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割り箸の、竹林

作者: 吉崎ネム


 最近の悩み……というか、そこまで困ってはいないんだが、ちょっと『モヤっとする』ことがあってこの文章を書いている。


 僕は高校生だ。11月になってすっかり高校生活にも慣れ、それなりの人生を歩んでいるわけだが、一か月前に席替えがあった。そこで新しく隣の席になった竹林という同級生がこのエッセイ? の中心であり僕のモヤモヤの種だ。


 竹林君とは特に関わりはない。席替え前にも、席替えをし隣の席になってからも、必要最低限の会話しかしてしない。

 

 例えば英語の授業で単語の小テストがあり、隣の席の人と交換し採点することになった時に『よろしく』と言って解答用紙を渡す。それか、シャーペンを僕が落とし、竹林君が拾ってくれた時『ありがとう』と言う。


 部活には入っていないことは知っている。本人から聞いたわけではない。文化祭の仕事を決めるとき、部活無所属の人に面倒な作業を割り振るという暴挙が行われた時に知った。あと補修にも出てたので成績は良くないはずだ。それだけだ。僕が知ってることは。


 どんな配信者が好きなのか知らない。どんな音楽を聴くのかも知らない。何なら彼の下の名前も知らない。好きな子がいるのかも知らない。


 そして(盗み聞きでもしていない限り)彼の方も僕のことを知らないだろう。クラスメイトとしての『情報交換』は行っても、友人(もっと言ってしまえば顔見知り)が行うような豊かで無駄のある『会話』は一切していないのだから。


 そんなよく知らないクラスメイトに何故モヤモヤしているのか、エッセイもどきを書き世界中に公開してしまうほどの不満? を抱いたか、その事件は昼休みに起こる。


 昼休みになると、僕は友達と弁当を食べる。同じクラスの斎藤という友達だ。場所は教室。僕の席の近くに斎藤が来て一緒に食べる。面倒なのでわざわざ教室の外に移動しない。


 余談だが斎藤は僕の席の近くに来るとき、毎回弁当を持った手を高く上げて『うぃ~~』という。別に大した話じゃない。余談だ。


 竹林君も弁当だ。毎日弁当だ。彼は僕と違って一緒に食べる友達はいないようで、一人で食べる。彼も席は移動しない。授業が終わり、そのまま、その席で弁当を食べる。


 言うまでもなく分かることだろうが、竹林君は、僕と斎藤の隣で昼食をとることになる。3人は極めて近い場所に集まり、事情を知らない人が見れば3人は友達と勘違いしてしまうだろう。しかしこの3人はあくまで2人と1人だ。竹林君とはやはり会話もないし、アイコンタクトもない。交流は断たれている。


 そして……そして、僕ら『2人』が談笑に花を咲かせ、袋から弁当を取り出している最中に事件は起こる。


 隣から、奇妙な声が聞こえる。





「割り箸のォ……竹林ィィ……」





 それは間違いなく竹林君の声だ。彼が言ったのだ、『割り箸の竹林』と。独り言なのか、僕らに向けて言っているのかは分からない。が、確かに竹林君の口から出たんだ。絶対だ。信じてくれ。


 毎日言う。月火水木金の昼休み、必ず。


「割り箸のォ……竹林ィィ……」

「割り箸のォ……竹林ィィ……」

「割り箸のォ……竹林ィィ……」

「割り箸のォ……竹林ィィ……」

「割り箸のォ……竹林ィィ……」


 彼は『何』なのか。じっくりと観察したことがある。


 竹林君はまず弁当とビニールに入った割り箸を机の上に並べ、目を閉じて深呼吸する。


 次にビニール包装を破り、中から割り箸を取り出す。両手の親指、人差し指、中指で割り箸の真ん中あたりを摘まみ、また目を閉じる。


 顎を引く。鎖骨に引っ付くくらい顎を引く。目は閉じたまま深呼吸する。それによってゆっくり体が膨らむ。縮む。よく見ると首筋に血管が浮き出ており顔はわずかに震えている。力を入れているようだ。


 唇もピクピクしている。言っちゃ悪いがとても汚い唇だ。血色が悪く、乾燥して、ひび割れている。財政破綻して補修工事もまともにできない地方都市のコンクリート道路みたいだ。また、端の方は血が乾いている跡があったし中央部分は痛々しくめくれていた。ハロウィンコスプレで見るミイラの包帯のようだった。とにかくそんな唇がピクピクしている。汚い唇がピクピクしている。


 やがて深呼吸が止まり、体の膨張、収縮も終わる。


 天の啓示でも得たようにカッと目を開き、目では追えない速さで腕を開き、割り箸を──割る。パキっと音がして彼の目的は完遂される。


 その後、彼は手に収まった割り箸に注目する。眼球だけを動かし左手の先を見る。次に右手の先を見る。そこには機械でも使ったかのように、正確に、真っ二つに割られた割り箸がある。出来栄えに満足したのか、彼は歯茎が見えるほどに、ニタァーっと笑う。


