第3話
1
「ほら、お兄ちゃん。手」
玄関を出たところで花火が手を差しだしてくる。
俺はその意味が分からず
「ん?何?」
と聞いた。
「手、繋ごうよ。デートなんだから」
「はあ!?」
俺はびっくりして大きな声をあげた。
「デートって方便だろ?
単純に今日は気晴らしにどこか行くだけじゃないのか?」
「何言ってんの?デートはデートでしょ?
私はそのつもりだったんだけど」
花火は手を差しだしたままきょとんとした顔をする。
「お兄ちゃん。私と手繋ぎたくないの?」
「当たり前だろ。俺たち兄妹なんだから。手を繋いで歩いてたら
まるで、まるで……」
本当のカップルみたいじゃんか、と言おうとして俺は顔が赤くなってしまう。
俺が俯いていると、その隙に
「えい」
と言って花火が俺の手を強引に掴んだ。
そして、その細くて白い指を絡めて恋人つなぎをしてくる。
「は、え?」
驚いて変な声を出してしまう。
けれど、その柔らかくてすべすべした感触にすぐに夢中になってしまった。
気持ちよくて自然と肩の力が抜けてくる。
「嫌がっているようには見えないけど?」
俺の様子を見て、花火はクスクスと笑った。
そしてそのまま
「じゃ、行こっか」
と言って歩き出す。
俺もそれに引っ張られて足を動かした。
……そういえば、蛍と付き合ってた時は
手も繋がせてもらえなかったんだよな。
歩いている途中、そんな悲しい事実をふと思い出した。
2
花火に引っ張られてしばらく歩き続けると、
昨日蛍と待ち合わせしていた公園に着いた。
「お兄ちゃんは昨日、ここで彼女さんと待ち合わせしてたんだよね?」
時計塔のそばで立ち止まると、花火は振り返って聞いてくる。
「ああ。そうだけど」
あまり思い出したくないことだったので、
俺は返事が素っ気なくなってしまう。
「それで、昨日本当はどんなデートをするつもりだったの?」
と花火は聞いてきた。
「……最初に映画を見て、その後猫カフェに行って、
夕食に焼肉を食べて帰る予定だった」
すらすらと淀みなく言葉が出てきた。
何週間も前から時間をかけて考えたデートプランである。
忘れたくても昨日の今日じゃまだ頭に染みついて離れそうになかった。
デートプランを聞いて花火はぷっと吹き出した。
「そんな具体的に予定立ててたのに来てもらえなかったんだー。
かわいそー」
困り眉を作りながらクスクスと笑う。
「お、お前なあ……」
昨日殴ってしまった手前、
からかわれてもどう反応したらよいのかわからない。
花火はすっと表情を和らげ、
「それじゃ、今日はそれを全部やろう」
と言った。
不意打ちだったので
「え?」
と俺は聞き返してしまう。
「今日だけ彼女さんの代わりになってあげる。
それが私のお詫びってことで」
と言って花火はにこにこ微笑んだ。
頬のガーゼがその笑顔とともに柔らかく歪む。
……やっぱりなんかおかしいよな、と俺は思った。
確かに昨日の花火の言動はひどかった。
けど、花火だって俺に殴られて顔にひどいアザを作っているのだ。
もう悪いことした分の報いは受けていると考えていいんじゃないだろうか。
それでも、お詫びに何かしようとするのはどうしてだろう。
答えはすぐに出てきた。
多分、花火は俺に仕返しがしたいんだ。
出かけた先で、何かしらの方法で俺を痛い目に遭わせるつもりなのだろう。
その仕返しがどれくらい辛いものなのかは正直想像もつかない。
けれど、甘んじて受けよう、と俺は思った。
優しくされるのはもちろん嬉しいけれど、
殴られたことを全く責められないのは正直居心地が悪かった。
仕返しを受ければこの罪責感もなくなるんだと思えば、
まあ、安いものかもしれない。
「……うん。それじゃ、よろしく」
俺は覚悟を決めてからそう返事をした。
3
俺たちは電車に乗って街へ向かい、
ショッピングモールの中の映画館に入った。
平日の昼間だからか、映画館は空いていて、
どの映画もほとんど貸し切り状態で見ることが出来そうだった。
花火にどの映画を見たいか確認すると、
「彼女さんだったらどんな映画を見るの?」
と俺に聞き返してきた。
「別にいいよ。そこまで合わせなくて」
と言うと、花火は不機嫌そうに眉を寄せる。
「隠さなくてもいいじゃん。
私、今日は彼女さんの代わりなんだから教えてよ」
「……隠してるというか、本当にわかんないんだよ」
「え?」
と花火が驚いたように声を出す。
「でもお兄ちゃん。結構長い期間彼女さんと付き合ってたよね?」
「そうだけど、蛍はほとんど俺に自分の事話してくれなかったから」
「……そう」
と言って、花火が目をぱちくりさせる。
「なんか、ほんとにかわいそう……」
からかうわけでもなく、純粋な感想を述べる口調で花火が呟いた。
そして、しばらく考える素振りを見せた後で、
壁にかかった映画のポスターを指差し、
