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十九歳に戻った令嬢は、極道の男と共に愛と復讐の道を歩む  作者: 朧月 華


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黒田義信 番外:彼岸花、血塗られた純粋

第一章:闇の純粋 ― 若頭の愛と信念


 あれは、まだ「洗白」などという、生温い言葉が黒龍組の鉄の掟を侵す前。

 黒田義信は、組の若頭として、新宿の夜を漆黒の支配で塗り潰していた。彼の名は、裏社会に響き渡る。冷酷、非情、そして**“純粋な闇”を信奉する者。彼の瞳には、一切の妥協も、偽りもなかった。極道とは、血と暴力、そして絶対的な秩序で成り立つべき。光に媚びるなど、それは魂の腐敗であると、彼は堅く信じていた。

 だが、そんな彼にも、心の奥底に、ただ一つ、狂おしいほどの“光”があった。

 それが、明里だった。


 明里は、闇とは無縁の、朝露のような女だった。清らかで、ひだまりのような笑顔。彼女の瞳には、俺のような人間の業さえも、優しく包み込むような、底知れぬ慈愛が宿っていた。初めて会ったあの日、黒田は気づいた。この女だけが、俺を、“人間”として繋ぎ止めてくれる。彼女は、血塗られた俺の魂の唯一の聖域サンクチュアリだった。

 極道として生きる俺にとって、明里は禁断の果実だった。だが、俺は組の掟も、世間の目もすべてを捨ててでも、彼女の光を、この手に入れたかった。そして、明里もまた、俺の“闇”の奥に、わずかな“光”を見出してくれたのだ。


 結婚した。あの薄暗い極道の世界で、明里だけが俺のすべてだった。

 組の抗争で血に塗れた夜も、彼女の柔らかな寝顔を見れば、俺の心は一瞬だけ、人間に戻ることができた。この光を、この安らぎを、永遠に護りたい。そう、魂に刻むように誓った。

 だから、竜崎宗一が「組の“洗白”だ」と言い始めた時、黒田は猛反対した。

 「笑わせるな、宗一! 極道が光に媚びるなど、それは魂の腐敗だ! 明里を護るためにも、俺は“純粋な闇”でなければならない! 組の未来は、この俺の“純粋な闇”にこそある!」

 二人の間に、深く、埋めがたい亀裂が走った。宗一は知っていた。黒田の純粋なまでの忠誠心が、故に最も危険な思想へと傾倒していることを。そして、その根底には、明里への狂おしいまでの愛があることも。だが、宗一もまた、組の百年という“大義”を背負っていた。


第二章:絶望の嘆願 ― 偽善の光と裏切りの代償


 明里の容態は日を追うごとに悪化した。遺伝性の、稀な慢性衰竭症。医者は首を横に振るばかり。「この国では、もう手の施しようがありません」と。

 絶望の淵で、黒田は藁にもすがる思いで、「天照之雫」の噂を耳にした。影山家が代々護る、秘匿された万能薬。それが、明里を救う唯一の希望だった。


 黒田は、これまで何人もの命を奪ってきた、血に塗れたこの手で、初めて、地面に頭を擦り付けた。

 影山晴樹の前に跪いた。あの高慢で清高な、影山財閥の当主の前に。

 「どうか……どうか、娘を……明里を助けてください! どんな代償でも払います! 俺の命、組の権益、すべてを捧げます! どうか、妻の命を……!」

 彼の声は、情けなく、そして必死に震えていた。あの冷酷な黒田義信が、文字通り、ただ一人の女の命を、涙ながらに、魂の底から乞うていた。


 だが、晴樹は、その細く、しかし冷酷な目で黒田を見下ろした。その瞳には、侮蔑と、そして揺るぎない、“光の純粋”という名の信念が宿っていた。

 「極道に、天照之雫を渡すわけにはいかぬ。影山の名を汚すことは許されぬ。“純粋”なものに、“闇”を混ぜるわけにはいかんのだ。」

 その言葉は、黒田義信の魂を、氷点下以下に凍らせた。

 “純粋”だと? それが、愛する者の、目の前の命より重いのか? お前たちの“光”は、何故、人を救わぬ、偽善で、傲慢なのだ!?


