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そこにAIはあるんか?信じられるAIは? 2

時刻は午後3時。

魔王城が地面に描く模様が、少しずつ東に伸びていく。

文字通り天を突くような高さのその城は、遥か上空から見下ろすとまるで周囲の大地を盤とする日時計のようにも見える。


暦はアニエス暦にして3月。

間も無く春を迎えようとしているこの時期の日射しは、優しく暖かい。

そんな陽の差す玉座の間でケーキを囲む4人。

字面だけで言えば和やかな風であるが、その雰囲気はどちらかと言えば殺伐としていた。



「うう〜…」

「大丈夫?美味しい?アネエルちゃん」

「美味しいよぉ…美味しいけどぉ〜…」


目を赤く腫らしてモンブランを食べるアネエル。

を、ニコニコしながら慰めるモナ。


「ったく、ケーキ食われたぐらいでピャーピャー喚きやがって。中身もとんだボクちゃんだぜ」


それを見てハン、と鼻を鳴らすアサヒ。

が、食べているのはオペラケーキである。


「アサヒ博士、よろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「何故アサヒ博士が私のケーキを食べているのでしょう?」

「おっと悪い、腹が減っててな」

「失礼ですが食べ盛りの男子高校生か何かですか?」

「的外れでも無いな。頭脳をフルに使った後は甘いものが欲しくなるのさ」


あまり四の五の言っても話が進まない。

魔王軍はこんな人ばかりだな、とカペルコは溜め息をつく。


「それで、アサヒ博士は魔王様にどのようなご用件でいらっしゃったのでしょう?」

「それはワシも気になっていた所だ。大方の予想はつくがな」

「…魔王様!?」


急に聴こえた声に振り向くと、魔王が入り口に佇んでいた。

壁にもたれかかり、腕を組んで片足を壁に付け、ファッション誌の表紙のようなポーズを決めている。


「なんでちょっと無駄に格好付けてるんですか?」

「ふっ、その前にワシがいつからここに居るのか聞いてくれんか?」

「なんでですか?」

「いや…それはほら、お約束じゃん」

「はあ…いつからそこにいらっしゃったのですか?」

「ふふふ、『食べ盛りの男子高校生か何かですか?』の辺りからだ…!」

「ついさっきじゃないですか。あと自分の発言を蒸し返されて私はとても恥ずかしいです」

「因みにワシなら『お前はカービィか!』ってツッコんだな」

「そうですか」

「リアクション薄いな…『己の欲望を我慢できないダイエット明けのOLか!』とかの方が良かったか?」

「どっちでも良いです」

「くく、相変わらずだなロムレクス」


カペルコと魔王のやり取りに割って入るアサヒ。

魔王もニヤリと笑みを浮かべると、お互いに歩み寄り固い握手を交わした。


「お前が来たという事は、完成したんだな…!遂に…!」

「ああ、開発部が心血を注いだ代物だ。…と、言う訳でな。魔王に研究成果を披露しに来たんだ」


そう言うと、アサヒは三人に向けて手をヒラヒラと動かした。


「出来れば席を外してくれると助かる」

「ええー!?」


アネエルが気色ばむ。


「なんだよ急に来て出てけって!ボク達四天王だよ?魔王軍に関係ある事なら居たっていいじゃん!」

「残念ながらそういう訳にもいかん。重要な機密事項でな」

「でも…!」

「行きましょう、アネエルさん」


食い下がろうとするアネエルをモナが制する。

その目は静かにアサヒを見据えている。


「或いは魔族以外には聞かせたくない事なのかもしれません」

「くく、話が早くて助かる」

「ええ、では失礼します」

「うう〜っ」


不満を顕にするアネエルの手を引いてモナが退出する。

後には魔王、アサヒ、そしてカペルコが残された。


「あ〜…なんだ、秘書さんも出て行ってくれると助かるんだが」

「…私は魔族ですから、問題は無いはずです」

「まあそりゃそうなんだがな…」


状況的には自分も退室すべきであろう。

ましてや四天王を差し置いて秘書の自分がこの場に留まる相応の理由も、権限も、存在しない。

それぐらいの事はカペルコも当然分かっている。


しかし、先程の話。

アサヒが魔界に来たその理由。

倫理を忌み、疎むサイエンティスト。


魔王が何か得体の知れぬ邪悪に染まるのではないか。

漠然とした不安がカペルコの心に渦巻いていた。


「カペルコ」


そんな彼女に声をかける、魔王。


「すまんが席を外してくれ」

「魔王様…」

「大丈夫だ、心配するな」


カペルコの心のモヤは、晴れない。

しかし外ならぬ魔王の言葉だ。

これ以上自らが魔王を案じる事は躊躇われた。


「…分かりました」


そう言って部屋を出るカペルコ。

扉が閉まり、足音が遠ざかるのを確認すると魔王は小さく息を吐く。





「…さてアサヒ、早速研究の成果を―――」

「裏切り者ッ…!!」


ゴッ


絞り出したような声と共に鈍い音が部屋に響く。

見ると、白衣の男が自らの拳を床に打ち付けていた。


「なんだお前ッ…!なんでお前の職場ではなんか良い匂いのしそうな女子会が開かれてんだ?」

「いやうん…なんかごめん」

「お前ウチ(開発部)の男女比分かってんのか?0:10だぞ?お前が女子とキャッキャキャッキャやってる間になぁ、こっちは瓶底メガネかけたむさい野郎共の体臭嗅ぎながら研究開発してんだよ!」

