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農作業と回し蹴り

 

 ベルギオンは腹をさすりながら、冷たい水で顔を洗う。

 起きてから腹が痛い。どうにも理不尽な目にあった気がする。

 ラグルに何か知らないか聞いてみたが、笑顔で笑うばかりで答えてくれなかった。

 追求しようと思うと、第六感とも言うべき何かが警報を鳴らし怖くなったので止める。

 知らない方が良い事もあるのかも知れない。


 ラグルが水の入った桶と共に、手ぬぐいを持ってきてくれたのでそれで顔を拭く。

 タオルのような柔らかい感触ではないが、滑らかな触り心地で気持ちよい。


「おはようございます」

「ああ、おはよう」

「目は覚めたようですね。起こしに来た甲斐がありました」

「大分起きるのが早いんだな。空はまだ白み始めたばかりだろ」


 寝足り無い部分はあるが、早朝独特の澄み渡る空気と太陽が温める前の冷気、腹の痛みはそれらを容易く追い払う。

 しかし、これほど早く起こされるとは思っていなかったので少し驚いたのも事実だった。


「陽が落ちる頃に寝て、陽が昇る頃に起きるのは普通ですよ? 爛れていたんですね」

「人聞きの悪い事を……、確かに夜更かしも多かったが」

「冗談です。昨日は姉の相手をして頂きありがとうございました。すぐ朝食にするので家に来てくださいね」


 ラグルはそう言いながらシーツや毛布を畳み、脇へと仕舞う。


「相手というか、酒を飲んで昔話をしていた位だ。朝食を作るなら何か手伝おうか?」

「料理はできるんですか?」

「皮むき位なら出来るぞ」

「……実が無くなりそうなので遠慮しておきます。昔話は少し興味が有りますね、私にも聞かせてください」

「そうか。分かった」


 にべも無く断られた。

 ラグルはしっかりしているし、任せた方が良さそうだ。


「その代わり後でシーツを干したりするのを手伝ってください。

 恩人をこき使うのは心が痛みますが、申し出てくれるなら何の問題も有りません」

「手伝うって言ったのは料理……」

「ありがとうございます」


 満面の笑みでお礼を言われる。

 幼さが残るとはいっても、可憐な少女にお礼を言われるのは悪い気はしないのは事実だ。

 昨日キリアにも手伝うと言っていた事だし、此処に居る間何もしないというのは余りにも二人に悪いだろう。


「……任せろ」


 時間が経つ度にラグルが逞しく感じるのは、果てして気のせいなのだろうか。

 女性という神秘と謎に満ちた相手に、ベルギオンはしばし考え込むのだった。


「突っ立ってないで、早く来て下さい」

「ああ」


 家に入ると、キリアが柔軟していた。

 服装も昨日と変わっている。目もきっちり覚めている様子だ。


「おはよう」

「おはよう、朝から柔軟しているのか」

「まぁね。体をほぐしておかないと、全力で動いたりすると力が強くて腱を痛めたりするのよ」


 そう言いながらキリアは上半身をぐっ、と逸らす。

 来ている服は薄着で、ベルギオンからしてみれば目の毒としか言いようが無い。


「こほん」

「お!?、――悪い。塞いでたな」

「いえ、構いません。座っていてください。お湯はもう沸かしてあるのでお茶を先に出しますね」


 ベルギオンがどくと、ラグルは炊事場で手際良く準備を始めてしまう。

 その手際の良さに感心しつつ、少し気まずい思いをしながら席に座った。

 すぐにお茶を入れたポットと杯が出てくる。

 ポットは木ではなく何か金属のような物で出来ていた。

 ステンレスが近そうだが、何か違う気がする。

 キリアは柔軟を切り上げ、お茶を注いで飲み始めていた。

 ベルギオンもそれに習う。


「そういえば今日は、というか何時もどういう事をするんだ?」

「何? 美人姉妹の私生活が気になる?」

「自分で言うな……、こういった村は初めてだからな。興味はある」

「特別な事はしてないわ。朝から畑を耕して、昼からは男衆は開墾や木の伐採。私はそっちを手伝うかな。

 狩りをする事もあるけど、今の時期は採れないからやらないわ。

 女は洗濯とか薬草摘み。祭の時くらいよ、何時もと違うのは。それも今年はもう終わってるし」

「そういうものか。開墾や伐採はなんというか、やってみたい気はするな」


