準備・中編
村に戻った三人は、見てきた状況を長老に報告する。
「見た所やつ等は、この村に続く道の食料をかなり食い尽くしてます。あの様子なら、三日後にはゴブリン達が動くでしょう」
「予想よりも速いですな……、皆は作業を始めておりますでの。調整があれば任せますぞ」
カルックフとスノラマ、長老と別れ広場の様子を見る。
村の広場では、村人達が準備に忙しなく動いていた。
くくり罠に使う紐は手馴れたおばさん達が担当している。
ラグルもそこで手伝っていた。
「どんどん薪持ってきて! 紐は乾くまで時間が掛かるからじゃんじゃん煮ていくよ!」
「分かりました!」
植物の蔓を大量に用意し、皮を剥いで茹でる。
茹でた物を干すと縮まって強度が増し、多少のことでは切れなくなる。
石を組んで作った即席のかまどに火をつけて、大釜に熱湯を沸かし蔓の皮を剥いで入れていく。
茹で上がれば竹で作った物干しへと干す。
それをひたすら繰り返していく。
「今日中に仕掛けを作り終えるぞ。用意するのは50個だ!」
「こんな量を作るのは初めてだな」
その隣では手先の器用な人たちが、紐をくくりつける仕掛けを編んでいく。
竹を加工して長方形にし、食い込みやすいように下側を尖らせる。
仕組みは少し穴を掘った場所に仕掛けを限界まで打ち込み、穴から出ない位まで上に引き抜く。
その後穴を木の枝等で隠す。
対象が踏んだ瞬間に竹と足が穴に入りると仕掛けが作動する。
輪になった紐が引っ張られて、その紐が足を縛って足止めするのだ。
埋まったとき簡単に抜けないように、弁をつける工夫も行っていた。
少し離れた所で矢を加工しているのは、力のある男たちだ。
伐採した木を運び込み、作る矢の大きさに合わせて斧で切り分けていく。
切り分けた木の皮を剥ぎ、薪を割る要領で割っていく。
「一個一個は使えるなら多少雑でもいい。数を用意するんだ」
「家畜の羽じゃ足りんな。確か代用できる葉っぱがあった筈」
細くなっていけば鉈で割り、1センチ程度になったらナイフで削って矢の形に整えていく。
仕上がった物は先を尖らせ矢尻とし、反対側に葉を使って作られた矢羽を取り付けて矢になる。
くくり罠が終われば、手の空いた者から矢の作成に入る。
この様子なら、三日後にはある程度の数は確保できるだろう。
それらを見た後、弓を使える者を何人か集めて見張りについて話し合う。
見張りにつくものは最低二人。
出来た矢のうち20本を持ち、交代制にした。
ゴブリンは昼行性とのことだが、念の為夜も見張りを立てることにする。
「一匹二匹なら退治するんで?」
「その位なら見張りで対処してもいいが……、大事なのは危険を知らせる事だ。複数来た時点で引いてくれ」
「分かった。順番はこれでいいんだな?」
もし見張りで対処できない事が起きれば、直ぐに笛を鳴らす事とした。
その後は罠の仕掛けだ。
くくり罠がまだ準備できていないので、トラバサミを先に仕掛ける。
見えないように、草のある道の脇へ間を空けて仕掛けた。
トラバサミの数は10個。
これに掛かればそれだけで無力化できるだけに、もう少し欲しかったが無い物はどうしようもない。
村人が踏まないよう、仕掛けた位置に目印として木を刺しておく。
これからゴブリンを退治するまで、道を行き来するのは見張りと水汲みの人員だけだ。
徹底すれば問題は無い。
トラバサミが仕掛け終わると、キリアを誘って二人でシャベルを持ち、落とし穴を掘り進めて行く。
落とし穴はトラバサミを仕掛けている範囲だ。
作動した後、その穴を迂回する奴がトラバサミに引っかかる。
「どのくらい掘る?」
「余り深くなくていい、ただ入り口を狭めて奥を幅広くする。少しでも上りにくくなるように」
「広くなくていいの? 一気に数を落せると思うけど」
「広くしすぎると道を塞いでしまうからな。トラバサミも一度きりだし、ルートを変えられるのは不味い」
「そういうものなのね」
入り口が狭いと、手が引っ掛けにくくなり余計に力が必要になる。
当然這い上がるのも遅れ、いい的になるだろう。
