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準備・前編

 

 早朝。

 本来なら畑仕事などを始める時間に、村人たちが広場に集まっていた。

 急ぎで集められたらしく、何事かとざわざわと近くにいる者と話したりしている。


 そうしている内に長老が現れ、置かれていた台へと上っていく。


「皆良く集まってくれた。寝ていた所を起こされた者もいるだろうが、何分急ぎの事だったのでな。許して欲しい」


 長老が話を始めると、村人たちは話を止め、長老の話に耳を傾けた。


「知っている通り、少し前から湖の近くでゴブリンが巣穴を作っておる。

 二日ほど前に、ラグルが襲われたのは皆覚えているだろう。

 エルフの街に救援を出したが、あちらもゲイル・オーガの群れに手を追われておる」


 エルフの部隊が来れない事は、分かっていても何人かが暗い顔をする。


「そして昨日、ゴブリンが村の近くまで来たのを確認した者がおる」

「長老! それは本当なのか?」


 長老の言葉に、先頭にいた壮年の男が堪らず声を荒げた。

 その声に長老はゆっくりと頷き、事実だ、と告げる。


「確認したのは、何人かはもう会った事はあるじゃろう。

 ラグルを助け今村に逗留しているベルギオン殿じゃ。

 昨日の夜、その報告とともにある提案をされた」

「ロティエの家に世話になっている青年か」

「確か冒険者よね」

「一体なんだ……?」


 ベルギオンの名が出た事で、静まっていたざわめきが再び起こり始める。

 ラグルを助けたという事で否定的な意見こそ無いが、提案が何なのか知りたがっている様子だった。


「ワシの口で言うより、本人の口で言った方が分かりやすいだろう。

 ベルギオン殿。ここへ。ワシはこの提案は支持してよいと思っておる」


 そう言って長老は台から降り、近くに控えていたベルギオンを招いた。


 村人の人数は150人ほど。

 若者よりやや歳をとったものの方が多い。

 これ程の人数の前で喋った経験が無かったので、ベルギオンは思わず唾を飲む。

 しかしここまで来て今更引き返す事もできず、気合を入れて台を上る。


「こほん、ん、殆どの人は直接会うのは初めてだと思う。

 今回縁があり、厚意を受けて世話になっているベルギオンだ」


 村人たちの反応はまちまちだが、多くは先ほどの提案が気になるのか静かになっている。


「本来なら部外者である俺が、このような場に立つのは場違いであるだろうし、もしかしたら村の問題に口をだされ不快に思う人も居るかもしれない。

 しかしこの村が危険に陥ってると聞いて、世話になった以上俺は見過ごす事ができない。

 俺は昨日、長老にやつ等の殲滅を提案した」

「正気か? ただのゴブリンだけじゃないんだぞ」


 その言葉に、村人たちは様々な驚きの声を上げる。

 その中でも多かったのが、そんな事ができるのか、という疑問の声だ。


「ロードゴブリンが居る可能性が高いのは知っている。数が多いのもだ。

 しかし、ここに居る皆に力を貸してもらえれば、俺は勝機があると考えている」

「何をするつもりなんだ? 情けない話だが、戦える者は殆ど居ない」

「正面から戦う必要は無い。何人かの話を聞いたが、ゴブリンは雑食だが肉を好む。

 そして今森には獣が居ない。だからこそこの村に危険がある訳だが、逆にそれを利用する」


 ベルギオンはそう言って、布袋に仕舞っていた罠を取り出して村人たちに見せた。


「確実にこの村に来るのが分かっているなら、罠を仕掛けて徹底的に足を止めて弓で一気に仕留めていく。

 罠だけでも数を減らせればいいが、威力の高い罠は用意できない。その分数で補う」

「普通のゴブリンなら、確かにそうすれば数が多くてもなんとかなるか……そのまま突っ切ってくるだろうし」

「しかし、強引に抜けてくるやつが居るんじゃないか? 

