四天王の事 下
「1週間経ったな」
「1週間経ちましたね」
アンケートの配布から1週間経った。
結局あの後カペルコがアンケートを作り直した。
現在の魔王軍の規模はおよそ十数万。全員に配ろうとする魔王を押しとどめ、一先ず2万枚印刷する事にした。
因みに件のダンボール箱は未開封のまま部屋の隅を占領している。
「一気に印刷した方が効率が良いと思ったんだがなあ」
「まあそれはそうかもしれませんね」
配達は足の速さが自慢の魔物達に頼む事にしたが、アンケートを配布してほしいと言うと皆一様に怪訝な顔を見せた。
しかし魔王からの勅命である事を伝えれば、断る魔族などそうはいない。
「『魔王からの勅命』、自分で言うのもなんだがやはり力があるな」
「あまり乱用するとそのうち誰も聞いてもらえなくなりますよ」
「そんな一生のお願いと同じようなノリなのか?」
記入したアンケートは各地に点在させたポストに集めさせ、時期を見て回収する。
そうして集まったアンケート用紙が、玉座の間に届けられていた。
「届いたな…」
「届きましたね」
魔王とカペルコは目の前の物体を見上げる。
1週間で回収されたアンケート、およそ1万8000枚。
人の背丈程の高さに積み上がったそれは、執務用の机の上に鎮座して魔王達を見下ろしていた。
「そもそもちゃんと返ってくるかが心配だったんだが、びっくりするぐらい返って来ちゃったな…」
「回収率にしておよそ90%です、魔王様」
「この世界の魔族、マメというか、真面目過ぎんか?」
「クリーンでオープンでホワイトで真面目な魔王軍ですね」
「抽選で豪華景品付けるってしたんだけど、裏目に出ちゃったかな」
「何を付けたんですか?」
「優秀賞がスイッチで、最優秀賞が熱海一泊二日」
「あ〜〜〜アンケート出すだけで貰えるなら出しますね」
「ワシはスイッチ貰った方が嬉しいんだけど。熱海当たってもなかなか行く暇無いし」
「魔王様、未だに64で遊んでますもんね」
「う〜ん」
魔王は腕を組み、唸る。
「これどうする?」
「どうすると仰られても、集めたんですから全て確認しましょう」
「う〜ん」
「私、脚立を持ってきますので」
「う〜ん」
踵を返して部屋を出るカペルコ。
う〜ん
魔王はうず高くそびえるアンケート用紙を前にして、思考を放棄して唸り続けるのだった。
――――――――――
「さて魔王様」
カペルコは一先ずアンケート用紙を上から一掴み分取って自らの執務用の机の上に置いた。魔王もカペルコの隣に来客用の椅子を持ってきて着席している。
魔王の机の上に未だそびえる物体は、下手に動かそうとして崩すと大惨事になるのでそのままにしてある。
じゃあなぜそもそも全て積み重ねたのかと言えば、それは魔族的なノリという他なかった。
「道のりは長いですが、早速始めましょう」
「う〜ん」
「いつまで唸ってるんですか…しっかりしてください魔王様。1枚につき30秒で確認すれば1時間で120枚、1日8時間作業すれば960枚、計算上3週間あれば全てのアンケート用紙が片付きます」
「その計算、自分で言っててどう思う?」
「終わりの無い物は存在しないという世の理を感じています」
「ワシそんな悟りを開いたような心境になれないよ…まあやるか…」
ボヤきながら魔王はアンケート用紙を1枚手に取る。
実のところ魔王は今回のアンケートをそれなりに楽しみにしていた。
魔王となった今、特に下級の魔物と接する事はほぼ無くなり生の声を聞く機会が限られていた。
今魔族が求めているのは何なのか?その一端を垣間見る良い機会であるし、単純に顔も知らぬ魔族の回答に興味があるところもある。
まあそれもこれも、終わりの見えぬ量が無ければの話ではあるのだが。
「ではいくぞ。景品の事もあるから、これは!と思ったやつはキープするようにしておくか」