「いや別にキャッキャしてる訳では…それに女なら前にもいただろ」

「あんな知能程度の低いゴリラと痴女は女にカウントしねえよ!」

「確かにそれはそうだな」


床に手を付き吠えるアサヒ。

長い溜め息をついた後にゆっくりと上げたその顔には、しかし不敵な笑みが浮かんでいた。


「…まあでも、あのボクっ娘は男だろ?」

「う、うおおおおすげえ!分かるのか!?」

「ふっ、俺を舐めるなよ。今まで何百、何千のキャラクターを愛でてきたと思っている」

「うおおおお!流石魔界一のアニオタを自称する男!」


興奮する魔王の言葉に、アサヒは鼻を鳴らして自らの眼鏡のブリッジ部を指で持ち上げた。

魔王が人にはちょっと言いづらい趣味や(へき)を共有しあえる数少ない戦友(とも)

それがこのアサヒという男である。


「ボクっ娘、天真爛漫、低身長、美少女ときたら大体は男の娘だからな」

「うおおお…いやそうか?該当しないキャラは星の数程いると思うんだが」

「現実を見ろ。少なくとも俺のデータベースでは8割を超えている」

「だとしたらお前が現実を見ろよ。データベース偏り過ぎだろ。独身男性の食生活以上に偏ってるぞ」

「お前に俺の食生活の何が分かる…というか、四天王だろ?残りの2人はどこだ?」

「あー…それはだな」


魔王は玉座でくつろぐフェレスを指差した。


「あれ」

「は?」

「あの猫が四天王だ……………やめろよそんな目でワシを見るの!あいつ凄いんだから!言葉だって喋れる天才猫なんだぞ!」

「…じゃああの猫がペラペラと喋れたとして、四天王として何が出来るんだ?」

「それは…」

「……」

「……びっくりアニマルとしてテレビに出て魔王軍のイメージアップ、とか…」

「…分かった、もういい…後の1人は?」

「いない」

「は?」

「四天王は3人しかいない…………やめろよそんな目でワシを見るの。この世で一番ワシを哀れに思ってるのはワシ自身かもしれないよ?」

「…なんでそんな哀れで惨めな事に?」

「ゴリラのせい」

「ああ…まあなんとなく想像付くか…」

「というかもういいだろこの話は。そろそろ本題に入ろう」




仕切り直すように佇まいを直すと、魔王はアサヒに向き合った。


「見せてもらおうじゃないか。お前の作った研究成果とやらを…!」

「くく…いいだろう。お前の要望はなんだった?」

「ずばり、漢の夢を叶える物だ…!」

「ふむ」

「具体的に言うと独身男性の寂しい生活に彩りを与えるモノが欲しい…」

「ほお」

「ちょっとムフフな感じだとなお良い…!」

「キャッキャウフフしてるくせに?」

「キャッキャウフフしとらんと言うとる!」

「ふん、まあいい」


そう言うとアサヒは懐から大きさ15センチ角程の端末のような物を取り出した。


「今回俺達が開発したのは戦闘AIだ」

「…戦闘AI?」

「ああ。多次元並列思考系再帰透過型音響泳動ホログラム、その名も『ナヴィ』!」

「ナヴィ…!」



ドン!



「実際に使ってみよう。起動させるぞ」


アサヒが端末を操作すると、ヴン、という音と共に、直径15cm程の淡く光る球体に妖精のような翅の付いたホログラムが出現した。


『ハイ!リンク、ナヴィに何か用?』

「ワシもお前もリンクじゃないんだけど」

「これはデフォルトの呼び名だ。おいナヴィ。俺が魔王に勝つ為にはどうすればいい?」

『そうね…弱点は女性経験に関するコンプレックスよ!ねちっこく言葉攻めして自尊心をボコボコにしてメンタルを破壊すれば勝機が生まれるかもしれないわ!』

「なにこのちょっと口喧嘩の強そうな悪辣なAI。もう既に泣きそうなんだけど」

「まあ今のはちょいとイレギュラーなデモンストレーションだったが、こんな感じで戦闘行為に関してもアドバイスしてくれる。脳波と直接リンクさせれば使用者の神経伝達速度を遥かに超える超反応を駆使した自動戦闘も可能。魔王軍に配備すれば戦闘力は格段に上がるだろう」

