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第8話


「おじゃまします」


一軒家の玄関扉を開き、お母さんが挨拶をする。


「お、おじゃまします」


私もお母さんに倣って頭を下げる。

するとまず楓君が私たちに気付いて玄関に顔を出した。


「こんにちは。どうぞ上がってください」


と頭を掻きながら言った後、


「おとーさーん。来たよー」


とおじさんのことを呼ぶ。すると、今度はおじさんが姿を現して


「ああ、来た来た。いらっしゃい」


と笑顔で言った。

2人に出迎えられて、私とお母さんは家の中に入った。


「荷物はどうしたの?」


とおじさんがお母さんに聞いた。


「これから引っ越し屋さんが来ることになってるわ」


とお母さんが答えた。


「そうか。それじゃ、荷物が来るまえにお昼ご飯を食べよう。

4人分用意してあるからさ」


「本当?ありがとう。すごいお腹が減ってたの。助かるわ」


「ふふ。お礼なんていいよ。俺たちはもう家族なんだから」


おじさんはそう言って、私たちをリビングに案内した。



お母さんとおじさんの再婚が決まって、ちょうど1週間が経った。

引っ越しの準備が整った私たちは、これから住むことになる

おじさんの家を訪ねていたところだったのである。



リビングに案内された私とお母さんは、食卓に座らされた。

キッチンではおじさんと楓君が手分けしてカレーライスをお皿に盛っている。


「花火はどれくらい食べる?いっぱいよそっちゃっていい?」


眩しいくらいのにこにこ顔で楓君は言った。


「あ、えっと。私はお腹減っていないので少なめで大丈夫です」


と咄嗟に嘘をついた。

本当はすごくお腹が減っていたし、いっぱいご飯を食べたかったけれど、

この家に来たばかりでいきなり遠慮なく食べるのは気が引けたのだ。

彼は2,3秒こちらを見つめた後、ちょっと納得いってなさそうな顔で


「少なめね。わかった」


と言った。



全員分のカレーライスが食卓に並び、

みんなでいただきますをする。

私はカレーライスをぱくっと一口食べた。


「おいしい」


と言うと、


「だってさ。良かったな。楓」


とおじさんが楓君に言った。

心なしか楓君も少し嬉しそうに見える。


「あら、このカレーもしかしてあなたが作ったの?」


お母さんが楓君に尋ねた。


「は、はい」


と楓君が答える。


「今日、茜さんたちが来るって言ったら、

それじゃお昼ご飯は俺が作るからってもうすごい張り切っちゃってね」


おじさんが笑いながら言った。


「お、お父さん。余計なこと言わないでよ」


「いいじゃないか。これくらい」


「へえ。すごいわ。楓君、料理が上手なのね。すっごくおいしいわよ。

ね、花火もそう思うでしょ?」


お母さんが私の方を見る。


「え?」


いきなり振られて、私はちょっと動揺した。

楓君の方を見る。

彼は私がどんな返答をするか期待のまなざしで見つめていた。

ちょっとあたふたしてから、


「う、うん。すごくおいしいです。楓君ってすごいんですね」


と笑顔で言った。

別に変なことを言ったつもりはないのだが、

楓君は私の言葉に少し微妙な反応をした。

褒めれば普通に喜んでもらえると思っていたのだが、

私は何か間違えただろうか?

