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「うるさい、ブス!」


 家族に愛され、蝶よ花よと育てられたわたしに、名前も知らない誰かからの信じられない一言。

 十歳のわたしは、ショックのあまり寝込んでしまった。

 そして数日後にどうにか回復したわたしは、よろよろと起き上がって鏡をじっと見つめた。


(わたしって……ブスなの?)


 息子が三人続いた後に生まれた待望の女の子だったから、両親はわたしに甘い。ちなみにお兄様達もわたしに甘い。

 だから、可愛い可愛いって言われて育った。

 それで客観的に自分を見ることもなく、素直にわたしは可愛いんだって信じていたのに。

 きっとみんなも本音ではブスって思っていても、名門貴族アンドール侯爵家の末娘であるわたし――エリカ・アンドールに遠慮して、可愛いって言ってたのかもしれない。


(やっぱり、わたしってブスなんだ……)


 鏡を見て悲嘆にくれた十歳の冬。

 それにしたって、おかしいわよね。絶対におかしい。

 だって、家族のみんなは金色の髪に緑色の瞳でとっても美しい顔立ちをしているのに、わたしだけ黒い髪に青より濃い瞳の色。

 学院での成績も魔法の実力もお兄様達は常にトップクラスだった。なのに、わたしは中の下。

 わたしって実は養女なのではないかと、かなり悩んだ。


 悩みに悩んで両親にその悩みを打ち明けたら、本気で怒られた。

 ひとしきり怒られた後、泣き出したわたしを両親は抱きしめ慰めてくれた。

「お前は私達の可愛い娘だよ」、「顔立ちは私達に似ていなけれど、とても美しいと評判だったあなたのおばあ様に似ているのよ」と。

 確かに、あとでおばあ様の肖像画を見たら、わたしに似ていた。でも似てはいるけど、わたしがおばあ様みたいに美人とは限らないのよね。

 それでも努力すれば何とか見られるようにはなるんじゃないかと決意したのは、十一歳の春。


 それで自分磨きに精を出して四年。

 おしゃれにだって気を使って、それなりにはなったはずなのに、十二歳で入学した学院ではなぜか友達ができない。もちろん恋人もできない。

 クラスにいる子達を見回して、こぼれそうになるため息を飲み込む。

 休み時間にはたいてい一人で本を読んで過ごしているけど、何か行動する時には一人ぼっちになるわけではない。ただいつも一緒の親友っていうものに憧れるのよね。

 このクラスではわたしの家が一番家格が高いから、みんな遠慮しているのかしら。でもそれなら〝取り巻き″なるものがいてもいいんじゃない?

 やっぱりわたしに美貌がないからなのかも。取り巻きをはべらしている人って、たいてい美しいものね。

 だけど、もうすぐ高等科へ進学するし、そうすればきっと新しい出会いが待っているはず。

 かっこいい先輩に、高等科からの編入組だっているもの。


 まあ、お母様を筆頭にお父様にもお兄様にも高等科に進むことは反対されたけど。

 そこは甘やかされた末娘の特権を活かして、〝必殺・泣き落とし″でどうにか許してもらったのよね。

 今時、正等科を卒業したら女学院――いわゆる花嫁学校なんてものに進むなんて遅れているわよ。

 婚約者のいる子たちは仕方ないかもしれないけど、わたしには幸い婚約者はいないし。そう、幸いにね!


 学年女子の半分以上が未だに女学院に進むのはどうかと思うけど、その抜けた人数を一般家庭の子達で補うから、高等科に上がってもクラスの数は大きくは変わらない。

 ちなみに男子は騎士訓練所に進む子が多く、そのまま騎士団に入団する子や、一年の訓練を終えて高等科に戻る子や様々。

 そして一般生徒で編入してくるのは、奨学金をもらえる優秀な生徒や大商人の子供達だけ。

 国立学院は正等科しかないから、国としても優秀な人材を育てるために王立学院で受け入れるのでしょうね。

 だから、どんな子達がいるのか今からとても楽しみ。


 テンションが上がったところで、授業に集中する。

 うーん、せめてかっこいい先生がいればねえ。この魔法技学の先生も顔は悪くないんだけど、癖が強いのよね。


「いいですか? 光魔法ははっきり言って、誰にでも扱えるものではありません。あなた達では扱えたとしても、部屋の明かりを灯す〝レンブル″が精いっぱいでしょう。出来なくても落ち込む必要はありませんからね。では皆さん、手のひらの中に光を集めるように……集中して……唱えて!」


