竜人の簡単な歴史、そして悪い状況
芋は旨い。芋に味は無いが、スープの塩が効いていてホクホクしていた。
「さて、満足戴けたようですな」
「ええ、ご馳走様です。美味しかったです」
長老は勢い良く食べたベルギオンに気を良くしたのか、上機嫌だ。
しかし大分歳をとっているだろうに、かくしゃくとした老人である。
食器を重ねて水場へと持っていく。
「おお、すみませんな」
「いえ」
再び席に座り、渋みのある茶をすする。
落ち着いた雰囲気だ。聞くなら今かとベルギオンは判断する。
「少し聞きたいことがあるのですが」
「なんですかな? 答えられる事でしたらなんでもどうぞ」
「はい。私は田舎の方から出てきましてね、いまいち地理が分からないのです。
地図があれば見せて欲しいのですが」
「なるほど、そういえば準備無しに北の大森林に来て迷われたのでしたな。
余り広い範囲ではありませんが、地図は奥にしまって有りますので探しておきましょう。
直ぐ見つかると思います。その時は連絡しますよ」
その親切に、思わずベルギオンは頭を下げた。
「ありがとうございます。助かります。あともう一つ、
良ければでいいんですが、竜人に付いて教えてもらえませんか?」
「良いですぞ。今となっては有名な部族では有りませんが、隠すようなことも有りませんのでな」
そう言うと長老はパイプを取り出し、かまわんですかな? と聞いて了承すると火を付け一息吸う。
「始まりは聖年1年、今から800年ほど遡ります。この辺は神話として伝えられているので省きますぞ。
もし興味があれば街で本を読むのも良いかもしれませんな」
そう言って長老は竜人の歴史を語り始める。
(歴史もいずれ調べる必要があるか)
「当時は魔物の数はとてつもなく多く、この大陸を支配していたと言われています。
そこで数少ない抵抗勢力が竜だったのです」
「竜? 竜人では無くて?」
「ええ。当時の竜は今大陸に居るモンスターの龍とは違い、高い知能と莫大な魔力を持っていたと言われております。
数は少なかったが、魔物もおいそれと手が出なかったとか。
それでも少しずつ押されておりましたが、そこで聖魔大戦が始まります」
聖魔大戦? その言葉にベルギオンは頭を傾げる。
聞いてみたいが、紀元元年で起こったって事はかなり有名だろう。
(本もあるらしいし、ここで聞くより自分で調べてみるか)
「この戦いは有名なのでしっておりますかな? そこでの戦いで魔物を一度この大陸から滅ぼしましたが、
その戦いで竜は絶滅の危機に瀕します。
聖魔大戦の折地上に降りて人々と共に戦った神は、魔物との戦いで武勇を振るった竜が居なくなる事を惜しみ、
人と交われるように竜を人へと変えたといいます」
「それは……なんというか、御伽噺のような話ですね」
「そう言われるのも仕方ないですかな。ワシも全てを信じているわけでは有りませんが、代々伝わってきましての。
その当時の竜人は竜であった頃と変わらないほど強く、また人となった事でより知恵をつけたといいます
しかし、人と交わる事は出来ても、血が合わなかったのか子供も出来にくく、生まれた子供は親の竜人より大分弱かったと言います」
「血が……、ではこのような奥に住んでいるのは」
「ええ、血を守る為でも有ります。もはや人と変わらなくなるほど薄くなってしまいましたがな。
寿命も人と変わりません。それに初代の竜人は空白の100年の間に亡くなってしまったと伝えられております。
彼らは純粋な竜でしたから、もしかしたら生きていたら今でも居たのかもしれませんな」
「竜は偉大な先祖なんですね」
「ええ。今の時代で濃い血をもったキリアは竜を特に尊敬しております。無論、ワシ等も」
「ですか。話して頂きありがとうございます」
空白の100年。戦いの後に何か起こったようだ。
(しかし、血は薄くなったといっても大分歴史のある一族なんだな)
長老も、どこか誇らしそうに見える。
それだけに、血が薄くなっていくのは悔しいのかもしれないとベルギオンは思った。
何か声をかけようとするも、良い言葉は思い浮かばず、止む無くベルギオンは別の話題を尋ねる。
「そういえば、ロードゴブリンが近くに住み着いたとか」
「ラグルに聞きましたか。一月ほど前からゴブリンの姿を見るようになりましたかの。
ゴブリン自体が群れで来ることは、決して珍しい事ではないのですが。どうにも巣穴の大きさが違うのです」
巣穴の大きさというと群れの数が違うのか、それとも大きい個体でも居るのかもしれない。
「大きい個体がいるかもしれないと」
「ええそうです。数もどうやら多い。繁殖力が強いにしても多すぎる。これ程の数を引き連れているとなると」
「それでロードゴブリンが居ると」
そのベルギオンの言葉に、茶で喉を潤しながら長老は頷く。
「見たわけではありませんがの。ほぼ確実だと思われますな。
それ以上のランクであれば一ヶ月も待ちますまい」
「私はロードゴブリンを良く知らないのですが強いのですか?
