第6話
1
駅前の大通りを花火と手を繋いで歩く。
たくさんの車の光が夜を照らしている。
対照的に俺たちの体は影に飲まれてどこまでも真っ黒だった。
歩きながら、俺は何回も花火の告白の言葉を思い出していた。
花火は私の気持ちなんて気にしないで、と言っていたけど、
やっぱり俺は、花火の気持ちばかりがいまだに気になっていた。
でもそれもしょうがないことだと思う。
今の俺は、花火の気持ち1つで簡単に幸せにも不幸にもなれてしまうのだから。
花火はさっき、俺のことを好きって言ってくれたけれど、
その気持ちがいつまで続くかなんて誰にもわからないのだ。
明日になったら好きじゃなくなってるかもしれない。
明日が仮に大丈夫だったとしても、
明後日は、明々後日はダメになってるかもしれない。
きっとこれから、
毎日そんな風に花火の気持ちにおびえながら生きていくのだ。
そう思うと、気が重くて体がぐったりしてくる。
そして、そうやってたくさん不安になって、苦しんで、疲れ果てても、
俺は花火を手放すことだけは絶対にできないんだろう。
2
夜がさらに深まって、だんだん花火の顔が見えなくなってくる。
そんな暗闇の中で頬のガーゼだけがほのかに白く浮いていた。
俺は心細くなって握っていた花火の手を不意にぎゅっとした。
すると、呼応するように花火も俺の手をぎゅっと握り返してくれた。
ただそれだけで、胸がドキドキして、どうしようもなく嬉しかった。
「ねえ、花火。花火は付き合ったらやってみたいこととかってある?」
と俺は聞いた。
「うーん。今すぐには思いつかないかなー」
と花火が答える。
まあ、それもそっか。と俺は思った。
恋人になったばかりだもんな。
やりたいことはこれからゆっくり見つけていけばいいか。
「花火、俺さ、何でもするからな」
と俺は言った。
「本当に何でもするし、嫌なところがあるなら言ってくれればすぐに直すから」
「……」
花火からは何も返答がない。
それでも俺は続けた。
「だから……。だからさ、俺の事」
絶対に捨てないでくれよな。そう言いかけたところで、
「あれ?花火?」
と声がした。
その声のする方を見ると、俺の知らない爽やかなイケメンが街灯に照らされていた。
部活帰りなのか、ジャージ姿で通学カバンを背負っている。
「あれ?優太?こんなのところで何やってるの?」
花火が俺の手を引いてぐいぐいイケメンの方へ歩いていく。
俺はそれに引っ張られて一緒に街灯の下に立った。
「花火こそ、何してるの?」
優太と呼ばれた男が俺たちを交互に見て聞いてきた。
花火は気まずそうに目を伏せて、
「えーっと……」
と言った。
その様子を見ていた優太がいたずらっぽい顔で
「なんだお前。もしかして浮気か?」
と言い、花火の髪をわしゃわしゃした。
「……え?」
俺はその光景をただ茫然と眺めていた。
浮気って、なんだ?
そのスキンシップは、なんだ?
2人は付き合ってるのか?
花火は慌てた様子で
「ちょ、ちょっとやめて」
と言った。
嫌がっているけど拒絶している感じではない。
何だかどことなく甘さを感じるやり取りに見えた。
「ん?」
何か異変を感じたのか優太が首を傾げる。
そして、今さら気付いたように
俺たちの繋いでいる手を見た。
「……」
無言のまま、優太は2,3度目をぱちくりさせた。
そして、花火の頭にポンと手を置く。
「ま、あとで話聞かせてくれよな」
「う、うん」
と言って花火が手を振る。
優太も同じように手を振ってその場を離れていった。
3
2人きりになると、あたりはしんと静かになった。
頭の整理に数秒費やしてから、俺は言った。
「ねえ花火、今の人は、何?もしかして花火の彼氏なの?」
心臓が、ドクンドクンと強く脈を打つ。
質問しながら、まさかな、と俺は思った。
もし、本当に花火があの優太という人と付き合ってるんだとしたら、
さっきの俺への告白はなんだったんだ。
全部演技だったって言うのか?
