御一行、入城す 中
「どうぞ」
「あ、どうも…」
カペルコが出すお茶を、勇者は恐縮して受け取った。
現在勇者一行の5人は来客用の席に並んで座っており、その向かいに魔王とウェーロが腰掛けている。
それぞれの服装から鑑みるに男性陣は勇者、剣士、忍者。女性陣は魔法使い、僧侶だろうか。
5人は出されたお茶に視線を落としたきり手を付けようともしなかったが、ウェーロなどはお茶を出される前から2つ目のクッキーに手を付けていた。
「…頂きます」
「ちょっと、僧侶!?」
遠慮がちな様子でお茶に口を付ける僧侶に対して、魔法使いが声を上げる。
僧侶は湯呑から口を離すとおずおずと、しかし柔和な笑みを周りに向けた。
「大丈夫です。私には解呪の力がありますし…それにこのお茶、とっても美味しいですよ?」
「…確かに美味いな…」
見ると、忍者も静かにお茶をすすっている。
それを見た魔法使いが目尻を吊り上げて立ち上がった。
「そういう問題じゃない!敵が入れた、こんな何が入ってるか分からないお茶を…!」
魔法使いはそこで言葉を詰まらせ、バツが悪そうにカペルコを睨む。
カペルコはどう対応したものか一瞬迷ったが、警戒心を解くように表情を和らげた。
「私たち魔族から出されたものなど警戒されて当然かと思います。私は気にしませんし、魔法使い様もどうかお気になさらないでください」
「…」
魔法使いは固い表情のまま、決まりが悪そうに腰を降ろす。
そしてしばらく逡巡した後に湯呑みを手に持つと、恐る恐るといった感じで口を付けた。
「確かに美味しいけど…」
少しむくれた様に、そっぽを向いて言う魔法使い。
おかわりはいるか聞くカプリコに対して、まだ中身が残っているからと二口目を口につける。
その様子を見ていた魔王達は、心がとってもほっこりするのを感じたのだった。
さて。
魔王としては聞くべき事が山ほどあった。
先程たまたま鉢合わせた者達が勇者だった事にも驚いたが、なぜウェーロが彼等を案内してきたのかも分からない。
カペルコのおかげで場が幾許か和んだのを確認して話を切り出そうとした、その時だった。
勇者がおもむろに立ち上がり、背中の剣を抜いたのは。
「聞け、魔王よ!俺は勇者!人類の笑顔を守るため、子供達の未来を守る為、今日この場にやってきた!お前の数々の悪逆非道を許す訳には決していかない!神の名の下に、お前を討つ!!」
全員が呆気に取られる中で魔王に剣を向けていた勇者だったが、しばらく静寂が続くとゆっくりと剣を下ろし、そのまま再び椅子に座った。
「ごめん、タイミング間違えました」
「さっき会ったばかりでこんな事言うのアレだけど、さてはこいつちょっとヤバいヤツか?」
魔王が5人に視線を向けると、剣士が両手を出して魔王を制した。
それ以上言ってくれるな、という事だろう。
「すまん、許してくれ。勇者はその、人よりちょっとだけ空気を読むのが下手なんだ」
「辛辣なようだが何でもかんでも許してると相手の為にならんと思うぞ」
「だって昨日からずっと前口上どうしようって練習してて…いつ言おういつ言おうって思ってたら、話が途切れたから今だと思って…」
「予定が狂うとアドリブが聞かなくなるタイプの方なんですね」
「すみません…」
「勇者様、元気を出してください。ヒール!」
「ありがとう僧侶。心の傷は癒えないけど、ありがとう…」
「あー…ウェーロ!」
埒が明かないので魔王はウェーロに話を振る。
そのまま放っておくと茶菓子のクッキーが食べ尽くされそうなのも、理由としてはあった。
「うん?」
「ちょっと説明してくれ。一体何がどうなって勇者をここまで案内するようになった?」
「ああ。話せば長くなるんだけど、いい?」
「出来るだけ手短に頼む。具体的に言うと2000文字以内が望ましい」
「そうかい?分かった。じゃあ今から話すのは私がまだ卵だった頃の事なんだけど…」
「いやそこまで遡らなくていい!というか卵生なのかお前。話とは全然関係無いけど俄然興味あるな」
「冗談だよ。まあそうだね、私が魔族を集め回って、その後が知りたいんだろ?」
そう言ってウェーロは残り僅かとなったクッキーをつまむ。
少なくなってくると気分的になんとなく取りづらくなるし、結局クッキーはウェーロが全て平らげることになりそうだった。
――――――――――
ウェーロは蒼茫たる大空を謳歌していた。
ドルスからの指示で魔族を魔王城に集めていたが、城周辺はあらかた周り尽くしたので今は各地に点在する魔族に声をかけている。
と、いうのは建前である。
魔族を探すフリをして、ウェーロは自由気ままに空を飛び回っていた。
なんせ前魔王にも新魔王にも口酸っぱく言われてきたのが『遠くまで勝手に行くな。知らない奴に着いて行くな。門限までには帰ってこい』である。
別に四六時中飛び回っていたい訳でもないが、それにしたって子供じゃあるまいし、と常々思っていた。
それに時刻は既に午後3時過ぎだ。高速で動けるウェーロならまだしも、辺境にいる普通の魔族では城に向かっても間に合わないだろう。そしてある程度の魔族には声をかけ終わっている。
やる事はやって、今は自由時間という訳だ。
とりあえず、普段は行かない所まで行ってみようかな!
