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悪役令嬢、時々本気、のち聖女。  作者: もり


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「で、殿下……、からかうのはやめて下さい」

「なんだ、つまらないな。ばれていたか」


 くすりと笑った殿下は、あっという間にわたしから離れて向かいの席に戻った。

 良かった。本当にからかわれていたんだわ。

 どきどきする胸を静めるように片手で押さえ、ほっと息を吐く。

 だけど落ち着いてくるとだんだん腹が立ってきた。

 確かにわたしは軽率だったけれど、十分に怖い思いはしたし、気を失わなかっただけ偉いわよ。

 それなのに、こんな酷い追い打ちをかけるなんて!


「怒っているの?」

「はい」

「それは残念だな。正直に言うと、僕は本気でエリカさんのことを妃にと考えていたんだけどね」

「は?」

「でも、君には無理だね。だから心配はいらないよ」

「はい?」


 何なの? この一方的な宣言。意味がわからないわ。

 なのに、この屈辱感。

 勝手に妃だとかなんだとか考えておいて、勝手に無理だとか。本当に何なの?

 馬鹿だけど、馬鹿にしないでほしいわ!


「ご期待に添えなくて、申し訳ありませんでした!」

「いや、僕が勝手に期待しただけだから、気にしなくていいよ」


 気にするわよ!

 全てが一方的なんですもの。気にしない方がおかしいわ。

 でも訊ねたりなんてしない。だって気にしているみたいで悔しいもの。

 つんと顎を上げて車窓から流れる外の景色を眺める。

 少しの間だけ沈黙が続いたけれど、また殿下がため息を吐くから、ちらりとそちらに目を向けた。


「噂は当てにならないって知っていたのに、僕は噂で聞くアンドール侯爵令嬢に多大な期待をしていたんだよ。祖母の主催したお茶会で会った時にはとても可愛らしかったしね」

「……可愛らしくなくて、申し訳ありませんでした」


 先ほどからいったい何なの? わたしを苛めるのが殿下の使命か何かなの?

 あら? でも今の言葉から考えると、殿下はあの場にいたってことよね。でも、あの意地悪なことを言った男の子じゃないってことかしら? 何かが引っ掛かって、しっくりこないわ……。


「あれ以来、公の場に出ることのなかったエリカさんのことを、皆は噂したんだよ。きっと素晴らしい令嬢に成長しているだろうと。それでアンドール侯爵夫妻は大切にするあまり外に出さないんじゃないかって。実際、侯爵家でエリカさんに会った人達は褒め称えていたからね」

「まさか……」


 何かを思い出しそうで考えていたわたしの頭に信じられない言葉が入ってきて、唖然として殿下を見た。

 またからかわれているんじゃないかと思ったけれど、意地悪な笑みは浮かんでいなくて、殿下は軽く肩をすくめただけ。

 屋敷に訪れる人達には礼儀正しく挨拶だけして、できるだけ早く部屋に下がっていたのに。


「正等科での君の評判も『物静かで控えめ』といったもので、ちょっと退屈かなとは思ったけれど、まあ慎重なのは良いことだからね。だから高等科で君を見て、噂を聞いて、予想していたより楽しくなりそうだと思ったんだけどな。あまりに単純思考で、あまりに軽率で、がっかりだよ」

「じゃ、じゃあ、もう放っておいて下さい! わたしがいかに単純馬鹿だったとしても、殿下には関係ないじゃないですか!」

「関係あるに決まってるじゃないか」


 あまりに酷い言い様に堪らず声を上げると、殿下にあっさり否定されてしまった。

 だけど、気安い口調からは程遠い厳しい顔つきに、思わず息をのむ。

 殿下の笑顔は怖いけれど、笑顔が消えた方がもっと怖いわ。


「もし、先ほどの男達に攫われていたとしたらどうなる? それはもう君だけの問題じゃない。アンドール侯爵家の令嬢が失踪したなんてことになれば、国中を巻き込む大事件になるよ。場合によっては外交問題に発展するかもしれない。それなのに君の家族は君に甘過ぎる。本来なら君は自分の立場をよく考え、軽率な行動は慎むべきなんだ。そして周囲の人間をよく観察すること。他人は信用するべきじゃないんだから」

