは言わないが、皆よりは光魔法を扱えると思う。それに他の魔法にも習熟しているし、剣も握れる。だから森へは僕が行くよ」

「は?……い、いえ、何をおっしゃっているのですか? 確かにわたしよりも殿下は魔法にも世知にも長けていらっしゃいますが、わたしなどよりももっと重要な立場にいらっしゃるではないですか。絶対にダメです。そんなの認められません!」

「そうかな? 僕の立場に代わる者は他にもいるんだから大丈夫だよ。ノエルとか、マティアスとかね」

「おい! 勝手なこと言うなよ!」


 平静を崩さない殿下の言葉に、マティアスが抗議の声を上げた。

 そうよ、そうよ。勝手すぎるわよ。

 今回は全面的にマティアスに賛成だわ。

 それなのに殿下は軽く片手を振って笑うだけ。


「もし僕が森から戻らなかった場合の話だよ。その時になってエリカさんがノエルと婚約すれば王宮の混乱は避けられるだろう? アンドール侯爵がノエルの後ろ盾になれば、多くの貴族達がそれに倣うだろうしね。王太子妃派の最大で唯一の切り札は僕なんだから。僕の存在がそもそも妃殿下達の横暴を許してしまっているんだよ」

「……意味がわかりません。どうして急にそんなお話になるのですか? わたしは殿下だからこそ、このお話をお願いしたのであって、ノエル先輩はまったく関係ありません。それなのに切り札だとか殿下の存在がどうだとか、ご自分を卑下なされるようにおっしゃるなんておかしいです。周囲の思惑なんてどうでも良いではないですか。殿下は殿下ですもの。ちょっと意地悪なところはありますけど、未来の国王陛下としてわたしは楽しみにしておりますのに」


 そこまで言って、目を見張る殿下に気付いて我に返った。

 わたしったら何を言っているのかしら。話が逸れてしまったわ。


「と、とにかく、わたしは愛のためにしか結婚はしません。ですから、ノエル先輩と婚約なんて絶対にありませんから!」

「え? 愛のためにって……じゃあ、お前はヴィクトルが好きなのか?」


 わたしがきっぱり宣言すると、マティアスがぎょっとした。

 どうしてそこまで驚くのかわからないけれど、ひとまず訂正はしないと。


「いいえ、違います。わたしは……その、ギデオン様が好きなんです。ですから、ギデオン様のお力に少しでもなれるのなら、何でもしたいんです」


 そう答えると、わたしを見るマティアスの視線が険しくなった。


「そんな気持ちでヴィクトルと婚約しようだなんて……最低だな」

「それは――」

「いや、別にかまわないんだ。マティアスも知っているだろう? そもそもは僕から婚約を持ちかけたんだから。恋も愛も関係ない、条件に見合った便宜的な約束として」

「恋も愛も関係ない?……ヴィクトル、お前本気で言ってんのか?」

「ああ、そうだよ」


 割り込んだ殿下の言葉に顔をしかめるマティアスが意外でびっくり。

 ひょっとして見かけによらずロマンチストなのかしら。


「どちらにしろ森に行くなんて話、俺は反対だ。もちろん馬鹿げた婚約話もな」


 ちょっと好感度が上がったのに、次にはがっかり発言。

 マティアスは悪い人ではないけれど、石頭で面倒くさい人よね。

 口も悪いし乱暴だし、将来の公爵として大丈夫なのか心配になるわ。

 まあ、しっかりしたお嫁さんをもらうと変わるのかも。


 って、そんなことは今はどうでもいいのよ。

 問題はどうすればわたしが森へ行けるかなんだから。

 お金や装備についてもう一度計画を立て直さないと。

 それにみんなの協力を得られないのなら、いっそのこと家出してでも……。


 あれこれ考え始めたところで、殿下にじっと見られていることに気付いて思考停止。

 目が合った瞬間、殿下がにっこり微笑んだものだから、嫌な予感に身構えた。

 今度は何なの?


「エリカさん、先ほどは驚かせて悪かったね。冷静になった今では、ノエルとだなんて馬鹿なことを言ったと自分でも思うよ。それで……もしエリカさんにまだその気持ちがあるのなら、数日中に婚約を発表してはどうかな? 森へは二人で行けばいいんだよ」

「おい、やめろって言ってるだろ!」

「もちろん、マティアスに付き合えとは言わないよ。ただ邪魔はしないでくれ。だけど正直に言えば、僕たちが離宮を離れている間、留守を誤魔化す手伝いをしてくれると助かるな。アジャーニさんと一緒に」

「はあ!? 何で俺が、こいつと?」

「あら、〝こいつ″だなんて。わたしはリザベル・アジャーニと申します。よろしければお二人ともリザベルとお呼び頂いてかまいませんわ」

「ありがとう、リザベルさん。では、マティアスのことも好きに呼んでくれていいよ。マティアスでも、単細胞とでも」

「だから何で俺を――」

「ありがとうございます、殿下」


 また訳がわからないまま話がどんどん進んでいるけれど、これってわたしにも関係あるわよね?

