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竜人の村

 

(小さい獣とかもいたし、森から連れてきて正解だったかな)


 ベルギオンは女の子を湖の片隅に降ろし、座り込んで湖の水で喉を潤した。

 地下水が通っているのか程よく冷えていて、先ほどの疲れが乾きと共に癒えていく。

 森には獣の気配はするが、此方に襲い掛かるような危険なものはいないようだ。


(人が居るって分かったのが不幸中の幸いかねぇ。さっきのモンスター見ると差し引きだけど)


 先ほど追い払ったゴブリンは普通の獣より知能があり、そして暴力的だ。

 誤って動物を殺してしまったときの嫌な感じが心に湧いたが、

ああしなければ多分女の子を助けれなかっただろう。

 ベルギオンは割り切れたわけではないが、そう思う事にした。

 ああいった奴らが居るという事は、日本に居た頃よりもずっと気をつける必要がある。

 道端で襲われてしまうような世界だと思った方が良いだろう。


「ゲームならまだしも、これは向いてねぇ……」


 真っ当に生きてきたベルギオンの価値観は未だ以前に引きずられているが、

大分引いてきた右腕の痺れで戻される。

 初めての戦いで生き延びた事よりも、これからを思うとベルギオンは不安に感じた。


「――ん、ん」


 そうしている内に女の子が起きたのか、目が薄っすらと開いていく。

 すると勢い良く体を起こし、両手で体を押さえて怯えた顔で左右を見渡す。

 襲われる寸前に意識を手放していたから、危機感がまだ強く残っている様子だ。


「落ち着け」

「あ、え、あなたは……、ゴブリン達は!?」


(会話が通じた。内心少し不安だったんだが)


 日本語でどうやら通じるようだ。

 異国語だった場合間違いなく面倒な事になっていただろうと考えていた為、

心配事が一つ無くなる。


「あんたを追いかけてきてた奴らは追い払った。少なくとも今は大丈夫だ」

「そ、そうですか」


 女の子の体から力が抜ける。

 そこでようやく俺に意識が向いたのか、姿勢を正して俺に頭を下げる。

 しかし、ベルギオンを見る目や体が少し硬い。警戒はされてるのかもしれない。


「助けていただいたようでありがとうございます。助かりました」

「運良く居ただけだ。見殺すのもどうかと思ったしな」

「いえ、命の恩人です。何かお礼をさせていただきたいのですが」


(中々義理堅いようだ。いやこれが当たり前なのか? 俺も命の恩人がいたら頭が上がらないか)


 女の子はしっかりと此方を見据えている。目は髪と同様、鮮やかなブラウンだ。

 服は中世的というか。ロングスカートにシャツ、その上にカーディガンを羽織っている。

 しかし、ベルギオンは腕を組んで考え込む。

 お礼と言われても困る。まさか金を巻き上げるわけにもいかないし。

 とはいえはっきりいって今のベルギオンには何もないに等しい。

 人間が生きるために必要なのは……


「そう言われると悪い気はしないな。

 お礼か……すまないが食事と今夜の寝床どうにかならないか」


 そう言われた女の子はきょとんとした顔をし、先ほどより盛大に力が抜ける。

 もしかしてお礼に体でも求められると思ったのかもしれない。

 可愛い女の子は好きだが、見た目14そこそこの娘に手を出すほど道を外れてはいない。


「分かりました。そういう事でしたら、うちの村に来ていただければお力になれます」


 俺が変な男ではないと思ってくれたのか、女の子は大分声に張りが出ている。

 しかし村か。色々聞くことができるかもしれないな。


「あ、私はラグル・ロティエといいます。ラグルでいいですよ」

「俺は……、ベルギオンだ」

「ベルギオンさんですか」


 迷った末、本来の名前でなくベルギオンと名乗る。

 幾つか理由はあったが、今はこの名前の方がらしいだろうと判断した。

 ラグルは名前しか言わなかった事を少し不思議に思った様子だったが、

大したことではないと判断したのか失礼しますね、と言って手や顔を洗う。


 ずっと走っていたから様子だし汗が気持ち悪いのだろう。

 ここは少し風が強いし、このままここに居たらラグルが風邪を引いてしまうかもしれない。


「何時までもここに居るのもいかんな。少し陽が落ち始めているし落ち着いたら村に行こう」

「分かりました。村へはここから20分くらいで着くと思います」


 顔を洗い終わったラグルはそう言うと立ち上がり、此方です。と案内し始める。

 見た目は華奢なようだが、しっかりしているようだ。

 ベルギオンも立ち上がり、ラグルに付いて行き森へ入る。

 森を移動がてら幾つか話をしてみるとしよう。

 そういえば此処がどこかも気になるな。むしろそれを先に気にするべきだった。


「ベルギオンさんは冒険者の方ですか?」

「ん、まあそんな感じか……、どうして?」

「北の大森林でもこの辺りは奥まっていて、余り普通の人間の方はいらっしゃいません。

 それに私を襲ってきた三体のゴブリンを追い払えてましたし」


(北の大森林……、聞いたことはないな。この世界はディエスではないのか?)