楓君は困ったように微笑んで


「ありがとね」


と言った。

お礼を言われたはずなのに私は何だか消化不良だった。

やっぱり、楓君の本性が私には未だによくわからない。

けれど、私たちのやり取りは表面上仲睦まじく見えたようで

おじさんとお母さんは満足そうに頬を緩ませた。


「あ、そうだ」


急におじさんが声を出す。

そして、申し訳なさそうにこちらを見た。


「言い忘れてたけど、

実はうち、部屋がそんなになくてね。花火ちゃんにはしばらく、

楓の部屋で過ごしてもらうことになると思うから、よろしくね」


「え!?」


私は声を上げてしまう。

おじさんの家へ引っ越すことを聞かされたときから、

これからは気を張りっぱなしで過ごすことになるんだろうと覚悟はしていた。

けれど、なんとなく自分の部屋は個室か、

もしくはお母さんと2人きりの部屋になるんじゃないかと

甘く考えていた。

楓君と同じ部屋ということは、

私は眠る時すら気を抜けないということではないだろうか。

そう考えると、急に気が重くなった。

けれど、嫌だなんて言うのはどう考えてもわがままだ。

眠る場所を分け与えてもらえるだけでも感謝しなきゃいけないのに。

私はぐっと言葉を飲み込んでから、


「は、はい。わかりました。お部屋を分けてくれてありがとうございます」


と言った。


「いやいや家族なんだから当たり前だよ~。

それじゃ、悪いけどよろしくね」


お礼を言われて、おじさんはニコニコしながら言った。

依然として気は重かったものの

おじさんの笑顔を見てほっとした。

何はともあれ、私の発言におじさんは気を良くしたみたいだ。

我慢してよかった。

この調子でおじさんに好かれるように行動していけば、

おじさんはどんどん私の事を好きになって、

万が一にも私を追い出そうなんてことは考えなくなるだろう。

私はニコッと笑って


「はい!」


と元気よく返事をした。



お昼ご飯を食べ終わると、引っ越しのトラックが来た。

私たち4人は協力して荷物を運び、

部屋を片付けて、家具や日用品を新しく配置した。

その作業が終わると、夕ご飯を食べて、

お風呂に入り、あっという間に眠る時間になった。




「それじゃ、電気消すよ」


隣で寝そべっていた楓君が、照明のリモコンを持ちながら言う。

楓君の部屋にはベッドが1つあるだけで、

その他の寝具は何もなかった。

なので、私たちは同じベッドに入っていた。


「はい。わかりました」


と笑顔を作って言った。

楓君は何とも言えない表情でこちらを見た後、


「‥‥‥うん。それじゃ消すね」


と言って寂しそうに笑った。

その反応に私は俯いた。

楓君は今日、カレーライスの味を褒めた時から、

ずっとこんな調子で、いくらご機嫌取りをしても

微妙な反応しかしてこないのだ。

何か、私は悪いことをしてしまったんだろうか。

教えてくれれば、悪いところはすぐに直すのに、と私は思った。

今日はもう疲れたし、早く眠ってしまいたいのに

隣にいる人がこんな不満そうな状態ではそわそわして眠れそうになかった。

ピ、という音が鳴って部屋の照明が消える。

部屋は完全に真っ暗になり、楓君の姿が見えなくなった。

それなのに私は、楓君のことばかりが気になって落ち着かなかった。

そしてついに我慢できなくなって


「あ、あの。楓君」


と声をかけた。


「な、何?」


暗闇の中で不意に話しかけられたせいか、

彼はちょっと驚いていた。

私は勇気を振り絞って


「どうして、ずっと浮かない顔をしてるんですか?