「選考基準は特に目を引いた物で良さそうですかね。分かりました」
「1枚目だ。ペンネームぷにるさん。雷の森テンペストに在住のスライム。将来の夢は『魔王になりたい』」
「ちょっと待った」
カペルコは身を乗り出してアンケート用紙を引ったくった。
「おお、どうしたスゴい剣幕で…何か気になったか?」
「いや気になったと言うかなんと言うかその、かなり問題のある内容かなと思いまして」
「そうか?まあ確かにスライムが魔王はちょっとな、並大抵の努力では厳しいとは思うが」
「たまたま新たな命が宿ったとかユニークスキルに目覚めたとか、そういう奇跡が無いと不可能だと思います。とにかくこれはボツで」
「ああ、さようならぷにる…」
「はい次行きましょう。ペンネームゴブサップさん。湿り気のある洞窟にお住まいのゴブリン。将来の夢は『女神官と文通をしたい』」
「ピュアだな〜〜〜」
「少したどたどしいですが、字もとってもキレイです」
「いじらしさが感じられて好感が持てるな。まあでもゴブリンと女神官ではどうかな、相性的にというか、星の巡り的な意味で最悪の組合せだと思うんだが」
「そうでしょうか?」
「なんだ?カペルコは相手がゴブリンでも構わんのか?」
「相手が誠実な方で気が合えば、種族は関係ないと思います」
「ふ〜〜〜〜〜〜ん」
「それに、そこが全てではもちろん無いですが、もしかしたらとってもハンサムな方かもしれません」
「その男はワシが殺す」
「魔王様、顔も分からないゴブリンに嫉妬するのはやめてください」
「次行こう次。ペンネームでゅららららららららららららはんさん。滅びの城に在住のデュラハン。生きがいは『生首をコレクションする事』」
「とりあえずペンネームのクセが強いですね」
「正直生きがいの方が全く頭に入ってこないな」
「というか、今更なんですが実名じゃなくてペンネームなんですね」
「実名だと書きづらい事もあるだろうからな。配慮に抜かりはない」
「そういうものでしょうか…次に行きます 」
そんなやり取りを続けながら、2人は目の前の山を片付けていった。
――――――――――
「疲れた…」
魔王は玉座の背もたれにぐったりと寄りかかって欠伸をした。
作業開始から2時間、二人の目の前には元々の塊には遠く及ばないまでも、仕分け済みのアンケートがうず高く積まれていた。
最初の方こそ1枚1枚に2人で目を通して感想を言い合っていたが、30分もする頃にはお互い別々に作業するようになり、今は1枚あたり10秒程で片付けるようになっている。
そうした甲斐もあって初めよりもペースは格段に早くなっていたが、しかし単純作業から来る疲労は着実に蓄積されていた。
「魔王様頑張ってください。現在の進捗率にして5%程は進みましたよ」
「いや果てしねえ…と思ってたけど思ってたよりは進んでるか?」
「最初の見積りが少し辛めでしたね。甘く考えて痛い目を見るよりはダメージが少ないと思っていただけると助かります」
「それはそうかもな…しかし流石に飽きた…」
「ちょっと休憩に致しましょう。今お茶をお淹れします」
机の上を片付けた後、2人は来客用の席に移動してお茶を飲む。
大きく伸びをすると、凝り固まった身体に血が巡る感覚が何とも心地よい。
「ああ〜〜〜生き返るのじゃ〜〜〜」
「唐突にのじゃ言葉にならないでください」
「しかし本当に大変な作業だな。見てくれ、書類のめくりすぎで指紋が擦り切れて無くなってしまった」
「犯罪者みたいでとっても素敵です」
「ありがとう、それは褒めてないよね?」
「それにしても本当に色んな回答がありますね」
構って欲しそうな視線を向ける魔王を無視して、カペルコはお茶請けの煎餅に手を付ける。
「うん…そうだな。その点で言えば飽きなかったな」
「文字が苦手でも頑張って書いてる方もいましたけど、絵で表してる魔族も結構いましたね」