ウェーロは西日を浴びて鈍く光る自慢の翼をはためかせ、遮るものの無い空を飛翔していった。
「おや?」
遥か上空を飛んでいたウェーロはふと、地平線の彼方に大きな建物を見つけた。
アレはなんだろうか。魔王城程ではないが、魔界にあれ程の高さの建造物があれば噂ぐらいは耳にするはずだ。
あれはなんだろう?
…
行ってみよう!
考えるよりも飛んで行った方が早いと判断し(実際にその通りなのだが)、ウェーロは目標に向けて加速した。
それは城であった。
白と青を基調とした配色は美しく、レンガ調の外壁には所々に美しい意匠が施されている。
城の正面や城門等、目立つ所には女神を形どった紋章が彫り込まれている。
魔王城程の大きさでは無いが、お城の中では相応に立派な方だろう。
眼下には衛兵と思しき人影が見え、こちらを指差して口々に何かを言っているようだ。
視力はかなり良いが生憎聴力はそれなりなので、何を言っているのかまでは聞き取れなかった。
とりあえずこの城の主に挨拶でもしようと、いつも魔王城でしているように最上階の部屋の窓に張り付いた。
これがエフレナならば手っ取り早く窓を破壊して侵入するのだろうが、ウェーロとてそれぐらいは弁えている。
窓をコンコンと叩くと主らしき男が振り向き、驚愕の表情を見せた。
こんにちはー
室内に響いたであろうその言葉に、しかし部屋の中の人物達は恐慌をきたすばかりであった。
「ど、どうぞ…」
「うん、ありがとう」
差し出されたお茶を受け取ったウェーロは、お茶菓子は無いのかと少し不服に思った。
今この部屋にはウェーロの他、机を挟んでウェーロの向かいに座る国王、プルゴスと呼ばれていた宰相、メイドが数人、そして国王を守る様に傍に控える護衛が4名程いた。
宰相の顔は蒼白であり、頻りに汗を拭っている。メイドは今にも泣き出しそうな者が数名おり、護衛は緊張した面持ちでウェーロを見据えていた。
ウェーロがここに来た時、王城は、揉めた。
城に突如として現れた魔族を今すぐに迎撃すべきだという声が上がったが、飛行速度や見た目の特徴から魔族側の四天王の1人、ウェーロであるという情報が宰相から齎される。
絶大な力を誇る魔王軍の、最高幹部。
争えば、被害は甚大なものになろう。
相手方に敵意が無さそうであると判断し、客人として場内に招き入れたのは国王の判断であった。
「…それで、ウェーロ殿。貴殿がここ、アニエス城に来られたのはどういう用件だろうか?」
国王、ヒュブレニアスはウェーロに懐疑の目を向けて言った。
近年魔界に動きがあったのは知っている。暴虐の限りを尽くした魔王が打ち倒され、別の魔族が新たな魔王となったという。
新たな魔王は穏健派で、争いを好まないという情報が国王の耳には届いていた。なればこそ、世界は太平に向け進んでいくだろうと安心していた。
そう思っていた所の、これだ。
国王は何の前触れもなく現れた目の前の魔族が一体何を考え、この国に何を齎すのか警戒していた。
ついでに胸元の羽毛は一体どういう構造になっているのか気になって仕方がなかった。
人類と魔族の未来を案じての事であって、そこにやましい意味は無い。決して。
一方のウェーロは、びっくりしていた。
アニエス城?
確か人間界で一番大きな国の城だったような…
…
もしかしてマズい所に来ちゃったか?
…
まあいっか!
過ぎた事を考えても仕方ない、というのがウェーロの美学であった。
「あー、実は別に用事があるって訳じゃなかったんだよね」
「よ、用事が無いのに王城に来る魔族がいるものか!も、目的を言わんか!」
「プルゴス、落ち着け」
宰相のプルゴスが上擦った声で口を挟む。
それを、国王が冷静な声で諌めた。
「いや本当なんだよ。ブラブラ〜っと空を飛んでたら、たまたまこの城が目に付いたんだ」
「ぶ、ブラブラとたまたまが!?」
「プルゴス、本当にお前はちょっと落ち着け」
興奮した様に目を剥くプルゴス。
国王も内心ではちょっと興奮していた。
「ウェーロ殿、その空を飛んでいたというのには、何か理由が?」
「あ、それはねえ」
ウェーロは懐に手を突っ込むと、1枚のビラを取り出した。
国王はその一部始終を食い入る様に見つめていたが、細かい部分がどうなっているのかは判別出来なかった。
「これを配ってたんだ」
「これは…」
国王がビラを受け取る。
そこには、
『【魔王が人間に戦線を布告する決起会のお知らせ】 〜 来たれ、魔王軍! ポロリもあるよ 〜 』
との文字が書いてあった。
――――――――――
「話の途中で悪いが、ちょっといいか?」
「何?」
「お前、馬鹿だろ」
「ひど〜」
続
――――――――――
※1 驚いた
魔王は背中の発光する剣を見た時、『巨大なサイリウムみたいな何か』かと思ったらしい。
つくづくどうしようも無いなとカペルコは思っている。
※2 一番大きな国
アニエス国は人間界で最も大きい、人間の本拠地とも言えるような地である。
そこは人間界の最奥に位置し、丁度魔王城と対になるように存在する。
魔界も人間界も、その最奥から離れて敵地に向かって行く程に同族が少なくなり、また敵が多く、強くなっていくという訳である。
そんな場所にノリと勢いだけで乗り込んじゃうものだからつくづくどうしようも無いなと魔王は思っている。




