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 あの誓いから、たったの一日。

 今、わたしは殿下とマティアス、そしてフェリシテさんとともにラウンジで会話に花を咲かせている。……ように見えるけど、わたしは加わっていない。

 なぜ、わたしがここにいるのか。……ええ、脅されたんです。悪魔に。


 悪魔って怖いわね。本で読んだ通りだわ。平気で人の弱点を突いてくるんですもの。

 そして、優しく微笑みながら人に拷問を課すのよ。

 目の前で魔法応用学のことについて論じられても、さっぱりわからない。どころか、苦行なんですけど。


 右手でそっと口元を隠して、大あくび。

 ああ、早く帰りたい。

 今日は『レディ・ジューン』シリーズの最新刊の発売日なのに。

 うちにはもう本屋さんから届けられているはずなのよ。

 これが拷問と言わずして何て言うのかしら。

 恨めしい思いでちらりと殿下を見ると、ばっちり目が合ってしまった。

 というよりも、マティアスとフェリシテさんまでわたしを見ている。


「そわそわと、落ち着かないやつだな」


 嫌味なマティアスの言葉にかっちーん!

 そんなの当然じゃない。好きでもない話に好きでもない人を相手に付き合わされて、大好きな本をお預けにされているんだもの。


「仕方ないでしょう? この場に急に誘われたのですもの。今日は屋敷で大切な相手が待っていてくれるのに」

「へえ、それは悪かったね。では、僕からも待たせたことを謝罪させてくれないかな? 僕の知っている人?」

「……いいえ。殿下、それには及びませんわ。ですが、お気遣い頂きありがとうございます」


 相手は『レディ・ジューン』に決まっているじゃない。

 でも絶対に教えないわ。こちらの都合も聞かず、婚約話を盾に取って無理に付き合わせた殿下が悪いんだもの。


「ごめんなさい、エリカさん。わたしのせいで……。どうか、わたしのことは気になさらずお帰りになって下さい」

「……ありがとう、フェリシテさん。でも大丈夫よ。それに、殿下もそろそろお帰りになるのでしょう? 今夜は確か、王宮で晩餐会があったはずですもの」

「――ああ、そうだね。僕もマティアスも出席しなければならないからね。エリカさんは出席しないの?」

「ええ。残念ながらわたしはまだデビューしていませんから。ですが、両親と兄は出席させて頂きます」


 本当は残念でも何でもないけれどね。

 むしろ王宮で催される行事などに出席しなければいけないなんて、社交界デビューはできるだけ遅くていいわ。

 高等科卒業と同時に結婚できればいいのに。もちろん相手はギデオン様。

 研究に没頭する夫を支える妻。素敵よねえ……。


「王宮での晩餐会だなんて憧れるわ……」


 フェリシテさんのうっとりした声がわたしの妄想に入り込んで現実に戻る。

 まずいわ。わたしは考えていることが顔に出るらしいから、気を付けないと。

 この二人にだけは何も知られたくないもの。

 そう思ってまた殿下をちらりと見ると、またばっちり目が合ってしまった。

 いやだ、あの悪魔の笑みだわ!


「さ、さて! では、わたしはお先に失礼致しますわ!」


 もう知らない。わたしは十分付き合ったんだから、あとは好きにすればいいのよ。

 ちょっと自棄気味に立ち上がると、殿下とマティアスも立ち上がった。

 別にこんなところで紳士らしくしなくてもいいのに。


「馬車寄せまで送るよ」

「いいえ、結構です」

「フェリシテさんもこのまま帰るんだろう?」

「は、はい」

「じゃあ、今日はここまでにして帰ろうか」


 無視ですか。そうですか。

 殿下とマティアスは王家専用の馬車寄せを利用しているらしいから、手間なのに。

 まあ、フェリシテさんは嬉しそうだから、今回は良しとしましょうか。


「フェリシテさんのお家は確か、御商売をなさっているのよね?」

「……ええ、色々と手広く事業展開しておりますが、今は特に魔法石の取引に力を入れています」

「そうなの? すごいのねえ」


 魔法石を取扱うには国の特別な許可がいるはずだから、フェリシテさんのお父様……ベッソンさんは大商人なのね。

 そう言えばベッソン商会って聞いたことがあるわ。


「フェリシテさんはどの科目も成績が良いし、何より魔法の才能もあって、羨ましいわ」

「……いえ、そんなことはないです」

「魔法の才能なら、エリカさんもあるだろう? 聞いたよ、正等科での〝レンブル事件″」

「あれは事件ではなく、事故です。そもそも才能があれば、あんな事故にもならなかったんですから、才能なんてありません」


 すれ違う人々からの視線を感じながら、気まずさをまぎらわそうと始めた会話。

 今までフェリシテさんとはちゃんと話をしたこともなくて、自分から話しかけるだけで必死なのに余計なことを言わないで欲しいわ。

 あの〝制裁″の噂を信じてしまったらどうしてくれるのよ。

 わたしは善良な人間ですよとアピールするための笑顔を浮かべると、マティアスが鼻で笑った。


「ただサボっているだけだろう?」

「サボってなんていません。真剣に頑張っても出来ないんです。出来る人って、出来ない人に対して本当に無神経ですよね」


 殿下もマティアスも嫌味なくらい何でも出来るから、成績が底辺の者の気持ちがわからないんだわ。

 それは為政者として失格じゃないかしら。

 あら、大変。このことはお父様に報告しておかないと。デュリオお兄様にも。

 別に言い付けるわけじゃないのよ。ただ、この国の将来を憂えているの。


 馬車寄せに到着すると、トムはすでに待っていてくれたけれど、ベッソン家の馬車はまだ来ていなかった。

 殿下とマティアスの姿を目にしてすっかり恐縮してしまったトムを促し、慇懃にお礼を言って帰宅の途につく。

 はいはい。さよなら、さよなら。お先に失礼致します。


 今夜の晩餐会でお父様とお母様は殿下達と顔を合わせるでしょうから、このことは伝えておかないと。

 それが礼儀なのはわかっているけれど、お母様はお礼以外にも余計なことを言わないか心配だわ。

 それに今日のこともしっかり噂になるでしょうし、ギデオン様のせっかくのご厚意も台無し。

 もう、全てを投げ捨ててどこかに行ってしまいたい。ううん、やっぱりギデオン様と愛の逃避行よね。

 まあ、それも無理だから、今夜は『レディ・ジューン』に浸って、現実逃避をしようっと。




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