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01

王国歴1023年、春。


王都ルルヴェールの中央、光を反射する白金の尖塔――それが、王国学園だった。


騎士、魔導士、政務官。

この学園は、王国の未来を担う者たちが育つ、選ばれし貴族の学び舎である。


門の前に、ひときわ重厚な黒塗りの馬車が停まった。

扉が開き、黒衣の男が静かに降り立つ。


「到着です、レイ様。ご準備を」


黒髪を丁寧に撫でつけたその男は、執事服を纏い、動作一つに無駄がない。

その名はクロード・アシュベール。

王国三大公爵家のひとつ、グランシア家に仕える若き執事である。


「……ありがとう、クロード」


扉の奥から現れたのは、一人の“少年”。


凛々しい眉、真っ直ぐな瞳、軍服にも似た制服にぴたりと収まる細身の体。

――周囲の誰もが、彼を「貴族の嫡男」と信じて疑わなかった。


名をレイ・グランシア。


グランシア家の“長男”として育てられた青年――自分に言い聞かせながら、レイは一歩踏み出した。


クロードがぴたりと後ろに続く。

主従の立ち姿は、周囲の新入生たちの視線を自然と集めていった。


「グランシア家の嫡男か……やっぱり、只者じゃないな」

「すごく整った顔立ち……。あれで同い年? 信じられない」

「隣の従者もただ者じゃないな。あれ、執事だろ……?」


周囲のざわめき、探るような視線。

だがレイはひるまない。背筋を伸ばし、ただ前を見据えていた。


「さすがです、レイ様。完璧な“御姿”です」

「……ありがとう、クロード。でも、油断はできないわね。皆、よく見てる」

「その警戒心があれば大丈夫です。ですが、決して無理はなさらぬよう」


クロードは決して深くは語らない。

だが、その言葉一つひとつが、常にレイの心を支えていた。

そのまま、二人は式典会場である講堂へと歩みを進めた。



広大な講堂。千名を超える生徒たちと、貴族たちの名が刻まれた席札。

壇上には王国学園の学長、教官たち。そして――入学生代表の席。


クロードはレイに目線で確認を送る。

入学者の中でも、筆記・実技・血統・面接すべてを通じて最も優れた者のみが、その席に座る。

そう、レイ・グランシアは首席合格者であった。


荘厳な鐘の音が、王国学園の天上高くに響き渡った。


全校生徒、教職員、そして新たに加わる入学生たちが整然と並ぶ中、壇上に威厳ある女性が立つ。

長く艶やかな銀髪を背に流し、深紅の外套を優雅に纏う姿はまさに威風堂々。


その人物こそ――

王国学園 学園長、ゼルガ・ヴァレフ=グラディウス。


名門グラディウス伯爵家の出であり、かつては魔導軍将として王国に仕えた英雄。

その存在自体が、王国学園にとっての象徴である。


ゼルガ学園長は壇上から新入生をゆっくりと見渡す。

その視線ひとつで、ざわついていた会場が水を打ったように静まった。


「――ようこそ、若き才能たちよ。王国学園へ」


澄んだ声に宿る、威厳と重みが講堂を包み込む。

それは剣よりも鋭く、魔術よりも深く、若者たちの胸に刻まれていく。


「この学園は、ただの学び舎ではない。ここは、王国を支える者、守る者、導く者を育む場所だ。貴族の名を背負いし者も、努力によってここに立った者も等しく――王国の未来を担う、候補者である」


ゼルガの目が光を捉える。

その背後には、学園の象徴である交差した剣と杖の紋章が掲げられている。


「ここで学ぶは、剣術と魔法――二つの力にして、王国の礎」


「だが、力とは誇示するためのものではない。守るために使う者が、真に“強者”と呼ばれる。それを忘れるな」


しん、と張り詰める空気。


「三年の学びの末、諸君はそれぞれの道を選ぶこととなる。だがその道は、今、この一歩から始まっている。誇り高く、謙虚に、そして真っ直ぐに――歩め。王国学園は、諸君の成長を全力で支えるものである」


一礼。

その動作と同時に、壇上に温かな拍手が湧き起こった。

入学生の多くはその場で身を正し、目に見えるほどの決意を胸に宿していた。

クロードは、その様子を静かに観察していた。

彼の主――レイ・グランシアの横顔に、ほんの僅かに緊張が宿っているのも。


そこに続いて呼ばれる名――


「入学生代表、レイ・グランシア。登壇を」


会場の視線が一点に集中する。

レイが、歩き出す。


ゆっくりと、そして堂々と――“仮面”をかぶったまま。


拍手が起こる中、レイが壇上に立つ。

クロードはその姿を、静かに、誇らしげに見つめていた。

レイは一度深く息を吸い、視線を会場全体に向ける。


そして――言葉を紡ぎ始めた。


「本日ここに、入学生を代表して挨拶の機会を賜りましたこと、心より光栄に存じます」


その声は澄んでいて、力強く、何より落ち着いていた。

高い天井に響くその声は、まだ若い生徒たちに安心を与えるような、そんな響きだった。


「この学び舎に集う私たちは、貴族としての責務を背負い、王国の未来を担う存在です。知識と技術、そして誇りを学ぶため、私はここに参りました」


ひとつひとつの言葉に揺らぎがない。

その姿はまさしく、貴族の“後継者”であった。


「皆さまとともに、己を高め合う日々を望んでおります。どうぞ、よろしくお願いいたします」


一礼。


次の瞬間、講堂は拍手に包まれた。

貴族であろうと、平民であろうと、その挨拶に心を打たれたことは明白だった。

壇を降りたレイの隣に、クロードが言葉をかける。


「見事な挨拶でした。完璧です、レイ様」

「……ありがとう。あなたのおかげよ、クロード」


その声に宿る、わずかな柔らかさにクロードは気づいた。



入学式が終わり、指定の寮に戻ったレイは、ようやく安堵の息を吐いた。

個室のベッドに腰掛けるとネクタイを緩めながら、吐き出すように呟いた。


「……ふぅ、息が詰まるわね。本当に……男って、窮屈」


その言葉に応じたのは、部屋の壁際に立つクロードだった。


「ですが、その仮面を守ることが、今のレイ様の道。そして私は、ただその“道”を支える者にございます」


レイは微笑み、ほんの少しだけ彼に近づく。


「ねえ、クロード。あなたがいてくれて、本当に良かったわ」


「……お褒めにあずかり、光栄です」

「ふふ。褒めてなんか、ないのに」


レイは笑った。その笑顔は、さきほど壇上に立っていた“青年”のものではなかった。

柔らかく、繊細で、どこか儚げで――少女のものだった。

レイ・グランシア。その名で生きるために、彼女は“男”として仮面を被る。


けれど、クロードの前では……ほんの一瞬だけ、“本当の私”に戻れる。

窓の外には、王都の夜が静かに広がっていた。


誰にも見せられない“仮面”を被って。誰にも触れさせない“野望”を胸に。ふたりの物語が、今、静かに始まる。

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