私、何かしちゃいましたか?」


と聞いた。

すると楓君は2,3秒の沈黙の後、


「えーっと、その‥‥‥」


と気まずそうな声を出した。


「何でも言ってください。言ってくれれば私直しますので」


と前のめりに言う。

もぞもぞと寝返りを打つ音が聞こえた。

多分私は今、楓君に背中を向けられたのだろう。

ド直球に聞きすぎて、避けられてしまっただろうか、と不安になっていると、


「その、花火全然俺のことお兄ちゃんって呼んでくれないなあ‥‥‥と思って」


と悲しそうな声で楓君は言った。


「‥‥‥は?え?」


言葉の意味を理解するのに少し時間がかかってしまう。

理解した後も、何それ?と拍子抜けしてしまった。


「そんなことで落ち込んでたんですか?」


と聞くと


「あと、敬語で話されるのもなんか嫌っていうか、寂しいっていうか‥‥‥。

あんまり兄妹っぽくないなあ、とか思ってたり‥‥‥するかも」


と楓君が付け足してくる。


「そ、そうなんですか?」


私は頭が痛くなった。

前のお父さんは敬語を使うといつも喜んでいたし、

男の人ってみんな敬われるのが好きな生き物なんだと思っていた。

だから、楓君にも敬語を使っていたのに、

どうやらそれが逆に楓君を不快にさせてしまっていたみたいだ。

なんというか、人って難しいなと改めて思った。

少し考えてから勇気を出して、


「こ、これでいい?お兄ちゃん」


と聞いた。

ドキドキしながら返事を待っていると

お兄ちゃんは


「‥‥‥うん。それでお願い」


と言った。

その返答に私は安心した。

もぞもぞと寝返りを打つ音が聞こえる。

だんだん暗闇に目が慣れてきて、

そっぽ向いていたお兄ちゃんが、

こちらに向き直るのがわかった。

お兄ちゃんは機嫌を直したようで


「あはは」


と嬉しそうに笑った。

そして、ちょっとだけテンションが高くなって、


「ね、ずっと思ってたんだけどさ。こうやって一緒に寝るの、

学校のお泊り会みたいじゃない?なんか楽しいね」


と言った。

それで私は、去年行われた学校でのお泊り会を思い出した。

クラスメイト達と学校で1泊するイベントで、

夜は皆で横並びになって寝るのだ。

クラスメイト達は就寝時間になっても仲いい友達と

ヒソヒソおしゃべりをして楽しそうにしていたが、

私は友達がいなかったし、

そもそも人がいっぱいいる場所だとうまく眠れないしで、

あまりいい思い出がなかった。

だから、お兄ちゃんの言葉に上手く共感できなかった。


「お兄ちゃんはお泊り会、楽しかったの?」


と聞くと、


「楽しかったよ。‥‥‥なんで?花火は楽しくなかったの?」


と聞き返されてしまった。


「私はお母さん以外の人がいると緊張して上手く眠れないから、

あまり楽しくなかったかも」


そう答えた後ではっとした。

この発言って、暗に今お兄ちゃんと一緒に寝ていることも

嫌だって言ってるみたいじゃないだろうか。

実際、本音を言ってしまえばそういうことになるのだが、

私が嫌がっているとわかったら、またお兄ちゃんは不機嫌になるんじゃ‥‥‥。

不安になっていると、

ふーん、とお兄ちゃんは相槌を打った。

そして案の定、


「花火、今ももしかして無理してる?」


と聞いてきた。


「え?ど、どういうこと?質問の意味がよくわからないなあ」


笑顔を作って私は言った。

なんとかしらばっくれて誤魔化そうとしたけれど

お兄ちゃんは追及を緩めず、


「本当は俺と一緒の部屋、嫌なんじゃないの?」


と詰めてきた。


「‥‥‥い、嫌じゃないよ」


逃げ場を失ってやむを得ず嘘をつく。

けれど、お兄ちゃんは私が嘘をついてることを察したようで


「別にいいんだよ。本当のこと言って」


と言った。


「嫌なら、部屋のペアを変えることだってできると思うからさ、

だから我慢することないよ。俺は本当のことを話してもらえない方が悲しいよ」


私は疑いの眼差しでお兄ちゃんを見た。

少し考えてから、これはやっぱり建前で言っているだけだろうと思った。

汚い本音を話して、それを受けいれてくれる人なんているはずがないのだ。

そんなことして、お兄ちゃんになんのメリットがあるというのか。

‥‥‥ここは嘘をつき通すべきだ。

そう思い、また笑顔を作った。


「本当に嫌じゃ‥‥‥」


嫌じゃないよ、と言おうとした瞬間、

お兄ちゃんの顔がとても悲しそうに歪んだ。


「あ、いや、えっと‥‥‥」


それを見て、私は焦ってしまう。

どうやらお兄ちゃんは

私がまた嘘をつこうとしているのを見抜いているらしい。

そのせいでお兄ちゃんが今どんな気持ちになっているのか、

