マンネリのふたり ありきたりに沈む
「最近マンネリ化してるな」
唐突に華子はそう言った。
「そうか?俺的にはそんなにレスな感じしないけど」
俺は特に考えもなくそう言った。
「いや、そうじゃなくてな、そういう下な話じゃなくて、もっとざっくりというか、真ん中の話だよ」
華子は言語化が苦手だ。たまにこのように意味不明な発言をする。
「まあまあ落ち着けよ、ゆっくり話そうや。なんならコーヒーでも入れてやろうか?」
「じゃあ炭酸水で」
じゃあで出てくるのが炭酸水か。まあコーヒーより楽だからいいけど。
ちなみにここでいう炭酸水とは炭酸飲料のことではなく、そのままでの意味での炭酸水だ。彼女にとって甘みは蛇足らしい。
「ゲッっっプ」
200mlほどの容量のコップに入った炭酸水を一気にあおった。口からCO₂が汚らしく吐き出される。
「汚いぞ」
俺がそう言うと、
「よし整った」
と華子は言う。何が整ったんだ?普通に考えて"考えがまとまった"ていどの意味だろうが、だとしてもゲップをすることで整うというのはどういうメカニズムだ?
「いや、マンネリ化しているってのは私たちの関係性のことだよ」
と華子は口火を切った。
「でもレスとかそういう話じゃないんだよな」
「そうそう。そういう話じゃない。そういうことじゃなくて、色々前置きすると、ほら、付き合いはじめたころって今より楽しかったじゃん?」
「悲しいこと言うなよ」
「でも事実そうじゃないか?別に遠慮する必要はない。私が感じていることと、ダーリンが感じていることはたぶん同じだぜ?」
「………、まあ正直に言うとそうかもな」
「正直でよろしい。それでな、原因を色々考えてたわけだ。それで思ったのが、毎日似たような生活を送ってるからじゃないかって思ったわけだ」
「まあ言いたいことは解る。なら、普段と違うことした方がいいってことか?」
「その通り」
「なら何やる?今まで言ったことない場所でも行くか?東北とかはまだ行ったことないし、まあ旅行みたく規模のでかいものじゃなくて、もっと小さい規模でもいいか。そういえば、近くに新しいイタリアンができたらしいぞ。そこに行ってみるか?」
「いやいや、方向としてはそれであってけど、それだと根本で同じゃん」
「どういうことだ?」
「つまりは、それらは表面的には新しいことでも、根っこの部分では"好きなこと"という意味で普段と同じってこと。要は、その根っこを変えないとマンネリは解消されないと思うわけ」
「……なるほどな。言わんとすることは解る」
しかし、そうなると……、
「つまり、お互いが"嫌いなこと"をやってみようというのが私の提案だ」
「………………」
「嫌な顔するな」
「するだろ。嫌なことするんだから」
なぜ社会人にもなって、ましてや貴重な休日に嫌いなことをしなくてはいけないのか?嫌いなことなんて平日で毎日やっていると言っても過言じゃないのに。
「まあまあ、そうつっけんどんになるな。私だって嫌なことをするのは嫌だよ。だけど2人ならどんな困難だって乗り越えられる、そんな気がしないか?」
「そんな主人公みたいなこと言うな」
「あと、たまにはコンフォータブルゾーンからはみだすことが大事だってうさんくさいYoutuberが言ってた」
「全然後押しになってないぞそれ」
とまあ、それからしばらくやり取りは続いて、結局俺が納得することはなかったが、結局の結局は、なんだかんやで嫌いなことに挑戦することになった。
話し合いの結果、俺と華子のどちらも嫌いとするカラオケに行くことになった。俺はカラオケで歌うことが嫌いで、華子はカラオケで歌っているような陽キャが嫌いとのこと。
もし万が一、俺がカラオケ好きの陽キャに変わったらどうなるのだろう?それで嫌われたのなら企画倒れもいいとこだ。
「ほれ、好きな曲歌え」
「えっ、俺から歌うの?」
「そうだよ。ダーリンファーストだ」
「俺が歌うの嫌いなの知ってるだろ?」
「だからこそ意味があるんでしょ?私は歌うことは嫌いじゃないもん」
…………ならお前が来た意味は?
っという言葉を飲み込み、とりあえず秦基博の「ひまわりの約束」を入れた。
なんだろう、早くもこの企画の不平等感が顕になった気がしたのだが………。
「へえ、嫌いな割に結構上手いじゃん」
「苦手とは言ってない」
「確かにそうだね。それじゃあ次は何歌う?個人的にはもっと陽キャっぽい曲を歌ってほしいんだけど」
「………あの〜華子さん、あなたは歌わないのでしょうか?」
「言ったじゃん。私は歌の別に嫌いじゃないの。私が嫌いなのは歌っている陽キャ。寧ろダーリンにはたくさん歌って早く陽キャになってもらわないと私が来た意味なくなるでしょ?」
「…………承知しました……」
なんだろう、早くもこの企画の不平等感が顕になったのだが………。
それから俺は歌い続けた。というか歌わされ続けた。だんだんこれも歌ってと華子が指定するようになったから。
サウダージ/ポルノグラフティー
田園/ 玉置浩二
ガッツだぜ!!/ウルフルズ
また逢う日まで/ 尾崎紀世彦
恋/ 星野源
新宝島/ サカナクション
サママ・フェスティバル!/Mrs.GREEN APPLE
オドループ/ フレデリック
MONSTER DANCE/ KEYTALK
ともに/ WANIMA
ultra soul / B'z
Pretender / Officeial髭男dism
ほとんどの曲はうろ覚えで歌えなかったし、後半は高音が無理で単純に歌えなかった。
「なんだかんや色んな曲知ってるのね。カラオケは嫌いなのに」
「カラオケが嫌いなだけで音楽が嫌いなわけじゃないの」
「なるほどね。どう?カラオケ好きになった?」
「…………なるわけないよね?」
「そう?歌っている時はけっこう楽しそうに見えたよ」
「…………まあ少しわ」
「ならよかった」
「だけど、華子が歌っていない不平等感があって妙に納得しがたい」
「しょうがないな」
と言って、ようやっと華子は歌い出した。歌ったのは、「変わらないもの/奥華子」。
「………華子って、オンチ?」
「愛しのスイートハニーに酷いこと言うな。その通りだよ」
「でも歌うのは好きなんだ」
「好きではないよ。嫌いではないってだけ」
「でも、嫌いじゃないんだ」
「嫌いじゃないよ。私が嫌いなのは、私のオンチを馬鹿にする陽キャだから」
「………そういうことだったのか」
「でもね、世の中にはオンチにも歌える曲ってのもあるんだよ」
そう言って華子が入れたのは、
「What's Up, People?!/ マキシマム・ザ・ホルモン」
ちなみにキーは3つ上。
「デスボイスって音程よくわかんないじゃん?案外適当に歌っても何とかなるんだよね」
カラオケからの帰り、華子はそう言った。
「音痴なのにデスボイスは出せるってどういう仕組みなの?」
「さあ、仕組みを音痴に聞かないで欲しいな」
「そりゃそうだ」
そもそもデスボイスの仕組みもわからないし、音程通り歌えることの仕組みもわかってない。この世は未知で溢れている。
「どう?カラオケ、好きになった?」
振り向きざま、華子はそう訊ねた。
「さあ、どうだろう。だけど、たまにはこういうのも悪くないかな」
そんなありきたりなことを俺は言った。