 そして呟く。あの言葉を。


「割り箸のォ……竹林ィィ……」


 そう、『割り箸の竹林』とは、正確無比に割り箸を二等分する奇妙な才能を持った彼にふさわしい異名なのだ。


 最初は笑いを堪えるのに必死だった。斎藤とも陰で噂した。『何、あれ?』、『どういう事?』、『異名?』、『自分で考えたのかな?』、『笑っていいのか? ギャグなのか?』、『あいつそういうキャラじゃないだろ』、『俺たちに向けて言ってんの?』。そういう……悪い事だが、ちょっと下に見た感じで、小馬鹿にした風に話していた。


 けど数日が経ってだんだんと考えが変わって来た。


 彼が『割り箸の竹林』なら僕は何者なんだろう、と。


 彼は異名がある。彼が彼自身につけたセンスのないものだが、あるにはあるのだ。


『自分はこれが得意だ』と世間に向けて堂々と宣言できている。すごい事なんじゃないのか? 今の時代、スマホを見れば自分より才能のある人が自分の得意技を自分より楽しんで披露している。自信なんてなくなる。(僕も昔ゲームが得意で地元では最強だったが、ある日年下の超絶怒涛プレイ動画を見て『ゲームが得意』なんて威張れなくなった。)僕は自分に異名を付ける程自分を認められない。


 また、竹林君の実力は本物だ。割り箸は鏡写しのようにぴったり二等分されている。割り箸わり世界大会があったら間違いなく優勝しているだろう。プロプレイヤーとして活躍し、割り箸を割るだけで生活していけるだろう。推測だが、これまで血のにじむ努力を重ねてきたのかもしれない。


 僕にそれほどの特技はあるか? 世間から笑われるようなことでもめげずに修練を続けられるか? 僕には異名が無い。特技も無い。肩書きなんて何もない。趣味もないし日々の楽しみも無い。小学校の頃野球クラブも途中で辞めた。人を小馬鹿にして性格も悪い。


 僕は馬鹿にしている竹林君より『下』なんじゃないのか? 見下している奴より何も持っていないんじゃないのか? 僕には何ができる? 僕は何者だ? 空っぽじゃないか。彼を馬鹿にすればするほどそれより下の僕はもっと小さい存在になる。


 世界から自分の居場所がなくなったように思えた。


 気づきを得てから彼を笑わないように努めた。が、失敗に終わる。


「割り箸のォ……竹林ィィ……」


 昼休み、この声を聞くとどうしても笑いが込み上げてくる。シンプルにギャグとして面白いのだ。普段は全然(僕以外の人とも)喋らない寡黙な竹林君がボソッと呟くんだ。面白いに決まっている。


 顔の横、耳の下あたりの筋肉がモニョモニョして口角が磁石にでも引っ張られるようにつり上がりそうになる。咳の振りをして手で顔を隠し、静かに大笑いしている。最近は割り箸のパキっという音だけで笑いそうだ。条件反射だ。


 やがて数秒で笑いは収まる。『笑うな! 笑うな!』と先程まで騒がしかった脳内は静寂に包まれる。自宅でのパーティーが終わり、友達が帰ってドアに鍵を閉めた時の様な寂しい静寂だ。


 そして罪悪感に駆られる。『また笑ってしまった。自分には何も無いのに……。そうだ、僕には何も無い! 何も無い! 僕には何も無い! くそ!』

 

 激しい自己嫌悪の渦に飲み込まれ僕はまた僕を嫌いになる。僕は僕が憎い。


 竹林君の特技が野球やバスケ、もしくは勉強だったらどれだけよかったことだろう。素直にエールを送れる。『頑張れ! 応援している!』と本心から言える。劣等感なんか抱かない。馬鹿になんてしない。


 けどなんだよ……割り箸って。もっとこう、あるだろ……。


 僕が我慢できずにどうしても笑ってしまうような特技なんて習得するなよ……。僕が認める人になってくれよ。


『竹林君に負けないぞ』と意気込んで何かを頑張る気力は無い。受験に失敗して自信というものを粉々に打ち砕かれた。失敗を引きずっている。11月にもなってまだ気持ちの切り替えができていない。もう自分から何かすごい功績が生まれるとは思えない。


 だからさぁ……竹林君。もっとすごい特技を習得してくれ。頼む。これ以上惨めな気持ちにさせないでくれ。頼むよ……。僕を圧殺しないくらいには適度に『上』にいてくれ。

 

 明日も学校だ。この文章を書いている時、ついに幻聴まで聞こえだした。


(割り箸のォ……竹林ィィ……)

(割り箸のォ……竹林ィィ……)


 割り切れない思いだ。









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