「ちょっと待ってくれ。ここは北の大森林っていうのか?」

「? ええ、そうですよ。ご存知無いんですか?」

「あー、えーと、田舎の方から出てきてね。全然詳しくないんだ」

「それは……、知識無しでこの森に入るのは危険です。

 普段なら危険なモンスターは居ませんが遭難してしまいます」


 と、ラグルは少し怒ったような顔をしてベルギオンに忠告する。


「あ、ああすまんな。あー少し聞きたいんだが、

 クラッグスやペルペイトって国を聞いたことはあるかな」


 クラッグス、ペルペイトはディエスの中でも大きい国だ。

 ここがディエスの世界なら知らないという事は無いだろう。

 ベルギオンは内心そう思いながら、心を必死に落ち着かせながら答えを待つ。


「えっと、すみません。どちらも聞いた事は無いです。

 この辺りで一番大きい国はティレ王国ですね」

「――ッ」


 それを聴いた瞬間、

心の何処かが捻じ曲がるような負荷をベルギオンは味わう。


 (まだ、まだディエスの世界なら知識で何とかできた!)


 ベルギオンは僅かだが、此処がディエスの世界ではと期待していた部分があった。

 しかし、ティレ王国などという国は無いし、ある筈の国は無いという。

 口の中に苦々しい思いをベルギオンは感じていた。


「……そうか、いや大したことじゃない。そうだ。

 さっき普通の人間って言ってたけど、人間以外にも来たりするのか」


 そんな事も知らないんですか、と言いたげな少し冷たい視線がラグルからベルギオンに浴びせられる。

 その視線に耐性の無かったベルギオンは少しだけ竦む。


「そうですか。えっと、北の大森林はエルフ族やドワーフ族、

 それに私達竜人族や他にも亜人族達が主に暮らしているんです。

 住んでいる場所は種族毎に分かれていますけど」

「竜人……俺には普通に見えるけど」


 それに竜人という言葉は始めて聞いた。

 どういう種族なのか気になる。

 そう言うとラグルは少しだけ悲しげな顔をしてしまう。悪い事をきいたか。

 長老に竜人について聞いてみる方が良いかもしれないな。


「血が薄いので。夜目が利く程度です。――濃い血を受け継ぐ人はもう殆ど居なくなってしまって」

「なるほど」

「この辺りは余り危険な獣やモンスターは居ないので、

 今まで問題はなかったんです。でも最近ゴブリン達が住み着くようになって……」


 亜人族。ゲームやアニメなら良く見かけていたが、実際に居るようだ。

 イメージは湧くが、実際にあってみないと何ともいえない。

 ただエルフは綺麗なイメージで描かれる事が多い。一目見てみてみたい。


「あいつ等が出てくるようになったのは最近か」

「はい。長老はロードゴブリンが来ているかもしれないと」

「ロードか。そりゃまずいな」


 ロードってなんだ。と思ったが有名な言葉かもしれない。

 冒険者で通した以上聞くのもまずいだろうか。

 会話の流れから多分かなり強いゴブリンだろう。


「姉が討伐に出ようとしたんですが皆に止められてしまって」

「そりゃ凄い姉ちゃんだな。ただあいつ等は群れてるし一人じゃ無理だろ。

 止めて正解だよ。しかしそうするとラグルが襲われたってのはまずいな」

「はい。始めは農作物が荒らされたりする程度だったんですが、

 数が増えてきたのか最近過激になってきて。でも襲われたのは初めてです」


 追われた恐怖を思い出しのか、少しラグルは身を振るわせる。

 そのラグルの頭に手を載せ、何度かやさしく叩いてやる。


(甥っ子はこれで笑顔になったもんだが)


