つまり、どういう事?
太陽がゆっくりと沈み始める。
広場に村人たちが集まって騒いでいた。
テーブルを並べ、大皿に料理を飾る。
ぶどう酒は樽ごと置かれ、蓋が開けられた。
怪我をした者も無事だった者も。
皆生ある事に感謝し、酒を飲み料理を食べる。
酒も入ってか皆陽気だ。
(元気だな)
ベルギオンはぶどう酒を受けとり、その活気の中歩く。
キリアとラグルは用事があるらしい。
起こされた後、二度寝はしないように言われる。
(この光景が見れた。あの決断は意味があった)
それだけでベルギオンは誇らしい気持ちになれた。
大皿に盛られた鳥の串焼きを一つ手に取る。
良く焼かれていて脂がのっていた。
それを一口頬張ると、肉汁が溢れてくる。
「美味い」
普段料理に出されるのは野菜が主だ。
偶に魚もあった。
こういった時だけ家畜を絞めて肉を食べるのだろう。
串焼きを味わっていると、若い男が隣に来る。
目当ては串焼きだったようだ。
男はそれを手にとって齧り付くと、満足げな顔をした。
「よう。ベルギオン、であってたか?」
「そうだ。あんたは?」
「アンクル・ナッス。
あんたのお陰でこの串焼きが食えてるぜ。ありがとうよ」
「俺のお陰?」
「この宴もそうだが、俺ぁ倉庫でゴブリンに襲われてやばかったんだ。
だからこれを食えるのはあんたのお陰さ」
「そういうことか。無事でよかったな」
「おうよ」
男はそう言うと、瞬く間に串焼きを平らげる。
ベルギオンも釣られて食べ終わった。
口に残る鳥と塩の味をぶどう酒で流し込んだ。
「ああ。美味い物を食うと生きている実感が湧く」
「同感だ。おっと、そろそろ始まるようだな。あの姉妹の舞は久々に見る」
「舞? 何か始まるのか」
「聞いてないのか? この村は宴の時は舞を踊るんだ。楽器を使える奴が曲を弾いてな。
今回はロティエ姉妹が踊るぞ。特にキリアの舞は綺麗で派手だ」
「それは見てみたいな」
(そういえば中央に丸く広い台があった。あそこで舞を踊るのか)
何人かの男女が楽器を持って台に上がってくる。
笛に、ハープ。それに太鼓のような物だ。
その後にキリアとラグルが上がってきた。
「きたな」
「あ、ああ……」
舞の衣装なのだろう。全体的に薄着で露出が多く、脚や腕に薄く長い布を付けている。
扇情的なはずだ。しかし二人は厳かな雰囲気がある。
その為か不思議とそういった印象は感じない。
やがて音楽が流れ始め、舞が始まった。
音楽はテンポの良いもので、それでいて調和が取れている。
その音楽に合わせてキリアとラグルは舞を踊り始めた。
軽快に。大胆に。流れるように。
その舞にたなびく薄い布。それが幻想的な空気を引き立てる。
ベルギオンはその舞の美しさに、終わるまでずっと魅了されていた。
やがて音楽が終わる。舞は静かに終了した。
その瞬間は世界に音がなくなったようだ。
「終わったな。勝利を祝う舞ってんで、気合入っていたようだ」
「……、綺麗だったな」
「二人とも気はつええが面はいいからな。惚れたか?」
「いや、そのな」
ベルギオンはなんと答えたものか戸惑う。
二人に見惚れていたのは事実だった。
「照れてるのか? 戦いの時は迫力があったが、若いなりにそういった処があるんだな」
男は笑ってベルギオンの背中を叩く。
そしてもう一本串焼きを持ってどこかにいってしまう。
ベルギオンはぶどう酒を口に含む。頭には先ほどの舞が残っている。
キリアとラグルはそれから少ししてベルギオンの所へ来た。
「やっほ。見てくれた?」
「見たよ、舞を踊るなら教えてくれても良かっただろう?」
「ラグルが恥ずかしがってね。どうせ見せるなら同じなのに」
「だってあの服あんまり隠してませんし……」
ラグルは恥ずかしそうに顔を隠す。
その頭をキリアが撫でた。
「確かに大分薄着だったな。舞を踊る二人は綺麗だったよ」
「ありがと。堅物かと思ったらそういうこともいえるのね」
