表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/28

湯浴み


 小屋は寝るには十分な広さだった。

 大の大人が二人は十分寝そべれる。

 小物は端に寄せて、借りた箒でゴミを外へ吐き出す。

 ゴミといっても埃ばかりだ。合間合間で手入れされていたのか、それも少ない。


 キリアが水を持ってきて、ラグルが掃いた場所を拭く。

 木で出来た内装は見る見る本来の輝きを取り戻していった。


「こんなものか?」

「大分綺麗になりましたね。後で寝具を持ってきておきます」


 ラグルもこれなら問題ないのか、ベルギオンの言葉に頷く。


「終わった? 綺麗になったねー、とはいえ小屋には何も無いわ。寝るまではこっちにいると良い」

「いいのか? 女所帯だろう」


 ベルギオンがそう言うと、ラグルがジト目でベルギオンを見る。


「疚しい気持ちでもあるんですか?」

「いや、無いがしかし……」

「さっさと来なさい」


 そういってキリアは手招きした。

 相手が気にしてないのに言うのもやぼか、とベルギオンは判断し二人の家に入る。


 改めて家に入って中を見る。

 余分な物が無く質素ではあるが、生活するのに必要な家具は揃っている。

 見た所寝室と思われる部屋以外は一つになっていた。

 炊事場は端に置かれている。家もそう大きくないし広く使う為の工夫だろう。

 そこで薬缶が火にかけられていた。

 真ん中には丸いテーブルにシーツが掛けられ、木で出来た杯と急須が置かれている。

 竈で火にかけるもの以外は木や竹が多く使われていた。

 材質としても悪くないし、周囲に幾らでも材料があるのだからそれも当然の判断だろう。


 ベルギオンはそんな事を考えながら、ラグルの引いた椅子に座る。


「茶を入れる湯は沸かしている最中よ。そうだ、少し移動すれば小さいけど湯浴みも出来るわ」

「湯浴みか、いいな」


 そういえばラグルも綺麗になっていた。

 ラグルの家に風呂がある様子は無かったので、水で拭いたのかと思ったが。

 ベルギオンがそう思っていると視線がつい向いてしまったのか、ラグルと目が合う。

 じっ、と強い視線が来た。


「何か変な想像してませんか?」

「まさか。案内してくれ」

「いいですよ。使う人で順番にしていて混浴ではありませんが」

「どこから混浴が。いや、入れるだけで十分だ」


 そういえば風呂の事は頭から抜けていた。

 ベルギオンは毎日入っていたのだ。入れるなら入ってさっぱりと汗を流したい。


「そうね。話をしようと思っていたけど、その後でいいか。湯を拭く布はあるの?」


 キリアにそう言われ、ベルギオンは腰に括りつけていた布袋を漁る。


(確か中に……あった)