地面は少し硬いが、少し掘り進めると柔らかくなり、キリアの力もあり順調に掘り進める。
ゴブリンの背丈が80センチ程だった。
1m半程度の深さまで掘り、其処から幅を同じ長さまで広げる。
入り口を狭めているので一人しか穴に入れず、一人は掘って一人は土を引き上げる事で掘り進めた。
余り一度に落せる広さではないが、発動した後も敵にとっては迂回しなければならない障害物になる。
そうしていると昼ごろには三つとも掘り終わった。
いいペースだ。
穴からキリアが這い出てくると、二人の姿を交互に見てため息をつく。
全身が汗だくになり、そこに泥がついて体が黒くなっている。
「お互いドロだらけね」
「ずっと穴を掘っていればな」
「気持ち悪いし、一度流したいわ。湯浴みより水浴びがいいな……。
この後も一緒にやるんだし、一緒に行きましょう」
「おい、冗談は……」
「服は脱がないから一緒でいいでしょう? 服の汚れは洗わないと無理だけど、体に付いた土汚れは水浴びで十分だし」
「本気か? 確かに時間は惜しいし、俺もこのままじゃ気持ち悪いのは確かだが」
「ならさっさと行きましょう。ほら」
キリアはベルギオンの背中に回ると勢いよく押してくる。
ベルギオンも流石に折れ、少し経った所で自分の足で歩く。
そうして川に移動した二人は川へ入り、体に付いた泥を落す。
「これは気持ちいいな。疲れを忘れそうだ」
火照っていた体が、水の冷たさで一気に冷やさる。
更に汚れが落ちていき、清々しい爽快感を味わう。
ふとキリアのほうを見ると、着ていた服が肌に張り付いている。
透けてはいないものの、体のラインがはっきり現れていた。
それを恥ずかしげも無くさらしているキリアを直視できず、なるべく見ないようにベルギオンは顔を洗う。
「そんなそっぽ向かなくてもいいんじゃない」
「あっち向いてるから、服を簡単に洗って絞ってくれ。それに濡れたままだとしたない」
「分かったわよ。大げさねぇ」
そうしてさっぱりとした二人だが、きっちり後でラグルに怒られる事となる。
戻った後は、弓を射る場所に柵を作る。
支柱となる太い木の杭を間を空けて二本打ち込み、そこに釘で板を打ち込んでいく。
高さは1mで、下から潜れないように間にも板を挟む。
食事はラグルが芋で作った団子を摘まんだ。
そうしていると、あっという間に時間が過ぎていく。
陽が落ちると共に、作業が一時中断される。
何人かは残って作業をしたいと言ったが、暗くなっている時に作業すれば怪我の元にもなる。
疲れているときは尚更だった。
それよりは疲れた体を休め、次の日に備えた方がいい。
そうベルギオンが説得すると、残った人たちも納得したようで帰宅していった。
「解散か。それじゃ戻る?」
「いや、少し仮眠をして見張りを変わろうと思う。皆見張りは慣れていない筈だ。疲れてるだろうし」
キリアはそれを聞くと、右手をあごに持っていき何か考えている。
「付き合うわ」
数秒ほど考えた後、意外な事をキリアは言った。
「疲れてるだろ?」
「それは貴方もでしょ。こっちはまだ体力に余裕があるくらいよ」
「俺は言い出した人間だからな。それ位はやるさ」
「だからこそ貴方が倒れると困るのよ。ましてゴブリンにやられたら、皆士気吹っ飛ぶわよ」
付き合わせるのは悪いと考えたベルギオンは止めようとする。
しかし、キリアはそれを難なく押しのけた。
「……そうだな、頼む。俺は一度寝てくる」
「分かった。私は武器を引っ張り出しておくわ」
疲れきった体を引きずり、ラグルに会うと少し経ったら起こしてくれるように頼む。
小屋へと入ると汚れた服を脱ぎ捨て、転がるように寝転んだ。
次の瞬間にはもう寝入っている。
ラグルに揺られて起こされ、水で顔を洗って眠気を振り払う。
三時間ほど寝ていたようだ。
外はもう真っ暗だった。松明無しでは歩くのも難しい。
装備を体に付け、剣を携える。
数日振りに備えた剣は、ずしりと重い。
その重さがしっくりと来る感覚が何とも不思議だった。
小屋から出ると、キリアが武器を持って待っていた。
服は身軽なズボンにシャツを着ている。
