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 殿下たちが滞在していたのは、村に一つだけある旅亭。

 この村はプラリスの街からほど近い場所にあって、クラエイ村のように採掘で生計を立てている人たちが多いらしい。

 そのため村の人たちの不安は強く、出発するわたしたちに何度も何度も頭を下げ祈りをささげてくれた。


「では、皆疲れているとは思うが、頑張ってほしい。出発!」


 殿下の言葉を合図にみんなが馬を走らせ始める。

 怪我をしていた騎士の方たちも疲れているでしょうに、その表情にはいっさい現れていない。

 さすがだわ。


 馬車を用意する時間も惜しく、制服のわたしとコレットさんは殿下たちの馬に同乗させてもらった。

 コレットさんは顔を赤くしながらもレオンスお兄様の馬に乗り、ギデオン様やマティアスは予備の馬へと乗っている。

 ジェラールお兄様はぶつぶつ文句を言っているロンをお腹で抱えるようにして乗っていた。


 そしてわたしは揺れる馬上でどうしても殿下にぴったりとくっつかなければならなくて、本当に本当にそんな場合じゃないのにどきどきが止まらない。

 きっと殿下にも伝わっていると思う。

 それにさっき走って汗をかいたからにおっていたらどうしよう……。

 でも煙と土埃と馬と革のにおいもするし……ああ、殿下のにおいもする。

 こんなときにそんなことを意識してしまっているわたしは変態だわ。

 もちろん殿下のどきどきも伝わってきているけれど、巧みに馬を操っているんだもの。当然だし、いいにおいだし、かっこいいし、ずるい。


「エリカさん、大丈夫? あと少しだから頑張って」

「は、はい。大丈夫です」


 落ち着かないわたしの気持ちを察してか殿下が声をかけてくれる。

 舌をかまないように最小限の言葉だけれど、こうして気遣ってくれるだけで嬉しい。

 うん、大丈夫。だって、両想いだし、今は一大事だし、汗臭さはあとで挽回してみせればいいもの。

 だからもうすぐ到着する森に集中しないと。


 そう思ったけれど、目の前に見えてきた森を――森らしい場所を見て愕然としてしまった。

 きっと、ほんの数日前までは木々が鬱蒼と繁っていただろう場所は、真っ黒に焼け焦げた木が所々にぼんやりと立ち、地には炭と化して倒れた木々の上に灰が降り積もり、至る所から白い煙が立ち上っている。