「や、やめて下さい! 恥ずかしいです」


 とラグルに怒られてしまう。

 内心少ししょんぼりした。まあ女の子の頭を気安く触る物でもないか。

 しかし元気は出たようで、なによりだ。

 その表情を見て、ベルギオンは心の動揺が収まっていくのを感じた。

 諦めるのはまだまだ早いだろう。遭難も防げた事だし。


「見えてきましたよ」


 ラグルに言われてベルギオンは正面を向くと、森を広く切り開いて出来た町が見えてくる。

 森の中で作ったにしては中々大きい。少しずつ切り開いてきたのだろう。

 家は木で出来てる。それに畑等も手入れされていた。

 先ほど川もあったし、人里から遠いみたいだが住むだけなら大変だが悪くない場所なのだろう。


「先に長老の家に案内しますね」

「頼んだ」


 ラグルに続いて町を歩く。

 余所者のベルギオンにどう反応するのか気になったが、

ラグルが居るからか多少じろじろと見られるものの変な視線は感じなかった。


「ここです。長老、いらっしゃいますか」


 ラグルはそう言って一回り大きい家のドアを何度かノックする。


「あいとるぞ」


 少ししわがれた声が中から聞こえてくる。

 ラグルはドアを開けて、ベルギオンを中へと促した。


「失礼します」

「失礼」


 中に入ると、材料は竹や木ばかりだが見事な家具が幾つも置かれている。

 そこに白い髭を伸ばした男の老人が椅子に座って茶を飲んでいた。


「どうしたラグル。それに其方の男は誰かの」


 ジロリと、長老に見据えられる。

 この眼、まるで観察されているようだ。

 少し癇に障ったが、村の若い娘が誰かも分からない男を連れてきたんだ。

 その位はされるものかとベルギオンは勝手に納得する。


「薬草を摘みに湖の近くへ行ってきたんですが、そこでゴブリン達に襲われて……、

 このベルギオンさんに危ない所を助けて貰いました」


 それを聞いた長老は先ほどの態度を会釈で謝る。


「おお、それはラグルが世話になりましたな。しかしゴブリン共、とうとう我らを襲い始めたか。

 ――ラグル、お前は一度家に戻りキリアに無事を伝えてきなさい。ベルギオン殿と少し話がしたいのでの」


「分かりました。ベルギオンさんは食事をしたいと言っていたのでその用意もしてきます」

「構わん。芋を煮たやつがあるのでこっちで食事を振舞うとしよう。構わんかなベルギオン殿」


 そう意見を振られ、ベルギオンは反射的に頷いてしまう。

 とりあえず食事は食べれるようだ。

 そうしてラグルは家へ戻り、長老は鍋の置いてある竈に火をつけてベルギオンに茶を振舞う。


「たいした物はないがの」

「いえ、朝から何も食べていなかったので助かります」


 ずずっと、茶を啜る。

 何かの葉っぱを干した物だろう。

 すこし渋みはあったが美味しく飲める。


「さて、まずはラグルを助けていただいた事、感謝に堪えませぬ」

「いえ、運が良かっただけです。襲っていたやつらもそうやばいモンスターでもなかったし」

「それでもベルギオン殿が居なければ命が危うかったようだ。さて、今日は宿の当てはあるのですかな」

「恥かしながら全く」

「ではラグルの家の隣に小屋があった筈。それを使うといい。キリアにも伝えておきましょう」

「キリア?」

「おお、これは失礼。ラグルの姉で家長のキリア・ロティエの事です」

「そうでしたか。屋根のある所なら問題ありません」


 シーツなんかはあるみたいだし、野宿よりは全然良さそうだ。


(野宿なんて経験も無いしな)


 旅人は珍しいのか、長老は他にも幾つか上機嫌で話を振ってくる。

 少しでも情報が欲しいベルギオンにはそれは願っても無い事だ。

 年寄りの長話に感謝するときが来るとは思わなかったが。


「ベルギオン殿は冒険者の方ですかな? 商人でも中々此方には来ませんし」

「ええ、旅をしながら移動しています。ただ森で道に迷ったようで大分深い所まできてしまったみたいです」

「なるほどのう。今は刈り入れ時で人手がおりませんが、手が空いたら道案内をつけましょう」

「良いのですか? 案内人も帰り道が危険では」

「キリアに頼みましょう。彼女なら多少のゴブリンは物ともしません。

 大した礼にはなりませんがそれまでは逗留すると良いでしょう」


 それは願っても無い相談だ。

 金もないし、何をするにもある程度人のいる大きい町に行きたいと考えていた。

 森を抜ければ道くらいはあるだろうし、次の指針になる。

 ベルギオンはそう考えて、是非とも御願いします。と頭を下げた。


「おや、スープも温まったようですな。お注ぎしましょう」

「御馳走になります」


 出されたスープには大きく切った芋が幾つも入っており、付け合せに硬く焼かれた白パンが出された。

 こういう村では食料は貴重な筈だ。味わって頂こう。

 温かいスープは塩が利いており、パンもスープに漬けるとふやけて食べやすくなる。

 自分で思っていたより腹が減っていたのか、ベルギオンはガツガツとスープを平らげてしまう。

 満ち足りた気分だった。


「御代わりはいりますかな。ああ遠慮はいりませんぞ。芋は掘れますし塩は海が近いので安く手に入ります」

「すみません。ではもう一杯だけ」


 よそって貰ったスープを、先ほどより味わって食べる。

 暖かい。今此処に生きている感覚を、ようやく味わえた気がした。



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