その上から肘当てや鎧を着込んでいた。
いずれも軽い革が使われており、防御よりも動きやすさを重視しているようだ。
キリアの長く赤い髪と合わさって、優雅な雰囲気さえある。
そして何よりも目を引くのは、ハルバートと呼ばれる斧槍だ。
(でかいな)
キリアの背の高さは165センチ程。それよりも更に30センチは長い。
槍の穂先に斧頭、その反対側に突起が取り付けられていた。
柄には綺麗な装飾が施され、先端の刃の部分は美しい金属の輝きがある。
一目で見て、見事な業物だと分かった。
「いい武器だな」
「一応竜人の村に伝わってる秘宝みたいなものかな。
頑丈さは折り紙つき。魔法を真正面から叩き伏せた人も居たらしいけど、あくまで噂ね」
ラグルはそんな二人に何か言いたそうだったが、気をつけて下さいと見送ってくれた。
二人で連れ添って、見張りをしている川へと移動する。
「罠を踏まないように気をつけろ。くくり罠はまだ仕掛けてないがトラバサミはもう仕掛けてる」
「分かった。暗いとはいえ、一目じゃ分からないわね」
落とし穴は今は落ちないように板をしているから問題は無いが、トラバサミに掛かれば怪我で暫くまともに動けなくなってしまう。
見張りの場所にたどり着くと、若者二人が弓を離さないようにしながら火を囲み座っていた。
しかしやはり緊張からか、かなり疲れているように見える。
「見張りを変わろう。弓は借りていいか」
「ああ、あんたか。すまんが頼む。眠ってしまいそうだった所だ。弓はまた明日渡してくれたらいい」
「キリアも来てるのか、助かる。弓は俺も置いていく」
若者二人は少し疲れた足取りで村へと戻っていった。
「あんまり弓は得意じゃないんだけど。貴方は使える?」
そう言いながらキリアは弓に矢をつがえ、向かい側へと構える。
その姿勢は堂に入っていた。
「持った事はある。当たらなくても牽制にはなるだろう。
俺たちはいざとなれば武器で倒せばいいさ」
「なにそれ。まあ分かりやすいけど」
キリアは弓を置いて焚き火に手をかざした。
弱々しくなってきた火に、その辺の枯れた木を入れて火を強める。
木が火の熱で弾ける音が周囲に響く。
キリアの顔が焚き火で照らされると、その美貌が更に映えた。
「不思議な気分。こんな時間に外でこんな事やってるなんて」
「俺もこういうことは初めてだな。
今日は来なかったようだが、明日から小競り合いが始まるかもしれない」
「不安?」
「心配しているだけだ。見張りは無茶はしないように言っているが、一番敵と近いからな」
「なるほどね。明日には罠は仕掛け終わるし、矢も数はまだ少ないけど用意できた。
後は時間との勝負になるのかな」
順調、と言っていい状態だ。
それでも途中何があるかは分からない。
ベルギオンはそう思い、気を更に引き締めるのだった。
偶に何かを話しながら、何事も無く太陽が顔を出し始めて空が白んでいく。
焚き火は既に消していたので少し寒いくらいだ。
しかし意識を常に保つのが難しいほど睡魔がある現状では、その方が助かっている。
キリアは其処までではないが、うつらうつらとしていた。
ほぼ一日力仕事をした後に、少し休んで後はずっと起きていたのだ。
意識があるだけでも驚きだろう。
眠ってしまわないように緊張感をなんとか絶えず持ち続け、直ぐ射れる様に弓を手放さない。
そうしていると、早朝の見張り番が交代にやってくる。
「来たぞ。後は任せて寝るといい」
「……頼む。割と限界だ。今日辺りからゴブリン達が顔を出してくると思う。話したとおりに――」
「いいから戻れ。あんた目が今にも閉じそうだぞ」
「私も眠い。……眠い」
「ほらキリアも戻れ。帰りに罠踏むなよ」
ベルギオンとキリアは幽鬼のように揺れながら村へと戻る。
心配して迎えに来たラグルが、二人の顔をみて少し引いていた。
ラグルの助けもあり無事に家へと辿り着くと、玄関で眠りこけてしまう。
ラグルの力では寝室まで運べない為、少しだけ引きずって二人に毛布を掛けた。
「おかえりなさい。お疲れ様でした」
眠る前に見たラグルの顔は、綺麗な笑顔だった。




