歴史の勉強
昨日の疲れがあり、起きたのは昼手前だ。
木で作られたベットの寝心地は十分体を癒してくれた。
良く寝たお陰で疲れも残っていない。
改めて自分の体の頑丈さを実感する。
元の体なら筋肉痛で動けなかった。そうベルギオンはそう思う。
ラグルとキリアは節約のために二人で風呂へ入りに行った。
簡易的なシャワーで10分銅貨5枚だ。
(今日の予定は……まずクラゼル達と会って、その後資料室だな)
キリアは資料室は嫌がると予想できた。
その時間は自由にするべきと判断する。
「その後依頼でも探すか」
体を伸ばし、ほぐしていく。
今日もやる事は多そうだ。
キリア達と交代でシャワーを浴びる。風呂上りの女はいけない。どうにも色っぽい。
シャワーは取り付けられた箱にお湯を入れる。すると穴の開いた先端からお湯が出てくる仕組みだ。
熱い湯は浴びれないが、気候が良いのでぬるま湯でも気持ちがいい。
風呂から出て着替える。そしてアリヤに代金を支払うと、キリアとラグルと三人でギルドへ向かう。
ギルドに入ると、クラゼル達が席に座っていた。マナもいる。
軽食場の受付へ行き、三人分のランチセットを注文し受け取る。そのままクラゼル達のいるテーブルへ行った。
クラゼルは此方に気付くと右手を上げて挨拶をしてくる。
「よう、来たか」
「ああ。先に飯を食いたいんだがいいか?」
「いいぜ。座りな」
三人で座る。
ランチセットはスパゲティに小さいサンドイッチが二つとスープが付いていた。
銅貨3枚なら上等だろう。すぐに食べ終わる。
一番遅いのはベルギオンだった。キリアはぺろりと平らげ、ラグルもいつの間にかなくなっている。
「よし、じゃあ始めよう。と言っても渡すだけだが」
クラゼルはそう言って小さい布袋を此方に寄越す。
「確認してくれ。3万ペニーだ」
ベルギオンが中を見てみると、ティレ王国銀貨が3枚入っている。
「確かに受け取った」
そう言ってクラゼルとベルギオンは握手する。
「ちといてぇが、その位で済んだのは幸運だ。
あとこれなんだがな」
そう言ってクラゼルはマナに視線を向ける。
マナは懐から袋を取り出すと、中から黒い石を置く。
「昨日あのサル達がこれを探してるって言ってただろ?
詳しい話を聞いてみたんだが、やつ等が襲ってきたとき石を見てたって言うんだよ。
確かにあの時俺たちじゃなくて、マナばかり狙われていた気がする」
分断されたのもマナ一人だ。
一番弱いと思われていた可能性もあったが、全員でも敵わないと言っていた相手だ。
狙われた可能性としては通る。
ベルギオンは石を掴んで見てみる。
昨日のような蠢きは無い。
(勘違いだったか?)
「この石を狙って、か。確かに変わった石だが」
「ケレムが見てみたんだが、魔力も感じないしな。とはいえ俺たちじゃ身に余る。
……すまねぇが、そっちで持っててくれねぇか。捨ててもいいし高値で売れても全部そっちで良い」
「そのお嬢さんが見つけたんだろう?」
「見つけた時は高く売れそうか名って思ったけど……正直今は怖い」
「押し付けるような形で悪い。だが俺らじゃどうしてもな……」
そういってマナは顔を俯ける。昨日の経験がまだ怖いのだろう。
黒い石にベルギオンも少し気味の悪さを感じる。
だが、同時に珍しい石ということで所有欲が湧く。
「分かった。貸し一つという事にして置こう」
「助かる。何れ何かで返す」
クラゼル達は一同ほっとしたように胸をなでおろした。
実力がまだ足りないグループにとって、危険が一つでも少ないに越した事は無いのだろう。
クラゼル達は簡単な採取の依頼を受けたらしく、移動していった。
貰った銀貨を三人で分ける。
ベルギオンが持つ金は以前少ないが、それでも無一文よりはずっとましだ。
キリアとラグルに声をかける。
「俺はちょっとギルドの資料室で調べものをしたい。夕方まで自由行動にしないか?」
「少し買い物もあるし、ちょうどいいかな」
「そうですね。それに肌着も買い足しておきたいです」
そうして分かれる。キリアとラグルはギルドから出た。
ベルギオンは受付嬢に資料室の場所を尋ね、案内してもらう。
そして中に入り、背表紙を見た瞬間に動きが止まった。
「文字が読めないんだったなぁ……」
なまじ普通に話が出来ていた為、文字が全く読めない事を忘れてしまう。
話が出来れば割となんとかなってしまうからだ。
しかし街を見たところ特別識字率が低い様子ではない。
いずれ読み書き出来るようにならないと、いらぬ詮索を受けると思われた。
そうして困っていると、10歳ほどの少女が近づいて声をかけてきた。
「ねぇ、お困りのようね! 銅貨10枚で1冊音読するわよ?」
音読の商売だ。
正式ならまだしも、ただ登録した冒険者の中には無学な者もいる。
そういった冒険者向けに商売しているのだろう。
値段も1冊で銅貨10枚ならそう悪いものではない。
ベルギオンは少し考えると人差し指を立てる。
「シュテル銀貨を1枚やろう。代わりに簡単な歴史の本を何冊か読んでくれ。
余った分は繰り返し読んでもらう」
少女は少し訝しげな顔をしたが、銀貨1枚ならと了承した。
まず一番簡単な本という事で絵本を渡される。
この世界の文字は英語に近い。
英語の文字が別の形態になっていると判断するのが一番理解に近かった。
