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そこにAIはあるんか?信じられるAIは? 1

「おおお…」


整然とした玉座の間の姿に、カペルコは静かに涙を流して喜んでいた。


四天王が新たに再編されて1週間。

彼らに最初に与えられた主な仕事は、溜まりに溜まった書類仕事である。

報告書、稟議書、予算案、それから先日直した城壁の請求書。そして後回しになっていた(くだん)のアンケート…

そういった物の差配を二人にするのがカペルコの役目だった。


と、言ってもそれ自体は難しい事では無い、と言えばいいか。

なにせ四天王の二人(と言うとかなり違和感があるが)は魔族では無い。人間と天使である。

あまり重要な書類を任せる事は機密の漏洩に繋がる恐れがある。いずれ任せる事になるかもしれないが、直ぐに引き継ぎを行うつもりは無かった。

…まあこの魔王城で現在やり取りされる書類にどれ程の情報価値があるのかとも思うが。


幸いにして純粋にマンパワーが求められる仕事なら、山ほどあった。

そういった仕事を主に任せ、カペルコは本来自分が行うべき仕事に集中する事が出来ていた。


「失礼いたします」

「失礼しまーす!」


仕事は無くなった訳ではない。

別室で仕事をするモナとアネエルに分担してもらった分もまだ途中であろうし、自分の仕事もまだまだ残っている。

しかし玉座の間を占領していた書類と段ボールが消え、床が満足に見えるようになったこの状況は、数週間前には想像もつかぬ事だった。


「カペルコさん、頼まれていた書類が終わ―――?」

「か、カペちゃん!なんで泣いてるの!?」

「モナさん、アネエルさん…」


カペルコは部屋に入ってきた二人を見ると、ニコリと笑った。


「…レムは果報者です」

「あなたはレムじゃないしそんなシーン無いでしょ?」


それはそうと、結局ジェンガを最後まで片付けるのにはカペルコも手伝っていた。





――――――――――





「取り乱してしまい申し訳ありません…」

「ふふ、いいのよ。これ頼まれていた書類です。確認して下さいね」

「ありがとうございます。今お茶を淹れますので…ケーキもあるので、一緒にお出ししますね」

「わーい!ケーキ、ケーキ!」


カペルコはお茶を淹れながら二人の様子を窺い見る。

仲が良さそうに話す二人はまるで歳の離れた姉妹のようで、見ていてとても微笑ましい。


あまり重要な事は任せていないとは言ったものの、モナとアネエルの仕事ぶりは満足のいくものだった。

モナは要領も良くどんな仕事でも()()なくこなし、アネエルは経験が未熟ながらも言われた事に対して物覚えが早い。

ある程度慣れてくれば、カペルコの負担もグッと減りそうである。


因みにフェレスはというと、仕事をしているカペルコの元に鼠や雀といった小動物を咥えて持って来たり、構ってもらえるまで鳴き続けたり、登った棚の上から床に向かって毛玉を吐いたりという感じだった。

