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 自分の不甲斐なさにうんざりしてため息を吐いたところで、クラスのみんなから歓声が上がった。

 どうやら色彩の庭に入って、その美しさに驚いたみたい。


「まあ! 本当に見事だわ」

「……ええ、そうね」


 その名の通り、色とりどりの花を咲かせた庭は圧倒されそうなほどに綺麗だった。

 だけどわたしの記憶にはピンとこない。

 ふと視線を感じて振り向けばマティアスが珍しく不安そうな表情でわたしを見ていた。と思ったら、睨みつけてくる。


 はあ? 意味がわからないんですけど。

 状況はよく覚えていなくても、マティアスがわたしに酷いことを言ったのは覚えているんだから。


「ほら、マティアスさんを睨んでいないで座りましょう。席は自由みたいだけど、わたしたちが座らないとみんなどうしていいかわからないみたいよ。どの席にする?」


 リザベルに窘められて周囲を見回すと、確かにみんな立ったまま心細げにしていた。

 庭に設えられたお茶席は丸テーブルが五つ。

 特に席次は決まっていないみたいだけれど、こういう場合は主人役が取り仕切ってくれないと。せめて侍従が上手く誘導してくれればいいのに。

 仕方なくクラリスさんとフローラさんに視線を交わして頷き合い、コレットさんを誘う。


「コレットさん――」

「あら、まだ皆さん着席されないのぉ? お好きな席に座ってくださってかまわないのにぃ。さあ、どうぞぉ。殿下はわたしとここに座りましょう?」


 ようやく現れた殿下にぶら下がったルイーゼさんが女主人の役を引き受けることにしたのか、みんなに席を勧める。かなり適当だけれど。

 あんなにぴったり引っ付いていたら歩きにくくて到着も遅くなるわよね。


「コレットさん、リザベル、ここに座りましょう。ほら、ポーチュラカが綺麗だわ」


 別にポーチュラカが好きなわけではないけれど、殿下たちから一番離れた席だからと選んで座る。

 でもまた失敗してしまったわ。

 ここじゃ、殿下たちがどうしても視界に入ってしまうもの。今さら席を移るわけにもいかないし。

 クラリスさんとフローラさんに続いて、デボラさんたちや男子がそれぞれ席を選ぶともなしに選んで座り、わたしたち三人のテーブルには男子が五人加わった。

 それにしてもおかしいわ。

 王宮主催の茶話会なのに、主人役がいないと進まないんじゃないかしら。


「ねえ、リザベル。この茶話会、誰が進めるのかしら」

「そうよねえ。珍客が一人いるけれど、わたしたちだけで好きにしていいなら、前もって知らされているわよね。この場合、殿下とエリカが妥当だけれど……」

「ええ? それは嫌よ」


 こそこそとリザベルと話していると、黙って聞いていたコレットさんが「あっ」と小さな声を上げた。

 何事かとその視線を追って、思わずわたしも声が洩れそうになってしまう。

 殿下にちらりと視線を向ければ顔をしかめていて、その隣のルイーゼさんは満足そうに微笑んでいた。


「皆さん、いらっしゃい。遅くなってごめんなさいね」


 たくさんのお付きの人たちに囲まれ、優雅な笑みを浮かべて現れたのは王太子妃殿下。

 その姿にみんなは慌てて、マティアスは渋々といった様子で立ち上がり膝を折った。

 まさか妃殿下が登場するとは誰も思っていなかったらしく、みんなすっかり緊張で固くなってしまっている。


「――王太子妃殿下、本日はこのように素晴らしい席に招待してくださり、誠にありがとうございます。このクラスの文化祭実行委員として大変誇らしく、光栄に思います」

「……ああ、そう。良かったわね」


 殿下は口を閉ざしたまま、クラス委員の男子はぽかんと口を開けたままなので、実行委員としてわたしが最初にお礼の言葉を述べた。

 妃殿下の冷たい態度に怯んだりするものですか。

 するとみんなもまた慌てた様子で口々にお礼を述べて頭を下げる。

 そこからは妃殿下の歓迎の言葉を合図に、妙な興奮に包まれた異様な茶話会が始まった。


 妃殿下の侍女たちがそれぞれテーブルに付き、みんなにお茶を淹れていく。

 みんなも次第に緊張がほぐれたのか、少しずつ笑い声も上がり始めた中で、ひと際大きいルイーゼさんの甘えた声が聞こえた。


「まさか妃殿下が現れるとは思っていなかったわ」

「ええ。本当に」

「嬉しい驚きというより、迷惑だと思うのは捻くれているかしらね」

「でも、みんな緊張しているけど、喜んでいるみたいです」

「そうね。それに学院に戻れば自慢の種になるわね。これこそ一等を取った甲斐があったというものだわ。これでそろそろ退席してくだされば、みんなもっとリラックスできるのに。――と、思うのは捻くれているわよね」