とはいえ単語を読めないし、意味も分からないのではどうしようもなかった。
絵本のタイトルは聖魔戦争だ。
その本を少女が開き、音読を始める――
――――――――――――――――
キリアとラグルは街を歩いている。
キリアの赤い髪や容姿が目立つのか、街の人は良く振り返っていた。
その中には何人かラグルを見るものもいたが、ラグルはそれに気付く事は無い。
先ほど寄った服屋で、下着を含め予備の服を買う。
旅を始めれば服は長く持たないので、着心地の良い物を優先した。
姉のキリアも似たようなものだ。動きやすさを優先するので丈が短いものも多いが、良く似合う。
「魔法書はあそこか。寄っていくわよ」
「――街で売っているものなんですね」
魔法書を売っている寂れた店に着くと、店主の老婆が笑いながら言う。
「買えるのは下級だけですよ。お嬢さん方
それ以上は魔導師の弟子に入るか、はたまた自分で編み出すか。
東の魔法都市へセルに行けばもう少し良いものが手に入りますがね」
「結構距離があったと思うけど」
老婆は耳を指差すと笑って答える。
「このような商売をしているとどうしても耳が良くなりましてね。お気に触ったなら謝りますが」
「そんな事で怒らないわよ。売ってるって言うんなら買うわ。火系のもの見せて」
「これはこれは。此方になります」
そう言って老婆は何冊かの魔法書を取り出す。
「初級でも色々あるのね。火の矢、火の盾に火の爪? 火炎はないの?」
「火炎は中級魔法でございますよ」
そう老婆が答えると、キリアが納得がいった様に頷いた。
「そうなんだ……通りで燃費が悪いと思った」
「格が上がると使用する魔力は桁違いになりますから。
上級にもなれば威力も使う魔力も桁が外れると聞きますねぇ」
「使ってみたいものね」
そんな会話を聞きながら、魔法の使えないラグルは暇そうに店内を見る。
様々な魔法書が整理しておかれ、他にも杖や宝石など魔法に関係したものが置かれている。
「ラグルも一冊買ってみる?」
キリアがそう進めてくる。
魔法に興味はある。しかし姉のような才能……竜の血が無い事は分かっていた。
ラグルが断ろうと口を開く前に、キリアが買い物を進めてしまう。
「姉さん、私は別に――」
「黄金竜ってたしか電撃よね……、婆様、この三冊頂戴。まとめて買ったし少しまけてよ」
「宜しいですよ。端数をオマケしてさしあげましょう。
火の矢、火の爪、と雷の矢でシュテル銀貨2枚」
「はい。火炎は全然だったけど、初級なら使えるかもでしょ?」
「姉さん……強引過ぎますよ」
押し付けられるように本をキリアから渡される。
ラグルはそれを少し見ると、照れたようにギュッと抱きしめた。
――――――――――――――――
「つ、疲れた。もういいよね? もういいでしょ? ていうかもういいじゃないの」
少女が疲労からか言葉が崩れてきている。
ベルギオンはそんな様子の少女にやりすぎたか、と口を引き攣りながら銀貨を渡す。
「ありがと。今度はもう少し減らしてくれると良いな。じゃあまたね」
少女はそう笑顔で告げると資料室から出た。
今日の分はもう稼いだという事だろう。
(さて、紙とペンは借りたし少し纏めてみるか)
少女の音読してくれた本の内容を纏めていく。
一つ目。紀元元年に起こった聖魔戦争について。
紀元前100年前。
当時この大陸はモンスターに支配されており、人類は家畜のように扱われていたという。
中でも魔物と呼ばれる強力なモンスターも跋扈しており、人間の力ではなす術がなかった。
しかし刻一刻と減っていく事に人類は耐えられず、全滅を覚悟した蜂起を行う。
人類は蹴散らされ、全滅かと思われた時竜や亜人族が人類側に付く。
(長老の言っていた奴だな……)
強き竜や様々な知識、技術を持った亜人達の協力により人類は立ち直り、大規模な戦いが始まる。
これを聖魔戦争と区別する為に連合戦争と呼ぶ場合もあるらしい。
次いで人類の中から英雄が生まれ始める。
英雄は精霊や長く生きて力を得た幻獣の加護を受けて生まれたという。
(人類に目が出てきたから力を貸したのか?)
その強さは凄まじく、加護を受けた系統を全て使いこなし力も優れていたという。
現代では英雄は生まれない事から、魔物に対する脅威から幻獣や精霊が力を貸していたとされている。
それでも尚モンスター達の優位は崩せず、人類側は紀元元年に再び危機に陥った。
そんな時現れたのが”神”だという。
(神、神ねぇ……あんまり信じてはいないんだが)
神の力は竜よりも尚優れ、強大な魔物をもものともしなかった。
神は天使たちを引き連れ魔物を駆逐して行き、モンスターさえも一時大陸から消し去ったという。
時を同じくして竜や亜人は衰退し、天敵の居なくなった人類は勢力を拡大。この大陸の覇者となった。
神はそれを見届けると、天使たちと共に姿を消したという。
ある程度纏めた所で、ベルギオンはいまいち納得できず右手で頭をかく。
(聞いてて神話かと思ったが、れっきとした歴史として記されているのが引っかかる)
竜人の長老からさわりは聞いていたが、それでも現実味の無い話だ。
この世界と前の世界を比べるのが間違いではあるが。
何よりもこの後、最も記されるべき繁栄の記憶が100年分無いというのはどういうことだ?
尽きぬ疑問に、頭を悩ませつつもベルギオンは次に移った。