癒しになっている事も確かだが、仕事の邪魔になっている部分はかなり大きい。


しかしそれも(むべ)なるかな。彼はその言葉以外では形容し得ぬほど純粋に、猫である。

今は主が不在の玉座を我が物顔で占領し、丸くなって気持ち良さそうに寝ていた。


「お待たせいたしました」

「ありがとうございます、カペルコさん」

「あーっ!このケーキ、こないだ話してた所の!?」

「はい。お話を聞いて私も気になったので、買っておいたんです」

「やったー!カペちゃん大好き!」


カペルコに勢い良く抱きつくアネエル。

あまり直球な感情表現に慣れないカペルコは少し戸惑ったが、屈託の無い愛らしい笑顔が胸元にあるのは満更でもない。

こうして自分に懐いてくれるのは、素直に嬉しかった。


『カペちゃん』という呼び名であるが、初めはさん付けだったのが数日もするとこの呼び方で定着していた。

カペルコとしては別に気にする事は無いし、何なら前四天王に対しては『様』呼びだったのが今は『さん』だ。

お互い様だろうか、とカペルコは簡単に考えてその事については片付けていた。


「………」


それはそれとして、カペルコは自分たちに注がれるモナの視線が気になっていた。

何だろう、微笑ましい物を見る目ではあると思うのだが妙な熱というか、ねっとりとした湿度を感じる。


「…さ、アネエルさん。ケーキを食べましょう。どれが良いですか?」

「わ〜…!」


包装用の小箱の中を見て目を輝かせるアネエル。

箱の中には見た目にも華やかな4種類のケーキが並んでおり、辺りにはフワリと甘い香りが漂った。


「…選んでいいの!?」

「はい、アネエルさんからどうぞ」

「え〜〜っ…!わ〜どうしよう!う〜〜っ…え〜〜っ…!わ~難しい!選べないよぉ!」


頬に手を当てたり首を傾げたり、ケーキを前にキャピキャピとするアネエル。

そんな彼女を恍惚とした表情で眺めるモナ。

落ち着きがあり、真面目で頼れるお姉さんというイメージをモナに対して持っていたカペルコだが、少し認識を改めようと思った。


「う〜〜…じゃあ、これにする!このフルーツタルト!」

「モナさんはどちらになさいますか?」

「………」

「…モナさん」

「…あら。いいんですか?そうですねえ…どれを残しておくと良いですか?」

「私の事は大丈夫ですよ。好きな物ばかりですので」

「いえ、それもありますけど」


モナはカペルコを窺うようにして、少し微笑んだ。


「魔王様の分は、どれを残しておくといいですか?」

「どれでも良いと思うのですが…」

「ふふふ」

「…じゃあ、こちらから選んでください」


そう言って2つのケーキを取り出してモナの前に並べる。

モナはモンブランを選び、カペルコは残ったオペラケーキを取った。

ショートケーキの残った箱は、一先ず封を閉じておく。


「えへへ〜、カペちゃんありがとう!」

「どういたしまして。さ、頂きましょう」

「うん!いただきまーす!」


そう言ってフォークに手を伸ばすアネエル。




不意に部屋の扉が開いたのは、その時だった。


「おう、魔王いるか?」


入ってきたのは、如何にも冴えない研究者然というような男性だった。


白いシャツとジーンズの上によれよれの白衣を羽織り、短く切って放ったらかしの髪と、顎周りにはぽつぽつと無精髭が生えている。

その風貌と不釣り合いに大きい眼鏡の下の()()は男に不健康で不摂生な印象を与えていたが、しかしその双眸には微かに力がこもっていた。


突然の来訪者に、カペルコ達三人は固まる。

室内を見渡していた男はそんな三人を見つけると、怪訝そうに顔を(しか)めた。


「…誰だお前らは」

「誰だって…そっちこそ誰だよ?」

「アネエルさん、この方はアサヒ博士。魔王軍技術開発部の主任です」

「どーも、しがないサイエンティストだ」

「…ふーん」


ケーキの邪魔が入った事が面白く無いのか、憮然とした表情で返事をするアネエル。

対してポケットに手を突っ込んだままほんの少し身動ぐように会釈をしたアサヒは、泰然としている。


魔王軍技術開発部のトップ、アサヒ。

カペルコは一応アサヒとは面識があるが、魔王に仕えてから数える程しか会っていない。

