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「おはよう。リザベル、エリカさん」

「あら、おはよう。ジェレミー」

「おはよう、ジェレミー」


 魔法技学の授業からの帰りに廊下で出会ったジェレミーと挨拶。

 でも午前の休憩時間に話しかけてくるなんて、嫌な予感がするわ。

 そして嫌な予感ほど当たるのよ。


「ついさっき、エリカさんが研究科の先輩にまで手を出していたって噂を聞いたよ」

「まあ、芸のない下品な表現ね」


 予想通りの嫌な展開――新たな噂にリザベルはふんっと鼻を鳴らした。ちょっとお行儀が悪いわよ。

 でも、わたしもリザベルの意見に賛成。どうも噂は下品な言葉が多いのよ。まあ、それが狙いなのかもしれないけど。

 お兄様とお会いしたのは室内でだけだったから、噂の相手はギデオン様よね。ただ、あれだけの短時間に誰が見ていたのかしら。噂の内容よりもそっちの方が気味が悪いわ。


「それで、本当なの?」

「え? ああ、ええ、そうね」


 ギデオン様との噂なら、願ったり叶ったりよね。婚約者もいらっしゃらないのなら、いっそのこと既成事実になってしまえばいいのに。

 あ、でも、ギデオン様のお気持ちも確かめないと申し訳ないわ。それでひょっとして、「実は僕も前から……」なんてことになったりして!……しないわね。


「エリカ、大丈夫? 時間がもうないから、ひとまず教室に戻りましょう?」

「え? ええ」

「じゃあね、ジェレミー」

「ジェレミー、またね」

「うん、またお昼にでも……」


 ちょっと気の抜けたジェレミーと別れて教室に戻ったところで本鈴が鳴った。

 次の授業は数学で、お昼からは体育のあとに魔法応用学。今日は苦手な授業ばかりなのよね。

 ああ、憂鬱。

 でも数学の授業では幸いなことに当てられることもなくて、平穏に終わった。

 良かったわ。さあ、お昼御飯よ。


「エリカ、いいの?」

「何のこと?」

「さっきの、けっこうな人が聞いていたわよ」

「……つい調子に乗ってしまったけど、やっぱりまずかったかしら? ギデオン様にご迷惑よね」

「さあ、それはどうかしら。噂では相手の名前までは広まっていないみたいだし」

「それならいいのだけど……」

「それで、誰なの? そのギデオン様って。昨日、研究科で何があったの?」


 今日のお昼はお弁当だから、リザベルと机を移動させておしゃべり。

 お弁当でももう一人で平気なふりをして食べなくてもいいのよね。

 

「ギデオン様はジェラールお兄様のお友達で、わたしの初恋の人なの」

「なるほどね。久しぶりの再会だったの?」

「ええ、三年ぶりよ。それでお兄様の研究室まで送って下さったの。ほんの少しの時間だったのに、しっかり見られていたみたいね」

「……今もまだ好きなの?」

「そうね。どうやら、ずっと好きだったみたい」


 妄想の中のヒーローはいつも灰色がかった髪にチョコレート色の瞳だったもの。昨日、久しぶりにお会いして気付いたことだけど。

 無意識すぎて自覚してなかったのよね。


 ギデオン様は五年前、王宮でのお茶会から部屋に閉じこもりがちになっていたわたしを楽しいお話で笑わせてくれたり、お外へ連れ出してくれた恩人のような人。

 最初はわたしも渋ってかなり失礼なことを言ったりしたのに、怒ることもなく、何度もお菓子や珍しい本を持って来てくれたのよね。

 それでわたしもギデオン様と一緒なら恥ずかしいと思わなくなったばかりか、少しでも可愛くなりたいって前向きになれたんだわ。

 だけど三年前、急に遊びに来てくれなくなって、ずいぶん寂しい思いをしたのよ。

 高等科の三年生になると将来のために色々と大変なんだって、お兄様は言ってらしたけど、研究科に進むためだったのかしら。きっとそうね。


「ねえ、エリカ。本当に今のままでいいの?」

「ええ? だ、だって、今以上にはどうにもできないもの……」

「でも、相手は明らかに悪意を持って噂を流しているのよ? しかも、まったくの嘘ではないところが姑息だわ。否定しようにも、どうしても曖昧になってしまうもの。それがまた真実味を増すのよ」

