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「あの、これ……お礼の品と、お詫びの品です」

「お詫び?」

「はい。実は昨日、弟さんに……暴力をふるってしまいまして……それなのに渡せずに……」

「ああ、聞いたよ。うん……」


 恥ずかしさと申し訳なさでためらいながら恐る恐る差し出した品を、ギデオン様はまだ受け取ってくれない。

 それどころか、わたしのしどろもどろな説明に頷くと、声を出して笑い出した。


「いや、笑ったりして、ごめんね。でもエリカちゃんが気にする必要はまったくないよ。弟にはいい薬になっただろうから。むしろお礼をしたいくらいだよ」


 たぶん、わたしは頼りない顔をしていたんだと思う。

 ギデオン様はすぐにいつもの優しい笑顔になって、わたしの手から二つの品を受け取ってくれた。


「お詫びなんて弟には必要ないから、これは今からみんなで食べてしまおう。大好きなんだ、ここの焼き菓子」


 まるで悪戯っ子のような顔で言うギデオン様がおかしくてほっとして、思わずわたしも笑ってしまった。

 それまで黙っていたリザベルも笑って頷く。


「わたしも大好きですわ」

「では、さっそく用意させよう」


 そう言って、ギデオン様はパティスリーの包みを侍従に預け、もう一つの品――お礼の品に目を向けた。


「それに一昨日のことは当然のことをしたまでだから、わざわざお礼なんていらないんだよ。でも、これはアンドール侯爵家の料理人が作ってくれたベリータルトだよね? 僕の大好物だから、頂かないわけにはいかないな」


 侯爵家の家紋が織り込まれた朱子織の包みに見当を付けて、ギデオン様はまた悪戯っぽく微笑んだ。

 ギデオン様は遊びに来てくれていた時、『このベリータルトを食べるためにジェラールと友達でいるんだ』って、よく冗談を言っていたほどだもの。

 喜んでくれた良かった。料理人に昨日に続いて作ってもらったお陰ね。帰ったら調理場に行って直接お礼を言わなくちゃ。


 二つの品を受け取ってもらえたことで肩の荷が下りて、そこからは侍従の淹れてくれたお茶とお菓子を囲んで会話を楽しんだ。

 やっぱりギデオン様は素敵。学年の男子とは大違い。

 細やかな気遣いに冗談交じりの面白いお話。

 まあ、今日の話題はもっぱらレルミットさんのことだけれど、ギデオン様の小さい頃のお話も聞けたから幸せ。


「――それで、僕も両親もオーレリーの堅苦しく生真面目な性格には困っているんだよ。確かに言うことも行うことも正しいんだけど、世の中は必ずしも正しいことが正解とは限らないからね。もう少し柔軟になってくれればと思っても上手く伝えられなくて。そんなオーレリーがエリカちゃんに興味を持ったことが僕は嬉しいんだ。今まで他人に対して必要以上に付き合おうとしなかったからね。困ったやつではあるけれど、どうか友達になってやってくれないかな?」


 遠慮がちなギデオン様の顔は珍しく頼りなげで、見ているだけで胸が苦しくなる。

 ああ、今のわたしの気持ちはこのベリータルトのようにとっても甘酸っぱいわ。

 レルミットさんと関わるのは気が乗らないけれど、ギデオン様に頼まれたら断れないもの。仕方ないわね。


「……わかりました。ギデオン様がそうおっしゃるなら、お友達としてお付き合いしてみますわ。でも、遠慮は致しませんから」

「もちろんだよ。ありがとう、エリカちゃん」


 わたしの了承に、ギデオン様のお顔から憂いが晴れて輝いた。

 この笑顔を目にできただけでも引き受けた甲斐があったわ。

 まあ、自分からどうにかしようとは思わないけれど、またレルミットさんから何か言ってきたら、お相手すればいいわよね。


  

   * * *



「ねえ、コレットさんは森の深淵について何かご存知?」

「深淵、ですか? いいえ、わたしも伝えられている以上のことはほとんど知りません。むしろ、深淵は知ることを許されない場所だと聞いています」

「そうなの? どうしてかしら」

「おそらく、好奇心で足を踏み入れてはいけない場所なんだと思います。そもそも森自体が本来、人間を受け入れようとはしないそうですから」

「まあ……」


 今日は昨日から約束していたコレットさんとリザベルの三人でお弁当を囲んでのお昼。

 殿下に聞いたことが気になって、我が家の図書室で森について記載されている本を探して読んでみたけれど、深淵についてはまったくと言っていいほどわからなかったのよね。

 本当に殿下はそんな場所に行きたいのかしら。何が起こるかわからないのに。

 いえ、別に殿下が心配なわけじゃないのよ。ちょっと魔法石が気になるだけ。


 森については謎が多すぎてリザベルも興味津々。

 淑女の中には暗黒の森って聞くだけで卒倒してしまう人もいるらしいけれど、ちょっと大げさよね。


「では、コレットさんは森へ行ったことはないの?」

「まさか!――あ、いえ。森の近くまで行ったことはありますが、それ以上は父が許してくれませんでした。森に数歩足を踏み入れるだけで、暗闇に包まれ、なぜか方向感覚もなくしてしまうそうなんです。だからいつも父は採掘師仲間と数人で森に入り、〝レンブル″を交代で唱えて明りを灯し、樹木に一定間隔で印をつけて進むのだと言っていました」

