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少しずつ立ち込める不安と不穏な影。そして決意

 

 蹴られた衝撃は強かったが、ぶつからずに地面で受身を取ったのでダメージは無い。

 お互い装備といえる物は、木以外は無かったのも影響があるだろう。

 ブーツならまだしも、鎧で蹴られれば骨が砕けている。


 直ぐに立ち上がり、思わず口元が笑った。


「もっかいだ」

「そうこなくちゃね」


 それを見てキリアも笑う。

 次は同じミスはしない。力で負けていることも分かったのでやりようはある。

 そして何よりも、かつて出来ない事が出来る事が楽しい。


 (この体ならば、戦う事が出来る!)


 キリアも戦いに楽しみを見出すタイプなのだろう。

 既に待ち構えていた。

 ベルギオンも直ぐに移動して距離をとる。

 ラグルはそんな様子の二人を見て、審判を続ける。

 やや呆れている様子ではあるが。


「怪我をしたらすぐ止めます。――始め!」


 再びお互いが動いた。


 二人は時にはフェイントを使い時にはゴリ押しし、相手の防御を崩し相手の攻撃を弾く。

 力で負けるベルギオンは力勝負を避けながら攻撃を重ねて相手の隙を付こうとし、

 キリアは強引にベルギオンの武器を弾いたり、あえて隙を作る事で誘い込み、乗ったベルギオンの隙に力の入った一撃を加える。


 手合わせはキリアの方の木が砕ける5回目まで続いた。

 勝敗はベルギオン二勝、キリア三勝。

 キリアが三勝になっているのは武器が砕けていなければ、そのままキリアの一撃が肩に当たっていた為だ。


 擦り傷こそ多いがベルギオンは受けきる事で、キリアは弾いたり避ける事で一撃を避けた為大きな傷は無い。


「二人とも子供ですか」


 ラグルはその様子に呆れつつも、そんな二人の為に水と布を用意し簡単な手当てをした。


「そうだ、魔法を使えるんだよな?」

「使えるわよ。流石に危なすぎるから使わなかったけど。治療出来ないし」


 ラグルの目もある。使えとはいえないだろう。


「そうか。少し興味はあったんだが」


 少し、どころか実際に目にする魔法というのはとても見てみたい。

 口元は閉じたままだが、そんなベルギオンの瞳にキリアは気付いたのか小さく笑う。


「目は少し、どころじゃないわよ? 空に向けてならいいか。疲れるから一度だけ。よく見てなさい」


 キリアは汗でべた付く赤い髪を後ろで纏め、呼吸を整えていく。


「<火は怒りにして生命の輝き。なればその力はあらゆる物を燃やす力である。火炎(フレイム)>」


 何時もより通りの良い声で、キリアは唱える。

 文字が進むごとに、キリアを中心に淡く赤い光が舞う。

 そして火炎(フレイム)と言った瞬間、漂っていた赤い光が一度に集約し、火炎の球となる。

 キリアと少し離れていたベルギオンは、僅かだが皮膚が火に炙られる熱を感じる。

 大きさは両手で包み込むにはやや大きい。キリアが指先を上に向けると、それに従うように火炎(フレイム)