ただ魔王とアサヒは親交がある様で、お互いに気の知れた仲らしいという話は耳にした事があった。


「アサヒ博士。こちらは新しく四天王となったアネエルさん、そしてモナさんです。」

「はっ、新しい四天王?なんでまた?」

「色々ありまして…前四天王が解散されたので、新たに募集をかけました」

「アイツも人徳が無えなあ…で、今何処にいる?」

「開発中の城下の視察に向かっています」


と、いう名の息抜きだろう。


「チッ、タイミングが悪かったな」


アサヒは三人に歩み寄ると、空いていたアネエルの隣にドカリと腰掛けて手ずから茶をついだ。

アネエルの表情が、歪む。


「…なんか、ちょっと臭いんだけど」

「ん?ああ、ここ最近研究室に籠りっきりだったからな。そういや暫く風呂に入って無いな」

「げっ…!?」


アネエルがその場から飛び退いて1m程距離を取る。

言われてみれば、カペルコの位置にもどことなく()えた臭いが漂っていた。


「き、汚い!不潔!サイテー!」

「はは、悪いな。研究に没頭してるとそういう頓着が無くなってくるんだ」


そう言うとアサヒは自らの近くにあったフルーツタルトを手に取って、


「あ」


そのまま素手でかぶりついた。


「あーーーーー!!!ボクのケーキーーーーー!!!」

「ん?ああ、悪い。腹が減ってた」


アサヒは歯型の付いた面をアネエルに向けてフルーツタルトを置くと、爽やかに笑った。


「俺には遠慮せず食え」

「ふっ…ふざけんなーーーーーっ!!!ボクのケーキ返せーーーーーっ!!!」

「そうか?辛うじてまだ口の中に残ってるぞ」

「わーーーーーっ!!!」


ポカポカポカポカと涙目でアサヒを叩くアネエル。

本人には悪いが、その様子は正直可愛らしい。


「アネエルさん、まだケーキは残っていますよ」

「そうよアネエルちゃん。ほら…何だったら私のモンブラン、食べていいのよ…ほら…」


カオナシのようにケーキを差し出すモナを半目で見るカペルコ。

同じくモナを見るアサヒだったが、その細めた目に込められているのは呆れでは無く、疑念であった。


「…で、なんで人間が四天王をやってる?」

「あら、ちょっと色々ありまして…そういう貴方も、人間ですよね?」

「え、人間なの!?(※1)…へ〜、なんで人間()()()が魔王軍に入ってるの〜?」


手を止めて意地悪く言うアネエル。

本人的にはささやかな意趣返しのつもりだろう。

ただその目の前には同じく人間の魔王軍がいるのだが、当の本人は全く気にする様子は無い。


対するアサヒは、不敵に笑いゆったりと足を組む。


「さあ、何でだと思う?」

「人間界から追い出されたとかじゃないの〜?」

「当たらずも遠からずだな。ボクちゃん、正解したらこのケーキをやるよ」


アサヒは残ったケーキの入った箱を手元に寄せてポンポンと叩く。


「ボっ…!正解出来なかったらどうするって言うのさ!?」

「その時は残念、俺が食う」

「…カペちゃん!こいつ追い出してよぉ!」

「そう言われましても…」

「アネエルちゃん、正解すれば良いのよ。私達も協力するわ」

「…いい加減手を降ろしたらどうですか?」

「あら失礼」

「う〜ん…」


モンブランを机に置くモナに、腕を組んで唸るアネエル。

一先ずは真面目に考えるようだ。


「当たらずも遠からずって事は…自分から出て行ったって事?」

「ま、そうなるな」

「その出て行った理由が大事なんですよね?」

「ああそうだ。もう少し踏み込んで言えば、元の場所じゃ碌な研究が出来なかった」


アサヒはケーキの入った箱をゆっくりと開封する。


「その理由は、なんだ?」

「…お金の問題かしら?」

「はっ、そんな物はどうとでもなる」

「人脈が無かったんじゃない〜?友達いなさそうだもん」

「見くびってくれるなよ、大抵の事は一人でこなせる。単純な計算ならパソコンを使うよりも速い」

「ふ〜ん。8192×114514は?」

「938103648だ」

「ま…まあまあやるじゃん…?」

「くく、意地を張らずに電卓でも叩いて答え合わせしたらどうだ」


箱が完全に開かれ、中のショートケーキが露わになる。

ギリリ、とアネエルはその様子を見て歯ぎしりをした。


アサヒがショートケーキに手を伸ばす。


