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 殿下はわたしの手を放して立ち上がると、飾り棚の方へと向かった。

 そしてお菓子が入れられるような紙箱を持って戻ってくる。

 その箱はかさかさと音を立てていて気持ち悪い。


「殿下……」

「エリカさん、大丈夫だから。少しだけ我慢してほしい」


 箱をテーブルに置いて隣に戻った殿下は、励ますようにわたしの手をとんとんと軽く叩いた。

 そうよね。アレは怖いけれど、殿下のことは信頼できるもの。


「殿下、大丈夫です」

「うん。じゃあ……」


 声が震えないように力を込めて答えると、殿下は優しい笑みを返してくれた。

 不思議だわ。全然タイプじゃなかったのに、今はその顔を見るだけでどきどきしてしまう。

 ぼうっとしていたせいで、せっかく覚悟を決めていたはずが箱から飛び出してきたアレに驚いて、とっさに殿下の腕にすがってしまった。

 はっと殿下の息を飲む音が聞こえる。

 でも今離れるのはムリ! 体が硬直してしまって動けないもの!


『エリカ! そいつから離れろ! そいつは酷い奴だぞ!』

「……え?」

『俺をこんなちんけな物に閉じ込めたんだ! 光の届かない暗闇でどれほど心細かったか……』


 なぜかわたしの名前を呼んだアレは悲しそうに鳴き始めた。

 ちらりと見て、大丈夫そうなのでもっとじっくり見る。


「で、殿下……このア…カエル、しっぽが生えてます!」

「ああ、確かに。でも気にするのはそこ?」

「まさか子供のカエルなんでしょうか? それなのにわたしが怖がったりしたから……」

「いや――」

『エリカは相変わらず優しいなあ。でも俺はカエルじゃないぞ。これは仮の姿で、本当はウザギなんだから』


 しっぽをぱたぱた振りながら白いアレは背を伸ばして二本足で立った。

 この堂々としたポーズ、前にも見たわ。


「……ひょっとして、ロンなの?」

『せいかーい! さすがエリカ! よくわかったな!』

「いや、わかるよ。その偉そうな態度」


 嬉しそうに飛び跳ねるロンを前にして、殿下がぼそりと呟いた。

 まさかロンだなんて。姿が全く違うから、全然わからなかったわ。

 でもロンだと思えば、アレの姿でも怖くない……かも。

 そして冷静になると殿下にしがみついたままだったことに気付いて、慌てて離れた。

 恥ずかしくて殿下を見ることができない。

 それでも何事もなかったようなふりをして背を伸ばし、ロンに向かって軽く頭を下げる。


「こんにちは、ロン。お元気でした? シンはどうしているの?」

『ああ、元気だよ。シンもな』

「そうですか。それはよかったです」

「――和んでいるところ悪いけれど、ロンは何しに来たんだ? エリカさんはお前のせいで気を失ったんだ。それに五年前の東屋でのアレもロンだろう?」

「……五年前?」


 あの王妃様のお茶会でのアレのこと?

 アレにしっぽはあったかしら? よく覚えていないわ……。


『別に驚かせるつもりはなかったんだよ。久しぶりでつい嬉しくて飛びついただけで、エリカが小さいことを忘れていたんだ』

「そもそもどうしてその姿なんだ? 深淵での姿なら、エリカさんだってあんなに驚かなかっただろうに」

『あの姿は目立つんだよ。それで追いかけられて大変な目に遭ったから、姿を変えたほうがいいってアドバイスをもらったんだ』

「誰に?」

『王妃だよ』

「おばあ様!?」

「王妃様!?」


 思いもよらない人物名に、殿下もわたしも声を上げてしまった。

 まさか王妃様とロンが知り合いだったなんて。


「おばあ様とは…王妃陛下とはどうして知り合ったんだ?」

『そりゃ、王妃の指輪だよ』

「あれはやはり共鳴石だったか……」


 共鳴石? 王妃様の指輪が?

 ハルバリーの官庁での舞踏会で、この共鳴石の指輪が王妃様の指輪だと思われたのはそういうことだったのね。

 思わず左手にはめた指輪を撫でると、ロンが『ああ!?』と大きな声を出した。


「どうしたの、ロン?」

『その石! シンが王子に渡したやつだろ!? エリカのペンダントは!?』

「ああ、それなら僕が持っているよ。ここに……ほら」

『お前か、王子! それでエリカの所に飛ぼうとしてもできなかったんだな!』


 どうやら指輪を見て驚いたみたい。

 殿下が懐から革袋を取り出してその中に仕舞っていたペンダントを見せると、ロンはペタンッペタンッと地団駄を踏んだ。


『共鳴石は光がないと響かないんだよ。そんな袋に入れるな、馬鹿王子!』

「すまない、ロン。光がないといけないなんて、知らなかったからね」


 ひょっとして殿下が言っていた確かめたいことって、ロンのことだったの?

 ロンがペンダントの許に現れるかどうか、アレかどうかってこと?

 だとすれば、これで殿下の疑問は解決したのよね? ということは――。


『ああん? ちゃんとシンが説明……しなかった……かもな。だが、これでわかっただろう? 気をつけろよ、まったく。不思議に思ってお前に訊こうとして正解だったよ。そもそも何で交換してるんだ?』

「え? そ、それは……」

「王妃陛下はどうやって共鳴石を手に入れたんだ? シンが渡したのか?」

『いや、エリカが渡したんだよ。それで俺はエリカに会うつもりで王妃に会ったんだ。王妃は気さくないい人間だったからな、すぐに仲良くなったぞ』


 どんどん変わる話題についていくのがやっとだけど、ちょっと待って。

 王妃様に共鳴石を渡したなんてどう考えてもあり得ないわ。

 きっとロンの勘違いね。


「あの、わたしは王妃様とは一度しか……あのお茶会で初めてお会いしたはずなんですが……」

『ああ、それは――』


 わたしの疑問にロンは答えかけて、ノックの音が割り込んだ。

 一瞬の沈黙のあとに、殿下が席を立って応対してくれる。

 そして入って来たのはお父様。


「エリカ、大丈夫なのか?」

「お父様……」


 ちょっとしたことでもわたしのことではすごく心配するお父様は、走って来たのか少し息が上がっているみたい。

 わたしはすっかりお父様のことを忘れてしまっていたのに。


「顔が赤いぞ、エリカ。また熱が上がったんじゃないか?」

「こ、これは違うんです、お父様」


 いつもは礼儀正しいはずのお父様が、殿下への挨拶もそこそこにわたしの許へと駆け寄った。

 顔が赤いのはばつが悪いから。

 お父様はわたしの調子を見るように全身に視線を走らせ、それからテーブルの上に立つロンに気付いたのか、ぐっと眉を寄せた。

 大変。しっぽの生えたアレが二本足で立っているなんて、びっくりするに決まってるわ。


「お父様、こちらは――」

「またお前か、ロン! もうエリカには近づくなと言っただろう!」

「え……?」

『よお、レオ。相変わらず、マヌケな顔してんな』


 何? どういうこと?

 驚いて殿下をちらりと見ると、同じように驚いているみたい。

 レオはお父様の名前、レオナールの愛称だけれど今その呼び名でお父様を呼ぶのはお母様ぐらいなのに。

 まさかお父様までロンと知り合いだったの?




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