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十九歳に戻った令嬢は、極道の男と共に愛と復讐の道を歩む  作者: 朧月 華


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第8話 「暗転の予兆」

### 第一幕:帰路の襲撃(菖蒲視点)


 影山リアルエステートの監査を終えた夜の街は、妙に静まり返っていた。まるで、私たちが触れてはならない真実の片鱗を暴いたことで、世界全体が息を潜め、嵐の到来を予期しているかのようだ。

 車窓から流れる街灯の光が、断片的に、そして冷たく影山菖蒲の横顔を照らしては、闇に消えていく。車内には、運転手と、いつも私の背後を護るように座る恭司、そして私自身。普段と何も変わらない、平穏な帰宅の路のはずだった。


 だが——違和感は、すぐに背筋を這った。それは、獲物を狙う獣が、あるいは危険を察知する人間が持つ、根源的な本能によるもの。

 ふと、バックミラーに映る後方。漆黒のセダンが一台、まるで影のように、しかし確実に私たちに付いてくる。交差点を二つ越えても、その距離を一定に保ったまま。気づけば、二台目、三台目も、同じように闇の中から、獲物を取り囲むように湧き出るように続いていた。


 「……恭司さん」

 囁く声は、知らず、恐怖で震えていた。私の心臓は、まるで警鐘が鳴り響くかのように、激しく、けたたましく早鐘を打つ。

 恭司も既に気づいていたのだろう。険しい眉を寄せ、前方を見据えたまま、低く、しかし確固たる声で答える。

 「ええ。これは、妙ですな。決して、偶然なんかじゃありません。」


 車内の空気が、一瞬で、まるで氷点下のように張り詰める。運転手も、その異常な状況を察し、アクセルを踏み込み、わずかに速度を上げた。だが、後続車も同じように、ぴたりと付いて離れない。まるで、飢えた狼の群れが、獲物を逃がすまいと追うかのように。


 やがて——。

 車列が、吸い込まれるようにトンネルへと差し掛かった。人工の冷たい灯りが、コンクリートの壁に反射し、外界から隔絶されたような、逃げ場のない、閉鎖的な圧迫感が、私たちを包み込む。その密室のような空間で、後続車が、突然、猛然と加速した。


 「——ッ!」

 耳を劈くような鋭いブレーキ音。車体が激しく揺れ、強引に進路を塞ぐ二台の車。さらに後方からも別の車が迫り、出口を遮断する。私たちは、完全に、闇の中に、逃げ場を失った。


 運転手の手が白くなるほどハンドルを握りしめる。恭司は、その細身の体で、即座に菖蒲の前に身を乗り出し、まるで自らの命を盾にするかのように腕を広げた。

 「お嬢様、下がって! 危ないッ!」


 次の瞬間、ドンッ、と鈍い衝撃音が車内に響いた。

 覆面をした、大柄な男たちが数人、獲物を叩きつけるかのように、窓ガラスを拳で打ち鳴らす。その瞳は、闇の中で獣のようにギラつき、私を喰らおうとする明確な殺意が宿っていた。

 「降りろ! 嬢ちゃん!」

 「監査をやめろ、嬢ちゃん! さもなくば、あんたの命はねぇぞ——!」

 くぐもった、しかし明確な殺意を孕んだ声が響き、男の手に握られた刃物の光が、一瞬だけ、トンネルのランプに反射した。それは、あまりにも生々しい、死の輝きだった。


 私の心臓は、凍りついたまま、それでも警鐘のように激しく跳ねる。

 紙の上の脅迫文など、まるで子供の遊び。そこには、生々しい、「死」の匂いが、全身の毛穴から、骨の髄まで染み込んでくるかのように充満していた。


 恭司が懐からスタンガンを抜き、威嚇するように、震える手で構える。その顔には、護りきれないかもしれない、という絶望と、私への深い忠誠が滲んでいた。

 「これ以上近づけば、撃ちますぞ!」

 だが、男たちの数はあまりに多い。四方八方から迫る、闇の圧力に、彼の声さえ、かき消されていくようだった。


 菖蒲は唇を血が滲むほど噛みしめ、必死に、荒い呼吸を整えた。恐怖で震えそうになる指先を、着物の布の下で、強く、強く握り締める。——ここで怯えては、彼らに、そして前世で一度死んだ、あの無力な自分に、二度と、負けるわけにはいかない。