 ベルギオンは布袋から絹の布を取り出す。

 装備の材料だが、体を拭く布として十分使えるだろう。

 それに女性の使っていたものを使う勇気も、ベルギオンには無かった。


「これを使うさ」


 布は上品な天然の絹で編まれており、キリアはそれを手ぬぐいにするといったベルギオンに、やや呆気に取られる。


「上等な布ね。勿体無いような気もするけど、まあいいか。

 じゃあラグル、案内して上げなさい。今の時間ならまだ人も入ってないでしょ」

「分かりました。邪魔になるので装備なんかは外して置いて下さい」

「ああ」


 ラグルの言葉に従い、ベルギオンは手甲や鎧などを外し始める。

 装備を外す不安が無いでもなかったが、モンスターが居る訳でもないので不安を追い払う。

 やや手間取るものの、装備を外し終え家の片隅に押し込める。


「じゃ、さっぱりしてきなさい。その間に寝る準備だけラグルがしておくから」

「姉さん……私がすると言ったのでいいですけど」

「ええっと、うん。頼むわ」


 キリアは座ったままひらひらと手を振って見送る。


 やや慌ただしくなったが、湯浴みが出来るとなると今まで気にならなかった汗や埃が不快になる。

 人間とは現金な物だとベルギオンは少し可笑しくなった。


「どうしました?」

「なんでもない。本当に仲がいいんだな」

「そうですね。姉さんはいざという時頼れますし、よく気に掛けてくれます。

 あれでいい加減な部分もあるのでつい私も世話を焼いてますし」

「お互い上手く支えあっているんだな」

「はい。……それにしても、凄い傷ですね」


 薄着になり露になったベルギオンの腕の傷を見て、ラグルはそう言った。

 少女が見るにはきついだろう、えぐい古傷もある。

 ベルギオン自身には痛みも無いしその傷の自覚は無いが、ゲームとはいえかなり無茶な戦い方でレベルを上げていた。

 その断片がベルギオンの体に残ったのかもしれない。


「少し無茶をしていた時期があってな。特に支障のある傷は無いし見た目だけだ」

「そうですか。命あってのことです。余り無茶はしないで下さいね」

「分かってるよ」


 そこで会話が途切れる。悪い雰囲気ではない沈黙のまま、少しして目的の場所に着いた。


 地面に10cm程度の小さい川が通っており、その上に小屋が建っていた。先ほどの小屋より少し大きい。

 川の片方からは湯気が出ている。


「ここです。他に人は居ませんね。

 水は流れてますし、魔法石で熱を維持しているのでそのまま入って大丈夫ですよ。

 赤く光ってある石がそうですから、触らないようにして下さいね。危ないです」

「魔法石?」

「精霊が宿っている石です。興味有りますか?」


 聞いた事の無い物が又一つ増えた。後で聞くとして、今は風呂に入りたい。


「ああ。気になるが後で聞く。それにしても直ぐは入れるのか、ありがたい」

「出たらこの札を裏返しに。帰り道は大丈夫ですか?」


 ラグルはそういって湯浴み小屋の札をひっくり返す。


「覚えたから平気だ。出たら家に向かうよ」

「では」


 そう言ってラグルは頭を下げて、岐路に着いた。

 それをベルギオンは見届け、小屋へと入る。

 小屋には湯気が充満しており、扉を開けた瞬間湯気がベルギオンを通り抜けた。

 温かい風にベルギオンはこれは期待できる、と喜ぶ。


 脇に脱衣籠がある。床は木だが、真ん中の地面に穴が丸く掘ってあり、石で舗装されている。

 そこに小さい川から流れてきた水が入り込むようになっており、溢れた分が反対側へ流れ込む擬似的な温泉のような感じになっていた。

 本来ならこれでは水浴びになるところだが、舗装されている一部に赤い石が組み込まれており、見た所それが入ってきた水を温めている。

 これなら水は常に循環して汚れも余り溜まらないだろう。


「便利なもんだな」


 思わずベルギオンは感心する。しかし、ディエスの世界にこのような物は存在しない。

 その事に僅かばかりのショックも受ける。

 見た所石鹸等は無い。自分で用意するのが決まりなのだろう。

 ラグルからは仄かに石鹸の匂いがしたので存在はしてる筈だ。

 お湯で流せば汗の汚れはすぐ取れるので、ベルギオンは服を脱いで脱衣籠に入れて、絹の布をその上に置く。


 そして、恐る恐るベルギオンは湯の中に身を沈めていく。

 思ったより深く掘ってあり、石に触れないように座ると胸くらいまで浸かれる。


「染みるなぁ――!」


 少し熱いくらいの温度がベルギオンの肌を刺激する。

 その染み込む様な感覚に思わず気が緩んだ。


 湯に浸かりながら、この世界に来る前を思い出す。

 MMORPG以外、生きる糧とも言うべき物が無かった時。

 つい昨日までそうであったのに、どうにも遠くに感じているとベルギオンは感じた。


(……戻れるのか? 戻りたいのか?)


