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お妃様は、首を刎ねたい  作者: ククリ


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第二話 味方はいらない


 騒然となった夜会から抜け出した私は、迷うことなく自室の荘厳な扉の前まで戻ってきた。

 予定より早く帰ってきた私に気づいたメイドたちが一斉に動き出す。けれど、その顔には隠しもしない「面倒そう」の色が浮かんでいた。


 ――結局、侮られていたんだわ。


 胸の奥に冷たいものが落ちた。

 緩慢な動き、覇気のない足取り。私がどう思おうと、彼女たちには関係ない。そんな態度を、三ヶ月もの間ずっと見過ごしてきたのだ。今さら驚くことでもない。

 主人が帰ってきても、目の前の扉をメイドや従僕はしばらく開ける気がないのだろう。きっとまだ何も用意ができていないから。主人の意思より、自分たちの都合を優先される。誰も何も言わず、ただただ私だけが不愉快で無駄な時間を過ごすだけの、いつもの嫌がらせだった。


「そこのお前と、お前。ここに」


 私の声に、場の空気が凍りついた。

 誰もが「姫が言葉を発する」など想像していなかったのだろう。全員が一斉に動きを止め、天敵を見つけた野ウサギの群れのように、目を見開いてこちらを見ていた。


 おずおずと、指名された二人のメイドが前に出て、首を垂れた。


(顔は、しっかり覚えているわ)


 私に小さな嫌がらせを繰り返してきた、あの二人だ。

 似合わない色のドレスを着せ、わざと化粧を中途半端に終わらせて笑うような、愚かで下品な遊びをしていた者たち。


 私は微笑み、背後に控えていた近衛に視線を送った。

 彼の腰に下がった、装飾だけは立派なサーベルを指先で示す。


「その剣で、この二人の首を刎ねよ」


「……は?」


「その後、お前も、自ら首を跳ね飛ばしなさい」


「……え?」


 愚鈍な声に、喉の奥で笑いがこみ上げる。

 心当たりはあるでしょう?

 口には出さず、ただ微笑む。それだけで三人の顔が真っ青になり、膝から崩れ落ちた。


 他のメイドや従僕たちは、息を殺し、表情を凍らせていた。誰も何も言わない。――だから、私は一層、笑みを深くした。


(結局、誰も私のやってほしいことをしない)


 沈黙が広がり、空気が張り詰めていく。

 つい先ほどまで白けた雰囲気だったが、冬の寒さに包まれたかのような緊張に染まっていく。


「近衛のあなた。血は私が掃除しておいてあげるから、他のメイドに迷惑はかけないわ」


「お、お慈悲を……」


 震える声に、押し殺した嗚咽が重なる。


「嫌よ」


 即答すれば、三人の震えがぴたりと止まった。――あら、嘘泣きだったのね。

 呆れるよりも、楽しくなってしまい、今度こそ声を出して笑った。


 けれど――やはり問題が一つ。


 私は首を「刎ねたい」。

 けれど、私の魔力は治癒と防御に特化していて、攻撃は不得手だ。水と氷なら扱えるけれど、剣のように綺麗に首を落とせる魔法はない。


「困ったわね……どうして、分かってもらえないのかしら?」


 考えを巡らせていた、その時。


「君は、何をしているんだ!」


 鋭い声が廊下に響く。夫だ。

 現れた瞬間、私の後ろにいた者たちは一斉に廊下の端へ下がり、真紅の絨毯の上で、夫と私だけが向かい合う形になった。


 希望を掴んだ顔で三人が勢いよく顔を上げる。その様がまた、野ウサギのそれに見えて笑ってしまった。


 ――そして、閃いた。


 手を軽く振る。音もなく、三人の体がその場で凍りついた。氷像と化した彼らは、一瞬で命を絶たれる。


 水を凍らせるのは、こんなにも簡単。


「誰も、何もしてくれなかったから、私が自ら動いただけですわ」


 夫と、その後ろに控える臣下たちが、凍りつく。

 愕然とした表情に、私は穏やかな笑みを向ける。


「な、なんてことを……」


「私の受けた仕打ちにも、そうやって同情してくだされば良かったのに」


 その一言に、夫の目が何かに苛まれたように揺れた。


「誰も、何も、してくれなかったのだもの」


 この国に嫁いできてから、ずっと黙っていた。

 『微笑み姫』――そんなあだ名をつけられ、平民の笑い話にされ、週に一度は貴婦人たちに「血にしか価値がない」と囁かれた。


(次、同じことを言ったら――その口、刎ねてやろうかしら)


 だって、私はそれをしても許される立場なのだから。


 パチンと指を鳴らすと、氷像が溶け、三人は咽び泣きながら息を吹き返す。

 心配して駆け寄る者は、一人もいなかった。


「今夜は初夜ですわねぇ?」


 私の含みある声に、場がさらに凍りつく。

 夫が静かに顎を引き、短く答えた。


「……長い夜になりそうだ」


 私はいつもの笑みを浮かべ、夫の手を取る。ようやく恭しく開けられた荘厳な扉へ向かう途中、三人の頭を踏みつけるのを忘れなかった。

 意外にも夫は、そんな私を叱らなかった。

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