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第14話

1

朝目が覚めて、私はため息をついた。

高校に入学して1か月。

私は早くもノイローゼになりかけていた。

学校に行く気力が全然湧かないのだ。

とは言っても別に友達ができずに孤立しているとか、

勉強についていけないとか、

そういった学校に関することで、何か悩んでいるわけではない。

学校生活はむしろ上手くいっている方だと思う。

ノイローゼの原因は学校生活ではなくもっと別のところにあるのだ。

私は、その原因についてあまり深く考えないようにしていた。


「おーい。花火。いつまで寝てるんだ。早くしないと遅刻するぞ」


ぼーっとしていると、

部屋の扉の向こうからお兄ちゃんの声が聞こえてきた。

私はそれを無視して布団に潜る。


「おーい。はなびー。本当は起きてるんだろ?返事ぐらいしてくれー」


その声にも反応せずうずくまっていると、

ついにお兄ちゃんがしびれを切らして部屋の扉を開けた。

部屋に入ってくると思っていなかった私は

びっくりしてとっさに起き上がってしまう。


「ちょっと!何勝手に部屋に入ってきてんの?

きもいんだけど!やめてよ!」


「ああ悪かったな。

でも本当にこのままだと遅刻するからさ。

早く起きないと……、ってあれ?」


そこまで言うと、お兄ちゃんは何かに気づいたようで

こちらへ寄ってきた。

そしてじっと私を見てくる。


「……」


私はいつものように何か悪態をつこうと思ったけれど、

お兄ちゃんの顔が思った以上に近くてドキドキしてしまい、

何も言えなくなってしまった。

お兄ちゃんはしばらく真剣に私を見た後、


「花火、お前目の下にクマあるぞ。もしかして昨日眠れなかったのか?」


と聞いてきた。

私はふん、と鼻を鳴らしながら


「……べつに関係ないでしょ。ほっといてよ」


と言って、お兄ちゃんから顔をそらした。

こんなつっけんどんな態度を取っても、

お兄ちゃんは相変わらず悲しい顔をするだけで怒ってはこない。


「関係なくないだろ?兄妹なんだから。

……何か悩み事でもあるのか?」


とお兄ちゃんが聞いてくる。


「うん。そう。お兄ちゃんがオタクで気持ち悪いから、

いつも身の危険を感じて眠れないの」


と私は言った。


「お前なぁ……。こっちは真剣に心配してるんだぞ。ちゃんと答えてくれよ」


「……」


私は一瞬胸が苦しくなって口を噤んだ。

悩みは確かにある。

けど、本当のことなんてお兄ちゃんに言えるわけがなかった。

言ったって私たちの関係がぎくしゃくするだけで、

問題が解決されないことはわかりきっていたから。

私がうつむいて何も言わずにいると、

お兄ちゃんははあ、とため息をつく。

そして、眉を八の字にして微笑んだ。


「言うのが嫌なら無理しなくていいよ。

まあ、何か相談したくなったら言ってくれ」


深く追及されなかったことで、私はほんの少しだけ気持ちが軽くなった。

お兄ちゃんは言うだけ言って、そのまま部屋を出ていこうとする。

気づいたら私は


「お、お兄ちゃん」


と声をかけていた。

すると、出ていこうとしていたお兄ちゃんが立ち止まって

こちらに振り返った。


「ん?なんだ?」


と聞いてくる。

引き留めた理由が特になかったので、

私はちょっと逡巡して何を言うか迷った。

しばらくしてから、素直にありがとうと言おうと思い、

口を開く。

胸をドキドキさせながら


「あ、ありが……」


と言いかけたところで、急にお兄ちゃんのスマホがピロンと鳴った。


「あ、ごめん」