 だが、その刹那——。

 トンネルの奥から、新たなライトの列が、まばゆい光を放ちながら滑り込んできた。その眩い光に、覆面の男たちが一瞬、たじろぐ。漆黒の車数台が、無駄のない、流れるような動作で横付けし、訓練された人影が、音もなく、まるで闇の使者が、救いの光と共に現れたかのように降り立った。


 「組長のご指示です」

 冷徹な、しかしどこか、地獄で仏に出会ったかのような、安堵を誘う声とともに、榊原涼子が現れる。その鋭い、一切の無駄がない視線は、瞬く間に状況を完全に制圧した。彼女の部下たちが迅速に動き、覆面の男たちは、抵抗する間もなく、まるで人形のように、次々と押さえ込まれていく。


 バン、と、車の扉が開かれる。涼子が、雨上がりの冷たい空気を纏い、菖蒲を見下ろす。その瞳には、冷静さの中に、微かな、しかし確かな安堵の色が宿っている。

 「こちらへ。安全な車へ移動していただきます」


 その一言に、菖蒲は、すべてを理解した。

 これは、決して偶然なんかじゃない。竜崎健が、既に、私の動向を読んで、私の命を、この竜崎健が、護るために、自らの危険を顧みず、動いていたのだ。

 胸の奥で、生々しい死の恐怖と、奇妙な、そして抗い難い「救済」への、温かい安堵が、複雑に、そして激しく絡み合った。


### 第二幕:菖蒲の内面・私室での戦慄と覚醒


 影山家に戻ったのは、もう深夜に差しかかる頃だった。

 屋敷の門をくぐるとき、普段は見慣れたはずの、苔むした石畳さえ、ひどく冷たい、異質なものに見えた。まるで、私が踏み入れた闇の深さを、この家も共に、その冷たさで背負わされたかのように。


 自室の襖を、カチャリ、と静かに閉めた瞬間、全身から、まるで魂が抜けたかのように力が抜ける。着物の袖が、まだ細かく震えているのを、ようやく、自分のこととして自覚した。

 ——襲撃。

その、たった二文字の言葉が、脳裏で何度も、何度も、鮮烈な烙印のように反響する。


 これまでに受け取った脅迫状、匿名の警告電話。いずれも「言葉」に過ぎず、どこか現実感を欠いていた。まるで、遠い世界の出来事のように。

 だが今日、あのトンネルで響いた鉄の拳の鈍い音、窓越しに鈍く反射した刃物の光——それらは、否応なく、「死」というものの、生々しい匂いを、私の肌に、細胞の隅々まで、永遠に焼き付けた。


 布団の端に、がくり、と腰を下ろし、両の手を見つめる。

 爪が食い込み、赤く痕が残るほど、強く、強く握り締めていた。身体の震えは止まらない。理性で必死に抑え込もうとしても、恐怖は、まるで凍てつく氷のように、身体の芯に、しがみつき続ける。


 ——もし、竜崎健や、涼子たちが来なければ、私は今ごろ、どうなっていたのだろう。

想像しただけで、胃の奥から吐き気が込み上げ、喉を押さえた。その想像は、あまりにも容易く、あまりにも現実的で、私を絶望の淵へと、容赦なく突き落とした。


 竜崎健。

彼の存在がなければ、私は——。

その恐るべき事実が、私の胸を、強く、強く締めつける。救われたことへの、抗い難い感謝。しかし同時に、それ以上に強烈な、「誰かに命を護られた」という、耐えがたい屈辱が、私の魂を深く深く、針で突き刺すように突き上げた。


 (私は、また誰かに、この命を、この復讐の運命を、護られねばならぬのか……! この私自身の手で、すべてを終わらせるはずだったのに……!)