 道全部に罠は張れない、少し迂回されただけでもまずいだろう」


 ベルギオンの言葉に肯定する者、否定する物で意見を交わしていく。


「弓を引く者の守りには簡単な柵を作って、近くに俺とキリアが入るつもりだ。

 他にも斧や鍬でいいから何人か居て貰いたいが……。

 ゴブリン達を仕留めていけば、必ず長のロードゴブリンが出てくる。

 それを弓で弱らせて、俺とキリアの二人で討つ」

「それなら……あんたとキリアは危険だが、そのまま戦うより安全に思えるな」

「その分の罠と、矢が足りないんだね?」

「弓を引くだけなら俺にもできる。これはいけるんじゃないか?」


 否定的な言葉はやがて無くなり、どうすれば良いのかという相談があちらこちらで始まる。


「ここで反対があるものは申し出てくれ、俺はこれからやつ等の巣穴を見に行くが、もしかしたら思った以上に時間が無いかもしれない。

 少しでも反対があれば間に合わなくなる可能性がある。矢と罠はまず作らないとどうしようもないからだ」

「いや、やろう。俺たちはずっとこの村で育った。この村が壊されるのも、今更他所へ行くのもごめんだ」

「これでも竜人の血を引いてるんだ。ゴブリン達に負けたんじゃ先祖に申し訳が立たないよ!」


 反対を申し出る者は居ない。

 結局の所、何かをしたかったのだが何をすればいいのかを迷っていた人が多かったのだろう。


「いないようだな……。今回の事で必要な物は長老に紙に書いて渡してある。

 本来なら畑や用事の時間を潰す事になる。すまない」

「村があってこそだ。あんたが謝る様な事じゃない」


 そう頭を下げると、若い男はベルギオンを労う。

 ベルギオンはそれに対し、もう一度頭を下げた。


 台から降り再び長老が台へと上がると二度手を叩き、大きくなり始めた雑談を一度止める。


「皆、静まってくれ。一度解散とする。食事や用意を済ませ、もう一度ここに集まって欲しい。

 仕事を割り振るでの。そうじゃ、カルックフとスノラマはここに来ず、罠を仕掛ける場所を探してきてくれ。

 後でベルギオン殿と相談せねばならん。狩りに慣れたお主らなら問題ないだろうが、危険を感じたら引き返すのじゃぞ?」

「おう、任せな」

「罠とは、腕がなるのぅ」


 そして、村人たちは朝食や道具を取りに皆家へと戻っていく。

 カルックフとスノラマにベルギオンは挨拶し、二人も一旦家へと戻った。

 広場に残ったのはキリアとベルギオンのみ。

 ラグルは準備の為先に家へと戻った。

 昨日は様子がおかしかったが、今日はいつもどおりに戻っている。


「それじゃ行って来る」

「偵察、私も付いていこうか?」

「――いや、二人だと目立つ。特にキリアは髪が赤いからな。森の中では隠れるのは無理だろう」

「確かに目立つわね……」

「暇が出来たら。一応村の周りを見ておいてくれ。

 来ないとは思うが、様子を見られると厄介かもしれん」

「分かった、気をつけて。武運を祈る。それと、道に迷わないでよ」


 キリアはベルギオンの胸をトン、と叩く。


「戦う事がないようにしたいものだがな」


 そう言ってベルギオンは湖の道へと歩き始めた。


 村人たちによって草が抜かれた道を歩いていき、川に差し掛かる。

 川の大きさは2mと少し。橋を落しても渡りにくいものの、行き来出来ないというほどではない。

 流れも穏やかだ。

 もう少し時間があれば上流で水門を作って押しとめ、水の無い溝を歩いてきたやつ等を押し流せたのだが。

 作り方から考える必要があるし、諦めるしかないだろう。


 川を渡り、獣道以外道という道の無い場所を慎重に歩いていく。

 十分ほど歩いていると、変化の無かった風景に違いが出てきた。


(果実や食える植物を殆ど見なくなったな。根こそぎ食われているのか)