「え? あ、ああ、噂ね。ちょっと気持ち悪いわよね」

「ちょっとどころじゃないわよ。まるでエリカを始終見張ってるみたいじゃない」

「確かに……」


 てっきりギデオン様のことかと馬鹿なことを思ってしまったわ。リザベルはわたしのことをとても心配してくれてるのに。でも……。


「だからって、何ができるかしら? 相手は消失魔法を扱えるほどの人なのに……」

「本人とは限らないわよ。我が家の執事だって消失魔法は扱えるようだし、口の堅い誰かにお願いすることは可能だもの」

「そうだけど……。ただ、わたしの悪い噂ももう十分じゃないかしら? これ以上は逆に真実味がなくなると思うの」

「それもそうね。でも油断はできないわよ。おそらく犯人にとっては、殿下との噂は誤算だったでしょうし、何かまた仕掛けてくるかも……。あ、それ美味しそう」

「よかったら一つどうぞ」

「ありがとう。こっちも食べてね」

「頂くわ。ありがとう」


 こうして分け合って食べるのもお弁当の醍醐味よね。

 ああ、幸せ。美味しいものを食べていると、細かいことはどうでもいいって思えるわ。

 一旦、面倒な話は棚上げにして、リザベルとお昼ご飯を楽しまなくちゃ。

 そして最後まで綺麗に食べ終えたらラウンジに移動。食後は挽きたての珈琲が最高だもの。


「ねえ、ちょっと思ったんだけど……。もし殿下が、一般の子と恋に落ちたらどうなるのかしら? 可能性は十分にあるわよね?」

「だとしても、どうにもならないわよ」


 ずっと気になっていたことを口にすると、リザベルは迷いなく答えた。

 そんなにきっぱり言い切るなんて驚いたけど、ラウンジ付きのメイドが珈琲を持って来てくれたので会話は一時中断。

 ミルクと砂糖たっぷりの珈琲を飲むとほっとするわ。


「それで、どうにもならないってどうしてわかるの? 二人が本当に愛し合っていれば、どうにかなるんじゃないかしら」

「たとえ殿下でもどうにもできないわよ。周りが認めないわ。一般出身の女性が王妃様になったとして、貴族達が頭を下げると思う? おそらく、わたしが相手だったとしても、かろうじて認められる程度で、陰ではたかが子爵家と侮られるに決まってるわ。身分違いの結婚は不幸にしかならないのよ」

「……身分違いに関してはそうかもね。だからみんな愛人を作るのかしら。だとすれば、これはもう政略結婚の弊害とでもいうべきものね。でもわたしの両親はとても仲が良いし、全てがダメなわけでもないのよね」


 だからわたしはやっぱり諦めないわ。愛し、愛される夫婦を目指すのよ。それが無理なら結婚なんてしない。

 強く決意したところでジェレミーがやって来たので、荷物をリザベルの方へ移動させて席を一つ空ける。

 このまま午後からの体育に向かえるように、もう準備しているのよね。


「次は体育?」

「そうなの。とっても面倒だけどね」

「ええ? いいじゃないか。僕は詩文だよ。間違いなく寝てしまう自信があるね」

「わたしは詩文の方がいいわ。ロマンチックだもの」

「エリカさんがそう言うなら、本気で勉強するよ。そしてエリカさんに愛の詩を贈るから受け取ってくれるかい?」

「それは無理」

「なんて冷たいんだ」


 いつものようにジェレミーがまた白々しく嘆く。

 本当は詩文も得意なくせに、何を言っているのかしら。正等科ではいつもどの科目もトップだったし。羨ましい。


 ジェレミーは珈琲が苦手らしくていつも紅茶。

 演劇や小説の話をしていると、あっという間に時間は経ってしまうのよね。「さて、そろそろ行かないと」って、リザベルの言葉を合図に立ち上がる。


「あ、ごめんなさい」

「いや、――」


 椅子を片付けようとして、後ろを通っていた男子とぶつかってしまった。

 すぐに謝ったけど、彼はわたしを見て睨む。

 何よ? さっき何か言いかけたんだから、最後まで言いなさいよ。

 ちょっと触れた程度なのに心の狭い人ね。

 ぷいっとそっぽを向いて去って行く背中を睨み返す。

 文句の一つでも言えば良かったわ。本当はそんな勇気ないけど。


「何あれ? 失礼な人ね」


 リザベルはわたしの気持ちに同調してくれたように怒ってる。

 そうよね、今のは失礼よね。

 だけどジェレミーは含んで小さく笑った。


「彼はきっと〝イザベラ″の噂を信じているんだろう。品行方正な彼にとっては許せないんじゃないかな」

「あの人のこと、知ってるの?」

「ああ、昨年同じクラスだったからね。オーレリー・レルミット――レルミット侯爵家の後継者だよ」

「ええ?」


 あれがギデオン様の弟さん? 信じられない。

 再燃したわたしの恋にさっそく障害発生だわ。





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