「ありがとうございます。……やっぱり恥ずかしいです」
話していると、先ほどとは違う陽気な音楽と歌が聞こえてくる。
村の男達が酒を片手に歌っているのだ。それに合わせるように楽器が響く。
何時しか歌は広がり村の全員が歌う。
キリアやラグルも歌い始めた。
ベルギオンは少し恥ずかしながらもそれに参加する。
おお、大地よ精霊よ。
暖かな太陽よ冷たい月よ。
今宵は共に騒ごう。
此処には何も無い。それでも此処は楽しい我が家。
酒を片手に今夜は騒ごう。
おお、小川よ大樹よ。
豊かな雨よ緩やかな風よ。
今宵は共に歌おう。
此処には宝が在る。生きているという宝がある。
酒を片手に今夜は祝おう。
響く歌。それは村に平和が戻った証。
やがて夜も深まり、宴もたけなわとなった。
皆ゆっくりと余韻を楽しみながら家へと帰る。
ベルギオンたちもまた、家へと戻った。
酒の力もあり、家まで帰ると皆水を飲んで寝てしまう。
過去の経験からベルギオンはなんとか小屋へと向かったが。
ベルギオンは目を覚ますと、体の好調さに気付く。
少し腰に痛みはあるが、それも大した物ではない。
恐らく包帯から漂う匂いの元。この湿布くさい何かが効いたのだと思う。
何度か屈伸し、腕を大きく回転させる。
疲労も酒も残ってない。
気分の良い所に扉からノックされる。
「起きてる。どうぞ」
扉が開かれるとラグルが立っていた。
「おはようございます」
「ああ、おはよう。今家に向かおうと思っていたんだが」
「そうなんですか? お酒強いんですね。姉さんは飲みすぎて今まで寝てました」
「がんがん飲むからな、キリアは」
「はい。そうだ、着替え洗っておいたので渡しておきますね」
そう言ってラグルから何着かの着替えを受け取る。
「洗濯してくれたのか、すまんな」
「いえ。ついでですし、大した手間ではありません」
受け取った着替えは陽の匂いがして少し温い。
それを布袋に詰めておく。
「ベルギオンさん、こっちに来たのはそれだけではないんです。実は……」
ラグルから聞いたのは意外な来訪者だった。
何度目か忘れたが、再び長老の家に来る。
ノックは不要とのことで、ラグルと起きてきたキリアと共に中へ入る。
中にいたのは長老。そして耳がやや長く造詣の整った女三人だ。
「来たか。久しいなロティエ姉妹よ。そしてこの男がベルギオンか?」
三人の中でも一番立場の高そうな女が長老に聞く。
「ええ。先ほど話した冒険者殿です。ティルフ殿。
まずは自己紹介をされてはどうかな」
長老がやんわりと言う。
ティルフと呼ばれた女は此方に一度頭を下げた。
「そうだな。失礼した。我々はエルフの街より来た先発隊だ。
私はティルフ・フィト。この二人はエンレッタ・ラームスとリーフ・フォーリャだ」
紹介された二人は頭を下げる。
「名前はもう知っているみたいだが、この村に世話になっているベルギオンだ」
(口調はきついみたいだが、悪い人では無さそうだな。それにエルフか。
創作なら見たことはあるが、本当に耳が長くて美人だな)
始めて見る実物のエルフだ。
ベルギオンは失礼にならない程度に眺める。
服装は軽装で短い。動きやすいようにしているようだ。
肌も眩しい。
「我々は動くに動けぬ状態でな。ようやく片が付いたので討伐隊が組まれ、この村に向かったのだ」
(思ったよりも早い。もう一週間は掛かると見ていたのだが)
「予定よりは早いが、予断は許さぬようすだったのでな。
我らが急ぎ着たというわけだ」
「そうですか」
「最悪の場合も考えていたのだがな」
ティルフの言葉にキリアは神妙な顔をした。
「実際そうなる所だったからねぇ……」
「ロードゴブリン二体を倒し、群れもほぼ壊滅。この村だけでは到底出来ぬ戦果だ。
容姿は変わらんとはいえ、人間が亜人にこれほど力を貸すのは珍しい。
聞けば礼も要らぬと言ったそうだな。
本来なら胡散臭いどころではないのだが……」