キリア……さんが討伐に出ようとして止められたとか」
「ええ、若い衆に止めさせました。ゴブリン種の中では中の下位ですかな。
一対一ならキリアなら討てる可能性は有りますが……、
ゴブリンの長はその群れの中で強い個体を護衛として引き連れておりましてな」
「確か、キリアさん以外は血が薄いのでしたか。それは厳しいですね」
「キリアは確かに魔法も使え腕っ節もありますが――、
情けない事に他のワシ等は普通の人間とそう差はないのです。本来ならこういう時、エルフの部隊に救援を求めるのですが」
竜人に付いて詳しく知りたかったが、きな臭い話になってきた。
「それなら今回も」
「そう思い伝令を若い者に行かせましたが……
エルフの街の近くにゲヒル・オーガの群れが出たようでそちらに手を取られております」
「エルフの街に――」
「エルフの部隊は精強での。ゲヒル・オーガの群れでも落ちる事は無いですが、半月は動けないと返答が来ましてな」
「では他の」
その言葉に長老は首を振る。様子に疲れが見えた。
「遠すぎるのです。竜人は元々交流は薄く、離れて住んでおります。交流のあるエルフの街でも近いとはいえませんでな」
「そうですか……、ではどうされる御積りで」
「討伐の為の冒険者を呼ぼうにも金も無く、必要な人数の居るグループは北の大森林の奥には来ようとしません。
広いだけの森で得る物もありませんし、うっかり集落に入り込むこめば好戦的な亜人もおりますからな」
「……」
「おお、つまらん話をしてしまいましたな。
何、武器くらい備えております。ワシ等も竜に連なる物としてそう軽々とはやられませんよ。」
「ですか――」
かなり悪い状況ではないだろうか。
協力相手の救援は無い、冒険者も呼び込めない。
まともに戦えるのは腕が立つとはいえ、女一人――
ベルギオンは嫌な味のする唾を飲み込む。
少しの間沈黙が流れ、ドアから控えめなノックが聞こえる。
「失礼します。姉に伝えてきましたので、戻ってきました」
そう言って姿を現したのはラグルだった。
汚れていた髪や肌は綺麗になり汚れた服を着替え、動きやすい薄着になっている。
「おおラグル、来たか。ベルギオン殿には刈り入れが終わるまで逗留してもらうことになったでの」
「あ、そうなんですか? そうか、今道案内が出来るのは姉だけで手が空いてないからですか」
逗留という言葉を聞いて、ラグルは少し笑顔になる。
旅人が来るのも珍しいだろうし、話でも聞いてみたいのかもしれない。
「うむ。ワシが後で伝えてもいいが、ラグルが言っておくかの?」
「そうですね。私から言っておきます。あれ、どこに泊まる事になったんですか?」
「確か隣の小屋、今あいとるな? そこにベルギオン殿に使ってもらおうかと思っての」
「あの小屋ですか? 確かに空いてますが、余り掃除もしてませんし……」
「構わんよ。屋根と、あと体に掛ける布か毛布があれば」
ラグルは小屋に止める事を想定してなかったのかいまいち乗り気ではない様子だが、
ベルギオンとしては一先ずの宿が確保できた時点で良しとしていた。
場合によっては洞穴を探して、そこで寝たり野宿の可能性もあった事を考えればなおさらである。
「ベルギオンさんがそういうのであれば。寝る広さはありますけど、
物置小屋として使う事もあるので本当に綺麗じゃないですよ?」
