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悪役令嬢、時々本気、のち聖女。  作者: もり


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 翌朝は、熱は下がっていたものの大事をとって学院は休むことにした。

 だからベッドの中でごろごろしながら昨日のことを考える。

 侍女から聞いた話では、夕方にはフェリシテさんとベッソン家の家令が謝罪に来たそうなのよね。フェリシテさんのお父様は商用でバルエイセンにいらっしゃるとかで。

 フェリシテさんは泣きながら謝罪してくれたそうだけど、お母様は丁重ながらも厳しく、『もうエリカとは関わらないでほしい』と言ったらしいわ。

 それで、フェリシテさん達に口外しないと約束してもらって、この件を終わらせたって。


(フェリシテさんには悪いけど……でも、ほっとしたわ)


 彼女に会って何を言えばいいのかわからないし、できたら全てなかったことにしたいほどだもの。

 もちろんそれは無理なことだし、自分が招いた事態なのもわかっているけど。

 それでも、もしあの時、殿下が現れなかったら……。

 そう考えるだけで未だに体が震える。むしろ昨日よりも冷静になった今の方がずっと怖い。

 殿下に『幸運には恵まれている』って言われたけれど、本当にその通りだったわ。

 その前に散々言われたことも、全て正しいもの。

 わたしはとんでもなく甘やかされた子供なのよ。


 だから今のままじゃいけない。

 このままだと、お父様達がまた〝怠慢″だと悪く言われてしまう。

 だけど、人を疑うことから始めるなんて……。


(ああ、もう! もやもやする!)


 もちろん、殿下の言うことはわかるわ。

 わたしだって、そこまで馬鹿じゃないもの。ええ、たぶんね。

 これからは軽率な行動もしないし、自分の言動に責任も持つと誓うわ。

 ただ、他人を信用せず、相手の考えを探るなんて難し過ぎるのよ。

 だって、みんなを疑うなんて、リザベルもジェレミーも、文通を続けている演劇部の子達まで?


 そんなふうに友達を疑うなんて悲し過ぎる。

 だけどもし、みんながわたしのことを友達だと思っていなかったら?

 侯爵令嬢という身分に惹かれているだけだったら?