と言ってお兄ちゃんがポケットからスマホを取り出す。

そして画面を見て、顔色を変えた。


「え!嘘!マジで!?」


あたふたしながらスマホをポケットにしまう。


「悪い花火。彼女が家の前まで来てるらしい。

ちょっと急いで支度するから。またな。お前もちゃんと学校行けよ」


と言うと、そのまま部屋を猛スピードで出ていった。

1人取り残された私は


「……うん」


とうなづいて、また布団に潜った。

布団の中でうーんとうなりながら頭を抱える。

結局私は、1時間目の授業が終わるぐらいの時間に

ようやく登校したのだった。



2

お兄ちゃんに彼女ができたのは今から1か月前、

ちょうど私がお兄ちゃんと同じ高校に入学した時期のことだった。

今まで全然女っ気のなかったお兄ちゃんが、急に


「俺、彼女できたから」


と言ったのだ。

私は最初耳を疑った。

だってお兄ちゃんと言ったら、

帰宅部で家に帰ってきたら家事をするか、勉強するか、

ラノベ読んだりアニメ見たりするか、

本当にそのどれかで毎日を消費して生きているような人だから。

友達だってほとんどいないのに彼女なんてできるわけないと思っていた。

けれど、この1か月で

彼女がいるのはどうやら本当らしいということがだんだんと分かってきた。

相手の名前は雨宮蛍。

おとなしい感じで優しくて顔も整っているので

男子人気がそれなりに高い女子だ。

1度お兄ちゃんが彼女に宿題の解き方を教えてから、

宿題が出るたびに頼ってくるようになったらしい。

何回も頼られているうちに気づいたら彼女のことが好きになっていたと

聞いてもいないのにお兄ちゃんがぺらぺらとしゃべっていた。

そののろけ話を聞かされた時の私はきっとあまり良い表情をしていなかったと思う。

いつものお兄ちゃんなら、私が不機嫌なことにすぐ気づいたと思うけれど、

その時のお兄ちゃんは話すのに夢中で全然私の気持ちに気づいてくれなかった。

私がお兄ちゃんを馬鹿にしたり、悪口を言ったりすることが増えてから

お兄ちゃんは目に見えて私に冷たくなったけれど、

彼女ができてから、私への扱いはさらに雑になった気がする。

そんなことがあって私は、何事にもやる気が出なくなっているのだ。



3


「花火、さすがに遅刻しすぎでしょ。

このままだと先生に目つけられちゃうよ」


2時間目、体育の授業中に

友達のまつりに呆れた顔で言われた。


「しょうがないじゃん。やる気出ないんだもん」


と若干拗ね気味に私は言った。

体育座りをして、膝に顎を乗っける。

今は体育館でバスケを行っていて、私もまつりも

他のチームの試合を眺めているところだった。


「いやいや、高校入学して1か月でそれはやばいでしょ。

いつからそんな不良になっちゃったの?」


「不良って……、大げさだなぁ」


私が軽くため息をついて言うと、

まつりはニヤッとした顔で


「そんな印象に悪いことずっとしてたら、

男の人寄ってこないよ。せっかく高校生になったんだから、

花火だって男の人たちと遊びたいでしょ」


と言ってくる。


「別に私は……」


と言いかけたところで、

キャーッと急に女子たちの黄色い歓声が聞こえてきた。

何事かと思い、声のする方を見ると

数人の女子たちが男子側の試合を見て何やら楽しそうに声援を送っていた。

彼女たちは皆、コートにいる1人の男子に見入っているようだった。


「優太君、バスケもうまいんだ。やばいね。めっちゃかっこいいじゃん」


とまつりが言う。


「優太君?」


と私が首をかしげると、

まつりは、驚いた様子でこちらを見た。


「噓でしょ花火。同じクラスだよ?しかも学年でも指折りのイケメンだよ?