 キャンプでもそういう経験は出来ないだろう。

 村人にとってはそんな気楽な話ではないだろうが。


「力は有りそうだし歓迎するけど、とりあえず畑かな。

 刈り入れは終わらしてるから地均ししないといけないのよ。

 女二人の細腕じゃ辛くてねー」

「ラグルの、だろ」

「ちぇっ。でも辛いのは本当。ラグルは昼から……あー、ラグルは付いてきなさい。

 薬草摘みはしばらく禁止になる筈だし」

「分かりました」


 昨日ゴブリン達がラグルを襲った事だろう。

 湖の近くが薬草摘みの場所だとするとかなり危険だ。


「なあ、あいつ等が住み着いた場所は湖の向こう側か?」


 ラグルに聞こえないように、小声でキリアに声をかける。

 その意図を察したのか、小さく頷く。

 湖から此処まで1時間かかっていない。

 奴らのテリトリーが湖の向こうだとしても、かなり近くなってきているのではないか。


 この村は途中にあった川で飲み水や生活用水を確保している様子だった。

 川まで奴らが来れば、その時点で水が絶たれる事になる。

 川以降の道のりはある程度整備されてしまっていた。

 勝負を決めるとすればそれよりも早く動かなければ、地の利が完全に無くなってしまう。

 半月後にエルフの部隊が動くというが、準備も含めればもっとかかるだろう。

 此処とエルフの街がどれほど友好があるのか分からないが、オーガに続けてもし何かあればまず援軍は来ないと思う。


(それに繁殖力が強くて天敵が居ないなら、テリトリーの広がる速度は相当速いんじゃないか?)


 [ディエス]以前にプレイしてたゲームでは戦争の指揮をやっていた。

 その影響で、此処で戦うならどうするかを考えてしまう。

 それまでには此処を発っている可能性は高いはずだ。キリアも畑が終わってまえば手もあく様子。

 情が移ったのだろうか。それとも顔見知りになった相手が死ぬのがイヤなのだろうか。


「難しい顔してるね」


 キリアはじっ、とこっちを見ていた。

 気付けば茶は冷め、朝食の準備はほぼ整っている。


「どうしたんですか?」


 最後に皿に乗せたパンを持ってきたラグルは、その様子に首をかしげる。


「なんでもない、なんでもないよ」

「ですか。じゃあ食べましょう。食べ終わったら畑の手伝い御願いしますね」

「さ、食べよ食べよ。長老のとこより美味しいわよ」

「それは楽しみだな」


 朝食のメニューはトマトの入った葉のサラダにパン、それに芋と南瓜が入ったスープだった。

 サラダにはレモンが絞られており、柑橘系の匂いが僅かに香る。

 美味しそうだ。


「頂きます」


 美味しいかったと思うが、心に渦巻いた不安のせいか余り味わえなかった。




 食べ終わった後、ラグルが食器を片しキリアに畑へと案内される。

 鍬は家を出るとき持たされた。ラグルも用意が終われば来るとの事だ。


 家の裏側を少し行くと、低い柵で覆われた畑が見えてくる。

 姉妹二人で維持しているにしては大きい。90㎡はある。

 土地は開墾すれば有り余っているのだから、割り当てとしてはいいのかもしれないが。

 キリアの力は相当強いという。この畑を維持していたなら確かに大した物だ。


「よっし、じゃあ耕そう。1からだからそうね、私はこっちからやるからあっちの端から耕してきて。

 浅くじゃダメよ。きちんと土を掘り返してね」

「餓鬼の頃だが経験はある。それじゃ、やるか」


 キリアの指差した方向へと歩き始める。

 合間で振り返ると既にキリアは鍬を構えて振りかぶっていたところだ。

 地面に突き立て、中々深いのに苦も無く土を掘り返して耕している。

 土の固さは分からないが、あのペースを維持出来るならそこ等の男より力があるだろう。


 指定された場所に付き、ベルギオンも畑を耕し始める。

 土はそれほど固くないが、深く入れると抵抗も強い。

 しかしベルギオンの筋力なら問題なく耕せる。


 久々だった太陽の下での運動に、ベルギオンは夢中になって耕し始めた。

 筋肉が軋みを上げ始める頃目に汗が入り、汗だくになっていることに気付く。

 体を上げて思いっきり伸びをすると、筋肉が伸ばされて気持ちが良い。

 ずっと集中していたから中々耕せただろう。

 腕で汗を拭い、キリアの方を見てみると此方よりも3割増しは進んでいた。


(まじか!)


