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 わたしとリザベル、それに観客達が急いで着替えている間に、コレットさんはペンダントをロッカーに入れて、鍵をかけた。

 そして、更衣室付きのメイドに預ける。

 体育の時間はアクセサリーは禁止だから当然よね。


「ねえ、コレットさん。今日はフェリシテさんがお休みのようだから、よかったらわたし達と一緒に準備運動をしない?」

「あ、あの、でも……」


 一人でいるのがどれほど心細いかわかっているつもりで誘ってみたけれど、少し押しつけがましかったかしら。

 正等科の時は誰かが仲間に入れてくれることを願ってふらふらしていたから、三年になってリザベルがいつも声をかけてくれたのはとっても嬉しかったのよね。

 だけど、うろたえて返事に詰まるコレットさんを見ていると、余計なことだったかと後悔してしまう。

 そこに着替えたリザベルがすっと出てきて、コレットさんと腕を組んだ。


「わたし達、正等科ではいつも大人数で準備運動していたから、奇数でも上手くできるのよ。ねえ、エリカ?」

「――ええ。でも、今はほとんどの子が女学院に進学してしまったから、ちょっと寂しいくらいなの」


 昔の孤独だった気持ちを思い出しながらも微笑んで誘う。

 コレットさんはそんなわたしを見て、こくんと頷いてくれた。

 良かった。こういう時のリザベルの強引さには救われるわ。


 じゃあ、行きましょうと歩き出したところで、急にコレットさんがびくりと体をすくませた。

 どうしたのかと見れば、ロレーヌさんやデボラさん達がコレットさんに嘲笑するような視線を向けてひそひそと内緒話をしている。

 いやだ。何も変わっていないのね。

 ここはちょっと言わせてもらうわよ。

 つんと顎を上げて馬鹿にしたような視線をロレーヌさん達に返す。


「あら、お二人の考え方の違いはどうやら解消されたみたいね?」


 わたしの問いかけにロレーヌさん達は「ええ、まあ……」とか何とかもごもご応えて目を逸らした。

 まったく馬鹿馬鹿しいわね。


「あの、ありがとうございます」

「何のこと?」

「こうして庇って下さることです。わたしは……無責任にエリカさんの噂を流してしまったのに。……ごめんなさい」

「ああ、噂って研究科生とのことよね? いいのよ、別に。気にしていないから。それよりも災難だったわね。ペンダントのこと」


 ギデオン様との噂は、逆に感謝したいくらいだもの。

 お陰でギデオン様に〝ふり″でも、求愛してもらえたんだから。


「コレットさんのご出身はクラエイなのよね? あそこは上質の魔法石の産地だもの。お父様は優秀な採掘師なのね」

「あ、……はい。父は森の採掘師なんです。ですから、確かにわたしは奨学生ですが、何から何まで援助してもらっているわけではないんです」

「もちろんわかっているわ。ごめんなさいね、グレースさんが失礼なことを言って。彼女は誤解しているのよ。色々とね。どうか気にしないでくれるといいんだけど」


 本鈴が鳴って三人で準備運動をしながらも、おしゃべりは続く。

 森の採掘師ってことは、コレットさんのお父様は本当に優秀な方なんだわ。

 〝暗黒の森″に立ち入るにはかなり高等な光魔法が扱えないと無理なはずだもの。


 この大陸に点在して広がる〝暗黒の森″と呼ばれる森は、その名の通り本当に真っ暗だそうだから。

 火は点けてもすぐに消えてしまって、明りには光魔法を利用するしかないらしいのよね。その上、森には恐ろしい魔獣が棲んでいるのよ。

 そもそも魔法石は古代魔獣の化石だから、強力な魔法石ほど森の奥深くにあるんですって。


 そういえば、コレットさんはフェリシテさん以上に魔法技の成績は優秀だったはず。

 でもコレットさんの得意な魔法は水属性のものだって、確かサムエル先生が言っていたわ。

 人にはそれぞれ得意な魔法とそうでないものとあるからって。

 ただ、殿下はどの属性の魔法も扱えるそうだし、マティアスは水属性は苦手だけれど、あとは得意なんですって。

 そして、わたしはどうやら光魔法に特化しているそうなのよね。

 だって、補習のお陰で〝レンブル″は難なく扱えるようになったもの。残念ながら、他はまだ初級レベルだけど。

