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幕間 ー首の無い騎士を如何とするやー

勇者は独り、原野を歩いていた。

魔王城からの帰り道だ。



結局魔王との死闘(ケンカ)は決着が付かず、いつかまた再戦に来ると言い残して城を経った。

何時でも来い、と言った魔王の表情は、やけに晴れやかだった。

部屋の惨状にため息を付くあの秘書には申し訳無かったが、帰り際に謝罪をすると困った様に笑っていた。


「お気になさらないでください。慣れていますので」


苦労しているんだな、と他人事のように思った。



僧侶も魔王城に迎えに来てくれていたのだが、断った。

流石に今は王城に戻れる気分では無い。

僧侶は少し寂しそうに笑うと、またいつか魔王討伐の旅に出ましょうね、と冗談めかして帰って行った。




辺りは仄暗い。

魔王城を経ってから、まだ然程距離は離れていない。

魔王城周辺は敵も非常にレベルが高く好戦的であり、一人で身を投じる事は自殺行為に等しい。

半ば自棄の様な気持ちで道無き道を進んでいたが、それでいて心には不思議と満ち足りた何かが宿っていた。





「人間か…?」

「…!」


その魔族は音もなく現れた。

黒い甲冑と深紅のマントを身に纏い、その背には刃が禍々しく波打つ四尺程のフランベルジュ(※1)が背負われている。

漆黒の毛並みを持つ馬に乗っていたがその肌は青白く不気味に発光し、こちらに歩み寄る時にも草を踏みしめる音すら発していない。

今しがた発せられた声は見た目によらず中性的であったが、しかしその性別は伺いしれなかった。


何故なら、"そこ"にあるはずの頭部が無いから。

数多多くの冒険者を葬ってきた悪名高き魔物、デュラハンがそこにいた。

勇者の前に立ち塞がるようにして馬を止めると、嘲るようにして笑う。


「こんな所で、しかも独りで何をしている…?まさか迷子でもあるまい?」

「…家まで帰る所だ」

「ほう?家?なんなら送ってやろうか?」


その言葉とは裏腹に、デュラハンは背中の剣を掴み、振るう。

周囲の短草が青い炎を上げ、塵も残さず消え去った。


「首から下だけで良ければな…!」


デュラハンを乗せた馬が加速する。

勇者に向け猛然と攻め寄ると、その勢いのまま馬上から大剣を振りかざした。


「はあっ!!!」

「ぬうっ!!!」


瞬時に聖剣を抜いた勇者は振り下ろされた攻撃を()なすようにして受け流し、そのまま身体を反転させて返す太刀で黒馬を切りつける。

瞬間、切りつけた部位が青白い炎を上げ、甲高く(いなな)いた馬はその身を骨と化しバラバラと原野に散らばった。


「くくっ、なかなかやるじゃないか」


流れるように受け身を取ったデュラハンは勇者に向き直り、心底楽しそうに笑う。

その笑いは享楽的な魔族が、強者と戦う事に愉悦を感じるそれだった。


「その剣…お前、加護持ちか」


デュラハンは自らが持つ剣で勇者の持つ剣を指した。

勇者の持つ剣は日も暮れ宵闇が迫る中でも淡く美しく発光し、勇者の顔を柔らかな光で照らしている。

その表情は焦りも緊張も映し出さず、ただ静かにデュラハンを見据えていた。


「今日は運が良い…加護持ちの首が手に入る事などそうそう無いからな…!」


上機嫌な事を隠そうともせずに喜色を込めて言うデュラハン。

噂には聞いた事があった。冒険者の首を狩り、収集する魔族がいると。

気に入った物は丁寧に保管されるが、それ以外は一通り鑑賞が終わると放っておかれ、腐敗が進んだ頃にまとめて棄てられるらしい。

その為、彼の魔族が住む城近くの谷には常にハゲワシの群れが岩肌を黒く染めていると。


首刈りデュラハン。

冒険者の間で恐れられていた魔族だった。


「喜べ。貴様の首は我の特別なコレクションに加えてやろう。悠久の時を経ても腐り果てる事なく、その絶望の表情を晒し続けるのだ…!まあ、醜男(ぶおとこ)なのが少々残念だがな、くく…」