重たい、苦しい息が漏れる。

生まれながらに影山の名を背負い、財閥の娘として、常に強さを、矜持を装ってきた。だけど現実は、大切な人一人、いや、自分の命さえ、自分一人の力では護れぬ。覆面の男たちの暴力と殺意を前に、ただ、震えるしかなかった、無力で、惨めな、私。


枕元の鏡台に映る自分を見て、菖蒲は眉を寄せる。

蒼白な顔。恐怖に歪み、強がりの仮面を無理やり剝ぎ取られた、哀れで、惨めな、本当の私。

——情けない。あまりにも、醜く、情けない。


しかし、その情けなさが、その屈辱が、逆に、私の心の奥底に、静かな、しかし猛々しい、血のような炎を灯した。

「彼らがここまでして、私を妨害しようとするということは……私が、正真正銘、真実を掴み、正しいからだ。」

かすれた声で、しかし、深い確信を込めて呟く。

監査の矛先が、黒田の、そして彼らの最も触れられたくない急所を正確に突いているからこそ、奴らは命を狙ったのだ。ならば、ここで引く理由など、どこにも、微塵もない。


恐怖と屈辱の、そのさらに奥底から、私の奥底に眠る、揺るぎない決意が、ゆっくりと、しかし確固として顔を出す。

震えを押し殺し、まっすぐに背筋を伸ばした。私の体は、もう、恐怖だけでは支配されない。この復讐を、この命が尽きるまで、成し遂げる。

「……私は、止まらない。たとえ、何度、奴らに命を狙われようとも。この復讐を果たすまで。」


唇をきつく結ぶと、不思議と心は、ほんの少しだけ静まった。

襖の外には、私が護られている証として、夜番の恭司が控えている。護られている現実に、未だ、激しい苛立ちを覚える。しかし、その温かい安堵を、心のどこかで否定できない自分がまた、ひどく悔しい。この、甘えを、どうすればいいのか。


布団に身を横たえながらも、瞳は冴え渡り、眠りなど遠い。

天井を見つめ、薄暗い中で、私は、独り、深く呟いた。

「竜崎さん……私は、あなたに、一体、どう向き合えばいいのでしょうね……。この、複雑な、そして抗い難い感情に。」


### 第三幕:竜崎健の怒りと分析


竜崎グループ本社のオフィスは、深夜にもかかわらず、明かりが煌々と灯っていた。

無機質な照明の下、健はデスクに腰掛けたまま、榊原涼子の報告を、感情の読めぬ瞳で黙って聞いていた。


「……以上です。影山菖蒲嬢は無事保護しました。襲撃者は黒田側の私兵と思われますが、身元の確認には至らず。現場では、恭司という男が、命を賭して護ろうとしたようです。その忠誠は、驚くべきものでした。」


涼子の声は淡々としていた。だが彼女の横顔には、うっすらと、しかし隠しきれない疲労が滲む。実際の現場では、まさに紙一重の差で、菖蒲の命が危険に晒されたのだろう。

健は、しばし、深淵のような沈黙を保った。次の瞬間、ドンッ、と、机上の分厚い書類を、感情を叩きつけるかのように拳で叩きつける。乾いた、しかし重い音が部屋に響き渡り、涼子の眉がわずかに動いた。


「黒田……ッ!」

低く唸る声は、まるで獲物を奪われ、逆上した飢えた獣の咆哮のように重く、そして怒りに満ちていた。


普段の健は、感情をほとんど、いや、一切表に出さない。裏社会の重鎮として、取引の場でも、怒号を上げることなく、ただ冷笑と計算で相手を追い詰める、鉄壁の男だ。だが今は、違った。

影山菖蒲が、直接狙われ、命の危険に、この竜崎健の、絶対的な支配領域の届かぬ場所で、晒された——。その事実だけで、彼の中に、完璧に抑え込んでいた、何かが、音を立てて、弾けるように爆ぜたのだ。それは、怒りだけではない。彼女を失うことへの、強烈な恐怖と、そして抗い難い独占欲の萌芽。