「自分の思うままの研究がやりたくても出来ない。あるものが邪魔だった。それは何だ?」

「…法律かしら?」

「惜しいな」

「アサヒのことが嫌いで邪魔してくる奴!」

「違う」

「…倫理、では?」


ピタリ


あと少しでショートケーキに触れるという所でアサヒの手が止まった。

こちらを見るその顔は、片方の口角が僅かに吊り上がっている。


その指がゆっくりと持ち上がり、カペルコを指した。


「正解だ」

「やったー!カペちゃんすごい!大好き!」

「あ、アネエルさん。あまり勢い良く飛び付かないで下さい…」

「…私の答えも惜しかったんだから、少しはヒントになったのかしら?」

「モナさんも大好きー!」

「おっおほ、アネエルちゃんそんな、おっほ、おほほほぉ~~」


カペルコはモナの事がちょっと気持ち悪いなと思った。



「しかし…倫理、ですか」

「ああ、倫理ってのは本当に下らない。科学の進歩を妨げる最大の障害と言ってもいい」


アサヒはそう言うと、食べかけのフルーツタルトを手に持った。


「例えばそうだな。こいつを元にして同じ物を100個に増やせるとしたらどうだ?」

「そんな事出来るの!?嬉しい、けど、何となく気持ち悪いかも…」

「じゃあ大元になっているような牛や鶏が作り出せるとしたら?」

「え、え〜?その牛さんって元気なのかなぁ…」

「じゃあ人間が生み出せたら?」

「それは看過出来ませんね」


表情だけは笑顔のまま、モナが口を挟む。


「生命に対する冒涜と言う他ありません」

「くく、そう睨むなよ。例え話だ。第一コストパフォーマンスが悪すぎてやる気にもならん」


アサヒはフルーツタルトに齧り付く。

タルト生地のカスがぽろぽろとテーブルの上に落ちた。


「しかし、()()()()()()研究が進んだとしたらどうだ、人類は目覚しい進歩を遂げるだろう?生物を的確に再現する技術があれば、或いは死すらも克服するかもしれん。記憶領域や、ざっくり言えば『心』の問題がまだ課題として残るがな…。それをやれ倫理が、人権が、リスクがなどと(のたま)う輩のいるせいで、その可能性すら不意にしちまってるんだから本当に嘆かわしい限りだ」

「倫理観や道徳を棄てたならば、それはもう人ではありません。神にでもなるおつもりですか?」

「くく、自分が何者かなどどうでも良いが…だから俺はここに来たのさ。故郷ジパンヌからな」

「…魔界と人間界に対して中立の立場を保つ東方の国ですね」

「ああ、捨てた国の事にもまた興味は無いがね」


アサヒはそう言うと、話に置いてけぼりになっていたアネエルに向き直る。


「ま、何にせよ正解だ。手を出しな」

「…う、うん!どうだ、見たかアサヒ!これがチームワークの勝利だ」

「ああ、素晴らしい()()()()()()だった」


そう言ってアサヒは箱の中に右手を伸ばし、


「…つまる所、それは一人では解答に辿り着けなかったって事になる」


ケーキの上に乗っていた、赤々と瑞々しいイチゴを摘んでアネエルの手のひらの上に乗せ、


「オマケって所だな」


左手で残ったケーキを掴み、食べた。






「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」


玉座の間に叫び声が木霊する。

ほくほく顔でカメラを構えようとする隣のモナを無視して、カペルコは泣き喚くアネエルを慰めた。








――――――――――


※1 人間なの!?

魔族を構成するのは魔物、亜人、そして魔人である。

身体的特徴が人と大きくかけ離れる魔物や亜人とは違い、魔人は人と始祖を同じくしている為に肌の色や目の形質に個体差はあれど見た目には然程人とは変わらない。

見る人が見れば魔力の質が違うらしいが、アネエルには分からなかった。


なお亜人は魔族に与する者もいれば、人間と生業を共にする者もいる。

また魔族の間では巷で人間コーデが流行っているらしく、人間界でも魔族界隈なるものが流行っているらしい。

こいつら戦争する気あんのか?とカペルコは思っている。

ジパンヌ…

もう少しダサくない名前にしておくんだった…

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