「…」


デュラハンの一方的な言葉を、勇者はただ黙って聞く。

そして、聖剣を背中の鞘に収めた。




「…は?」

「戦う理由が無い」

「…っは、はは!!何を腑抜けた事を!!お前にも戦う理由はあるだろう。自分のその身を守る為に、惨めたらしく足掻く事だ!!」

「だとしても、この剣は必要ない」


勇者の言葉は、静かだった。

凪いだ海のようでもあった。


「今は、無為に誰かを殺す気分じゃない」







「……………っは、」


デュラハンは、息をする事すら忘れる。

それ程までに衝撃的な、意味の分からない言葉だった。

その言葉を聞き、反芻し、理解して、

デュラハンは、未だかつて感じた事の無い憤怒をその心に燃やした。


「はっ…はっ、はは!はははは!!!虫ケラの様な人間ごときが!恐怖で頭でも狂ったか!?その剣を使わぬと言うのなら、私が代わりに使ってやる!貴様の首を刎ねた後、その目をほじくって、鼻の穴を6つに増やして、脳髄を掻き崩して!顔を誰かも分からぬ程八つ裂きにして、ぐちゃぐちゃにしたら、首を肥溜めに棄てた後に墓標代わりにそこに立てておいてやるよ!!お前の愛する者も、仲間も、家族も、皆同じように殺してやる!強者にデカい口を叩けて満足か?イキがれて気持ち良かったか!?お前のその馬鹿な勘違いに後悔を抱く暇も無いほど痛めつけて、殺して!!その身体はミンチにしてこの大地で何を育むでもない肥料にしてやるよ!!」


デュラハンの言葉をただじっと聞いていた勇者だったが、それが終わると何も言わずに構えた。

指を軽く折り曲げ、右手を顔の前、左手は少し引いてその下に。

半身になったその姿勢は、空手で相手をするという意思をハッキリと表したものだった。


デュラハンは、己の血液が沸くのを確かに感じた。

こいつは、今この場で、殺す。

昇りすぎた血は一つの思考をかえってクリアにさせ、冷たい意思がその胸を占領する。


予備動作無くデュラハンは勇者に向かって弾丸のように跳躍した。

5m程の距離を一瞬にして詰める。


「死ね」


デュラハンは横一文字に大剣を片手で振り抜いた。

勇者はただその剣筋を見ている。

大剣が勇者の首と身体を二分しようとする刹那、勇者が上体を逸らす最小限の動きでその間合いから逃れ、そして、


「…ぬ”う”っっっ!!!」


アッパーカット。

空手の勇者と大剣持ちのデュラハンでは圧倒的なリーチの差がある。

当然、勇者の攻撃はデュラハンには届かない。

だが勇者の拳は眼前を高速で振り抜かれる大剣の腹を正確無比に捉え、

デュラハンのフランベルジュを粉々に砕いた。



「はっ?」


眼前で起こった有り得ない光景にデュラハンは目を疑った。

馬鹿な、アダマンタイト(※2)で作られた剣だぞ?

いや、そもそも振り抜く剣に拳を合わせるだと?

そんな離れ業を、この気の抜けた顔の、人間ごときが?


呆気に取られ、デュラハンは気付くのが遅れた。

自らが勇者の間合いの内に居るのを。


「…ま、待っ…!!!」

「…おおおおおぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっ!!!!!」


抉るように振り抜かれた拳が、デュラハンに炸裂した。


「がッッッ…!?」


その衝撃で、デュラハンは元いた位置付近まで吹っ飛ばされる。

強烈な衝撃を受けた鎧は胸元に穿たれた穴を中心に蜘蛛の巣状のヒビが入り、砕けた。

ウェポンブレイク

アーマーブレイク

勇者が冒険の道中覚えていた特技は、魔王との戦いを経て覚醒と呼ぶに相応しい成長を遂げた事によって、究極的な威力になっていた。



「…峰打ちだ、死にはしない」


当然拳に峰など無い。

拳に峰などある訳ない。

ある訳無いのだが、こういうセリフに憧れを持っていた勇者は勢いでつい口に出してしまった。

まあどうせこの場には自分と相手の魔族しかいない。別に恥じる必要も無いだろう。

吹っ飛ばした相手を振り向きもせずその場を立ち去ろうとした勇者であったが、その時だった。





「…嫌ああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!」





この場には如何にも似合わない悲鳴が響いたのは。


誰か他にこの場に居たのだろうか?