何のために、そんなこと……。
そこまで考えて、俺ははっとした。
花火の頬のガーゼを見る。
もしかして、と思った。
寒くもないのに体が震えてくる。
花火は困った顔をしながら
「あー……。えっと……。うん。私の彼氏」
と言った。
俺は、頭が真っ白になった。
そして、じわじわと恐れていた感情がこみあげてきた。
ああ、またか。と思った。
俺はまた、この感覚を味わわなきゃいけないのか。
あんなに、あんなに恐れていたのに。
もう2度とこんな思いはしたくないって思ってたはずなのに。
「は、ははは」
と冷めた声で俺は笑った。
そっか。これが花火なりの仕返しなんだ。
まあ、そうだよな。
いつも生意気だった妹が急に俺に告白してくるとか、
ありえるわけないじゃんか。
これが本当なら都合が良すぎるだろ。
何簡単に信じてんだよ、俺。
「あーでも、これにはわけがあって……。
っていうかもとはと言えばお兄ちゃんが彼女なんか作るから……」
花火が両手を振って必死で何か言っているのが聞こえる。
けれど、その内容は俺の頭にはほとんど入ってこなかった。
もう何も、聞きたくなんてなかったのだ。
「……いい趣味してるよ。お前」
ぼそっと俺は呟いた。
「へ?お兄ちゃん今なんか言った?」
と花火が聞き返してくる。
俺はそれを無視して衝動的に花火の喉元を掴んだ。
そして、加減なんかせずに思いっきり力を込めて首を絞めた。
花火が
「か……あ……」
とかすれた声を出して表情を歪めた。
何か言いたそうにしているが、
俺はそれを聞かないで力をさらに強めていく。
花火を殺そう、と強く思った。
そうしないと俺はもう、生きていけない。
力を強めていくと花火の顔は苦痛でさらに歪んだ。
だんだん花火の体から力が抜けていき、
その瞳から徐々にハイライトが消えていく。
ひゅー、ひゅー、と苦しそうな呼吸の音が聞こえてくる。
多分このまま首を絞め続ければ、花火は死ぬ。
体中の本能が俺にそう訴えかけている。
けれど、手を止める気はなかった。
絶対に止めてなんてやるものか。
朦朧としている花火に
「死ね」
と俺は呟いた。
呟いた瞬間、なぜか強烈に悲しくなってきて、
涙が出てきた。
弱気になりそうな心を振り払うように
「死ね!死ね!!死ねっ!!!」
と俺は叫んだ。
「……き」
不意に、花火のかぼそい声がした。
花火が弱々しく手を伸ばして、俺の頬に触れてくる。
そして、何回も口をパクパクさせて、かすれた声で何か言っていた。
「……き。…………お……に……ちゃ…………す……き……」
花火が何を言おうとしてるのかわかって、
俺は唖然とする。
胸から温かい何かが溢れてきて
殺そうという意志が揺らいでしまう。
俺は迷いを断ち切るように。
「うるさい!黙れ!信じられるかよ。そんな言葉!!」
と言った。
けれど、花火には俺の言葉が聞こえていないようで、
焦点の定まっていない目でただじっと俺を見ていた。
「……お………に…………ちゃ……ん……。………お……に……ちゃ………」
うわごとのように何度も何度も花火が呟く。
「……」
首を絞める手が震える。
力を込めたいのに、花火にお兄ちゃんと呼ばれるたび、手が緩んでいく。
どうやら俺は花火を殺せないみたいだ。
こんなひどいことをされても、花火が好きって気持ちが溢れてとまらない。
‥‥‥結局人は、どんなに苦しくても愛の前には屈するしかないのかもしれない。
俺は、どうしようもなくやるせない気持ちになりながら、
ゆっくり花火の首から手を離した。
花火が息も絶え絶えの状態でその場にへたり込む。
俺も気力を失って、花火と一緒にへたり込んだ。
ただ茫然と涙を流していると、
まだ酸欠で意識が混濁しているであろう花火が
自分の体を全部俺に委ねて抱きついてきた。
過呼吸気味のはあ、はあ、と息をする音が
耳元で聞こえてくる。
花火はかすれた声で
「いいよ。お兄ちゃん。殺したかったら私の事殺して」
と言った。
その言葉の真意が読めなくて、
「何を言ってるんだお前?」
と俺は聞いた。
俺の言葉が聞こえているのか聞こえていないのか
よくわからないが、花火は続けて言った。
「お兄ちゃんのしたいことなら何でも受け入れてあげる。
他の人にはできないようなことでも、私には我慢しなくていいんだよ。
お兄ちゃんのしたいこと、全部、教えて」
弱々しく、けれど、精いっぱいの力で、花火が俺の体をぎゅっとする。
「だから……、だから、私のこと、絶対に見捨てないで‥‥‥。
見捨てちゃ‥‥‥嫌だよぉ‥‥‥」
そこまで言うと、花火はぐったりとして、意識を失ってしまったのだった。




