第1話
俺は傷ナシ、そう呼ばれている。
「よお傷ナシ」
「傷ナシがいやがる」
「けっ傷ナシか」
今もそう言って、隊の連中が通り過ぎていく。
俺が属するのは甲賀隊だ。後世では戊辰の役というらしい。その戦が始まり、俺たち甲賀忍者の末裔たちは天朝様に志願して一隊をつくった。甲賀忍者の末裔といってももはや俺たちは忍者じゃない。忍者じゃなくなって今は百姓として畑を耕している。二百五十年ほど前、豊臣の殿様に俺たちは領地を取り上げられ百姓にされてしまった。けれど俺たちは元忍者だ、その辺の百姓とは違う、そう言いたくて、俺たちは自分たちのことを甲賀古士と言っている。
領地を取り戻したくて俺たちがやったこと、それはお上、幕府のために働くことだ。東照大権現が伊賀の峠を越えた時は護衛役、島原の乱の時にはみごと敵の城に忍び込んだ。
こんなに働いたのだから、もう一度士族に取り立てて下さい。士族に取り立てて没収された領地を返して下さい。俺たちの働きぶりをそうお上に訴え続けてきた。
俺たちの願いはお上は聞き入れられたかって?
結局、甲賀古士は甲賀古士のまま。そのまんまで二百五十年。
結局士族に戻れなかった俺たちは、今更ながら、やっとやっと、そんなお上を見限って、今度は天朝様にお味方することにした。手柄をたてれば、天朝様なら、俺たちを士族に取り立ててくれるだろう。
こうして甲賀隊ができたというわけだ。
ただ、隊といっても、高価な武器は全員には行き渡らない。高価な武器をたずさえ、華々しく敵と戦うことができるのは、甲賀古士の中でも由緒ある家の正統な跡取りたちだけだ。
俺のような下忍の家のものたちは、そいつらが戦えるように、さまざまな必要なもの、弾薬、食料、薪炭などを運ぶ。いわば荷物運びだ。この荷物運び、輜重隊という名前だが、昔は軍勢が行く先々で土地の百姓が徴収されてその役をやったらしい。運び役なぞしょせんは百姓がやること、だから下忍の俺にふさわしいというわけだ。荷持ち運びだから武器を運ぶことはあっても、戦場に出ることも、敵と戦うこともない。だから俺は傷ナシなのだ。
輜重隊は忙しい。ここは寒い北越の地、俺の役目は、火を絶やさないようにすることだ。火を絶やさないようにして、いつでも隊の連中が暖かいメシにありつけるようにしておく。戦いで傷をおってしまった者は手当するため、常に薬草を用意しておく。やつらが銃を打ち尽くしたら、すぐに新しい弾を補充できるよう、弾薬袋は雪で湿らせない。
あれも、これも、それも、どれも・・とにかくやることが多い、けれど俺がやっていることは、結局は傷ナシの一言で片づけられてしまう。
俺たち下忍は甲賀古士ではないのだろうか、しょせんは傷ナシでしかないのだろうか。
この北越の地で、俺たちが戦っている敵は庄内藩、徳川四天王の一人酒井の殿様の部隊だ。まあこいつがめちゃくちゃ強い。やつらは、俺たちが今まで見たこともない武器を持っている。当たれば、その四方丸ごと吹っ飛ばしてしまう大筒だの、くるくる回って弾を吐き出す鉄砲、それを見てしまったら、もうあかん、たちまちハチの巣にされてしまう、そんなとんでもない鉄砲なんかも持っていやがる。
二百五十年もの間、手裏剣だの鎖鎌だの炮烙玉だの、そんなものを振り回してきた俺たちに一体どうしろというのか
そんな俺たち甲賀隊も、隊を結成し、京で元込め銃の撃ち方を習うことができた。それが今は俺たちの武器というわけだ。けれど由緒ある家の連中は、甲賀忍者の末裔ということを忘れたくないからなのか、どうかすれば、忍刀を振り回して敵に切り込もうとしやがる。そして性懲りもせず、またまだこっぴどくやられてしまう。そんなやつらでも帰ってくることができて、再び敵に向かう気持ちを持てるようする、そのために、俺たち輜重隊が、ここでこうして火を絶やさないようにしているというわけだ。