勇者が振り向くと、向こうにはやはりデュラハンと思しき人物が居た。

思しき、というのは今まで噂で聞き、先程まで対峙していた姿とは余りにもギャップがあったためだ。


デュラハンは、ぺたりとへたり込み上半身だけを起こしていた。

鎧は砕かれ、今はその奥が顕になっている。


白くきめ細かい肌。

華奢で繊細な細腕。

美しくくびれた胴。

今はその肩を抱き、わなわなとその身を震わせている。

くっきりと浮き出た鎖骨のすぐ下には、レース地の布に覆われた膨らみが見えた。




ブラジャーだ。

勇者は思った。




「きっ…きさ、きさ、貴様!!この下衆野郎!!一体何を考えている…!!」

「いやあの…すみません。そんな風になってると思わなくて…」

「ふっ…ふざけるな!貴様は顔も分からぬ相手の服を何の気なしにひん剥くような変態なのか!?死ね!」

「ええ…?いや、そんな事は無いんですけど…」

「くそっ…くそっ、殺せ!こんな屈辱を受けて生きてなどいられん…!生き恥を晒し続けるぐらいなら、死んだ方がまだマシだ…!」


くっ殺女騎士だ

勇者は思った。


しかし、勇者は他に思う所があった。

デュラハンの事を見据え、いやあまり直視しては失礼かと目を逸らし、声が届くようにはっきりと言った。


「…死ぬなんて言うんじゃない」


視界の端でデュラハンが身じろいだのが見える。

表情は当然に伺いしれないが、戸惑っているようだった。


「生きてると、辛い事や苦しい事、思い通りに行かないこと、理解して貰えない事…そんな事が沢山ある。そんな時は、ほとほと人生が嫌になるけど…」


勇者は今までの旅を思い出していた。

王城を出発し、旅の歩みと共に仲間が増え、護るべきものが次第に増えていった。

恋をして、振られ、宿敵と手を取り合い、泣いて、笑った。

良い事もあれば悪い事も数多くあったが、そのどれもが不要な物だとは思わなかった。


「誰かに出会う事も、美味しいご飯を食べる事も、くだらない話で笑い合う事も、恋をする事も…生きてなきゃ出来ないし、生きていればきっと出来るんだ」


勇者は、生き長らえさせられていた。

それは覚醒した勇者を、なお上回る力を持つ魔王が自分を本気で殺しに来なかったという事だけではない。

絶望し死を考えた自分に、手を取り励ましてくれる人物との出会いが思いがけずあったという事実が、生きる事に前向きな気持ちを勇者に与えていた。


自分はこの先、命を奪うのではなく与える生き方をしよう。

魔王城を出て、漫然と歩きながら勇者が考えた事だった。



「だから、死ぬなんて言っちゃいけないんだよ」

「…」


デュラハンは勇者の言葉をただ黙って聞いていたが、話が終わるとそっぽを向くようにして身体を僅かに背けた。


「…意味が分からない」


ポツリと呟いたその言葉は、勇者に届くか分からない程の声量だった。






――――――――――






「…って事があって、色々あって魔王と戦って、決着は付かないまま魔王城を出て、君に会ったんだ」

「ふーん…」


焚火を囲む勇者とデュラハン。

気が動転し、何より負傷して直ぐには動けなかったデュラハンをそのままにしておくのも忍びなく、勇者はその場に留まっていた。

今は勇者が着ていたレザージャケットをデュラハンに着せてやっている。

まだ春先という事もあり夜の空気は冷たく正直寒かったが、我慢した。


戦意も失せ、特にやる事も無い二人はパチパチと音を立てて燃える炎に当たりながら今日に至るまでの自分の経緯を話す。

と言っても、デュラハンは自分の事は殆ど話さず勇者の話を聞くばかりだった。

素っ気無い態度であったが、時折勇者の話に対して相槌を打つ。


話も終わる頃、不意にデュラハンの身体が小刻みに揺れる。

笑っている事に勇者は気付いた。


「くく、しかし勇者ともあろう奴がパーティーメンバーに振られるとはな。情けない話だ」

「ほっといてくれ…」

「何故自分の物にしなかった?」


言っている意味がいまいちよく分からなくて勇者はデュラハンを見る。

火にあたりオレンジ色に映えるデュラハンは体育座りをしていた。心なしか胸元を隠すように、上半身を膝に密着させている。


「お前程の強さがあれば相手を屈服させる事など容易いだろう。何故そうしなかった?相手も相応の使い手だったという事か?」