「そ、そんなのおかしいわ……」

「ちっともおかしくなんてないよ。権謀術数の蔓延る社交界では常識だ。相手の考えを探り、先を読んで行動するのは僕達のような立場の者にとっては必須だからね」

「そんなに簡単におっしゃらないで下さい。誰もが殿下のように優れているわけではないのですから」


 どうにか反論したけれど、それがただの言い訳でしかないことはわかっているわ。

 だけど人を信用してはいけないなんて納得できないもの。


「それならやはり君は慎重になるべきで、軽率な言動は避けるべきだね。今日のことでもそうだ。君はフェリシテさんとは立場が違うんだから」

「そんな言い方は……」

「差別的だろうが、無情だろうが、れっきとした事実だよ。だからこそ、彼女は……。いや、まあいい。とにかく君の両親もお兄さん達も本来はとても優秀な人達だ。私欲に走ることなく王家に忠実で勤勉、民には公平で慈悲深い。王家の外戚として理想的でもある。それが君のことになると途端に判断力が鈍るようだ。君の身分に見合った処世術を何も教えなかったなんて、酷い怠慢だよ」

「お、お父様達は何も悪くありません! わたしが――」

「そう、君が問題なんだ。君の立場なら国王陛下の名のもとに嫁すことだって十分にあり得るのに。それが、今のままじゃ役に立たないどころか、重荷にしかならない。君は僕に義務と責任について説いたけれど、まずは君自身の義務を自覚するべきだよ。そしてとりあえずは人を疑うことから始めるんだね。そのうち誰が信用できて、誰が信用ならないかわかるようになる。それでも、それができないというなら、以前のように一人でいることを勧めるよ」


 もう何も言い返すことができなくて、ただ呆然と殿下の顔を見つめた。

 殿下はちょっと顔をしかめると、そんなわたしからふいっと目をそらす。

 先ほど以上の重たい沈黙が続いて、それからしばらくして殿下がすっと手を差し出した。

 何かと思って視線を向けると、白いハンカチ。


「涙をふいた方がいい。もうすぐ侯爵家に到着するから」


 そう言われて初めて自分が泣いていることに気付いた。

 信じられない! こんな人の前で泣くなんて!

 ハンカチを受け取り急いで涙をふく。


「侯爵夫人は屋敷にいるのかい?」

「……はい。確か今日は明後日に開く晩餐会の準備を進めると言っておりましたから」

「そう。じゃあ、君は幸運には恵まれているね」


 意味がわからず顔を上げると、殿下はいつもの爽やかな笑みを浮かべていた。

 いやだわ。まさかこの笑顔を見て安心する時がくるなんて。


「君が伯爵夫人とロレーヌさんに告げたように、この馬車には侯爵夫人が乗って待っていた。だから、この馬車で僕と君は二人きりにはなっていない。いいね?」

「……はい。ありがとうございます」


 今さら、わたしの名誉なんてものを考えてくれる殿下に呆れつつもおかしくなった。

 なんだか笑いが込み上げてきて、ふふっと笑いが洩れる。

 すると殿下はちょっと驚いたように目を見張ったけれど、すぐに満面の笑顔が返ってきた。


「とりあえず鏡で顔を確認した方がいいよ。酷いことになってるから」


 初めて見る殿下の、たぶん本当の笑顔に気を取られていると聞こえた優しい声。

 ようやく意味がわかると、慌ててレティキュールを探り、鏡を取り出す。


「なんて酷い!」

「うん、そうだね」

「少しは気を使って下さい!」

「今さら?」

「それでも――!」


 言いたいことはたくさんあるけれど、今はひとまず我慢。

 だって、あまりに酷いんだもの。わたしの顔!

 真っ赤になった目に腫れたまぶた。アイラインは涙で流れて黒い筋になっているし、マスカラがあちらこちらに付いていて最悪。

 色々なことに気を取られ過ぎて、涙をふく時に気を付けなかったなんて。

 借りた真っ白だったハンカチは、今は黒い染みで汚れている。

 いっそのこと洟をかんで返しましょうか。


 結局、その機会もないまま屋敷に到着した時には、わたしもどうにか体裁を整えていた。

 出迎えた執事のクレファンスは殿下の姿に驚いて、急いでお母様を呼びに行く。


「君は夫人に無事な姿を見せたら、部屋に戻った方がいいよ。事情は僕が説明しておくから」

「でも……」

「心配しなくても、酷いことは言わない。ただサジュマン伯爵夫人に会ったことは伝えて、話を合わせてもらうだけだから」


 わたしも同席すると言おうとしたけれど、お母様のらしくない忙しない足音が聞こえて何も言えなかった。

 お母様の姿を見た途端、また涙が溢れてきて、殿下の前にもかかわらず抱きついてしまったから。

 それから殿下とお母様の間でどんなやり取りがあったのかわからないけれど、気が付いたらわたしはベッドの中で苦しんでいた。

 久しぶりに熱が出たみたいで意識が朦朧としている。

 それでも頭の中では昼間のことが何度も何度も繰り返されて、何度も何度も夜中に目が覚めた。




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全員グルに見えてきたなぁ
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