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最終話 災厄の日

 ラルバ達が村へ戻ったときには、既に村の面影はなくなっていた。


 木造の小さな家は高く火柱を上げて、しかも踏み潰されたように破壊し尽くされていた。骨組みさえ残っていないのだ。そして至る所に落ちているよくわからない何か。

 辺りは焼け焦げる臭いが充満していたが、そんな臭いも忘れてしまう程目の前の光景に呆然としていた。するしかなかった────ここは本当に自分の村なのか? と。


「ひどい。ひどすぎる……」


 荒い息をゆっくりと吐き出しながら、ようやくイデアが言葉を発する。


「イデアさん、ここに落ちてるやつ……まさか、そんなわけ……ないよな?」


 ラルバは目に涙を溜めながら、近くのぐちゃぐちゃした物体を指差して震えていた。

 物体からは赤黒い液体が止め処なく溢れ出ている。真っ黒い人の形をしたものもあった。そして、その脇に転がっているのは焼け焦げたバスケット。


「多分……ラルバ君の思っ」

「やめろよ」


 イデアの言葉を素早く遮る。違う。そんな答え望んでない。


「んなわけねえじゃん……だって、だって」


 どう見たってこんなの人じゃないじゃんかよ!!


 否定したいのに震えが止まらない。途切れた言葉は弱々しく轟音に掠れて消えていってしまった。


「……フォルテは? フォルテはどこ?」


 恐怖と驚愕が入り混じった表情で硬直していたイリスが、突然思い出したように辺りを見回す。


「お姉様、フォルテはどこでしょう? 大丈夫ですよね? 無事ですよね?」

「ああ、フォルテなら簡単に死ぬような人じゃないから大丈夫よ。きっと生存者を捜しているのかも」


 イデアが微笑む。

 本当は怖くてたまらないはずなのにそれを感じさせない程その笑みは穏やかで、瞳には強く温かい光を宿していた。そんな彼女を見ているうちに、イリスも少し落ち着いたようだった。気づけばラルバの身体の震えも止まっていた。


「だから」とイデアが炎の向こうを見る。


「私も行かなきゃ。フォルテや残っているかもしれない生存者を置いて逃げるわけにはいかないもの。貴方達は先に逃げて。今ならまだ間に合うから」


「だったら、私もお姉様について行きます!」とイリス。


 どこかで聞いたような台詞。いつもは素直で従順なのにこういうときだけは頑固な────とここまでラルバは考えてはっと何かが頭をよぎる。


「駄目よ。特に貴方は一番行ってはいけない」

「なんでですか? 私は神様だから駄目なんですか?! 私やラルバさんもいればもっと手分けして捜すこともできるでしょう? ねえ、ラルバさん?」

「……え? ああ、うん」


 ラルバは上の空で答えた。家々から舞い上がる火の粉がちらちらとここまで飛んでくる。まもなく森にも火の手が伸びて、一帯は火の海になるだろう。その前に逃げたいのは山々だったが────ステラの事が彼の頭に引っかかっていた。

 ステラは今、もしかしてどこかで泣き叫んでいるのではないか? 生きていれば、の話だが。


 イデアはじっとイリスの瞳を見つめると、はあ、と溜め息をついた。


「……仕方ないわね。駄目って言ってもついてくるんでしょうし……けど、絶対無茶はしないでね」





 進んですぐのところで、見覚えのある人影が炎を背にこちらへ歩いてきた。影にはなっていたが、体格でそれがフォルテであることがすぐにわかる。

 

「フォルテ!」


 喜びに満ちたイリスの声にフォルテはゆっくりと顔を上げた。


「……イリス様。それにお前らもいたのか」

「フォルテ、無事でなにより。何をしていたの?」

「怪我人を保護していたところだ。悪いか」

「怪我人?」


 ひょっとしてステラだろうか。

 ラルバが怪我人を見ようと近づいていった瞬間、「……ルークッ!?」思わず叫んだ。


 ……なんで? なんでここにお前がいる?


「ラルバさん、お知り合いですか」

「知り合いも何も……」


 ルーク・ソーリスはラルバの幼馴染だった。

 ラルバとは正反対の真面目な性格で昔からよく比較対象にされたものだが、それで釣り合いが取れていたのだと思う。喧嘩しながらもなんだかんだでずっと一緒にいた。


 それなのに一、二年前のある日彼は突然村を出て行ってしまった。ステラもラルバも置き去りに。


 よくラルバの悪戯を止めては説教していたルークは、今は身体をぐったりとフォルテに預けて目蓋を固く閉ざしている。右足に巻かれたボロ布は赤く染まり、深緑の前髪も血濡れていた。


「ルーク! なんで……なんでここに!? おい返事しろっての!」


 頭が混乱して真っ白になりそうだった。


 ルークがぴくりと動いた後、ゆっくりと青緑の目を開ける。定まらない焦点はラルバで止まり、驚いたように口を開いた。


「ラルバ……!? 生きてたんだ……よかった」

「何があったんだよ! 昼まではいつも通りだったのに!!」


 少しの沈黙の後、ルークは「竜だ」と断言した。


「竜?」


 その場にいた誰もが同時にルークを見る。


「そう。一体どこから現れたのか知らないけど、三つ首の竜が村で暴れまくってたんだ……まだ近くにいるかもしれない」


 今のところ彼らは竜らしき怪物に遭遇してはいない。

 だが、今まで燃え盛る音しか聞こえていなかったはずなのに、気のせいかその中に僅かに何かが咆えるような声がしたような気がした。ここに来るまでにした家が倒壊する音が実は竜の足音だったようにも思えてくる。

 イデアやフォルテは顔をしかめ、イリスは先程の威勢はどこへやら、一歩後ずさりして周りを見回している。だが、ラルバは竜など気にする余裕さえなかった。

 思考が麻痺して、一つの事しか考えられなかった。


「ステラは? ステラを見なかったか?」

「見た。けど、近くに竜がいて、そいつの気を逸らすのが精一杯で……ごめん」

「家の中にいたのか?」


 ルークが頷くやいなや、


「あっ、ラルバ君待ちなさい!」


 イデアの声も彼の耳には届いていなかった。

 ルークやイリスの声も背後から追ってきた気がするが、もう何も感じない、考えられない。頭の中が真っ白のまま、身体は勝手に灼熱の業火の中を突き進んでいく。


 お前、村がこうなるって知ってたのか? だから……


 無理やり帰してしまった事を激しく後悔する。

 きっとステラの元へ行けば必然的に隣の自分の家が、自分の母親がどうなったかもわかる事だろう。村中の家が破壊し尽くされている地点でもう、わかっているようなものだが。


 あんな素っ気ない会話が最後になるなんて────


 もっと言うべき言葉がなかったのだろうか。こうなる前に。けれどもう遅い。


 せめて、と劫火の中を駆け抜けるラルバは願う。せめて、ステラだけは。


 ステラが死ぬのが怖かった。今はもう、その事しか頭になかった。

一章の最終話です。ここまで読んでくださりありがとうございました。

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