 上空へと疾走していった。

 燃え盛る火が尾のように引き、やがて上空で見えなくなっていく。


「どう?」

「凄いな……火の魔法か。魔法自体始めてみるが、

 あの大きさだ。食らったら火傷では済まんな」


 少し離れて尚あの熱気だ。直撃すれば黒焦げになる。

 ベルギオンの褒め言葉にキリアは機嫌を良くしたようだ。


「火に耐性か耐魔力が無い人だと、すぐ治癒の魔法をかけないとまずいかな。

 小さい頃、冒険者の置き土産でこの魔法が載ってた本があってね。試しに使ってみたら使えたわけよ。

 魔法を使えるかは血統で決まるらしいし、私の血の源泉は火竜だから相性が良かったんでしょうね」


 血統、か。ジェネラルという職は確かMPがほぼ皆無だったし、恐らく使うことは出来ないだろう。


「なら俺は無理そうだな。源泉といったが、それは分かる物なのか?」

「伊達に竜人の村はやってないよ。といっても、石に手を置くと血に反応して色が変わるだけなんだけどね。

 竜人以外が触っても効果は無いけど」

「そんなものなのか。ラグルは何の竜の血を引いているんだ?」

「私ですか? 血が薄いのでほんの少し光っただけでしたけど、金色でした。黄金竜だと思います」


 黄金竜、なんだか凄く強そうだ。


「黄金竜は種族じゃないからね。竜人となった初代の竜の一体。この大陸の何処かで果てたって言われてる」

「夜でも少し目が利くのと、多少目が良いだけですね。力もあれば襲われても平気だったんですが」

「無事に済んだんだから気にしない。それより弁当食べようよ。サンドイッチでしょう?」

「はい。カラシナの種で味付けしてますから、少し辛いですよ」

「少し辛いくらいなら大丈夫だ。俺も食べよう」


 ラグルがランチボックスを開けると、箱一杯にサンドイッチが詰まっており、具も葉や芋の他に干し肉が使われていた。

 カラシナというとからしの材料だ。こういったものは日本と名前の類似点が多い。


 体を思いっきり動かした後なので腹も減っており、ピリリとする辛さが良い刺激となり三人で瞬く間に平らげてしまう。

 キリアは良く食べる方だが、ラグルも結構食べる。

 その食べっぷりに驚くと、良く働くとお腹がすくんです。と窘められてしまった。

 よく食べるのは良い事だと思う。それだけ健康だという事だから。


「しかし汗かいちゃったな。早いけど湯浴みしてこようか」


 キリアはそう言って汗を吸った服を揺らす。


「服もべとべとですし、洗わないとダメですね。ベルギオンさんの服も洗っておきます」

「悪いな。すまんが上着だけ頼む。俺は川で体を洗ってくるよ。その方が気持ち良さそうだ」

「水浴びも気持ち良さそうね。一緒に行こうか――」


 キリアはベルギオンをからかうように言ってくるが、返事をする前に首の根っこをラグルに捕まえられた。


「姉さん? 冗談も休み休み言わないと。汗臭いのでさっさといってください」

「ちょっと、酷くない?」

「もたもたしてると風邪を引いてしまいます。

 一度家に戻りますから、ベルギオンさんも済んだら戻ってきてください。そうだ、拭く物はありますか?」

「昨日使った奴がある。ついでに洗ってこよう」

「分かりました。道は看板があるので大丈夫ですね……では」


 二人はそう言って家へと戻っていく。


 ベルギオンは一人になると、ゆっくりとした動作で少し大きい石を拾い、勢いよく振りかぶって森へと投擲する。


「GuRaaaaa!?」


 ベルギオンの力が込められた石は一直線に森へと奔り、何かにぶつかり呻き声が上がった。

 その呻き声の元へと、ベルギオンは一気に駆け出す。

 石をぶつけられた生き物はゴブリンだった。

 頭に石が当たったのかふらふらとしている。

 ベルギオンはゴブリンが体勢を立て直す前に近づき、右腕をゴブリンの首に回し、一気に絞め落とす。

 大きさはともかく体のつくりは人間に類似しているなら、強引に絞め落とす事も可能なはずだ。


(あんまり抵抗してくれるなよ!)


 少しの間暴れているが、大した力も感じられずやがて動かなくなる。

 ゴブリンの体の熱が引いていく感覚を右手で味わい、以前のとき同様軽く沸く罪悪感をかみ締める。


(嫌な感触だ)


 キリアが魔法を使ったとき、それに驚いて僅かだがこのゴブリンが姿を現していたのをベルギオンは見ていたのだ。

 魔法を見ていたこいつをそのまま逃がすわけには行かなかった。

 火というのは強力で分かりやすい。それ故に時間があれば何かしら対策は立てれるのだ。もしということもある。

 森の奥深くなら見過ごしていただろうが、森に入って少しなら今の陽の光なら見ることは出来る。

 その時にも、今もこの一匹以外は見当たらない。

 群れで動くのが当然だと思っていたが……


(一匹という事は襲いに来たんじゃない。偵察だ)


 ここに偵察に来れるほど勢力が広がってきているという事だ。

 よく目を凝らせばキリアやラグルも見つけられた筈だ。

 ゴブリンには隠れる技術はなかったし、目もそれほど良くない。

 これぐらい近づかないと見えない様子だ。

 こいつを始末した以上、もし学習するのなら偵察はもっと手前で数を減らすより力を貯める。


(エルフ達が来るまで半月? 少しは頭を使うが、こいつ等がそれほど待つとは思えない。早ければ一週間もないぞ)