 もし他の魔法ももっと扱えたら、〝レディ・ジューン″みたいに、冒険に出掛けられたのに。


 準備体操を終えるとつばの大きな帽子をかぶり、クラブを持って外に出る。

 さて、今日は何ホール回れるかしら。


「――おかしいわね。狙いは確かなのにどうして当たらないのかしら」

「狙いは確かでも、球の軌道が外れているのよ。要するにエリカの腕が悪いのね」

「腕じゃないわよ。今日はちょっと調子が悪いだけ」

「今日も、でしょう?」


 うむむ、とクラブを持ったまま首を傾げるわたしに、リザベルが辛辣に応える。

 そのやり取りを聞いて、コレットさんはくすくす笑う。

 どうやら元気が戻ってきたみたいね。


 結局、今日は五ホールしか回れなかったけれど、いいの。前回は四ホールだったから。

 更衣室でメイドから鍵を受け取って、着替えを始める。

 その時、コレットさんのペンダントが目に入って、ついついじっと見てしまっていた。


「あの……」

「あ、ごめんなさい。とても綺麗だと思って。少し前にも魔法石のペンダントを見たことがあるんだけど、流行っているのかしら?」

「流行っているというか……魔法石には不思議な力があって、身に着けていると様々な効果があるんです」

「そうなの? それは知らなかったわ」

「わたしも」


 それでコレットさんのお父様はお守りにって持たせて下さったのね。

 フェリシテさんはお母様の形見だって……。

 そういえば、コレットさんはどうしてフェリシテさんがわたしのことを嫌うのか、理由を知っているかしら?


「ねえ、コレットさん……」


 そう思って訊こうとして、やっぱりやめる。

 わたしとフェリシテさんの間で板挟みになってしまったら、申し訳ないものね。

 コレットさんは演技ではない、本当に穏やかで優しい人だから、困らせたくないわ。


「お昼はお弁当? 食堂? どちらにしても、一緒に食べない?」


 質問を替えて、お昼を一緒にと誘う。

 寮生は寮の食堂で毎朝お弁当を受け取るんですって。

 わたし達もちょうど今日はお弁当だったから、いつもの席にコレットさんを加える。

 会話は主にコレットさんの故郷の話。

 コレットさんは七人兄弟の一番上で、お父様は森に入ると何日も帰っていらっしゃらないから、お母様と二人でお家を切り盛りしているとか。だから今はちょっと心配だとか。

 すごいわ。甘えた末っ子のわたしとは大違い。

 すっかり話に引き込まれて感心していたところに校内配達人が現れて、わたしに向かって申し訳なさそうに頭を下げた。


「アンドール様、申し訳ございません。本日、ギデオン・レルミット様はお休みでしたので、こちらをお届することができませんでした」

「……ギデオン様がお休み? それは……どこかお体が悪くて?」

「いえ、私はそこまでは存じません。では、失礼致します」


 差し戻されてしまった手紙を呆然と見ていたわたしは、配達人に労いの言葉をかけることさえ忘れてしまっていた。

 まさか昨日わたしを保健室まで運んでくれたことが原因だったりしたら?

 最近のギデオン様はお顔の色が優れなかったのに……。

 頭の中でぐるぐると考えをめぐらせていたわたしの腕に、リザベルがそっと触れた。


「研究科生は毎日出席なさらないといけないわけではないし、病気だと決まったわけではないでしょう?」

「そう……よね……」


 わたしの気持ちを察して、リザベルが励ましてくれる。

 リザベルの言う通り、毎日研究室に通う研究科生の方が珍しいもの。

 ジェラールお兄様のように通うどころか泊り込んでいる人もいるらしいけれど。


「ねえ、リザベル。あとで隣のクラスまで付き合ってくれる?」

「もちろん、いいわよ。コレットさんはどうする?」

「わたしは……次の授業の予習をしておきたいので……」

「わかったわ。じゃあ、とりあえず食べてしまいましょう」


 昼食後はいつものお茶を中止して、化粧室で身だしなみをチェックすると隣のクラスへ足を向けた。

 その道中にリザベルから聞いた話にまたびっくり。

 レルミットさんとグレースさんは正式に婚約しているわけではないんですって。ただ両家は昔馴染みで、そうなるだろうと言われているだけとか。グレースさんは乗り気っぽいのにね。