「それじゃ、あれがいい」
と言った。
それは特に今、流行っているわけでもないB級ゾンビ映画だった。
「ずっと見たいと思ってたんだよね」
と花火が笑う。
「……あれを?」
あまりの趣味の悪さに俺は聞き返してしまった。
花火は堂々とした態度で
「そうだけど。別にいいでしょ?」
と言ってくる。
そういえば花火がゾンビ系とかスプラッター系の
ゲームをやっているのはよく見る。
多分嘘はついてないんだろう。
俺は別に見たい映画があったわけでもないので、
「……まあ、別にいいけど。じゃあこれ見るか」
と言い、券売機に向かった。
4
「お兄ちゃん。早く、私を撃って。私が、ゾンビになってしまう前に」
映画の終盤。
脱出用ヘリコプターを目前にして
主人公の妹がゾンビに噛まれてしまうという絶望的なシーンが流れていた。
「い、いやだ……。俺もお前と一緒にここに残る。
お前がいないなんて俺には耐えられないよ」
主人公の男がぼろぼろと涙を流す。
そして、衰弱しきって立つことも出来ない妹を男は抱きしめた。
「なあ、クレア。一緒に死のう。
こんな地獄みたいな世界で生きていくくらいなら、
俺はクレアと一緒に死んだ方がマシだよ」
妹は優しく微笑んで自分の懐から銃を取り出す。
「ありがとう。お兄ちゃん。
でも私は、それでも、お兄ちゃんに、生きててほしい。ごめんね」
妹が自分のこめかみに銃を突きつけた。
「大好きだよ。お兄ちゃん」
ドンッ、という銃声が鳴り響く。
妹は自分で自分の頭を撃ちぬいた。
「あああああああああああああああああああ!!!」
男が悲痛な叫び声をあげる。
その後も男は泣き続けていたが、
最終的に妹の最後の言葉を思い出して、
ヘリコプターに乗りゾンビの島から脱出して映画は終わった。
5
映画が終わると場内に薄い明りが灯り、俺は我に返った。
隣にいる花火は満足そうに伸びをしている。
「ん~。すっきりした~」
伸びを終えて、はあ、と脱力する。
そして笑顔で俺の方を見た。
「いい映画だったね。おにいちゃ……ん?」
俺の様子を見て、妹が苦笑した。
「だいじょうぶ?お兄ちゃん」
俺は感動して、花火が引くくらい泣いていたのだった。
6
計画では映画のあと猫カフェに行くことになっていたが、
映画だけで結構体力を使ってしまったので、一旦スタバに寄ることになった。
「いや~良い映画だったねー」
太い紙ストローでなんとかフラペチーノをかき混ぜながら花火は言った。
「ああ。正直舐めてた。ゾンビ映画ってこんな面白いんだな」
俺が素直な感想を言うと、なぜか花火は得意気な顔をして、
「むっふっふっふ。
お兄ちゃんもどうやらゾンビ映画の沼にハマっちゃったみたいだね」
と言った。
「おすすめの映画、たくさんあるから今度見てみてよ」
「お!教えてくれるのか?見る見る」
「やったー!」
花火が本当に嬉しそうな顔をする。
その無邪気な姿に俺は見入ってしまった。
いつも妹にはからかわれたり、
傷つくことを言われたりするのがほとんどなので、
こんな気さくな反応をされるのが新鮮だった。
友達にはいつもこんな感じに接してるんだろうか?
俺にも今日だけと言わず今後もこんな風に接してほしいものである。
そんなことを考えていると、
「お兄ちゃんは、もし私がゾンビになりかけてたらどうする?
やっぱり殺す?」
と花火が聞いてきた。
うーんと俺は考え込む。
「殺すんじゃないかな。ゾンビになるのはかわいそうだろ」
と答える。
「えー。ひどくない?それ」
と花火が不満そうに言った。
「いや、俺なりの優しさのつもりなんだけど。花火だったら殺さないのか?」
「そうだね。もしお兄ちゃんがゾンビになりかけても私は殺さないかな」
「いいのか?俺に食われちゃうかもしれないぞ?」
俺は両手を上げ獣のように爪を立ててから花火を睨んだ。
花火はそんな俺を笑いもせず真顔で見つめた後、
「お兄ちゃんに食べられるなら本望かな。きっと幸せだと思う」
と言って、笑った。
俺は首を傾げる。
「悪い。言ってる意味がよくわからん。何だお前。自殺願望でもあるのか?」
と聞くと、花火は困った顔をする。
「まあ、こんなんで伝わるわけないよね。お兄ちゃんだし」
「ん?どういうことだ。伝えたいことがあるならはっきり言ってくれ」
「別に?何でもないよ」
と言って、花火はなんとかフラペチーノをごくごく飲んだ。
全部飲み干すと、
「そろそろ猫カフェ行こっか」
と言って立ち上がる。
「……う、うん。そうだな」
今の会話はだいぶ消化不良だが、
花火はもうこれ以上説明をしてくれなさそうなので、
理解するのは諦めることにする。
「ん」
と言って花火が手を差しだしてきた。
俺はその手を握ってスタバを出る。
外に出ると、花火の付けている真っ白なガーゼが
日光を眩しいくらいに反射していて、
俺は思わず目を細めた。