 獣は本能で動く。ラグルを襲った時のように勝機を感じたら止まらない筈だ。


 畑は明日には終わるという。

 準備も含めて明後日には村を発てるだろう。

 行き帰りを考えれば、キリアは入れ違いになって助かるかもしれない。


(ダメだ。先が無い)


 助かってもキリアは嬉しくないだろう。怒りでそのまま奴等に突っ込むのは考えなくても分かる。

 そうでなくともゴブリンが健在で村が機能しなくなれば、キリアでも命の危険がある。

 飄々とした部分もある。しかしそれも余裕があってのことだろう。

 昨日の夜、偶にキリアの顔は何か悩んでいるかのように真剣な顔をしていたのだから。


 必要なとき必要な力があればいいと思っていた。

 しかし大人になって、必死に頑張ってようやく必要な時に必要な力があるかどうかという事を実感する。


 そして今必要な力がある。


 そう心に思うと不思議と不安が無くなり、勇気が湧いてくる。

 この気持ちが一時的な物であることは知っていたが、この気持ちを持ち続けることができるのも分かっていた。


(あいつ等を……ロードゴブリンを叩く。この世界はまだ全然分からないから冒険者を続ける必要があるし、逃げてばかりもいられない。

 それにあの二人も死なない)


 勝てば、嫌な思いもせずに済む。

 何かできると分かっていて見捨てれば、それはもうずっと心に残り続ける。

 なら答えは、一つしかない。


 それを祝福するかのように、涼しい風がベルギオンを包み込む。

 しかし服が汗で濡れているベルギオンにとっては、それはやや寒い。


「風邪引いちゃ洒落にならん。さっと流すか」


 死体が見つからないように、少し奥へ進み埋葬する。

 こいつ等モンスターは敵だ。いずれは罪悪感無しに倒せないと、何時か痛い目を見るだろう。


 ベルギオンは汗で濡れたシャツを脱ぎ、川へと向かう。


 川に着いた後は水浴びの気持ち良さについ泳いでしまい、大分時間が経った後慌てて帰る。

 戻った後にラグルに怒られ、キリアにその様子を笑われるという情けない事になった。


 その後キリアとラグルに付いて増地予定の森に行き、村の若い男たちと合流して木を切り根を掘り起こす。


 若い男たちといっても8人程度だ。この重労働に耐えれるのがこの8人なのだろうが、次の世代というには少なすぎる。

 ゆっくりと人口を減らしながら、偶に居つく人を交えて繋いできたのかもしれない。

 そしてここまで減った時にロードゴブリンという相手が現れたのだ。


 今日の昼、長老の命で薬草摘みも暫く禁止になった。

 皆懸命に伐採作業に勤しんでいたが、そう考えると不安を鎮めるために懸命にしているように見えた。


 男達は皆気持ちの良い連中で、余所者でしかも若い女の家に(実際は小屋だが)世話になっているというのに、

 困っている事は無いかとか、蜂蜜が余っているから三人で食べろ、等親切だった。


 日本では余り人の親切に縁の無かったベルギオンは、内心申し訳が無いほど嬉しかった。

 その分を斧に込め、木を切り倒し喝采を浴びる。


 ラグルはその様子に凄いです、と感心仕切りでキリアも褒める。

 ベルギオンは少し照れながらも、木を切りながら何か使える情報はないか、集めていた。


 そして何度か休憩を挟んだ増地作業も解散となり、再び家へと戻っていく。


 斧での伐採や根の引き抜きは、畑以上の重労働ではあった。

 しかし風が良く流れ、作業場所も日陰だったのでそれほど汗はかかずにすんだ。

 帰路の途中ベルギオンは途中で止まり、その様子に二人は足を止めて何かあったのかと振り返る。


「少し村長と話がしたい。先に帰っていてくれ」

「? 何か用事でもあったんですか」


 いきなりの申し出にラグルは首をかしげる。


「また話をしようと言ってただろう? 畑も早く終わりそうだし、少し話をしておこうと思ってな」

「姉さんが道案内できるようになれば、外へ案内するんでしたね。――もっと長くいるものと思ってました」


 そう言ってラグルの視線は少し下がってしまう。