「奴は焦っている。監査が、奴らの最も触れられたくない核心に、確実に触れた、何よりの証拠だ。」

拳を握りしめながら、健の声は次第に、しかし確実に冷徹さを取り戻していく。その声には、怒りとは別の、研ぎ澄まされた殺意が宿っていた。

「だが同時に、こちらが悠長に構えていられる段階は、もはや過ぎた。傍観など、もはや、この竜崎健には許されない、愚かで、そして後悔を残す行為だ。」


涼子が、静かに、そして深淵を覗くように視線を上げる。

「……組長、今後は、どうなさるおつもりで? 直接的な介入は、これまで築き上げた“洗白”への道を閉ざしかねませんが……」


健は椅子から立ち上がり、夜景が広がる窓際へと、まるでその闇と融合するかのように歩み寄った。

夜景に散らばる無数の光を、冷徹な瞳で見下ろしながら、低く、しかし断固たる声で言い放つ。

「これまでの“見守り”は、終わりだ。俺が直接、影山菖蒲の、揺るぎない盾となる。この命に代えてでも。」


涼子の目が、一瞬、大きく、そして驚愕に開かれる。

あの竜崎健が、誰かを、それも一人の女を名指しで「護る」と言い切るなど、彼女の経験上、これまで一度たりとも、決してなかったことだ。それは、彼の「支配者」としての生き方を、根底から覆すものだった。


健は、その涼子の驚きを、一切意に介さず、冷徹に、しかし確固たる意志を込めて続けた。

「黒田に思い知らせてやる。この竜崎健を敵に回すということが、一体どういう意味を持つのか……。そして、あの娘に手を出した代償が、いかに重いものか……な。」


その横顔は、怒りに燃えながらも、どこか静謐な、そして宿命を受け入れ、新たな「道」を切り開くかのような、覚悟の決意を帯びていた。

竜崎健という男の中で、影山菖蒲は既に、「客体」という駒から、「共に運命を背負い、共に歩むべき、唯一無二の対象。この竜崎健の、すべてを賭けるべき、存在」へと、その存在を、決定的に変えつつあった。


### 第四幕:緊張の緩和と心の触れ合い(夜の電話)


夜更け。

影山家の私室。菖蒲は、布団の上で身じろぎ一つせず、まるで石になったかのように天井を見つめていた。

瞼を閉じても、あのトンネルでの光景が、まるで呪われたフィルムのように繰り返し脳裏を過る。窓を叩く拳、鈍く光る刃、そして、私を護ろうとした恭司の、焦りと絶望に歪んだ顔。眠りなど、遠すぎて、手の届かない場所にあった。


そのとき——。

枕元に置かれたスマートフォンが、低い、しかし確実に届く振動音を立てた。

画面には、「竜崎健」の名。


胸が、不意に、しかし大きく跳ねる。それは恐怖か、それとも——抗い難い、彼への期待か。

深呼吸を、ゆっくりと、深く行い、心の乱れを整えてから、応答ボタンを押す。受話口から流れてきたのは、夜の闇に溶け込むような、しかし、深く、温かい響きを秘めた、落ち着いた低音だった。


