検死官は人形の輪郭を夢に見るか 2
翌朝目覚めて一番に、ソファに待機していたSN-01のブルーグレーの瞳と目があった。正確には、超高精細のカメラアイとだ。
絹のような白金色の長髪が朝日に当たって眩しい。昨夜は気づかなかったが、後ろで一つに結ばれている。
「おはようございます、律。今日は休日でしたね。よく眠れましたか?」
アンドロイドとはいえ、室内に別の存在がいるのは久しぶりだった。ぐっすり眠れたと言えば嘘になる。
「ええ、まあ。……あなたは何ができるの?」
「何でもできます。家事でしたら一通り実行可能です」
”何でもできます”が全く嫌味に聞こえなかった。イグニス社の現行標準モデルのEmberですら、とっくに人間を超えていると言われて久しい。
「そしたら……調理関係と、ベッドメイク、リビングとダイニングの掃除をお願い。こっち側の私物には触れないで」
「承知しました。……本日お洗濯日和ですが」
「……それは自分でやる」
久しく忘れていたが、私にも羞恥心があったらしい。見た目が男性のアンドロイドに洗濯を任せる気にはなれない。大きい猫型とかならよかったのにと、贅沢なことを考えた。
◇
SN-01は実際、便利なアンドロイドだった。20分後にはダイニングテーブルにフレンチトースト、卵とベーコンとマフィンのやつ、サラダ、よくわからないけどとてもいい香りのするスープが並んでいた。
「……マフィンなんて置いてなかった」
「エッグベネディクトですね。律に是非お召し上がりいただきたくて……昨日持ち込みました」
「許可していない」
「申し訳ありません、禁止されませんでしたので」
禁止しなければ、銃火器でも毒物でも持ち込まれかねない状況だったのか――つくづく自分の甘さが嫌になる。未公開の最新機体と破格の条件に目が眩んだせいだ。エッグなんとかが美味しすぎる。サラダはよく冷えてシャキシャキしており、スープは飲んだことのない味がした。
「律、咀嚼回数が少ないです。もっとよく噛んで味わうことを推奨します」
「咀嚼回数を数えるな」
「――承知しました。今後は咀嚼回数を読み上げません」
アンドロイドは、食事中のプライマリーをここまで見るものだろうか。検死中のログでも、幼児育成目的の機体くらいでしか見たことがない。
「……美味しかった。ごちそうさま」
皿は全て空になった。普段は市販のシリアルに牛乳をかけたものを食べる。疲れて食べない日すらあった。朝食一つで体調が違うのが実感できる。
SN-01は笑顔をつくり、頬の色彩変更ユニットを稼働させた。
◇
超新星が自室に突然やってきてから2週間が経った。
SN-01はよく働いた。仕事から帰ったら温かい食事ができているのは正直ありがたかった。クミンやコリアンダーなど、使ったこともない調味料や食材が増えていった。最初は全てチェックしていたが、段々面倒になり、一定の食費以内なら好きに使って良いことにした。
もう一つ変わったことといえば、ダイニングで食後に完璧な紅茶を飲むのが日課となった。以前は大体水道水を飲んでいた時間だ。指示と連絡事項以外の会話はほとんどない。私が雑談を好まないことを、SN-01は察しているようだった。
「そういえば」
私は一つ気になっていたことを、目の前のSN-01に尋ねた。
「はい、何でしょう」
SN-01は小首を傾げる動作をした。
「なぜ、私に仕えたいと言ったの?」
「聞きたいですか!?」
SN-01はブルーグレーのカメラアイを見開く。明らかに発話の音量を間違えている。
「……いや、やっぱりいい」
「えっ。そうですか。……少し残念です」
あまりに前のめりに見えたので質問自体を取り下げてしまった。アンドロイドの状態を示す、右耳たぶパーツのランプが、『ログ精査中』のイエローに点灯していた。
◇
私の体調はみるみる改善していった。元から悪いわけではなかったが、明らかに疲れにくくなり、帰宅しても読書する余裕ができてきた。
SN-01は今日も薄く微笑みながら家事をこなしている。こういう日常も悪くないかもしれないと思っていた。勤務先――人工知能搭載型機体障害対応局、通称・検死局の上役から呼び出されるまでは。