 侍女には聞こえないように小声で話してくすくす笑い合う。

 だけど、わたしが本当に退席してほしいのはルイーゼさん。

 だって、さっきからあまりにも殿下に馴れ馴れし過ぎるんだもの。

 わたしがあのとき殿下の手を放さなければ……だけど……でもだって……。

 ああ、もう。我慢できない。


「ねえ、リザベル、コレットさん。わたし、もう十分お茶は頂いたから、ちょっとお庭の散策に行ってくるわね」

「ええ、行ってらっしゃい。健闘を祈るわ」

「エリカさん、行ってらっしゃい。あの、頑張ってください?」

「ありがとう、リザベル、コレットさん」


 わたしの決意に気付いてリザベルが励ましてくれる。コレットさんもわからないままに応援してくれた。

 だから大丈夫。こうして後悔するくらいなら、当たって砕けたほうがいいもの。

 それでも一歩一歩足を進めるたびに会場が静かになりみんなの注目を浴びると、逃げ出したくなった。

 目的のテーブルに座る妃殿下の冷たく鋭い視線が突き刺さって痛い。 

 でも何より殿下の反応が怖くて足が震える。


「――失礼します、妃殿下、皆様。お楽しみ中のところをお邪魔して申し訳ないのですが、この素晴らしいお庭を殿下と見て回りたくてお誘いに参りましたの。よろしいでしょうか、殿下?」

「ええ? そんなぁ――」

「もちろんだよ、エリカさん。この庭はかなり見所があるからね。みんなも見て回ったらどうかな? 妃殿下もお忙しいでしょうし、私たちは勝手に楽しませて頂きますので、どうぞこれで退席なさってください」

「ヴィクトル、あなた――」

「では、失礼」


 とても長く感じられた一瞬の後の殿下の言葉。

 途端にほっと体から力が抜ける。

 先ほどあんなに嫌な態度を取ったのに、こうして付き合ってくれるなんて殿下はやっぱり優しいわ。

 でも妃殿下をあんなふうに無視してよかったのかしら。


「ありがとうございます、殿下。でも妃殿下は……よかったのでしょうか……?」

「ああ、心配しなくても大丈夫だよ。マティアスがどうにかしてくれる。――あれで頼りになるんだ」


 差し出された殿下の腕に手を添えて、その場から離れながら残してきたみんなが気になって口にした質問。

 その返答をつい疑ってしまったのが顔に出たみたいで殿下は笑って付け加えた。

 まあ、マティアスは失礼な人だけど、ブリュノー公爵家嫡男としては上手くやっているらしいものね。

 よし。今はこの状況に集中しないと……と思った途端、お腹が痛くなってきた。

 それに胸が苦しくて頭も痛くなってきて、お庭を楽しむ余裕なんてない。


「どこに行くの?」

「はい? ど、どこに?」

「いや、目的を持って進んでいるみたいだから……」

「え? あ……」


 殿下の腕に手を添えるどころか掴んで引っ張るように足早に進んでいたことに、言われて気付いて恥ずかしくなる。

 緊張しすぎて淑女としてあるまじき振舞いをしてしまったわ。大失敗。


「それは、あの……あの東屋に行きたいんです!」

「……思い出したの?」

「え?」

「いや、何でもないよ。では、行こうか」


 少し先に目に付いた東屋を勢いよく指さすと、殿下はちょっと驚いたみたい。

 だけどすぐに笑って今度こそわたしを連れて歩き出した。

 わたしはといえば適当に答えたものの、すぐに到着してしまった東屋ではどうすればいいのかわからなくて焦ってしまう。


 ひとまず謝る? それともいっそのこと好きって言ってしまう? 

 ううん、それはあまりにも愚策だわ。殿下に気を使わせてしまうだけだもの。

 ここはひとまず、殿下にわたしと無理に結婚しなくてもいいって言って、それから殿下の恋を応援するって……言うのは無理だわ。

 ああ、どうしよう。


「あの、で、殿下……」

「うん?」

「わたし、あの――」


 まだ何も決まっていないけれど、何か言わないとと殿下に向き合ったとき。

 殿下の背後の茂みがかさりと揺れて、そちらについ気を取られて、どうにか悲鳴を飲み込んだまでは覚えているわ。

 まさかここでまた、アレに遭遇するなんて――。




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