お兄ちゃんの顔が雄弁に語っていた。

私は不思議でならなかった。

本音を話さないことが、どうしてお兄ちゃんをこんなに悲しませるのだろう。

考えても理由はわからないけれど、

とりあえずさっきの言葉はそのまま受け取った方が良さそうだと思った。

私は勇気を出して正直に話すことにした。


「‥‥‥ごめん。本当はお兄ちゃんと一緒に寝るのもちょっと嫌かも」


ちらっと顔色を伺う。

お兄ちゃんは不快そうな表情はせず、

むしろ、私の言葉を聞いた瞬間安心したように頬を緩ませた。


「そっか。それじゃさっそく明日、お父さんに言いに行こう」


とお兄ちゃんが言う。

お兄ちゃんの表情を見てほっとしていたのも束の間、

不意に「おじさんに話す」と告げられて私は焦った。


「ご、ごめん。それはしたくない、かも」


と返すと


「え?なんで?」


と聞いてきた。

理由を話したら、変な子だと思われる気がしたけれど、

ここまで来たら全部話すしかないかな、と思い

私は説明をした。


「‥‥‥私は、おじさんにとって見ず知らずの子供だし、

そんなわがまま言ったら捨てられちゃうかもしれない。

だから、言わないでほしい。お願い」


「‥‥‥え?捨てる?」


お兄ちゃんは困惑していた。

やっぱりそういう反応になるよな、と私は思った。

普通の人は自分が両親に捨てられるかもなんて

不安になることはないのだ。

私のお願い、聞き入れてもらえないかもな、

と半ば諦めの気持ちでお兄ちゃんの返事を待った。

けれど、お兄ちゃんは


「そっか。‥‥‥確かに、捨てられるのは怖いよね。

わかった、そんなに不安ならお父さんに言うのはやめとくよ」


とちゃんと私のお願いを聞きいれてくれた。

ややあってから、迷う素振りを見せつつ


「‥‥‥花火は、前のお父さんに捨てられちゃったの?」


と聞いてくる。


「‥‥‥ううん。捨てられてはないよ。多分。

ただ、前のお父さんにはよく捨てるって脅されてたんだ」


と私は言った。


「お兄ちゃんの家は、どうして離婚することになったの?」


と今度は私が質問をしてみる。

すると


「うちは、お母さんが浮気して家を出ていったんだ」


と重い内容の話を淡々と返された。

自分から聞いたのに、

なんと反応したらよいかわからず、


「そ、そうなんだ‥‥‥」


と素っ気ない返答をしてしまう。

けれどお兄ちゃんは、

私の返答を気にする様子もなくこちらを向いた。


「だから、花火の捨てられちゃうかもって不安になる気持ち、

俺はよくわかるよ」


と穏やかに微笑む。

共感してもらえると思ってなかった私は、

その言葉に目を見開いた。

そして、納得した。

初めて会った時から、お兄ちゃんがずっと優しかった理由が

今わかった気がしたのだ。

きっと、私たちは似た者同士なんだろう。

だから、お兄ちゃんは私を仲間だと思ってくれたのだ。

お兄ちゃんが私の頭にゆっくり手を伸ばしてくる。

この前おじさんに触れられそうになったときはあんなに怖かったのに、

今お兄ちゃんに触れられそうになっても私は全然怖さを感じなかった。

むしろちょっと触れられたいかもしれない。

お兄ちゃんの手が近づいてきて、ついに私の頭に触れた。

そして優しく撫でてくる。


「ねえ、花火。もしも、もしもだよ。そんなこと絶対に起こりっこないけど、

もしも、俺のお父さんや花火のお母さんが

これから花火のことを捨てるようなことがあったら、

その時は、俺が頑張って花火のことを養ってあげるからね。

どんな手を使っても花火のことを守ってあげる。

だから、安心して大丈夫だよ」


とお兄ちゃんは言った。

私はじーんと目が熱くなり、胸が切なくなった。

暴力を振られてもお父さんにしがみついていた昔の自分が

今、心の中で泣いているような気がする。

たくさん泣いて、少しずつその頃の私が消えていく。

‥‥‥私はこんな言葉をかけてくれる人をずっと待っていたような気がするのだ。

邪気が払われたような、すっとした心持ちで、お兄ちゃんを見つめた。

すると、お兄ちゃんは何を勘違いしたのか


「へ、変なこと言っちゃったよね。ごめん」


と謝ってきた。


「そ、そんなことない!」


と私は慌てて否定した。

そして、作りものではない本物の笑顔で


「すごく嬉しかった。ありがとう。お兄ちゃん」


と言った。



結局その日、私は自分でもびっくりするくらい簡単に眠りにつくことができた。

この日を境に私はもう、お兄ちゃんのことを警戒することはなくなったのだった。

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