第19話
1
おかゆを食べ終えた私はさっそく
どうしたらお兄ちゃんが信用してくれるようになるか、
真剣に考えてみた。
自分の頭だけで考えてもどうしても行き詰ってしまうので、
スマホで色々検索してみたり、
辞書で信用の意味を一度確認してみたり、
まつりにどうしたら人を信用できるようになるか聞いてみたり、
いろいろと試してみた。
けれど、なかなか良いアイデアが浮かばず、
2時間経過した頃にはもう、私は布団の中にうずくまって、
うーんうーんと唸ることしかできなくなっていた。
そうこうしているとだんだん思考は散漫になっていき
気づいたら私はお兄ちゃんとの昔の思い出を夢想していた。
昔、お兄ちゃんが私のこと養うって言ってくれたことがあったなあとか、
一生私のこと好きだって言ってくれたことがあったなあとか、
きっとお兄ちゃんは私にそう言ってくれたことを忘れちゃってるんだろうなあとか、
そんなことを考えては、1人空しい気持ちになっていると、
ふっと1つアイデアが浮かんだ。
考えてみたら、中学生くらいから私はずっと
お兄ちゃんにつんけんした態度ばかり取っていたのだ。
その時、お兄ちゃんが私にしてくれたことを真似すれば、
お兄ちゃんも私のことを嫌いにはなれないんじゃないだろうか。
考えれば考えるほど、それは名案に思えた。
だってそれは実際に私がやられて嬉しかったことばかりなのだから。
2
さっそくお兄ちゃんにしてもらったことをいろいろと思い出してみた。
一番最初に思い浮かんだのはお菓子やゲームを買ってくれたことだ。
実際に行っている自分を想像して、うん、これはありだな。と思った。
かなり見当違いな物でもない限り、誰だって何かもらったら嬉しいはずだ。
失敗する可能性はかなり低いし、これなら自信をもって行動に移せる。
私はさっそく何をプレゼントするか考えることにした。
プレゼントするものもお兄ちゃんの真似で良いんじゃないかと一瞬思ったけれど、
お兄ちゃんはお菓子をあまり食べないし、ゲームだってやらない。
だからプレゼントするなら、他の物を考えた方がいいだろうと思った。
ひとまず私は自分の財布の中身を確認した。
持っているお金は1800円。
最近、バイオハザードの新作を買ってしまったばかりなので、
正直あまりお金に余裕はない。
学校ではいつも購買で菓子パンを買ってお昼に食べているので、
この1800円がなくなったら結構大変なのだ。
少なくとも500円くらいのプレゼントにしないと、
明日からお昼ご飯を満足に食べられない日が出てくることになるだろう。
私はうーんと唸りながら考えた。
500円でお兄ちゃんに喜んでもらえるような物って何だろう?
しばらく考えて思い浮かんだのは本だった。
お兄ちゃんはラノベが大好きなので、
追っているシリーズの未購読の巻をプレゼントしてあげたら
喜んでくれるはずだ。
本はあまり買わないからわからないけれど、
大体500円くらいのイメージだし、きっと買えるだろう。
買うものが決定すると、
今度はお兄ちゃんが持っているラノベを確認するために、
部屋に忍び込むことにした。
今、お兄ちゃんは下でお昼ご飯を作っているはずだから、
特に問題なく忍び込めるはずなのである。
私は自分の部屋を出て、お兄ちゃんの部屋にそーっと入った。
ベッドのすぐ隣に立てかけてある木製の本棚へと近づく。
そして、入っている本のタイトルを確認した。
『難攻不落の美少女同級生がなぜか俺にすっごい甘えてくる件について』
『同じクラスのS級美女に勉強を教え続けたら、好感度がカンストしていたんだが』
『美少女同級生に玉砕覚悟で告白したら付き合えてしまったんだけど、これって夢ですか?』
「‥‥‥」
私はなんとなく不快な気持になった。
別に私もラノベは読んだことがあるし、こういう本を持っていること自体は
全然なんとも思わない。
けれど、買っているラノベのヒロイン、
なんとなく全部蛍さん寄りじゃないだろうか。
まあ、つい最近まで彼女だったんだし、しょうがないと思うけれど。
それでも、1つくらい妹物のラノベがあっても良いんじゃないの?と思ってしまう。
一応今は私と付き合ってるわけだし、
私がタイプだから告白もOKしてくれたはずなのに。
それなのにこのジャンルの偏りはなんなんだろう。
私は、はぁとため息をついた。
「‥‥‥でも、これの最新刊を買ったら、お兄ちゃんは喜ぶんだろうなあ」
このタイトルのラノベを買うのはちょっと不服だけど、
それでも今回はお兄ちゃんを喜ばせることを第一優先に考えることにした。
3
翌日、私は学校の帰りに本屋さんに寄った。
静かな店内でライトノベルコーナーを探して10分。
やっとのことでお兄ちゃんが集めているシリーズ物
『難攻不落の美少女同級生がなぜか俺にすっごい甘えてくる件について』
の最新刊を見つけた。
本棚から取り出し、背表紙に書かれている値段を確認する。
私は驚いた。
「せ、1300円!?嘘!こんな高いの?」
つい大声を出してしまい、他のお客さんに白い目で見られた。
すぐにその場から逃げ出して、物陰に隠れてもう一度値段を確認する。
確かに1300円だった。
いや、(税別)と書かれているので、実際払うのは1430円だ。
な、なんでこんなに高いの?