 キリアも一旦作業を中断し、此方を向いてベルギオンに手招きしている。

 いつの間にかラグルも来ており、座って此方の作業眺めていたようだ。

 声をかけられた覚えは無いから、それだけ力が入っていたのだろう。鍬を持って、二人の方へと歩き出す。


 二人の居る場所は大きく平らな石が幾つかあり、そこに腰掛けた。

 どうぞ、とラグルから差し出されたら杯を貰う。

 水がなみなみ入っていたそれを一気に口に流し込む。

 ひんやりとしており、果汁が入ってあるのか仄かにレモンの味がする。

 美味い。汗をかいた体にはこれ以上無いほどの美味さだ。


「中々進んだね。この調子なら明日には終わるよ」

「邪魔をしないように声をかけませんでしたが、凄いペースでした」

「大分いいペースだと思ったんだがな。キリアの方が進んでるようだ」

「そっちがいいペースだったからこっちも頑張ったからね。本当は一週間はかけるつもりだったんだけど」


 キリアも同じくらい汗をかいており、上着は既に脱いでいる。

 下に来ていたのは袖の無いのシャツで、それも汗に濡れていた。


「そのままだと風邪引くな」

「あー、汗でべとべになってる。大分進んだし畑は此処まででいいかな。うーん、昼には少し早いわね」

「もうそんな時間か?」


 空を見てみると薄っすらと白かった空は爽快なほど青々としている。

 雲も無く太陽も輝いていた。汗もかく筈だ。


「お弁当は作ってきてますよ。でも食べるには確かに少し早いですね」


 キリアの着替えと共に、竹で出来た箱をラグルは示す。


「少し時間が余るかな? そうだ。どうせ着替えるしちょっと手合わせしない?」

「手合わせ?」

「危なくないですか?」

「確かその辺に……あった。これならそこまで危なくないでしょう?」


 心配するラグルに、キリアは近くにあった木の枝を二本持ってくる。

 枝と言っても直径五センチはある太い物だ。長さは80センチ程。

 まともに受ければ骨くらいは折れるだろうが、武器を使ってやるわけにも行かない。


「いいのか? 聞いていたように強いなら加減は出来ないぞ。俺もあまり戦いの経験があるわけじゃない」


 むしろ殆ど無い。ベルギオンの体と、染み付いた技量だけが頼りだ。

 とはいえモンスターが普通に居る世界。体の動かし方を体験するいい機会かもしれない。


「いいよ。審判はラグルがしてね。危ないと思ったら止めればいいから」

「無茶は絶対にしないで下さい。いいですね」

「分かった」


 10歩分程度キリアと間合いを取る。

 気持ち悪かったので汗だくになっていたシャツを脱ぎ捨てておく。

 もう一枚のシャツも脱ぎたかったが、女の前で上半身とはいえ裸になるのはどうかと止めた。

 向かい合い視線が合う。


(凄い目線だな)


 コレまで見たどの女性よりも強い意志を視線に感じる。

 濃い竜人の血が、人よりも強い存在感をもたらしているのか。

 ベルギオンは思わず唾を飲み込む。


「では――始め!」


 ラグルの声を聞き、両者は同時に間合いを詰めていく。

 10歩分しかなかった距離は一気につまり、ほぼ一足一刀※1になる。

 此方が3歩進めた時間でキリアは5歩進めている。見た目は細身で速さはあると思ったが、予想よりも早い。

 キリアは右手で木を持ち、此方へと進みながら肩まで振りかぶった後、横一線に振りぬいてくる。


 受け流す技量も自信も無い。木の枝を右手で握り締めて、手首を捻りキリアの方へ手の内を向けた。

 そのまま力を入れ、7分の力でキリアの斬撃に合わせて振る。

 目は完全に追いつけている。体の動きはぎこちないが、それは慣れていない所為だろう。


 木同士でぶつかると独特の鈍い音が鳴り響く。

 それだけで木がやや軋んだ。


(お、もい――! 弾かれる!?)


 右手の力だけでは衝撃を受け止めきれず、思わず左手も木を掴み、力を込める。

 両手ならベルギオンの力が優り、衝撃をなんとか受け止めた。

 キリアは切り結びでジリジリと押されているのに、左手を使おうとしない。

 一度に押し切られないその力は見事だったが、このままなら寸止めで此方の勝ちだ。


 そうベルギオンが思った瞬間、キリアははっきり分かるほどに”笑った”


(なんだ?)


 そう思った瞬間、今まで対抗していたキリア側の力が一瞬で無くなり、ベルギオンは込めていた力に振り回されそのまま振りぬいてしまう。


(やられた! やばい)


 キリアは次の動作に入っている。右足を直に左回りに回転。左足は浮いている。

 木はもう間に合わない。

 ベルギオンは咄嗟に木を捨てて両肘で腹を固める。

 その次の瞬間、肘で固めた場所をキリアの左足が蹴りぬいた。


(なんつー器用な)


 回し蹴りだ。切り結んだときも感じたが、スレンダーな見た目のどこに力があるのか。

 70kgはあるだろうベルギオンの体が浮き、地面から足が浮いた。

 そのまま後ろへと飛ばされる。


「そこまでです!」


 ラグルの声が響く。

 戦う前に間合いを取っていた辺りに吹き飛ばされていた。

 ベルギオンの体が反応したのか、綺麗に防御できており痛みは無い。

 しかし、見事に引っ掛けられてあっさり武器を手放されてしまった。


(まんまとやられた)


 完敗だ。 

 キリアの右足の踵は少し地面に埋まっていた。

 キリアは左足を上げたまま口角を上げている。

 その嬉しそうな顔に、悔しさも少し和らいでいた。




※1 一足踏み込めば刃を交える距離

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