「レンブル!」


 先生の合図と同時に皆が一斉に呪文を唱えた。

 わたしもこれくらいの短い呪文なら言える。でもやっぱりわたしの手のひらに光は灯らない。

 あら? 優等生グループの子達も出来ていないみたい。

 さすがに光魔法は正等科のわたし達が扱える魔法じゃないものね。

 先生も教科書に載っているから、一応教えておきましょうってスタンスだし。


 勉強もね、顔が残念なら頭のレベルを上げようと頑張ったけどダメだったのよね。

 家庭教師を頼んだけれど、女の子はそんなに勉強が出来なくてもいいんだよと取り合ってくれなかった。

 結局、わからない所はお兄様に教えてもらい、努力して中の上。

 魔法学にいたっては、中の下。

 でもいいの。魔法は別に扱えなくても、扱える人を雇えばいいだけだし。

 それに貴族令嬢に必要な礼儀作法やダンスは上の上だから。


 わたしに魔法の才能がないことはどうにもならない。

 簡単な魔法は呪文も簡単だからいいけど、難しくなるとそれだけ長くなるから呪文を唱えるだけで精いっぱい。気持ちを込めるとか無理。

 お兄様達は慣れたら呪文も自然と口から出てくるよなんて言うけど、それは出来る人の言い分よね。


「はい、みなさん諦めずにもう一度頑張りましょう。……はい!」


「レンブル!」


 おっと、いけない。ぼんやりしていたわ。

 まあ、真面目にしてても無駄なんだけど。

 光魔法なんてそうそう簡単に扱えないことは知っているもの。

 だからこの世にはろうそくが発明されたのよね。明りに困らないように。


 お城や貴族の屋敷では光魔法で明りは灯されている。

 これは魔法石って石に光魔法をかければいいんだけど、この魔法石は消耗品で高い。

 だから光魔法での明りは、力と財力を示す一種のステータス。

 我が家で光を灯すのは、執事のクレファンス。

 クレファンスはとても魔力が強いから、本当なら王宮仕えどころか官僚にだってなれるのに、有り難いことにアンドール侯爵家に仕えてくれているのよね。


「ねえ、エリカさん。あなた出来て?」

「まさか。わたしに出来るわけないわ。魔法は苦手なんですもの」

「そうかしら? エリカさんは魔力はあるはずよ。家系的にも」

「だったら良かったのだけどね。それで、リザベルさんは?」

「全然ダメ。わたしはエリカさんとは違って、家族もそんなに魔力は強くないもの」


 リザベルさんはクラスで一番話せる相手。

 一人でいることの多いわたしによく話しかけてくれる有り難い人。

 普段のわたしは一人で平気なふりをして、本を読んでいるから。実際、読書は大好きだけど。だって、物語の主人公になりきって空想に耽るのは楽しいもの。


 今、読んでいる本も〝レンブル″がよく登場するのよね。

 ヒロインが光魔法が得意で、それで色々な冒険に――。

 と、先生がこっちを見たから慌てて呪文に集中する。


「レンブル!」


 うん。やっぱりダメ。

 あのヒロインならこれくらいの光魔法ならお手のものなんだろうけど。

 初めて〝レンブル″に成功したのは、罠にかかって洞窟に閉じ込められてしまい、暗闇を恐れて思わず唱えた時だったのよね。レンブル!……って、あれ?


「エリカさん! 出来てるじゃない!」


 リザベルさんが驚くのも当然。

 わたしの手のひらの中には、小さな光が灯っているんだもの。

 そう。ちょうどさっき想像した物語のヒロインのように。


「おお! エリカ君、なんて素晴らしい光でしょう! さすがはアンドール家のご令嬢だ。やはり君には才能がある!」


 常日頃、この先生はわたしが真面目に授業に取り組んでいないとぼやいていただけに、すごい喜び様。

 その、私が教えたお陰、みたいな鼻高々な顔はやめてほしいわ。


「エリカ君、もう一度やってみなさい! 忘れないうちにコツをつかみましょう!」

「……はい、先生」


 興奮する先生に促され、みんなに注目される中、ごくりと唾を飲み込んで呪文を唱えてみる。

 だけど緊張して上手くいかない。

 さっきのはまぐれだったのよ。


「も、もう一度頑張りましょう」


 何度か試してみたけどやっぱりできず、少し白けた空気の中での先生の言葉。

 もう解放してほしい。どうせ上手くいきっこないんだから、これ以上の恥はかかせないで。

 ああ、もう、いや。いっそのことパアッと明るい光をお願い!

 そう、あのヒロインが最後に悪者を退けた時くらいに。


「――レンブル!」


 やけになったわたしが呪文を唱えた瞬間、教室内はパニックになった。

 まさか本当にあんなに明るく光るなんて思わなかったんだもの。

 みんな眩しさのあまりその場にうずくまったりして、一番近くにいた先生は「目が~! 目が~!」って、苦しんでいた。

 ちなみに先生だけじゃなく、わたしも保健室行き。

 一時間は目を瞑ってても瞼の裏でチカチカしてたわね。

 それより何より、リザベルさんまで巻き込んじゃって。あとでしっかり謝っておかないと。




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