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「とにかく座ったほうがいいよ、エリカさん」

「は、はい。ありがとうございます」


 確かにちょっとくらくらしたので、殿下の言葉に甘えて座る。

 きっとお父様とロンを行ったり来たり見ていたせいね。


「殿下、お気遣い頂きありがとうございます」


 わたしが座るとお父様も冷静になったのか、殿下に頭を下げた。

 良かった。いつものお父様だわ。

 と思った瞬間――。


「エリカから離れろ、この魔獣!」


 お父様はいきなりテーブルの上を払った。

 だけどロンはひょいっと飛んで器用に避ける。

 そして無事に着地すると顔を前足で覆ってけろけろと鳴き始めた。


『エリカ、聞いてくれ、レオは酷い奴なんだ。俺が気に食わないからって、あの庭で白いウサギを見つければ幸せになれるなんて嘘を吹聴したんだぞ。そのせいであの庭には人が増え、俺は追いかけられるようになったんだ』

「それって……」


 あのとき、ノエル先輩から聞いた〝幸福の白いウサギ〟はロンのことだったの?

 しかもお父様の嘘から始まったの?

 それは酷いわと非難の眼差しを向けると、お父様は目をそらしてげほんげほんと咳をした。


「いや……気に食わないなどと言って、そんな子供っぽい真似はしないさ。ただ王妃陛下がロンと出会って幸せなことがあったとおっしゃっていたのを、何かの席で一度遠まわしに言っただけだよ」


 苦笑しながら話してくれたお父様の説明に嘘はないように思える。

 なるほど。噂ってそんなものだから。

 それにお父様の――アンドール侯爵の言葉となれば、なおさらみんな反応してしまうでしょうしね。

 特に女性はおまじないとか、そういう話が好きだもの。


「お父様とロンは昔からの知り合いなんですか?」

『ああ、俺はレオが生まれたときから知ってる。レオは弱いくせに無茶をするからな。俺が何度も森で助けてやったんだ』

「馬鹿を言うな。たったの一度だけだ」

『一度だけねえ。そういや、一度は絶体絶命の大ピンチだったよな。お前が不用意にあの石……お前たちが盗魔石と呼ぶ石に触れて力を失ったとき、回復するまで下等魔獣から助けてやったじゃないか』

「あら……」


 つい先日、お父様の若い頃の話を聞いて驚いたばかりだけれど、ロンの話にはさらにびっくり。

 ひょっとしてフェリシテさんのお母様に差し上げたあの盗魔石はそのときのものなのかしら。

 行儀見習いにバルエイセンの王宮に仕えていたフェリシテさんのお母様に、お世話になったからとお礼に差し上げたのよね?

 美しくて珍しい石だけれど、高価なものではないから負担になることはないだろうと思って。

 まあ、女性側にしてみれば、高価でなくても綺麗なものをプレゼントされればちょっと誤解してしまうわよね。


「私の話はいい。今はロンがどうしてここにいるかだ。エリカが王妃陛下の指輪をしているのを見てから危惧してはいたが、またその姿で現れるなんてどういうつもりだ?」


 お父様と目が合って思わず指輪を隠してしまったのは、お父様が誤解していることに気付いたから。

 お母様には「王妃様の指輪とはデザインが少し違うのね?」なんて言われて頷いたけれど、お父様は同じものだと思っていたのね。


『何言ってんだ? エリカの指輪は――』

「そもそもロンはなぜその姿を選んだんだ? 庭にいて怪しまれない生き物は他にもいるだろう?」

『女性が嫌がる姿のほうがいいんじゃないかって、王妃が言ったんだよ。でもヘビだと駆除されちまうだろ? それでカエルにしたんだ』


 お父様の言葉を不思議に思ったらしいロンを遮って、殿下が上手く話を逸らしてくれた。

 殿下はいつだってわたしを助けてくれる。

 そのことにわたしが気付くのは遅かったけれど。

 マティアスが腹を立てるのも当然よね。


「それなら、エリカさんが怖がることだってわかるだろう? それを――」

『エリカも王妃も平気だったんだよ。だから他のやつが怖がるこの姿にしたんだ』

「え?」


 ちょっと呆れたように言う殿下に腹を立てたのか、ロンはむすっとして答えた。

 でもわたしは相手がロンだからこそ怖くないだけで本当はまだ無理よ。

 それにあの悲劇がなくたって、やっぱり平気ではいられなかったと思うわ。


「母上とエリカは違うと何度言えばわかるんだ。あの人は誰の手にも負えないほどの……いや…とにかく、か弱いエリカと一緒にしないでくれ」

「お父様の、お母様?」


 なるほど。そういうことだったのね。

 確かにわたしの名前はおばあ様から頂いたものだもの。

 ロンの言う〝エリカ〟は、おばあ様のことだったのね。

 あら? でもそれって要するに……。


「ねえ、ロン……」


 おばあ様も森へ入ったことがあるのかと訊こうとして、はっと口をつぐんだ。

 ここで質問してわたしが森へ行ったことがお父様にばれたらまずいもの。

 だけどロンはにたりと笑ってしっぽを振る。

 申し訳ないけれど、その笑顔はちょっと怖いわ。


『なんだ、エリカ? どうしたんだ?』

「いえ、あの……それでご用件は……?」

『ええ? エリカまで酷いぞ。何か用がないと俺は会いに来ちゃいけないのか……』

「そうだね」

「当然だ。さっさと帰れ」

「殿下! お父様!」


 ロンにはとてもお世話になったのに、二人とも酷いわ。

 追い打ちをかける二人の言葉にロンは再びけろけろと鳴き出した。


「違うわ、ロン。もちろんそんなことはないわよ」

『本当に?』

「ええ」

『そうか』


 慌ててわたしが否定すると、ロンはけろりとして嬉しそうに笑った。

 どうしよう。ロンのことは好きだけれど、その姿はやっぱり苦手だわ。


「あの、次からはできれば元の姿で来てくれるほうが……」

『わかった。次からはウザキのまんまで来るよ。それじゃ、そろそろ帰るかな』

「え? あ、待ってください。わたしの友達を、リザベルを紹介したいの」

『ああ――いや。それは次の機会にしてくれ。どうもシンが急いで戻って来いって言ってる。何だろう……』


 ロンは急に顔をしかめて首を振った。

 何かあったみたいだけど、大丈夫かしら。

 もっと早くリザベルを呼べば紹介できたのに残念だわ。


『エリカ、今度はゆっくり遊びに来るよ! 王子、レオ、もう邪魔はさせないからな!』


 少し焦った様子でロンはわたしに手を振ると、最後に殿下とお父様に向けてふふんと得意げに笑って、消えた。




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