 そのラグルの頭をなでで、ベルギオンは慰める。


「そんな顔をするとこっちも悲しくなる。ラグルは笑った方が可愛いぞ」

「……恥ずかしい事をいいますね。後頭をなでられるのは恥ずかしいと言った筈です」


 しかしラグルは撫でられるままだった。


「余り遅くならないでね。ラグルが夕食を三人分作る用意してるから。長老の家で食べちゃうとラグルがかわいそうよ」

「用意はしてますけど、変な言い方はしないで下さい姉さん……」


 そして道を分かれ、長老の家へと向かう。

 空は少し赤みが差してきたが、まだまだ明るい。

 決めた決断を、心でより強くする。


 何度か扉をノックをすると以前と同じようにあいとるぞ、と声がしたので家へと入る。

 意外な来客に驚いたのか、長老はほんの少しだけ呆気に取られたようだ。

 しかしベルギオンの硬い表情に気付き、パイプをふかしながらも神妙な顔になる。


「おやベルギオン殿。どうなされた」

「まずは長老に話しておくべきかと思いまして。

 今日の昼、ラグルたちの畑の近くでゴブリンが居ました。それも一体。

 偵察だと思います」


 村のすぐ近くにゴブリンが居たというのは、やはりショックだったようだ。

 長老は銜えていたパイプを落としそうになる。


「な、それは確かなのですかな」

「はい。倒して死体は目立つといけないので少し奥に埋めました。場所は覚えているので掘り返せます」

「そうですか……、ゴブリンは繁殖力は強いが、幾らなんでも早すぎる。

 それに偵察など今までしてきた事は無いですがの。――ロードゴブリンか」


 やや青ざめた顔で長老は情報を整理する。

 ベルギオンも同じ意見だ。


「多分そうだと思います。ゴブリンは二度見た感じ頭は悪そうですし、

 俺が攻撃するまで身を隠してました。長の命令だったと思います」

「……分かりました。若い者に武器を集めさせた方が良さそうですな。

  とは言ってもキリアが持っている斧槍と狩り用の弓以外は斧や鍬しかありませんが。

 ベルギオン殿は明日にでもキリアに送らせましょう。巻き込まれてはいかんですからな」

「――その事で来たんです。俺も戦わせて貰えませんか」


 その言葉に長老は驚くが、真意を測る為かベルギオンの瞳を覗いてくる。


「貴方は見ず知らずの方だ。

 我々が恩こそあれ、貴方には危ないだけで得る物はない。この村にはお礼に出せるような金品もありません。

 もし若い娘を寄越せというならお断りを……」


 長老の言葉にベルギオンは首を振った。


「何も入りません。このまま襲われるのを知って逃げ帰る位なら、俺は戦いたいと思ってます」

「貴方のような若者が命を無駄にする事はないのですぞ?」


 しかし、長老はベルギオンを諌め様と言葉をかけてくる。


「死ぬ気は有りません。一緒に心中しようなどと言う甘ったれた事を言っているのでは有りません」


 ベルギオンはそれを聞いても考えは変わらない。逃げる事を自分で拒否したのだ。

 その意思は梃子でも動かないつもりだった。


「そういえば無償であなたは襲われたラグルを助けてくれたのでしたな。若いのに立派な方だ」


 長老は髭をさすりつつ、ゆっくりとパイプをふかし部屋に煙をたなびかせる。


「自分の心に従っているだけです。それにロードゴブリンに勝てば、冒険者としての自信にもなります」

「……本来なら心苦しい。ですが、この村のために力をかしていただけるというその気持ち、この老骨に痛く染みました。

 御協力を御願いします。しかし、キリアも含めて狩猟はあれどあれほどの数のモンスター達と戦った経験はありませんでな。どうしたものか」


 いざとなれば無理にでも留まって戦おうと思っていたベルギオンだったが、協力を受け入れられて胸を撫で下ろす。

 伐採の時に考えていた作戦があった。


「俺に考えが有ります。上手くいけば、ロードゴブリンを引っ張り出して俺とキリアの二人で潰せるかもしれません」




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