 そしてずっと先には未だにオレンジ色の炎が揺らめいていた。

 まるで無辺に広がるような炎に思わず怯んでしまう。


『シンたちも限界みたいだな。時の枷が破られそうだ』


 目の前に広がる光景を言葉もなく呆然として見ていると、ロンの心配そうな声が聞こえた。

 その声に、誰もがはっと我に返ったみたい。

 遠くにあるはずの炎に怯えて嘶く馬を殿下がなだめながら手綱を引き、みんなも続いて馬を止めた。


「これ以上近づくのは無理だな」


 呟いて殿下が合図すると、すぐに騎士の一人が近づいてきてわたしが馬から降りるのに手を貸してくれた。

 そこに、村の採掘師らしい方たちがのそりと歩み寄ってくる。


「ヴィクトル殿下……」

「もうダメだ。俺たちにはもう何もできやしません」

「森はおしまいだ……」


 採掘師の方たちは全てを諦めてしまったように力なくうなだれ、悲嘆にくれている。

 だけど殿下が何か声をかけると、採掘師の方たちは力を取り戻したように表情を引き締めて頷き離れていった。

 殿下は言葉一つで、この方たちに希望を与えたんだわ。

 そんなやり取りを見ていると、ジェラールお兄様の腕から飛び降りたロンがやってきた。


『エリカ、できるか?』

「――はい。やってみせます」


 ロンの気づかわしげな問いかけに、ぐっと手を握り締めて答える。

 大丈夫。わたしはできる。殿下がわたしを信じてくれているんだもの。


「エリカさん」

「エリカ」


 殿下とレオンスお兄様、二人から差し出された手のひらには増魔石が載せられている。

 今度は緊張に胸がどきどきしていたけれど、一度大きく深呼吸をしてから二人の手を取った。

 震えているのは怖いからじゃない、武者震いよ。

 ロンがぺたぺたと歩いてわたしたちの前に出ると、ぴんと耳を立てる。


『準備はいいぞ』

「ありがとう、ロン。――殿下、お兄様、お願いします」


 二人の手をぎゅっと握ると、増魔石が熱を持ったようにほわりと温かくなった。

 その熱を感じながら目を閉じる。

 屋敷中のランプを灯すように、森の中にあるはずの光魔石を思い浮かべると、不思議と鮮明に頭の中に力を施すべき石が浮かび上がった。

 これはきっとロンの力。

 あとは練習で得た要領で光を灯す。数は多い。だけどまだいける。

 光はわたしだけの力じゃない。殿下とレオンスお兄様の光も感じるもの。


 このとき、集中していたわたしはまったく気づかなかった。

 炎の迫る森が眩しいほどの光を発していたことを。そしてその光は王都でも目にすることができたのを。


 どれくらいの時間、光魔法に集中していたのかはわからない。

 ただ途中で殿下の光が消え、ギデオン様の光に変わったことを感じてはいた。


『エリカ――エリカ! もういいぞ!』


 強く体を揺さぶられて、ようやくロンの声が頭に染み込み目を開けると、心配そうなロンと目が合った。


「……ロン?」

『炎の周りにある炎魔石は――光魔石は全てただの石になった。だからもう頑張らなくていいんだ。ありがとう、エリカ』

「全て……」

「ならあとは俺たちに任せてくれ。よく頑張ったな」


 ロンの言葉にふっと体から力が抜ける。

 マティアスがらしくなく笑って労ってくれるから、気まで抜けてしまって、がくりと膝が折れた。

 そんなわたしを抱きとめてくれたのは、ギデオン様。


「ありがとう、ございます。ギデオン様」

「お礼なんていいから。エリカちゃんはゆっくり休んで」

「エリカさん!」


 優しい言葉をかけてくれたギデオン様から、駆け寄ってきた殿下へと荷物のように移されて、わたしは誰かが用意していたらしい敷布の上に寝かされた。

 でも起き上がれないほどじゃないわ。


「殿下、大丈夫です」


 起き上がろうとしたわたしを心配する殿下に微笑んで、敷布に座り直す。

 殿下から増魔石を差し出されたけれど、それは断った。

 貴重な増魔石は他の方に使うべきだもの。


「殿下は、大丈夫なんですか?」

「うん、大丈夫。途中でギデオンと交代したのは、エリカさんの足を引っ張らないためだから。レオンスは片手に盗魔石を握ったままだったらしいが、それも全て灰色にかわってしまったようだよ。それでも今は自分の力で風魔法を発動させている。本当にエリカさんの魔力はすごいよ」

「いえ……」


 感心したように言われて、恥ずかしさに何て答えればいいのかわからなかった。

 そんなわたしに優しく微笑んで、一度ぎゅっと手を握ってから殿下は立ち上がった。


「僕はもう行くけれど、エリカさんは休んでいてほしい。何かあれば――」

「いいえ、わたしも行きます」

「エリカさん?」

 実はわたし、ジェラールお兄様に盗魔石をお守りにと以前もらっていたんです。これを使えば水魔法をお兄様のように発動できますから」

「だけど……」

「大丈夫です。無理はしませんから」


 心配する殿下に笑ってみせて、首から下げていた革袋の中から盗魔石を取り出して握った。みんなにまた迷惑をかけないよう、できる限り自衛するために持っていたお兄様の石がここで役に立つとは思わなかったけれど。

 石はあっという間に灰色に変わったけれど、わたしの中に力が満ちているのがわかる。

 立ち上がろうとすると、殿下が手を貸してくれた。


「本当に大丈夫?」

「はい。行きましょう、殿下」

「――わかった」


 先ほどまで手を握っていたギデオン様もレオンスお兄様も炎を抑えるために力を尽くしている。殿下と手を繋ぎみんなのところに戻ると、そのまま増魔石を一緒に握った。

 殿下と一度顔を見合わせて頷き合う。そして目の前の炎に集中した。

 たくさんの水を含んだ竜巻のような風が炎を吸い込んでいく。

 大丈夫。火は消える。

 あんなに広がっていた炎が今はもう視界に収まるほどになっているもの。

 だからもう、きっと、大丈夫。





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