 それはもっと悲し過ぎるわ。


 ぐすぐすとベッドの中で泣いていると、気付いた侍女が慌ててお母様に知らせたみたい。

 それでまたお医者様が呼ばれてしまったけれど、体はどこも悪くないの。

 目には見えない心が痛いだけ。


 それから次の日も、心配するお母様に甘えて学院を休んでしまった。

 でもそうすると、今度は登校するのが怖くなる。

 みんなに、リザベルに、どんな顔で会えばいいのかわからない。


 お昼にはベッドから出て着替えたものの、何もする気力が沸かなくて、ぼんやり外を眺めて過ごした。

 このもやもやを誰かに相談したい。

 でもいったい誰に? 家族には言えないもの。

 ギデオン様はいつでも相談して欲しいとおっしゃって下さったけれど、でも……。

 本当はリザベルと話したい。会って、全てを打ち明けたい。

 やっぱりわたしは、リザベルが大好きなんだもの。


 ええ、そうよ。それが一番大切なのよ。

 相手にどう思われるかじゃない、自分がどう思うかよ。

 信用できない人はたくさんいるかもしれないけれど、自分のことは信じられるもの。


 結論が出るともやもやも晴れて、遅れてしまった勉強をしようと立ち上がる。

 明日は学院に行こう。そして、リザベルに大好きだって伝えよう。

 すっきりした気分で机に向かったところで、侍女がリザベルの訪問を告げに来た。

 わざわざお見舞いに来てくれるなんて。嬉しくて、早く会いたくて、客間へと急いで向かう。


「あら、思っていたより元気そうね。安心したわ」


 わたしが飛び込むように客間へ入ると、リザベルはにっこり微笑んでくれた。

 だから侍女達の前でもかまわず、リザベルに抱きつく。


「リザベル、大好きよ!」

「わたしも大好きよ、エリカ。だけど少し落ち着いて。また具合が悪くなるわよ?」

「あ、ごめんなさい。でも風邪じゃないから、リザベルには感染らないわ」


 一応、病み上がりなのに抱きつくなんてどうかしていたわ。

 慌てて腕を解いて離れると、リザベルは笑いながら首を振る。


「そんなことを心配しているんじゃないのよ。ただ……何かあったのね? もう大丈夫なの?」


 わたしをしげしげと見て言うリザベルの鋭い言葉。

 どきどきしながらも、どうにか微笑んで頷いた。


「わたしは大丈夫よ。だけどリザベルには聞いてほしいことがあるの。たくさん」

「もちろん、いくらでも聞くわよ」


 頼もしいリザベルの言葉に微笑んで、客間からわたしの居間へと場所を移した。

 今日はソファではなく長椅子に並んで座る。

 それから一昨日の出来事を全て話す間、リザベルはずっと黙って聞いてくれていたけれど、最後にわたしがリザベルを疑ってしまったことを謝ると声を出して笑った。


「いやだ、エリカったら。謝ることないわよ。疑って当然、むしろ遅いくらいなんだから」

「怒ってないの?」

「全然。殿下のおっしゃった言葉は厳しいけれど、わたしもずっと心配していたことよ」

「そうなの?」

「ええ。エリカはね、無防備過ぎるの。隙だらけなのよ。だから……そうね。この際、わたしも正直に言うわ」

「え、ええ」

「わたしね、実はエリカのことが大嫌いだったの」

「……え?」


 力を込めたリザベルの告白に、力が抜ける。

 ショックが大きすぎて頭がくらくらしてきたわ。


「エリカ、そんな顔をしないで! 今は大好きよ! ごめんね。馬鹿なことを言ってしまったわ」


 そう言ってリザベルはわたしをぎゅっと抱きしめてくれたから、ほっと息を吐く。

 良かった。今は好きだって言ってくれるだけで十分。


「ありがとう、リザベル」

「……もう! 本当にあなたってお人好しね。エリカこそ怒っていいのに。わたしもね、噂に惑わされた一人なんだから」

「噂に?」


 意外な言葉に驚いてちょっと離れてリザベルを見ると、困ったような笑顔が返ってきた。

 こんな顔のリザベルはすごく珍しいわ。


「いつからだったか、よく母に言われたのよ。わたしが間違ったことをするたびに、『アンドール侯爵家のエリカさんを見習いなさい』って」

「ええ!?」

「たぶん、同じ年頃の子達はみんな似たようなものじゃないかしら。おそらくなんだけど、エリカの高評価な噂に、娘を持つ母親達が躾のために便乗したのよ。それでますます理想の娘像として噂が広まってしまったのね。だから正等科に入学した時、ほとんどの子がエリカに憧れていて、恐れ多くて声がかけられなかったみたい」

「そんな……」


 初めて知る衝撃の事実にびっくり。

 殿下が言っていた噂って、そういうことなの? 正等科でなかなか友達ができなかった原因のひとつが噂?


「まあ、少数ではあるけれど反感も買っていたみたいね。わたしみたいに」

「それが、わたしのことが嫌いだった理由?」

「そうよ。だって、腹が立つじゃない? ことあるごとに比べられて、怒られるなんて。それで、エリカをモデルに書いたのが〝イザベラ″。初期のイザベラはとっても嫌な女だったのよ」

「それは……ちょっと面白そうね」

「まあね。だけど、三年生で同じクラスになって、席が前後で、これでもかってほどにエリカのことを観察していたら気付いたのよ。噂とはずいぶん違うことに」

「もちろんそうよね……」


 わたしは誰かのお手本になれるような人間じゃないもの。

 それにしても〝イザベラ″な噂が広まる前から、わたしには〝わたし"ではない噂が広まっていたなんて。

 わたしから積極的に話しかけることができていれば、もっと早くに友達ができていたのかしら。


「本当のエリカを知る度に〝イザベラ″もどんどん書き換えていったわ。そして最終的に書き上がったのが、エリカも知るあの〝イザベラ″よ。悪役としてとても魅力的だったでしょう? だって、本当のエリカをモデルに脚色したんだもの」

「……なんて言えばいいのかわからないくらいに驚いているわ。だけど……本当のわたしを知ってくれてありがとう。そして、魅力的な〝イザベラ″をありがとう。リザベルがわたしを嫌っていてくれて、すごく嬉しいわ」

「だから、それは一年前までの話よ。今はエリカが大好きなんだから」


 その言葉はとっても嬉しくて、長椅子に並んで座るリザベルをまたぎゅっと抱きしめる。

 するとリザベルも抱き返してくれて大満足。

 ああ、友達って素敵!


「高等科に入学してからはジェレミーと結託して、どうにかエリカの本当の姿をみんなにわかってもらえないかって考えてみたのよ。型通りの優等生なエリカなんて、つまらないもの。まあ、悪ノリしたのも失敗だったけど、余計な横やりが入ってしまって、思わぬ方向に噂が広まってしまったわね。扱いやすいロレーヌさんだけならともかく……って、そうよ!」

「どうしたの?」


 いきなり立ち上がったリザベルは、驚いて見上げるわたしに気付いて慌てて笑みを浮かべた。

 それから一度大きく息を吸って、また腰を下ろす。


「ロレーヌさんが昨日から、エリカが男性と街中を二人きりでデートしていたって言いふらしているのよ。何を言っているのかと相手にしなかったけれど、今の話で納得。その男性って殿下のことよね」

「ああ……」


 しまった。そのことをすっかり忘れていたわ。

 だけどこれはわたしの軽率な行動のせいだもの。わたしが何とかしないと!





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