「いや、そんなんじゃないけど…逆に聞きたいけど、そういうものなの?」

「当然だ。魔族は、力が全て。強い雄は自分が望む雌を力によって手に入れるものだ…くく、逆もまた然りだがな」

「ふうん…」


勇者はかつて恋心を抱いていた相手、魔法使いと共に過ごした日々を思い出す。



特に集団戦において、パーティーの要として活躍してくれた魔法使い。

街に住む子供の()もない頼みを聞く勇者を、呆れながらも手伝ってくれた魔法使い

商人の言い値で買い物をしようとする勇者に怒る魔法使い。

夜番の間勇者の取り留めのない話を楽しそうに聞いてくれた魔法使い。



勇者がデュラハンを見ると、そこにかつて同じようにして居てくれた笑顔がフラッシュバックする。

思わず目頭が熱くなったのを、(かぶり)を振って誤魔化した。


「…そういうんじゃないんだ」

「…?」

「何て言うかな、こう…一緒に居るのが楽しくて、同じ物を見て喜びたくて、手を繋いだりとか、正直したかったけど…。多分、力ずくじゃそういう事は叶わないんだ。言葉にして言うなら、俺は多分、魔法使いにも同じ事を思ってほしかったんだと思う」


相当恥ずかしい事を言っている自覚があり、勇者は誤魔化す様に視線を地平線の彼方に向けた。


「人を好きになるって多分、そういう事なんじゃないかな」




「…ふーん」


理解したのか、しないのか、デュラハンはそれ以上何も言わずに勇者と同じように視線を彼方にやる。

見ると空は少しずつ白み始め、朝日の到来が間近である事を二人に伝えていた。


「…そろそろ行くよ」


勇者は立ち上がる。

デュラハンも一人で動けるぐらいには回復した頃だろう。

その身を案じもしたが、果たして魔界において彼女に立ち向かう存在はあるのだろうかとも思った。


「おい、長々とお前の話を聞いてやったんだ。礼は要らんからお前の首を置いていけ」

「そんな捨て奸(すてがまり※3)やる民族みたいな事言わないでよ…」

「エイシパルス」


唐突にデュラハンがそう言った。


「私の名だ。お前は?」

「俺は…」


勇者は口ごもる。

それは先ほどの会話では敢えて口にしなかった、魔王との戦いの原因でもあった。


「ポコヒロ」

「名前ださ」






やめろよ俺の名前をオチに使うの

この世界を支配する残酷な意思に対して、勇者は思った。




【幕間 ー首の無い騎士を如何とするやー】




――――――――――



※1 フランベルジュ

~~~┼  ←こんな感じに刃が波打つ剣。

直線的な刃とは違い、切り付けられた部位は抉られるような傷跡となる事から高い殺傷能力を誇る。

その形状から鞘を用いる場合は一般的には革袋のようなものに入れるらしいが、デュラハンは抜き身で背中に背負っている。

因みに勇者は聖剣を背中の鞘に納めていたが、実際にやろうとすると相当難しい。

本人曰く「戦闘の時に格好が付かないから必死になって練習した」らしい。

ファンタジーの裏側にはこのような血の滲む努力が必要なのである。



※2 アダマンタイト

ファンタジー作品御用達の鉱石。

この世界ではミスリル < オリハルコン < アダマンタイト < ヒヒイロカネ の順に希少価値が高い。

特にヒヒイロカネは世界での埋蔵量が限られており、近年市場価格が高騰している。

魔王も昔仕事の付き合いでヒヒイロカネの指輪を買った事があるが、ブランド物に興味が無かった為早々に手放してしまった事を後悔している。



※3 捨て奸

とある国の戦闘民族が行っていた戦法。

殿(しんがり)として本隊を撤退させるにあたり、少数の鉄砲隊がその精度を高めるために座禅を組むように座り込んで迫りくる敵兵を迎えうち、それが撃破されればまた少数の鉄砲隊を置く、という文字通りの捨て身の戦法であった。

更にその本隊がどのように撤退したかというと、敵陣のど真ん中を突っ切るように正面突破したという。

事実は小説より奇なりとも言うが、正にそれを体現した事柄と言えよう。



本当はサイクロプス辺りと適当に戦わせるつもりだったんだけどなあ…

どうしてこうなった…

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