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第21話

1

翌朝、目を腫らしたまま私たちは朝ごはんを食べた。

朝ごはんを食べ終え、支度を済ませるとお兄ちゃんはそそくさと一人で

家を出ようとしたので、私も追いかけるように外へ出た。


「ついてくるなよ」


とお兄ちゃんが言った。


「嫌だ。ついていくから」


と言って私はお兄ちゃんの隣を無理やり陣取って歩いた。


「ねえ、お兄ちゃん。今日はいい天気だね」


沈黙でいるのが怖かった私は無理やり話題を作って言った。


「‥‥‥ああ、そうだな」


とお兄ちゃんが迷惑そうに言った。


「こんなにいい天気なのに学校に行かなきゃいけないの何だかすごくだるいね。

いっそこの前みたいに2人でデートに行っちゃう?」


あはは、と無理やり私は笑った。


「‥‥‥」


お兄ちゃんは私の話を、シカトして

遠くの1点を見つめていた。


「お兄ちゃん?どこ見てるの?」


と私は聞いた。

それでもお兄ちゃんから返答はなかった。

結局私はお兄ちゃんの視線の先に自分で顔を向けた。

そこにいた人物を見て、私はドクンと心臓が動くのを感じた。

視線の先にいたのは蛍さんだった。

お兄ちゃんは1人で登校している蛍さんに見とれていたのだ。


「お兄ちゃん?なんで蛍さんを見てるの?」


と私は聞いた。


「蛍と付き合っていたときは幸せだったなって思ってたんだ」


「‥‥‥それってつまり、蛍さんのことがまだ好きってこと?」


「‥‥‥わかんない」


とお兄ちゃんが言った。

ちゃんと否定しないってことは

ちょっとまた好きになりかけてるってことだろうか。


「はは。そっか」


と私は言った。

自分でもびっくりするくらい、乾いた笑いが出た。

昨日たくさん泣いたせいか、今日はもう涙は出てこない。

何だか、だんだん傷つくのにも慣れてきてしまった。

私は笑顔を作った。


「でも、蛍さんって別の人と付き合ってるんだよね。

より戻すのは無理なんじゃない?」


きっとこんなこと言ったらお兄ちゃんは嫌な顔をするだろうと思った。

それでも私は気にせずに言った。

お兄ちゃんの心はもう自分の物にはならない。

そんな予感があった。

だったらもう、目に見えるこの体だけでも私のもとから離れないように、

無理やり引き留めておくしかない。

だんだんと私はそんな方向に妥協し始めていた。


「‥‥‥」


お兄ちゃんは私の言葉に何も言い返したりせず、

ただ悲しそうにうつむいていた。

そんな反応をされると

とてもひどいことを言ってしまったような気分になって

ずきんと心が痛んだ。

そんなに、復縁したいんだろうか。

私はお兄ちゃんに質問しようとして、口を噤んだ。

そんなことを聞いたって、私が傷つく答えしか返ってこない気がしたのだ。

その後も私はたくさんお兄ちゃんに話しかけたけれど、

お兄ちゃんは何も反応してくれなかった。



2

学校に着いてお兄ちゃんと別れた私は、

ため息をつきながら自分の教室のドアを開けた。

すると、さっきまで騒がしかったクラスの人たちが、

私を見て急に静かになった。

え?何事?と思いながら、私は周りをきょろきょろした。

けれど、何の説明もないままみんなが思い思いに会話を再開したので、

結局なんで私を見て静かになったのか理由がわからなかった。

いつもの喧騒に取り残された私は、周りを警戒しつつ自分の席に座る。

すると今度は、

周りからひそひそと話す声やくすくすと私を見て笑う声が聞こえてきた。

もう、本当に何なんなの?と思いながら怪訝な顔をしていると

クラスのリーダー格の女子とその取り巻きたちが私の机の前に来た。


「おはよう。涼風さん」


とリーダーの女子が言った。

何か企んでいるのか、にやにやした顔で私を見下ろしている。

私は何か波乱が起きる予感がして急に気が重くなった。


「何?悪いけど私今疲れてて、なるべく1人でいたいんだけど」


と言ったが、リーダーの女子は私の言葉を無視して、


「涼風さん、お兄さんと付き合ってるって本当なの?」


と聞いてきた。


「‥‥‥え?」


私は驚いて目を見開いた。

何でそのことを知っているんだろう。


「あなたがお兄さんとキスしてたって噂が今クラス内で広まってるの。

いやあ、知らなかったわ。

前々からちょっと変な人だなとは思っていたけれど、

兄妹恋愛をするくらいおかしな人だったとはね」


教室中に聞こえる声で言ったものだから、

私たちの会話は皆に筒抜けだった。

今の発言を聞いて、クラスの女子が異常なものを見る目で私を見ていた。

男子たちもなんとも言えない顔で気まずそうにうつむいている。

私はなんとなく理解した。

さっきからクラスの雰囲気がおかしかったのは、この噂のせいだろう。

私は皆の反応にムッとした。

兄妹恋愛ってそんなに悪いことなんだろうか?

好きになった人がたまたまお兄ちゃんだった。

ただそれだけなのだ。

それの何がいけないというのだろう。

(別にお兄ちゃんが好きでもいいでしょ。

ほっといてよ。)

と言おうと思って、私は口を開いた。

けれど、私が物を言う前に

取り巻きの女子たちが言った。


「っていうか、お兄さんもお兄さんじゃない?