 というより、わたしの計画じゃない?


「あの、協力して頂けるのは嬉しいのですが、殿下にそこまで付き合って頂くわけには……」

「ああ、気にしないで。ここで僕が断ってもエリカさんはどうにかして森へ行くつもりなんだろう?」

「え? いえ、そそそんなことは……」

「だから付き合うよ。僕の見えないところで危険な目に遭っていないかって心配してやきもきしていたくはないしね。ただし、条件がいくつかあるんだ」

「……条件?」


 小さな抵抗もむなしく、わたしの企み……ではなく、計画は全て殿下にお見通しみたいで、変更を余儀なくされてしまった。

 先ほどまで反対していたマティアスは諦めたのか、不機嫌な様子で椅子に座って腕を組んでいる。


「まず、離宮にはレオンスの隊を同行させるよ」

「レオンスお兄様ですか?」

「そう。僕は近衛の中でも特にレオンスのことは信頼しているし、エリカさんの身内だからね。正式な結婚を前に一緒に旅行などと眉をひそめる方々も納得するだろう」

「……なるほど」


 レオンスお兄様が一緒となると心強い反面、面倒な気がするのよね。

 でもまあ、殿下の近衛だもの。殿下に従うはずだわ。


「それと、リザベルさんも離宮までは一緒に行くつもりなんだろう? その際には付き添いの婦人をお願いした方がいい。エリカさんと離宮で別れた後は一人になってしまうからね」

「はい、そのようにさせて頂きます。体は丈夫ですが耳の遠い伯母にお願い致しますので、色々と融通が利きますわ」


 にやりと笑うリザベルはとても頼もしい。

 良かった。説得に成功したわけではないのに、離宮まで一緒に行ってくれるんだわ。それだけですごく安心できる。


「あとは……急ぎはしないが、離宮を発つまでにエリカさんはご両親に向けて手紙を用意しておいてくれないか?」

「手紙、ですか?」

「万が一にも何かあった場合、ご両親や他にも親しい人達に伝えたいことを残しておくべきだからね。遺書と言えばいいかな」

「遺書!?」

「そうだよ。でもそこまでの覚悟はない?」

「い、いいえ。大丈夫です。用意します」

「……そう。じゃあ、最後にもう一つ」

「は、はい」


 遺書という言葉に衝撃を受けたけれど、ここで怯えて引き下がるわけにはいかないわ。

 ぐっと歯を食いしばって次の衝撃に備える。

 最後だもの。何を言われても受け入れてみせるわ。


「おそらく、婚約を発表すればすぐにでも祝宴が開かれると思う。その場では、いや、それ以外の場でも、エリカさんは僕と仲睦まじいふりをしてほしい。僕達の婚約に表立って反対はできなくても反発する者達はいるだろう。その者達に少しでもつけ入る隙を与えたくないんだ」

「わかりました」

「本当に?」


 予想していたような厳しい条件ではなくほっとして頷いたわたしに、殿下が念を押すように問いかけた。

 要するに殿下に恋しているふりをすればいいのよね?

 今まで悪役しか演じたことはないけれど、ジェレミーに恋していたお芝居みたいに振る舞えばいいんだもの。できるはずよ。


「祝宴には国王陛下は当然のことながら、国中から多くの者が集まるはずだよ。もちろんギデオンも。それでも本当に大丈夫なんだね?」

「それは……」


 アーグレイ離宮へ――森へ行くことばかり考えて思い至らなかったこと。

 わたしは本当に国王陛下の御前で、王太子殿下や妃殿下の御前で殿下の婚約者のふりができるの?

 ギデオン様からの祝辞を笑顔で受け取れるの?


 急に自分がとんでもなく愚かなことをしようとしている気がして怖くなる。

 だけど、……大丈夫。できるわ。

 ギデオン様がこの先ずっと笑ってくれるのなら頑張れるもの。


「わたしは大丈夫です。殿下も、本当にこれでよろしいのですか?」

「僕は……そうだね。これで十分だよ。ではエリカさん、これからよろしくね」

「はい、殿下。よろしくお願い致します」


 笑顔で差し出された殿下の手に手を重ねる。

 リザベルとマティアスが見守る中、婚約の証として交わされたのは握手。


 プロポーズには愛ある言葉と花束を夢見ていたのはほんの数日前なのに。

 田舎の小さな家で幸せに暮らす夢も叶うことはもうない。

 それでも大好きな人のためにわたしは新しい道を進んでいくわ。




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