 木などはそのままだが、ここまで良く見かけた食物は視界から消えている。

 ゴブリンたちの活動領域に既に入っているのだ。


 足に真剣を集中させて、なるべく音を立てる草や植物を避けて移動していく。

 ゴブリンを見かけたら、身を潜めて居なくなるのを待つ。

 目印としてキリアに教えてもらった大きな枯れ木を見つけ、その近くで目的のゴブリンの巣穴に付いた。

 元々は山の一部に出来た洞穴だったと聞いたが、ゴブリン達が住む時に拡充していったのか洞窟のように広がっている。

 入り口ではゴブリン達がたむろし、外から帰ってきたやつらは食料を運び込んでいる。


(持ち帰っている食料は少ないな。この分だと既に増えるペースの方が食料の調達より優ってそうだ)


 しばらく身を潜めて様子を見てみるが、ゴブリン達は籠のような物を背負っているモノの、どいつも半分も集められていない。

 体長が1mに満たないゴブリン達でも背負えるような籠に、だ。


(さっき通ってきた道を見る限り、川までの食料を食い尽くすのは三日位か? 

 こっちに村があることはもう知っているのだし、肉を求めてくるだろうな。

 罠は出来れば明日には仕掛け終わっておきたいか)


 やがて入り口のゴブリンが増え始めたのを見て、ゆっくりとベルギオンは後ろへと下がる。

 出来るだけ音を立てないようにして、巣穴から離れていく。


(出来ればロードゴブリンを見ておきたかったんだが。あの数に見つかるとまずい)


 来た時の道を辿りながら戻っていくと、罠の場所を見に来ていたカルックフとスノラマの二人に出会う。

 二人も村へと続く道の食料が食われている事に気付いており、どうするか考えていたようだ。


「川から奥はもう危険です。橋を上げて時間を稼いで、村から川への道で迎え撃つしかない」


 小さい声でそう促す。この一帯はもう罠を仕掛ける間に見つかる危険が高すぎる。


「やつらめ。ここで潰さんといずれ戻ってくる獣も全部食い尽くすな」

「好き勝手やってくれるのぅ。舐められたものだのぅ」


 壮年の二人は憤りを隠しきれていない様子だ。

 しかし経験豊富と長老が言うだけの事はあり、ベルギオンより見事に足音を消している。


 三人はそのまま川の方へと引き返す。


「橋はもう上げておこう。他に橋は無い。ここに見張りを立てておけば少数なら大方防げるだろう」

「だなぁ。長老には戻ったとき伝えるかのぅ」

「分かりました。手伝います」


 橋を渡った後、三人で橋の端を持ち、川の底にはめ込んだ木を外して、村側の方へ引っ張り上げる。

 ゴブリンが無理やり泳いで来た時の為に、一度ばらしておく。


(配置する見張りは弓の使える人間なら敵を削れて一石二鳥だな)


「さて、戻りながら罠をつける見ておくか」

「まずは落とし穴かのぅ? お前さんとキリアの穣ちゃんの二人で掘るんだろぉ。三つかねぇ」

「作りすぎて間に合わなくなったり、後々困る事もありそうなので、それ位ですね」


 三人は周囲を見ながらアレコレと話している。

 丁度村へと入る道は緩く坂道となっており、村の入り口を低めの柵で覆えば、かなり一方的に弓で攻撃が可能だ。

 落とし穴の目印も弓の届く位置に調節する。

 穴の中に杭を仕込む積もりだが、運良く外れて穴を登って来たやつは弓の餌食になる。

 落とし穴で警戒させて足を鈍らせ、更に落とし穴を避けるとトラバサミやくくり罠を踏むように予定していく。


「なるほどな。落とし穴の周囲に別の罠を仕掛ければ、より長く足止め出来るという訳か」

「こういうやり方もあるんだのぅ」


 遠距離武器の射程と罠の組み合わせは、元の世界ではゲームだけでなく史実においても重要とされていた。

 特に今回は此方が一方的に遠距離で攻撃できる。

 数だけでは戦いに勝てない事を、ゴブリン達に叩き込む事になるだろう。


 そして村に戻ると、早速総出で木や紐の加工が始められていた。

 皆の士気は、とても高い。


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