 隣のクラス――グレースさんのクラスとは反対側にあるクラスの入口で立ち止り、すっと息を吸う。

 同じ学年なのに、違うクラスに入るのってなぜか緊張するわ。

 それから一歩二歩と踏み込んで、教室内を見回す。

 わたしの姿を見て教室がざわりと揺れたような気がするのは自意識過剰のせいよ。

 だから気にしない。それよりも……いた。前にラウンジでぶつかってしまった人――レルミットさん発見。


 目標を定めて、堂々と胸を張りレルミットさんのもとへと向かう。

 そして彼の前で立ち止まると、友達と話していたレルミットさんは訝しげにわたしを見た。


「レルミットさん。はじめまして、こんにちは。わたしはエリカ・アンドールと申します」

「……存知上げております、アンドールさん。はじめまして、こんにちは。オーレリー・レルミットです」


 みんなが遠巻きに見守る中で、自己紹介の挨拶を交わしてお互いの友人を紹介する。

 この馬鹿馬鹿しい儀式を終えると、レルミットさんはわたしに胡散臭そうな笑顔を向けた。


「それで? 何か僕に御用がおありなのでしょう?」

「ええ。レルミットさんの貴重なお時間を頂いて申し訳ないのですが、少し伺いたいことがございますの」


 レルミットさんの口調にはどこか嘲りが含まれている。

 だけど怯むものかと、こちらも居丈高な態度で慇懃に返す。

 そこでふと、質問するのにこの態度は失礼だと気付いた。

 慌てて笑顔を取り繕ったものの、返ってきたのは冷ややかな視線。

 が、頑張れ、わたし。


「今日は、ギデオン様は研究室にいらっしゃらないようですが、お体をどこか悪くなされたのでしょうか?」

「……そのようにご心配頂けるのは恐縮ですが、あなたにはまったく関係ないことです。兄がどうしたかなど」

「――そうでしょうか? わたしは幼い頃から兄の友人でいらっしゃるギデオン様には良くして頂いております。その上、昨日は大変お世話になったのですから、心配して当然でしょう?」

「確かに。では、お答えしましょう。兄が今日休んでいるのは、昨日のこととはまったく関係ありません。ですから、あなたのお気遣いは有り難いが、無用です」


 かっちーん!

 何なの、この人。マティアスの嫌味が可愛く思えるくらいだわ。

 本当にあの優しいギデオン様の弟さん? 信じられないけど、我慢、我慢。


「それでは、ギデオン様はお元気なのですね?」

「……ですから、あなたの心配は必要ありません。それと、ついでに言わせて頂くが、もう兄とは関わらないで頂きたい。僕はできれば未来の王妃陛下には敬意を払いたいと思っているのでね。そろそろご自覚を持たれてはいかがですか?」

「わたしは――!」

「レルミットさん、もう一つ伺ってもよろしいかしら?」


 我慢にも限度があって、思わず殿下とは婚約なんてしていないって返そうとしたわたしを遮ったのはリザベル。

 うむむむ。ここはおとなしくリザベルに譲るわ。


「何でしょうか?……アジャーニさん?」

「最近、ペンダントを失くされたりしませんでしたか?」

「……いいや。そのようなことはないが、どうしてそんなことを?」

「いえ、そう聞いたような気がしたのですが、わたしの勘違いでしたわね。ごめんなさい」


 感情的になってペンダントのことはすっかり忘れていたわ。

 リザベルに感謝の笑みを向けてから、レルミットさんとそのお友達に別れを告げて教室から出て行く。

 レルミットさんのお友達はわたし達のやり取りにとても困惑していたわね。わたしも悪かったけれど、レルミットさんも悪いわよ。お友達に気まずい思いをさせるなんて。

 とは言っても、わたしもリザベルにはいつも助けてもらってばかりだわ。


「ありがとう、リザベル」

「いいのよ。むしろわたしは楽しんでいるんだから。今回のグレースさんの件も、色々とわかって面白いわ」

「そうなの?」

「ええ。ここ最近、暑くなってきたから、開襟シャツを着ている男子が増えたでしょう?」

「ああ、あれ、いいわよね。女子の制服ももう少し首元がゆったりすればいいのに」


 話をしていると、ちょっと窮屈な気がして襟元に指を入れてみる。

 苦しくはないけれど、少し暑いわよね。


「おそらくレルミットさんはしばらくペンダントをしていらして、グレースさんは襟元から覗くそれに気付いていらしたのよ」

「あら……」

「そう。ちょっとはしたないけれど好きな相手のことはついつい見てしまうし、どんなことでも知りたいものだから。最近はペンダントをしていらっしゃらないことにも気付いて、コレットさんを疑ってしまったのね。恋は人を愚かにするから。まあ、コレットさんにはとんだ迷惑だったけれど」

「それで直接訊ねることを、あんなに慌てて拒否したのね」

「そういうことね」


 恋は人を愚かにする、ものなのかしら?

 だとすれば、わたしは間違いなく愚かね。……いえ、恋とは関係ないかもだけれど。

 ああ、早くギデオン様の元気なお姿を見たいわ。

 明日は登校して下ればいいのに。


 そんなことを考えながら教室に入ろうとしたから、また前をよく見ていなかった。

 気が付けば目の前には綺麗に結ばれたタイ。

 女子のリボン以上に男子のタイって窮屈そうだわ。


「失礼、前をよく見ていなかったもので。怪我はない?」

「ええ。大丈夫ですわ、殿下。こちらこそ、申し訳ございませんでした」


 殿下とは節度ある距離を保たないと。

 そして卒業までには納得できる理由をつけて婚約なんてないことを、わたし達をこっそり窺っているクラスのみんなに知ってもらわないとね。


 殿下とは軽く会釈をしてすれ違ったけれど、今のは絶対笑いを堪えていたわ。

 嫌な感じ。

 ちょっと苛々しながら午後の授業が始まった時、殿下に確かめておきたいことがあったのを思い出した。

 気は進まないけれど、嫌なことはさっさと済ませておいたほうがいいものね。

 あとで、今日の放課後に時間を頂けるか、殿下に訊かないと。

 ああ、憂鬱。




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