何で知らないの?」


さも知っているのが当たり前のような言いぶりに

私は少し嫌な気持ちになった。


「だって、話したことないし。

関わる機会もなかったんだもん。しょうがないでしょ」


「う、うーん……。まあそうかもしれないけど。

でも同じクラスなのに優太君を知らないとはねぇ……。

前から思ってたけど、花火って男に興味ないの?」


まつりがきょとんとした顔で首を傾げた。

まつりとは中学のころから友達だけど、

高校に入ってからこういう恋愛関係の話が増えた気がする。

私だって現在進行形でお兄ちゃんが好きだから、

恋愛に全く興味がないというわけではないけど、

それでも、こうやって軽く誰かと恋愛トークをするのはなんとなく苦手だ。

私は少しとまどいつつ


「……うん。男の人は苦手かな。

みんな怖いっていうか、

近くにいられるだけでちょっと不安になるっていうか……」


と言った。


「……不安?」


とまつりが眉をひそめる。

しばらく考え込んだ後、

彼女は共感するのを諦めて

まあ、いっか、とつぶやいた。


「とりあえず、今の話をクラスの男子が聞いたらみんなショック受けそうだね」


「え?なんで?」


「学校で今一番噂になってる美少女が男に全く興味ないんだから、

そりゃショックでしょ。花火を彼女にしたいって思ってる人多いんだよ」


「……そうなんだ」


何と言ったらよいかわからず、私は無難な返答をしてしまう。

男子にモテているというのは、普通なら喜ぶべきことなのかもしれない。

けれど、やっぱり怖いものは怖いし、個人的にはすごく気が重かった。

まつりはそんな私の様子を見て、大きくため息をついた。


「ああ。ほんともったいない。

私が花火だったらイケメンとデートしまくってるのに。

宝の持ち腐れというかなんというか」


わかりやすく嫉妬するまつりに、私は苦笑した。


「とか言って、まつりはその気になればいつでもイケメン捕まえられるでしょ?

そんな綺麗な顔してるんだから」


と私が言うと、

ちょっと不機嫌気味だったまつりはすぐに上機嫌になった。


「えへ。花火ってそういうことさらっと言ってくれるから好き~。

やっぱりしばらく彼氏いらないかも~」


まつりがふざけて私に抱きついてくる。

私は苦笑いしながらも彼女の頭を撫でた。

手を動かしながら、そっか、私ってそんなにモテててるんだ、と思った。

そしてすぐにうつむいた。

……私は、お兄ちゃん1人に愛してもらえたらそれでよかったんだけどな。



4

午前の授業が全部終わって昼休みになると、

私はご飯を買いに購買に向かった。

歩いている途中で廊下の窓からお兄ちゃんの姿が見えた。

お兄ちゃんの隣には彼女の蛍さんがいて、

2人ともグラウンドの端っこにあるベンチへと向かっていた。

おそらく、そこで一緒にお昼ご飯を食べるのだろう。

歩きながら、お兄ちゃんはしきりに蛍さんに何か話しかけていて、

蛍さんはそれを楽しそうに聞いていた。

彼女が笑う度に、お兄ちゃんはそれを見て満面の笑みを浮かべている。

その光景を眺めているうちに、私はいつの間にか強く拳を握っていた。

前まで、あんな風にお兄ちゃんに気にかけてもらえるのは

私だけの特権だったのに。

そんなことを考えてから、私ははあ、とため息をついた。

ひどく重い足取りで、また歩き出そうとしたその時である。


「……え!ね、姉ちゃん!?なんで学校にいるの?」


と男の人の声が聞こえてきた。

顔を上げて前方を見ると、さっき話題に出てきた優太君と

私服の綺麗な女の人が廊下に立っていた。

その女の人は優太君の反応を見て、満足そうに柔らかい笑みを浮かべている。


「えへへ。今日から1週間旅行でいないから、行く前にあいさつしようと思って」


「……あー、そっか。今日からだっけ。わざわざありがとね」


と優太君が言う。

彼は少しの時間下を向いた後、また顔を上げて、


「もしかして、姉ちゃんの彼氏も来てる?」


と聞いた。


「ううん。来てないよ。空港で合流する予定なの」


とお姉さんが答えると、


「……そっか」


と優太君は言った。

なぜかわからないけれど、彼はものすごく悲しそうだった。

お姉さんもなんとなくそのことに気づいているようで

少し不安そうに彼の顔を覗き込んだ。

そして


「どうしたの優太?もしかして私が1週間いないの寂しい?