「それも経験があってこそなんでしょうねえ」

「本当にそうよね。しかも、森には恐ろしい魔獣がいるんでしょう?」

「はい。ですが、森の入口付近にいる獣はそれなりに剣が扱えればどうにかなるそうです。そして、倒したあとは目印をつけて次に森に入るまで放置しておけば、一般に流通している乳白色の魔法石に変化しているそうです。もちろん、市場でよく出回っているのは森とは関係ない場所――昔はおそらく森だったであろう場所の地中から掘り出されたものですけど」


 コレットさんのお話に引き込まれて、わたしもリザベルも食べることを忘れてしまっていた。

 コレットさんが一息ついたところで我に返り、持ったままだったフォークを口へと運ぶ。

 少しだけご飯を食べることに集中して、それからまた質問。


「でも、やっぱりわからないのは深淵だわ。だって、それほど大きくない森なら、いつかは踏破できるんじゃないかしら? その……騎士団の一軍ででも踏み込めば……」

「確かに、普通に考えればそうですよね。ただ父が言うには、深淵は〝レンブル″の光でさえ灯すことができないと」

「まあ……」

「父は何度か経験があるそうなんですが、一歩足を踏み入れただけで怖気に襲われ動くこともままならなくそうです。どうにか足を引き抜き、その場から後退するにも全神経を使うのだと。それなのに、一度だけ若い採掘師が無謀にも足を前へと進めたらしく……あっという間にその姿は消え、声も届かず、残念ながらそのまま戻らなくて――」


 自分で聞いておいて何だけれど、すっかり食欲がなくなってしまって、そっとフォークを置いた。

 どうやらリザベルも同様で、コレットさんはそんなわたし達に気付いてはっと口を押さえた。


「ごめんなさい。お二人にお聞かせするような話ではありませんでした」

「いいえ、コレットさんが謝る必要なんてないわ。わたしこそあれこれ訊いてしまって、ごめんなさいね」

「お話はとても勉強になったわ。普段、何気なく使っている魔法石だけれど、コレットさんのお父様のような方達が命がけで採掘して下さっているのよね。色々と考え直したわ。コレットさん。教えてくれて、ありがとう」

「ええ、本当にありがとう」

「い、いいえ、そんな……」


 リザベルとわたしの神妙な言葉に、コレットさんは真っ赤になって恐縮してしまった。

 食事中にする話ではなかったと反省して、そこからは明るい話題に変える。

 盛り上がったのは好きな本について。

 まさかコレットさんも『レディ・ジューン』が好きだったなんて嬉しいわ。

 最新刊は図書館で順番待ちをしているらしく、それなら明日わたしが持って来ると約束したところで、また校内配達人がやって来た。


「エリカ・アンドール様に、オーレリー・レルミット様よりお手紙でございます」

「あ、ありがとう……」


 配達人の声に、教室がざわりとしたけれど気にしないわ。

 もう好きなように噂すればいいのよ。

 ただね、オーレリーさんがどうして配達人に手紙を預けたのかがわからないわ。

 隣のクラスなんだから、わざわざ配達受付に持って行くより、直接渡してくれればいいのに。

 そう思いながらリザベルとコレットさんに断って、手紙を開ける。

 そして、ざっと目を通して眩暈を覚えた。


「……どうしたの? 何か酷いことでも書かれていたの?」


 わたしの様子を見て心配するリザベルに黙って手紙を差し出す。

 するとリザベルはちょっと沈黙して、次に噴き出した。


「いやだ、これじゃまるで恋文じゃない」

「違うわよ。もう呆れるわよね。――あ、コレットさん、本当に違うから、信じないでね」


 笑いながらリザベルが小声で呟くと、コレットさんが「まあ」と声を洩らした。

 それは秘密を知ってしまったことで困っているような、それでいてときめいているような表情。

 同じ乙女としてがっかりさせるのは申し訳ないけれど、そんないいものではないのよ。


「リザベルが誤解させるような言い方をしたけれど、全然違うのよ。レルミットさんとはただのお友達なの」


 本当はこれからお友達になる予定だけど。

 それにしても、何をどうしたらこんな文面になるのかしら。


『昨日はぶしつけに気持ちを押し付けて、大変申し訳なく思っております。その上で、このようなお願いをするのは図々しくもありますが、あなたのことをもっとよく知りたいので、お茶でも飲みながら話をして頂けないでしょうか。もちろん、あなたの名誉のためにも、お友達に同席して頂けるようお誘い下さってかまいません。よろしくお願い致します』


 ギデオン様と約束したから受けるけれど、やっぱり男子って変よ。何を考えているのかさっぱりわからないもの。

 思わず殿下をちらりと見ると、またばっちり目が合ってしまった。でもすぐにふいっとそらされてしまう。


 いつもいつもこっちを見ているくせに、どうして目をそらすのかしら。嫌な感じ。

 それよりもこの手紙。なんてお返事しようかしら。

 ちょっと面倒だけれど、大好きなギデオン様との将来のため。頑張らないと!




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