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第八十五回

 臨洮の邸を出発してから、すでに一ヶ月近くの月日が流れていた。


 街道を東へと進む長い隊列の先頭に、董弦(14歳)の姿があった。その背中は元服して間もない若さを残しながらも、一族の経済を数字で支配する差配者としての確かな風格を漂わせている。彼の後ろには、臨洮の収容限界を超え、撫軍房(ぶぐんぼう)の厳しい選別という主母の面接から弾かれたものの、これより一族の未来を共に紡ぐ貴重な働き手となった多くの女性たちや、肥大化する私兵を乗せた無数の荷馬車が、砂塵を上げて延々と続いていた。


 そして、この大量の命と富を護送する隊列の警備を束ね、董弦の傍らで鋭い佇まいを崩さないのが、私兵集団の隊長・ルカであった。


 本来であれば半月ほどで駆け抜けられる距離を、董弦はあえて倍の日数をかけて歩んでいた。


 道中、名もなき村々に馬を止め、市場の米の値を確かめ、民の着物の擦り切れ具合をその冷徹な目でつぶさに観察してきたのである。朝廷の過酷な取り立てによって干からびていく地方の現実、配置された文官たちがいかに現場の命を軽視しているか。そのひび割れた現状を、彼は道すがらすべて頭の中の算盤に刻み込んでいた。


 急ぐ必要はどこにもない。敵から逃れる旅ではなく、これから何十年と続く一族の生存圏を、この涼州の底辺に根付かせるための静かなる進軍であった。野盗の襲撃や流民の接近をルカの冷徹な差配で完璧に退けながら、隊列は着実な歩みを進めていた。


「若旦那、前方に渭水いすいの流れが見えてまいりました。あそこが、かつて秦の時代に築かれ、今は放棄された郿の古城跡にございます」


 案内役の私兵の報告に、ルカがただ一言、短く低い声の響きで全軍へ差図を放った。それに応じ、兵たちの足取りが一糸乱れぬ緊張感を持って引き締まる。


 董弦は馬の歩みを緩め、夜の闇に浮かび上がる広大な原野と、そこに佇む崩れかけた石壁の残骸を見据えた。かつて国が築きながらも、今や朝廷に見捨てられ、砂塵に埋もれかけた巨大な廃墟――それこそが、一族に与えられた新天地であった。

 

 公の場において、一族を率いる者たちの表情は冷徹でなければならない。吹きすさぶ秋風に衣擦れの音を響かせながら、二人はただ不動の佇まいで、その未開の土地を凝視していた。しかし、董弦の頭脳の中では、明日から始まる地道な歩みがすでに一粒の狂いもなく弾き出されていた。


 焦って突貫の壁を築く必要はない。明日から、まずは崩れた石壁の土台を泥と藁で実直に補強し、埋もれた古い井戸を一つずつ掘り返して水の道を確保する。それから、女性たちが腰を据えて働ける巨大な機織り小屋を建て、数年かけてルカが私兵たちを徹底的に鍛え上げるための頑丈な兵舎と練兵場を確実に増築していくのだ。百年崩れぬ一族の富の器を、この廃墟の底から着実にせり上げさせていく。


 隊列が足を止め、ルカの的確な合図のもと、私兵たちが手際よく臨時の天幕を張り、周囲の闇へ向けて完璧な警戒陣形を敷いていく。長旅に疲れた女性たちが互いに労り合いながら馬車から降り、冷えた体を温めるための炊き出しの火を起こし始めるのを見届けた後、董弦は周囲の視線を完全に遮った己の幕舎の奥へと足を踏み入れた。


 手元の灯火に火を灯した瞬間、彼の張り詰めていた顔から差配者としての冷徹な硬さが消え去る。

灯火の光に照らされた董弦の目元に、初めて柔らかな陰影が宿った。一ヶ月の旅路で確信した涼州の限界、臨洮の母上から託された信頼、そして苦楽を共にする仲間たちやルカと共に、この廃墟を明日から何年もかけて我らの揺るぎなき城へと育て上げていくという大いなる野心と希望をその瞳に映し出し、彼の唇の端が、ほんのわずかに、しかし力強く綻んだ。


「ここから、我らの街をここに築く」

独りごちた声には、先ほどまでの冷徹な響きはなく、未来の巨大な経済拠点の創造を夢見る、少年らしい確かな熱が滲んでいた。


 外の闇からは、火を囲んで穏やかに語らう女性たちの微かな声や、ルカの指示のもとで私兵たちが馬を労う物音が聞こえてくる。国家から見捨てられた廃墟の町に再び息吹を込め、一族の「第二の心臓」とするための大計画は、急がぬ確かな足取りのまま、この郿の寂れた原野の中で、静かに、しかし確実にその最初の鼓動を打ち鳴らし始めていた。

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