普通妹と付き合わないでしょ。

きもすぎて引くんだけど」


「兄弟で似た者同士なんでしょ。

お兄さんも頭がおかしいのよ」


「1つ上の学年だったよね。

その人とすれ違う時は気を付けないとね。

そんな変態っぽい人の近くを通ったら何されるかわからないし」


あはは、と目の前の女子たちが下卑た声で笑う。

私はさっきまでのように強気な姿勢でいられなくなった。

私だけが悪く言われるなら全然耐えられるけれど、

私のせいでお兄ちゃんまで悪く言われてしまうのは、さすがに辛かった。

今はまだこの教室内の陰口でおさまっているけれど、

これから噂が広まってお兄ちゃんに実害が出てしまったら、

私はもう、お兄ちゃんに合わせる顔がない。

それは何としても避けたかった。

ぎゅっと拳を握り、うつむきながら下唇を噛む。

私は悔しい気持ちを頑張ってこらえた。

そして、


「別に。私とお兄ちゃんは付き合ってないから。

キスなんてしたことないし。

変な噂立てるのやめてよ」


と言った。


「へえー」


とリーダーの女子が嫌みったらしく相槌を打った。


「じゃあ噂は嘘だったんだ。

おかしいなあ。

あなたがお兄さんとキスしてる写真もちゃんとあるんだけど。

でも、本人が違うって言ってるんだから違うってことよね。

なるほどねぇ。納得納得。

変な誤解を掛けちゃってごめんなさいね」


と言ってくすくすと笑った。

写真まであるなんて知らず、私はさっと血の気が引いた。


「な、なんでそんな写真があるの?」


「この学校の男子からもらったのよ。

あなたに告白して振られたんだって言ってたわ。

あなた、女子だけじゃなくて男子にも敵が多いのね。

かわいそうに」


そう言うと、取り巻きたちが一斉に笑った。

このままじゃ噂を広められてしまうと思った私は、

どうしたらお兄ちゃんに迷惑を掛けずに済むのか必死に考えた。


「‥‥‥私が無理やり、お兄ちゃんにキスしただけだから」


と私は言った。


「お兄ちゃんは嫌がってるのに、

私がずっと無理やり言い寄っていただけなの。

だから本当に付き合ってないし、

お兄ちゃんは私と違って普通の人だから。

だから、これ以上噂を広めないでください。

お願いします」


と言って私は頭を下げた。

これが、私が思いつくことができる最善手だった。

皮肉なことに、今言ったことはあながち嘘とも言い切れなくて、

私はなんとも言えない気持ちになった。

リーダーの女子は、私がそんな下手に出てくると思わなかったのか

ぴくっと顔を歪ませた。

そしてちらっと取り巻きたちや、周りのクラスメイト達を見た。

多分、今ので自分の方に非難が集中するんじゃないかと不安になったんだろう。

どんな立場にいても周りの目は気になるものなんだな、と不思議に思った。

彼女はふんと鼻を鳴らした。


「あーやだ。

兄妹に無理やりキスするような異常な人間のくせに

一丁前に誰かをかばったりしないでほしいわ。

これじゃまるで私が悪者みたいじゃない。

ほんと気分悪い。

もういい。行きましょうみんな」


そういってリーダー女子は取り巻きたちを従えて、

私の前から去ろうとした。

私はその腕を掴んで引き留めた。


「待って!噂を広めないってちゃんと約束して!」


「は、はあ?」


まさか引き留められると思っていなかったようで、

彼女は驚いていた。

どうにか私の手を引き離そうと腕に力を入れてくる。

私も負けじとありったけの力で腕にしがみついて離さないようにした。


「は、離しなさいよ。何で私がそんな約束しなきゃいけないの」


「もしこれ以上噂を広めたら、私あなたのことを一生恨むから。

誇張で言ってるんじゃないからね。

本当に文字通り一生だよ。

あなたは今それぐらいひどいことをしようとしてるの。

後悔したくないなら大人しく引き下がって」


「私に言われても困るわよそんなこと。

別に私が流した噂じゃないもの。

恨むなら最初に噂を流した人を恨みなさいよ。

っていうかこんだけ広まってる噂を今更止めるなんて

どうあがいたって無理でしょ。諦めなさいよ。

それであなたがどうなろうが知ったことじゃないわ!」


彼女の言葉に衝撃を受け、何も言い返せなくなった。

噂を止める方法がない?

それじゃ、嫌でもこの噂がお兄ちゃんのもとに届いちゃうの?

そしたら、さらに付き合ったままでいるのが難しくなるんじゃ‥‥‥。

茫然自失状態でいると、

彼女は乱暴に私の手を引き離した。

ふんとまた鼻を鳴らし、腕を組みながら私の前から去っていく。

ちょうどそのタイミングで鐘が鳴り、先生が教室に入ってきた。

いつものように朝のホームルームが始まったけれど、

私はそれどころじゃなかった。

何だか、世界中の人たちが私の恋路を邪魔しているような気がした。

私とお兄ちゃんが付き合っていると聞いた時のクラスの反応を思い出す。

このまま噂が広がったら、

お兄ちゃんもあんな風に腫物扱いされることになるんだろうか。

もしそうなったら、お兄ちゃんは私をものすごく恨むだろうなと思った。

だってお兄ちゃんは今、

私にお願いされて無理矢理付き合っているようなものだから。

そしてその恨みは私がお兄ちゃんと別れない限り、

消えることはないような気がした。

私は頭を抱えた。

もうこれ以上は悪あがきをすることすら許されないのかもしれない。

どんなに苦しくても、お兄ちゃんのことを諦めなきゃいけないのかもしれない。

私はなんだかもう、すべてを捨てて遠くに行きたいような気持になった。

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