「『咲かなくなった桜を咲かせる為に一生をかけてこの世の春を集めたい』ってのが読み取れたヤツはすごかったな」
「アレは本当に感動しました。とりあえずキープしてます」
「絵が最優秀賞を取るのも考えものではあるが…」
魔族の識字率は決して高くない。
特に低級魔族においてその傾向は顕著だが、魔王はそうした状況を改善させるために魔界各地に寺子屋のような簡易な学習塾を作る取組みも行っていた。
『漫画もラノベも読めんなんて人生損だろう』とは魔王の言であるが、そうした環境に身をおける今の子供をカペルコは素直に羨ましく思っている。
「しかしアレだな。ペンネーム形式にしたのは失敗だったかもしれん」
「一部で大喜利大会みたいになってる方々もいらっしゃいましたね」
「ペンネーム『戦場だから下着』とかもう意味が分からんもんな」
「思い付いたは良いものの流石に突拍子が無さ過ぎてリアルでボツになったやつですね」
2人は互いにチェックしたものの中で、特に目に付いた物を共有し合う。
それはもう見るものの心を鷲掴みにする珠玉の回答の数々だったのだが、文字数の関係で紹介出来ないのが非常に残念である。
「そういえばなんだが、四天王のアンケートはあるか?アイツらが何を考えているのかも気になるんだが」
魔王はそう言って先ほどカペルコがつまんだ煎餅を手に取る。
四天王。
魔王軍の幹部として畏怖を集める彼らは、元々は前魔王に仕えていた。
暴虐狂炎のエフレナ
深謀深略のドルス
神速不並のウェーロ
質実剛健のディリゲス
魔王ロムレクスが前魔王を倒した際、四天王はその強さを認め、平伏し、忠誠を誓い、そのまま新魔王に仕える事となった、とカペルコは聞いている。
情報が伝聞なのは、カペルコが秘書として魔王に仕えるようになったのがその後だからだ。
煎餅を頬張り、小気味いい音を鳴らす魔王。
その様子を、カペルコは怪訝な表情で見つめた。
「魔王様、既にご存知かとは思うのですが」
「おっ、美味いなこの煎餅」
「四天王は解散しました」
ボリボリ
ボリボリ
ボリボリ
ごくん
「ワシ聞いてない」
「…それは、その、そうでしたか」
「ワシ聞いてないよ」
「なんと言うか、報告が遅くなり誠に申し訳ございません。勝手ながら当然にご存知かと思っていました」
「ワシ聞いてない…」
「魔王様、私が言うのもなんですがそんなにイジけないでください」
「ワシそんなの知らないよ…。逆になんでワシが知らなくてカペルコが知っとるの…?」
魔王はそう言うとハッとした表情をし、食べかけの煎餅を机の上に置いてカペルコに詰め寄った。
「なんでカペルコは、四天王の事知ってんのう!?」
「ごめんて」
「…」
「分かった。本当に悪かった。だからそんな感情の無い瞳でワシを見つめないでくれ」
「…私が知ってるのは、本人に直接聞いたり、辞表を渡されたり、色々ですけど」
「え〜そんなだって…え〜〜〜?だって四天王はワシに忠誠を誓ったって…」
「私もそう伺っております。魔王様から」
「えっうん…いや違う違う!ワシそんな嘘ついたり話盛ったりした訳じゃないから!」
「まあ…直属の上司には伝えづらかったのかもしれません。巷では退職代行なんてサービスも流行っているそうですし」
「あ〜それワシも聞いた事ある。あ〜無理!も〜だめ!っていう人が行くところだろ?」
「魔王様、かなり際どいです」
「いや〜でも解散…解散て…てっきりこの章で四天王の事を掘り下げるのかと思ったんだが」
「なんの事を仰っているのか分からないんですが…」
ボリボリ。
魔王は食べかけの煎餅を食べるなり、はあ、だのうう、だの言いながら項垂れたり天井を仰ぎ見たり忙しい。
カペルコは魔王にお茶のおかわりを入れてやって、狼狽するのが落ち着くのを待った。