そう言って、ティルフはベルギオンを見る。
それを聞いてラグルが抗議した。
「そんな人ではありません」
「そのようだな。邪な思いがあるなら幾らでも逃げれた。
だというのに、危うく死に掛けるまで戦ったのであればな」
ラグルの言葉を聞いたティルフは頷く。
彼女は視線をベルギオンから長老に移す。
「無事で済んで何よりだ。だが長老。以前言っていた事、やはり考えて欲しい」
「移住の件ですか。エルフの女王には気に掛けて頂いてますがな……」
「かつての恩を考えれば当然だ。互いに誇りある一族ならば尚更。
今回はなんとかなったが、同じ事があればどうなるか分からん」
(キリア、何の話だ? 恩とか言ってるけど移住って簡単じゃないだろ)
ベルギオンはキリアの耳に近づけると、小声で尋ねる。
(ちょっと、くすぐったいわ。昔エルフが全滅しそうになった事があったらしいのよ。
それを当時力の残っていた竜人が助けたって訳。
竜人の血が薄くなってきた辺りから、移住の話が出たって聞いてる)
(なるほど……、昔の恩を伝えているなんて義理堅いんだな)
(エルフの女王は当時から変わってないわよ?)
(――まじか)
「そういえばそんな話がありましたね」
そう言いながらラグルは二人を肘でつつく。
すぐに静かになった。
「以前までは皆の反対で断っておりましたが。討伐隊にはセピレム将軍も同伴されるのでしたな。
それまで村で話したいのですが」
「構わん。巣穴を潰してから来る予定だ。明日には将軍も此処に突くだろう」
「ありがたい」
「良いの長老?」
キリアが長老に尋ねる。
長老はそれに頷いた。
「意地を張っておった部分はあったが。竜の血は維持できん所まで来ておる。
それに今回の戦いで皆誇りをもてた。ならばこのまま緩やかに滅ぶよりは良かろうよ」
村の皆に話を聞いてからだがの、と長老はつけ加えた。
そして髭を撫でながらベルギオンに話しかける。
「おお、いかんいかん。ベルギオン殿。呼び出した用事は別にあっての」
「なんですか?」
「ベルギオン殿は冒険者としてギルドに所属しておるのかな」
「えっと、所属はしていません」
「話を聞いておって思ったのだがやはりの。
名乗るだけでも依頼は受けれるが、これを機に登録してはどうかな?」
突然の話にベルギオンは混乱する。
ギルドは察しが付くが、意図が読めない。
「すみません。登録すると何かあるんですか?」
「うむ。国からの依頼を受けれるようになるし、身分証も発行される。
ギルドの支部は大きな街なら大抵ある。持っておると便利じゃぞ。宿の紹介なんかもあるでな」
(身分証か、宿の紹介も便利だが、是非欲しいな)
特に身分証は欲しかった。現在社会的立場が全く無い。
かなり危険な状態だ。
「それなら登録したいですね。どうすればいいんですか?」
「ギルドで簡単に出来るのだがの。その人物を保障する推薦が必要になるのじゃ」
「推薦……、確かに身分証になるなら必要ですね」
「うむ。それでな。セピレム将軍が来た際に推薦を頂こうと思う。
ティルフ殿は紹介は一目見てからとのことだが、問題は無さそうだ」
ティルフはそれに頷く。
ベルギオンは不安に思った事を尋ねる。
「良いんですか? 場合によっては推薦人が迷惑を受ける筈では」
「ああ。悪人では無さそうだし、問題は無かろう。今回の事を伝えれば将軍も同じことを言う筈だ。
それとも不満か?」
推薦、それもそれなりの立場の人物がしてくれる。
確定ではない。が、問題があるはずが無い。
「それでは紹介を御願いします」
「引き受けた」
「後もう一つ。キリアとラグルが付いて行きたいそうだから、頼みますぞ」
(ん? 今何を言ったんだ?)
「すみません。今なんと?」
そうベルギオンが聞くと、キリアとラグルが前に出る。
「私と」
「私が」
「付いていくので宜しく御願いします」
姉妹の声がはもった。