 同じ頃、竜崎宗一は、黒田の嘆願と晴樹の拒絶を知った。

 宗一の心は揺れた。明里の命を救うことは、黒田を“闇”から引き戻す最後の機会かもしれない。だが、晴樹の頑なな態度、そして「天照之雫」の禁忌の噂。何より、黒田の明里への狂おしいまでの執着が、彼の理念と“洗白”計画にとって、最大の危険因子となることを、宗一は冷静に分析していた。

 宗一は、冷徹な決断を下した。「組の未来のためだ。黒田を、そして彼の“純粋な闇”を、排除せねばならぬ。明里の死は……その大義のための、避けられぬ、痛みを伴う犠牲だ」

 宗一の心にも、鉛のような重い罪悪感が残ったが、彼はそれを完璧に隠し通した。家族と組の“業”として。


 絶望の中、黒田は明里を奪い去られた。

 病院のベッドで、日に日に痩せ細っていく明里の手を、彼は壊れるほど強く握り締めた。彼女の瞳は、もう光を失いかけていた。

 「義信さん……私、あなたと、もっと……もっと生きて、幸せに……なりたかった……」

 彼女の、か細く、しかし切なる声が、黒田の耳に、永遠の呪いのように響き続ける。

 明里の息が絶えた瞬間、黒田義信の心の中で、何かが音を立てて砕け散った。それは、彼を人間として繋ぎ止めていた、最後の“光”だった。彼の魂は、その瞬間に、完全に“闇”へと堕ちた。


 明里の葬儀の日。空は、彼の心のように冷たい雨を降らせていた。

 世界中が、この世のすべてが、俺を嘲笑っているかのようだった。

 黒田義信は誓った。明里を奪った**“偽善の光”を、そして俺の邪魔をする“裏切りの闇”を、すべて、この手で、完全に、根絶やしにすると。

 そして、明里のために、この世に、再び、歪んだ彼岸花を咲かせてやると。


第三章:潜伏とカルマの胎動 ― 闇の王の覚醒


 明里の死と、影山晴樹の冷酷な拒絶に打ちひしがれた黒田義信は、その直後、竜崎宗一の周到な計画によって、組から“排除”された。それは、表向きは事故に見せかけた、巧妙な暗殺未遂だった。

 「黒龍組の“洗白”のためだ。お前のような古株は邪魔だ。それに、明里嬢の死は、お前を狂気に駆り立てるだろう。これ以上、組を混乱させるわけにはいかん。」

 宗一は冷徹に言い放った。それは、黒田にとって、愛する者を奪われた後の、二重の裏切りだった。


 だが、黒田は死ななかった。

 深い闇の底に潜伏した。身体の傷は癒えても、心の傷は、憎しみという名の業火となって、彼の魂を燃やし続けた。

 明里を奪った影山家。

 俺を裏切り、明里の死を**“大義のための犠牲”と断じた竜崎宗一。

 そして、その意志を継ぐ、竜崎健。

 すべてを憎んだ。すべてを破壊すると誓った。それは、明里への、歪んだ、しかし彼にとって最も純粋な“愛の証明”**だった。


 月日は流れた。二十数年。

 黒田は、陰で着々と力を蓄えた。水島豊や櫻井玲奈のような、影山家の**“膿”どもを飼いならし、竜崎組の守旧派を唆し、すべてを破壊するための、巨大で、そして綿密な盤面を、静かに、しかし確実に築き上げていった。彼の復讐の炎は、決して消えることはなかった。むしろ、闇の底で、より深く、より猛々しく燃え盛っていた。


 そして、影山菖蒲。あの娘が表舞台に現れた時、黒田は確信した。

 明里を奪った影山の血が、またしても俺の前に現れたのだ。

 あの娘の目に、一瞬、明里の面影を見た。だが、その瞳の奥には、影山晴樹と同じ、“偽善の光”が宿っていた。

 あの娘を、影山という“檻”に閉じ込め、すべてを奪い、絶望の淵に突き落とす。

 それが、明里への、そして、俺の“純粋な闇”への、唯一の“義理”だと。


 竜崎宗一は、遠くで、黒田の暗躍を知っていた。

 彼の“洗白”計画は着々と進むが、黒田の存在は常に、足元を揺るがす不穏な影だった。

 宗一は知っていた。黒田が狙っているのは、竜崎組の弱体化だけではない。影山家への復讐、そして、その中に潜む、影山家の秘密、天照之雫の秘密。

 宗一は、その秘密が公になることを恐れた。それは“洗白”計画の崩壊を意味する。

 だからこそ、彼は息子、竜崎健に、影山菖蒲を“監視”するよう密かに命じた。彼女の動きを注視し、黒田の企みを阻止するため、必要とあらば介入する準備を整えさせた。


 影山晴樹は、明里の死以来、自らの心を閉ざし、家族の「業」という重荷を、独りで背負い続けた。

 孫娘・菖蒲が、彼の「純粋」な理念を脅かす存在となった時、彼は、自らの罪の影から逃れるように、菖蒲を切り捨てようとした。

 だが、それは、さらなる「業」を、この血縁に刻み込むことになるとは、この時の晴樹は、まだ知る由もなかった。


 三つの、そして四つの運命が、過去の因果に導かれるように、再び、「天照之雫」と「洗白」という、二つの巨大な宿命の渦へと、否応なく引きずり込まれていくのだった。

 彼岸花は、死者の魂を導く花。

 それは、明里の魂が、復讐という名の血塗られた道標となって、この世の血塗られた因果を、再び呼び覚ましているかのようだった。


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