『ナヴィとリンク出来るのはリンクだけよ!』


光球が魔王の頭の周りを飛び回る。

妖精というよりはハエの動きに近い。


「やかましいわ。…っていうかさあ、なんかちょっと違くないか?」

「ほう?」

「ワシはもうちょっとこう…分かるだろ?戦闘に関する物は望んどらんというか…」

「くく…そんなんだからお前は女性経験に乏しいんだ」

「乏しくねーし。今まで星の数ほどの女を抱いてきたし」

『見て!効いてるわ、その調子よ!』

「効いてねーし」

「お前、こいつの開発予算はどうやって確保するつもりだ?」


頭の周りを飛び回るナヴィとじゃれ合いながらアサヒは言う。


「馬鹿正直に予算科目を『漢の夢』とでもするつもりか?あの秘書にでも見つかったら確実に通らんだろう」

「お、おお…なるほど。という事は、戦闘AIというのはあくまでも一面という事か?」

「こいつは確かに戦闘AIだが…戦闘以外のあらゆる面で使用者をサポートしてくれる。日常のちょっとした時間、人に打ち明けられぬ思いを抱えた時、独り寂しい夜…使用者を決して裏切る事の無い絶対的で最高の伴侶としてそいつに仕える事が出来る」

「ふむ…」

「勿論ジパンヌで今使われているジェミニやChatGPTのようにエロ方面に制限がかかるなんて事は一切無い」

「ほう…!」

「くく、そして今このナヴィは水橋かおりボイスだが…CVは自由に変更が可能だ!」

「CVが自由に変更可能…!」



ドン!



「そ…それはどんな人物でも、という事か?」

「データさえあればどんな人物でも再現可能だ」

「じゃあ釘宮理恵や悠木碧に日常の様々なサポートをしてもらう事も可能という事か!?」

「勿論。なんなら山田じぇみ子でも可能だ」

「や、山田じぇみ子だとっ…!?」



ドン!



「お前っ…それはマズいだろ!もし戦闘中にAIが『お”っ♡、お”っ♡』って喘ぎ出したらどうするつもりだ!?戦闘どころじゃないだろ!」

「それはそいつの業が生み出した悲劇だ。俺には関係ない」

「なんて奴だ…!こういう輩がいるから表現の自由は厳しくなる一方なのか…!」

「くく…そして、ナヴィの真髄はここからだ」




先ほどまで晴れていた空にはいつの間にか暗雲が立ち込めていた。

遠くからは雷鳴が木霊し、冷たく湿った空気が魔王城の周囲を包み込んでいく。


「触れてみろ」

「は…?」

「触れてみろ、ナヴィに」

「ふ、触れるって…ホログラムだろ?」

「ああそうだ。だがもし触れるホログラムが作れたら?」

「そ、そんなものが…」


魔王は恐る恐るナヴィに手を伸ばす。

ふわふわと漂う光の球体に指が迫り、そして。




ふにゅん




「どうだ?」

「………………雪見大福みたいにふにゅふにゅしとる」

「気持ちいいか?ふにゅんふにゅんふわふわぷるるんか?」

「気持ちいい…見た目以上にとんでもなくふにゅんふにゅんふわふわぷるるんだ…」

「これが我が開発部、その中でも俺の信頼のおける厳選されたチームによって開発されたさわれるAI搭載ホログラム、ナヴィだ!」

「う…うおおおお!」

「超音波と超レーザー光を超高精度で照射する事で空気中に粒子を固着化させ、また数億パターンの粒子バランスの組み合わせによりその触り心地まで99%再現させる事に成功した超次世代お触りホログラム。それがこの、ナヴィだ!!」

「よく分からんがうおおおお!」

『ちょっと!いつまで触ってるのよ!』

「あっごめんなさい…」

「くく…そして魔王。こいつはホログラムだ」



ぽつり。


見渡す限り魔王城上空を覆う分厚く重い黒雲。

限界まで膨張しついに堪えきれなくなった雲から雨粒が1粒、落ちた。


「変更が可能なのはCVだけじゃない…当然その見た目も変更可能だ…!」

「…!そ、それは、という事はつまり…!」

「お前が望むまま、好みの女を存分にお触り可能という事だ!」

「う、うおおおおおおお!そんな事が許されるというのか!そんな禁忌とも呼べる事が!」

「ここは魔界だ…俺達の欲望を遮るものなどこの地には存在しない!」


アサヒが魔王を力強く指差す。

その表情は部屋の照明が逆行となり、深い陰影が刻み込まれていた。


「さあ、さわれ!ロムレクスよ!」

「うっ…うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」




カッ



神の怒りとでも言うような激しい雷が魔王城に、落ちる。

暗い天空の底が抜けたような大雨が降り注ぎ、その周辺の視界を黒く塗り潰した。









山田じぇみ子のくだりが書きたくてこの話を書きました。

私は満足です。

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