 親も居らず、未練とも言うべき物は何か無いと思うも、存外思い浮かばない。

 さりとてこの世界で生きる決心はまだ欠片も無かった。

 まだ心の何処かでこれは夢なんだ、と思っている部分がベルギオンにはある。


(湯に浸かって、何も考えずこの熱に身を任せよう)


 思考がループしそうになった事に気付き、ベルギオンは目を瞑って温泉の心地よい熱を楽しむ事にした。






 ――――――――――――――――――――――――――


「行ったかな」


 キリアは椅子の背もたれを前面に持ってきて、そこに体を預ける。

 脱力して、ジャケットがずり落ちかけ、髪は無造作に体に流れる。

 黙っていれば冷たい綺麗さを持っていた容姿は、そのけだるい格好で大分柔らかくなる。


 ベルギオンという冒険者はどのような男か、妹に話を聞いて一度見てみたかった。

 無論ラグルを助けてもらった礼を言いたかったのもあるが。

 如何に北の大森林が強いモンスターがいない地域とはいえ、一人で来るというのは奇妙な話だ。

 それに準備も無く遭難しかけていたという。冒険者としてはお粗末に過ぎた。

 そもそも、今の時期エルフの街の方にはゲイル・オーガの群れが来ている。

 エルフの街は近くの町と交流があるし、その噂は広まっている筈だ。

 此方のゴブリンの群れがいる事は知らなくても、一人で行動するのは賢いとは言えない。

 どちらも冒険者ギルドに依頼は通っていないから依頼金目当てというのも無いだろう。

 そんな時に竜人の村の近くまで来るだろうか?

 しかし、ゴブリン三体を軽く蹴散らした事から見て多少腕に覚えはあると見ていい。

 置いていった装備も決して安物ではない。質の良い二級品位はある。


 キリアはベルギオンという冒険者を計りかねていた。

 もしかすれば、追い詰められてきている現状を覆せるかもしれない。

 だが、場合によれば巻き込んで共倒れもありえた。

 恩人にそのような事をしたとなれば竜人の名折れだろう。


 そのような事をキリアが考えていると、ラグルが家に戻ってくる。


「お帰り。ご苦労様」

「戻りました。顔も緩んで嬉しそうでしたよ」

「湯飲みが出来るほどの火の魔法石はあんまりないし、というか火の魔法石をあんな使い方してるのうちの村位だろうね。

 普通は火で沸かすから贅沢だし。湯飲みは出来ないと思ってたんじゃないかな」

「身なりは割と綺麗にされてましたし、感心しました」


 聞く話では冒険者は中堅位まではジリ貧かマイナスだ。

 身綺麗にする余裕など無いだろう。女ならまだ気を使うだろうけど。


「というか姉さん、その姿勢はだらしないので止めて下さい」

「えー、いいじゃない。楽だし。ねえラグル、貴方はベルギオン。どう思う?」


 戻ってきて早々寝室の奥からシーツを取り出して来る、勤勉なラグルにキリアは問いかける。


「悪い人ではないと思います。命のお礼をと言ったら普通お金とか、その……、コホン。特に考えず食事と寝床がほしいと言うような人でしたし」

「目もなんていうかギラギラしてなかったね。遭難しかけてたみたいで余裕があるってほどじゃなかったけど」

「それに私達竜人の事を聞いても、興味は持っても視線は変わりませんでした」

「亜人と言っても私達は見た目一緒だからね。まあ変な目で見てくる奴も居たけど」


 その直ぐ後に地面に転がしてたけどね。とキリアは内心舌を出す。


「胆力有りそうだし。力、貸してもらいたいな」

「姉さん、それは」


 村の近くに住み着いたロードゴブリンとその取り巻き達。

 普通のゴブリンも50は超えていると見ていい。

 3匹のゴブリンを追い払うのとは訳が違う。

 此方の都合で巻き込んでいいのか、僅かな非難と不安の混じった目でラグルはキリアを見つめる。


(私や他の皆で片が付くならそれがベストなんだけどねー、ゴブリンはそこそこ知恵があるといっても、獣と比較しての話。

 もし負ければ男は餌に、女は慰み者にされて繁殖の為の苗床にされてしまうかもしれない。それで生きていても使い物にならなくなれば同じだ)


 交渉の通じない相手である以上、竜人の村には勝つしか手段は残されていなかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