「……影山嬢。起こしたか」


声は低く、しかしどこか固く、そしてわずかに張り詰めていた。その奥には、彼自身の動揺と、そして私を案じる、微かな焦燥が滲んでいるかのようだった。

「いいえ。眠れておりませんので、問題ございません」

答えると、わずかな、しかし濃密な沈黙が続いた。その張り詰めた間が、不思議と私の鼓動を、さらに速める。


やがて健の声が、先ほどまでの冷徹さとは違う、人間らしい、そして深く、しかし温かい悔恨を帯びた色を帯びた。

「今日の件……深く、謝罪する。俺が甘かった。お前の命を、護衛に任せきりにしたのは、この竜崎健としての、判断の、あまりにも大きな誤りだ。」


謝罪——。竜崎健という、あの傲慢で冷酷な、裏社会の王の口から、まさか、その言葉が出るとは思わなかった。

菖蒲は言葉を失い、わずかに息を呑む。彼の言葉は、私の心の奥底に、深く、しかし温かい衝撃と、そして深い安堵を与えた。


続く声は、さらに強く、まるで鋼のように固い。しかしその奥には、明確な、そして揺るぎない決意と、私への、抗い難いほどの強い想いが宿っていた。

「だが、これからは違う。お前はもう、一人で戦う必要などない。俺がいる。俺が、お前を、命を賭して、護る。」


胸の奥に、熱いものが、じんわりと、そして止めどなく広がった。

それは計算や駆け引きの言葉ではなかった。あのトンネルでの彼の介入と同様、怒りと焦燥の中から、人間の本能として、絞り出された、根源的な、そして、あまりにも純粋な叫びに近かった。


「……そんなふうに、竜崎様に、命を賭けて、言われてしまっては。」

声が自然に震える。その震えは、恐怖ではなく、安堵と、そして微かな、抗い難い幸福感が入り混じったものだった。

「わたくし……お言葉に……甘えるしか、ありませんわね。」


電話の向こうで、短く、深く息を吐く音がした。それは、安堵なのか、それとも、今、為した決意を、心に刻み込む、重く、確かな音なのか。

「それでいい。お前は、この竜崎健と共に、進め。」


会話はそれで終わった。

だが受話器を置いたあとも、菖蒲の胸には、確かな温もりが、まるで篝火のように残り続けていた。

あの生々しい死の恐怖が蘇る、長い夜を包み込むような、不思議な安心。

そして、二人の関係が、単なる「同盟」から、「互いの命運を背負う、不可逆の運命共同体」へと、静かに、しかし決定的に変わった瞬間だった。


### 第五幕:黒田義信の次の一手


重厚な書斎の奥で、黒田義信は、ゆったりと、しかしその目に一切の感情を宿さぬまま、椅子に身を沈めていた。

卓上の電話機から漏れる、部下の震える報告を、片手に持った葉巻の紫煙越しに、まるで耳障りな雑音を聞くかのように聞き流す。


「……も、申し訳ありません! トンネルでの襲撃は、竜崎の妨害によって阻止され、影山の娘は無傷で……手出しができませんでした! あの竜崎が、まさか、自ら出向くとは……ッ!」


声は恐怖で震え、息も上がっている。恐怖に呑まれた無様な報告など、義信にとっては、何の価値もない、ただの耳障りな雑音にすぎない。

「——ふん」

短く鼻で笑うと、葉巻を灰皿にゆっくりと押し付け、静かに、しかし威圧的に立ち上がった。


「竜崎の小僧め……ついに、この黒田義信の目の前で、表舞台に、その牙を剥き、姿を見せおったか。」

独り言のように呟く声には、苛立ちよりもむしろ、獲物がようやく姿を現したかのような、ゾッとするほどの愉悦が混じっていた。

「ならばよい。派手に踊らせてやればいい。俺の仕掛けは、まだ序の口だということを、あの小僧にも、影山の小娘にも、地獄の苦しみと共に思い知らせてやらねばなるまい」


窓の外には、漆黒の夜が、深く、どこまでも広がっている。

その闇を見つめながら、義信の口元に、冷酷で、そして邪悪な、真の悪意を湛えた笑みが浮かんだ。


「次は——影山の老獪を、この手で、そして、最も効果的に、動かす。」


名を呼ぶだけで、そこに潜む深い計算と、相手を操ろうとする、明確な毒が滲む。

影山家の祖、影山晴樹。長年の財界の暗部を知り尽くす、老練な、しかし、すでに過去の遺物と化した老人。

義信にとって、孫娘の菖蒲を揺さぶり、影山家を内部から崩壊させるには、この「老獪な駒」を動かすことが、最も効果的だと計算していた。


葉巻の香りが完全に消え去った部屋に、静かに響いた義信の笑い声は、やがて闇と混じり合って、新たな、そしてより巨大な嵐の予兆を、確かに、不気味に告げていた。


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