「はあ…四天王が解散って、そもそもどういう事なんだ?全員魔王軍をやめるって事か?」
「そうですね…エフレナ様は『新たな闘争を探しに行く』と言って夜の街に消えていきました」
「なんかそれっぽい感じの事言ってるけど、アイツただ騒ぎたいだけだろ。根っからのフーリガン気質だからな」
「決起会の後も飲みに行った挙句、酒に酔っ払った弾みで飲み屋を1軒全焼させたらしいです」
「酒癖悪い上になまじ力が強いし素行も悪いし金使い荒いしデリカシー無いしで最悪なんだよな。…あれ?もしかして抜けてもらって助かったんじゃ…」
「ドルス様は決起会の失敗の責任を感じられたとの事で、こちらの辞表を」
「あ〜そういう所本当に真面目だからな。しかし決起会をいきなり開かれた時は参ったが、ドルスかいなくなるのは痛いなあ…」
「内政に関してはドルス様が一手に引き受けてらっしゃいましたからね」
「城下再開発で一番働いていたのはドルスだし、貴重な頭脳派だったんだけどなぁ…ウェーロは?」
「決起会の際に魔族を集め回っていたじゃないですか?」
「うむ」
「そのまま消息不明です」
「使いに出してそのまま帰ってこなくなる伝書鳩じゃないんだからさ」
「お強い方ですし、身の安全については問題ないと思うのですが」
「はあ…ディリゲスは?」
「『疲れてしまった』と言っていました」
「そうか…だろうな…」
「『自分自身が何なのか見失ってしまった』とも言ってました」
「いや…本当に申し訳ない」
「『も〜ダメ』とも言ってました」
「こいつにこそ必要なサービスだったんだろうな…」
「あと今更なんですが、ディリゲス様の二つ名だけ他と趣きが違くないですか?」
「二つ名は前魔王から付いててな…ワシも気になって聞いた事があるが、『与えられた二つ名に恥じぬ働きを心がけています!』って言ってた」
「質実としてますねえ…」
魔王は1つため息をつき、何かを考え込むように俯く。
そしておもむろに茶を飲み干すと、勢い良く立ち上がった。
「魔王様?」
「こうしてはおれん。馬鹿と消息不明の女二人はこの際どうでもいいが、男二人には残ってもらわねば。引き止めてくる」
「魔王様」
「魔王軍の未来の為にワシがやらねばならん!待っててくれ、ドルス!ディリゲス!うおおおお!!」
「魔 王 様」
部屋を飛び出そうとする魔王の手をカプルコががっしりと掴んだ。振り向く魔王を見る表情は笑顔だが、目の奥が全く笑っていない。
「そろそろ休憩は終わりにしましょう、魔王様」
「いや、でも…」
「魔王様にはお仕事が残っていらっしゃいます」
カペルコが視線をやる。
その先には、ほんの僅かばかり目減りした紙束の塔が鎮座していた。
「残り17000枚。頑張りましょう、魔王様」
「…」
あ〜無理。
手を引かれて席に戻される魔王は、そんな事を思っていた。
「魔王様、クレームが届いております」
「クレーム?なんだ?」
「全員が懸賞に参加出来ないのは不公平だと、アンケートの届いていない魔族が騒いでいます」
「あ〜〜〜〜〜」
【四天王の事】
了
――――――――――
※1 作り直した。
とりあえずカペルコがエクセルのテンプレートを使って作ると、それを見た魔王が「そんな便利な物があるなら先に言ってくれ!」と騒いでいた。
多分予め教えておいても出来ない。
※2 ミミック
擬態を得意とするダンジョンには定番のモンスター。
壺や扉、はたまたセーブポイントなど、人間が興味を持つものに擬態して寄ってきた獲物を襲っていた。
とりわけ宝箱型がポピュラーになったのは、「扉だと待ってる間立ちっぱなしで疲れるし、セーブポイントに化けるのは良心が痛む」かららしい。
最近は高名なエルフがよく引っかかってくれるらしく、ミミックの株も上がっている。
なんでアンケート出すだけの回で上下に分かれるんだろう。
不思議だなあ…