「それほどか。なら箒があれば貸してくれ」
はぁ、仕方ないですね。とラグルはため息をつく。ハキハキと言う子だな。
しかし、先ほど長老とベルギオンの中で漂っていた少し暗い空気は完全に無くなっている。
それは間違いなくラグルによるものだった。
「分かりました。姉も感謝していますし問題は無いと思います。
長老も言っていたと伝えますので。話は終わったんですか?」
「ええと、大体は終わりました、かね?」
「ですかな。逗留されるのですからまた話す機会もありましょう」
「ええ、是非とも御願いします」
「では私に付いてきてください。家まで案内します」
そう言うラグルにベルギオンは付いていき、家の外へと出る。
話を聞く中で、ベルギオンの心の中である思いが生まれ始めていた。
長老の家から5分ほど歩いた所で、木で出来た家と小さめの小屋が隣合っている場所に付いた。
「ここが私と姉の家です。父や母は既に天に召されているので二人で住んで居ます」
「それは……苦労しただろう」
「姉も居ましたし、竜人の村は皆仲が良いのでなんとかなってます。畑も姉は力があるので維持できますし」
「そうか」
「ではどうぞ。姉に紹介もしなければいけませんね」
自分から言ったという事は本当に気にしてないのだろう。
しかし村の助けがあるとはいえ女性二人で生きていくのは大変だろう。
(逗留させてもらう間何か手伝うのもいいかもしれないな)
ベルギオンは密かにそう決心する。
「どうしましたか? 遠慮しなくても良いですよ」
ベルギオンの足が止まっているのを不思議に思ったのか、ラグルが声をかけてくる。
「悪い。今行く」
ベルギオンはそう言って家の中に入る。
入った部屋には、入り口横にラグルが控えていて、真ん中に女性が一人立っている。
ベルギオンは、その女性の存在感に目を奪われる。
赤く胸まで伸びた艶のある髪。
強い意志を思わせるやや釣りあがった眉。
赤く凛とした目。
服は動きやすいハーフズボンに、絹のシャツと動物の皮をなめして作ったと思われるジャケットを着ている。
胸は大きい、と言うほどではないが細い腰と、相俟ってそれなりにある。
歳は18ほどだろう。肌に張りがある。
妹のラグルはまさに村娘といった感じだったが、
逆に姉のキリアはかなり活発な狩人のような印象を与える。
何よりも、存在感が違う。竜人の濃い血のなせる業か。
女性は入ってきたベルギオンに近づき、口を開く。
「キリア・ロティエよ。妹が世話になったね、礼を言うわ。確かベルギオンだった?」
「ああ合ってる。巡り合わせが良かったようだ。俺もあのままだと遭難していたし」
そういってキリアは握手を求めてくる。
ベルギオンは女性の手に少しドギマギしたものの、握り返した。
中々気の強いようだ。しかし話しやすい。
ベルギオンもそれに合わせ、緊張していた気を少し緩める。
「姉さん。長老が隣の小屋をベルギオンさんに寝床として使わせて欲しいそうです」
「小屋ね。確かに他に空いている家は今はないか。ベルギオンは構わないの?」
「その質問は三度目だ。全然問題ない」
「なら使うといいわ。掃除の為の道具は貸す。私達の小屋だし私達も手伝う」
「助かる」
「では道具を取ってきますね」
そう言ってラグルは奥へと引っ込んだ。
とりあえず、世話になる場所を掃除しよう。