やっぱり行くのやめた方がいいかな?」


と聞いた。

優太君ははっと顔を上げて勢いよく両手を振る。


「いやいや!姉ちゃん、彼氏との旅行楽しみだって言ってただろ?

俺のことは気にせず行って来いよ。……ていうかそもそも俺寂しくないし!」


そう言うと、お姉さんはきょとんとした顔で目をぱちくりさせた。


「そう?別に優太が嫌なら行かないよ?私、彼氏よりも優太の方が大事だもん」


「……何言ってんだよ。もうすぐ結婚する癖に。とにかく俺は大丈夫だから。

旅行楽しんでこいよ」


と優太君が言った。

お姉さんはぷくっと頬を膨らす。


「何それ。ちょっぴりくらい寂しがってくれてもいいのに。

優太って昔っからそういうところあるよね~。

素直じゃないっていうか、つんつんしてるっていうかさー。

……まあ、そういうところも含めてかわいいんだけど」


勝手に自己完結して、お姉さんはまたえへへと笑った。


「それじゃ、そういうことだから、1週間おうちよろしくね」


お姉さんが手を振ってその場を去ろうとする。

すると、優太君がお姉さんの腕をつかんで、


「ちょ、ちょっと待った」


と言った。


「何?優太」


とお姉さんが言う。


「姉ちゃん。その格好で空港まで行くつもり?」


と少し焦った様子で優太君が聞いた。

私も見ていてずっと気になっていたが、

お姉さんの格好はかなりラフというか、無防備だった。

下は普通のジーパンだけど、上に来ている白シャツが

第三ボタンまで空いていて、遠目からでも胸元が見える状態なのだ。

それだけでは飽き足らず、シャツの下にインナーを着ていないので、

黒いブラジャーが透けて見えていた。

長い髪もぼさぼさで、きっと起きてから全く手入れをしていないのだろう。

会話を聞いていた限り、

お姉さんはずぼらなだけで狙っているわけではないと思うけど、

あんな格好で空港に行ったら、

たくさんの男たちにいやらしい目で見られてしまうに決まっている。

けれど、お姉さんはそんなこと気にする様子もなく


「そのつもりだけど、なんでそんなこと聞くの?」


と平然と言った。

それを聞いて優太君がとても険しい顔をする。

しばらく考え込んだ後、

自分が来ていたグレーのカーディガンを脱いで

お姉さんに羽織らせた。

そして、


「彼氏さんと空港で合流するまでは絶対にこれを脱がないようにしてね」


と言った。


「う、うん」


「それと、シャツは第二ボタンまでちゃんと閉めて。

開けるのは第一ボタンまでにして」


「それもわかった」


お姉さんが素直にうなづく。

優太君は最後に手でお姉さんの髪を優しく撫で始めた。

お姉さんは特に抵抗する様子もなく、気持ちよさそうに目を細めている。

ぼさぼさの髪がある程度整ったところで


「これで大丈夫かな。

姉ちゃん、頼むからもうちょっと身だしなみに気を配ってくれ」


と優太君は言った。

お姉さんはえへへ、と笑った後、


「うん。気を付けるようにする。ありがとね。優太」


と言って満面の笑みを浮かべた。


「それじゃ、いってきます」


とお姉さんが手を振る。


「……うん。いってらっしゃい」


と言って優太君も手を振った。

お姉さんが立ち去った後も、

優太君はしばらくお姉さんがいたところをぼーっと見つめていた。



5

私はそこまで眺めてからようやく我に返って、また歩き出した。

その後、お昼ご飯を食べて、午後の授業が始まった後も

私は優太君とお姉さんのやり取りが忘れられなかった。

きっと、優太君はお姉さんのことが好きなんだろうなあ、と思った。

家族としてではなく1人の女性として。

なぜかわからないけれど、そう確信することができた。

多分それは、私がお兄ちゃんに片思いをしているからだろう。

私は、彼の叶うことのない恋を思って、

ひどくやるせない気持ちになった。

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