昔私が買ったときはたしか500円くらいだったのに。
私の頭の中はなんでという気持ちでいっぱいになった。
きょろきょろとあたりを見回して、試しに他の本の値段も確認してみる。
そうしているうちに、すぐに値段が高い理由が判明した。
お兄ちゃんがいつも買っているラノベは大判物で
普通の文庫本よりサイズが大きいのだ。
実際大判の本は皆、結構値段が高かった。
だから、私が手に取った本も別に間違って表記されているわけではなく、
確かに1300円なのだ。
そこまでわかってから、私はこの本を買うかどうか迷った。
1430円の出費はさすがに痛すぎる。
今日もお昼に購買でパンを買ったので、
私が持っている残金は1650円になっていた。
多分この本を買ったら、2週間くらい毎日お昼は抜きになってしまう。
私は2週間、お腹を空かしながら授業を受ける自分を想像した。
何だかみじめな気分になってくる。
できればそんな状況にはなりたくない。
「‥‥‥でもなぁ」
と独り言が口から洩れる。
私は腕を組んで考えた。
もし、ここで我慢してお兄ちゃんが戻ってきてくれるなら、と私は想像する。
それでまたお兄ちゃんが私のことを可愛がってくれるようになるなら、
昼ご飯抜きの侘しさなんて簡単に吹き飛んでしまうだろうな、と思った。
熟考に熟考を重ねた結果、最終的に私は本を買おうと決めたのだった。
4
「ただいまー」
玄関扉を開けて私は言った。
「‥‥‥」
靴はあるので家にいるはずだけど、
お兄ちゃんからおかえりの返事はない。
昨日からお兄ちゃんは私に対する態度がよそよそしいというか、
なんとなく距離を取っているような感じがする。
私はそのことが少し悲しかったけれど
それでもウキウキしながらリビングに入っていった。
買ってきた本を見せれば、
きっとお兄ちゃんは機嫌を直してくれるだろうと思っていたのだ。
リビングのドアを開けると、
お兄ちゃんは洗濯物を畳んでいるところだった。
お兄ちゃんの目の前まで歩いていくと
お兄ちゃんの方から冷静な顔で
「どうしたの?」
と質問された。
私はそれですぐに鞄から本を取り出した。
「これあげる。プレゼント」
と言う。
ニコニコな私とは対照的に
お兄ちゃんは訝しげに眉をひそめた。
私から袋を受け取り、中から本を取り出す。
そして
「え?」
と言いながら驚いた顔をした。
「なんでこれを俺に?急にどうしたんだ?」
さっきまで淡々としていたお兄ちゃんが、
プレゼントを見た瞬間、不安そうに顔を歪めた。
よしよしと私は思った。
私にはその反応が嬉しいことに対する照れ隠しのように思えたのだ。
だから私は堂々と胸を張って、
「別に特に理由はないよ。渡したくなっただけ」
と言った。
これで、お兄ちゃんに私の好きと言う気持ちは伝わっただろう。
お昼ご飯がしばらく抜きになるのは痛いけど、
やっぱり買って正解だったな。
と得意になりながら思った。
けれど、次にお兄ちゃんの発した言葉は私の想定していたものとは違っていた。
「悪いけど、自分で買うからいい。いらない」
「え?」
「いや、だからいらない。これはお前に返すよ」
と言ってお兄ちゃんは私に本を押し付けた。
私は慌てて言った。
「返されても困るんだけど、私、この本読まないし」
「そんなこと言われても俺も困る。
俺は自分のお金で買いたいんだよ」
「それどういうこと?
自分で買わなくても今ここにあるんだよ?
受け取ればいいじゃん」
「‥‥‥お前から何かもらうのが怖いんだよ」
とお兄ちゃんが言う。
受け取るのが怖いってどういうことだろう、と私は思った。
このプレゼントを通して、
何か傷つけるようなことをすると思われているんだろうか。
そんなこと、するわけないのに。
「そ、そんなに私のこと信用できないの?」
と私は聞いた。
するとお兄ちゃんは頭を掻きながら
「ああ。そうだ。俺も信用できるならしたいところだけどな。
でもやっぱりちょっとできそうにない」
と言った。
私はガーンとショックを受けた。
「そ、そうなんだ」
とうつむきながら言う。
私はただ、お兄ちゃんに喜んでもらいたかっただけなのに、
こんなこと言われるとは予想外だった。
ここにきて、私は改めて事態の深刻さを実感した。
私の信頼って本当に地の底に落ちてしまっているんだ。
こんなに信頼を失っている状態で、
元の状態に戻ることって本当にあるんだろうか。
ショックを受けている私を見て、お兄ちゃんは困ったように眉を下げた。
「とにかくそういうことだから、この本は返すぞ」
と言って、お兄ちゃんは洗濯物をしまい、リビングを出ていってしまった。




