30.思い出になる日まで
怜王を引き留めて話をすることになった。座ろうとしたけど、怜王に「まだ治っていなのだから。」と説得されて私はベッドの上で寝ころんだ状態で話を聞くことになった。
「そういえばこれ、瑠美さんに渡しておくから食欲があるときにでも食べてくれ。」
気になっていた手提げ袋を広げられると、プリンやらアイスやらゼリーやらがたくさん入っていた。完全に一人で食べるような量ではないだろう。
「ありがとう…でも、お、多くない…?嬉しいけど…。」
いつもなら笑ってしまうのに、今は弱っているからなのか優しさに涙が出そうになった。
「どれが食べられるかわからなくて、つい量が増えてしまった。いらなかったら捨ててくれ。」
「捨てないよ。あとでちゃんと食べる。」
…流石に一人では無理だろうけど。
怜王は嬉しそうな顔をした後、部屋から出ていった。お母さんに買ってきたものを渡しているようだった。
すぐに戻ってくると、怜王は鞄の中から数枚のルーズリーフを出した。
「これ、今日の授業の分だ。良かったら使ってくれ。」
「ありがとう。…きれいな字…。」
渡されたものは内容がわかりやすく纏められていてすごく見やすかった。次から次へと渡されていってテーブルの上が埋まっていく。
「熱はまだあるのか?」
「さっき測った時は三十六度八分だった…。」
「まだ微熱だな。明日もちゃんと休むといい。授業の内容はまた写してくるから気にしなくていい。」
いつもより穏やかで優しい声色に胸がきゅっと苦しくなった。
「ねえ、私ってアルマの代わりなのかな…。」
段々と頭がぼーっとしてきて、ずっと心に引っかかっていた言葉が口から洩れた。自分の言葉に傷ついてしまって鼻の奥がツンとなると涙が出そうになる。顔を見られたくなくて布団を頭の上まで被った。
「そんな訳ないだろう。魂が同じだとは言ったが、それとこれとは別だ。…私はただ、どんな形であれ、君に惹かれていることを伝えたかったんだ…。」
きっと、カノンと話をする前だったらこの言葉を素直に受け入れることが出来なかっただろう。後悔しているように話す怜王を信じてみてもいいのかもしれないと思えるようになっていた。
「ちなみにさ、アルマの事は恋愛対象だったの?」
「違う。好きだったのは間違いないけれど、この気持ちは恋愛感情ではなかった。」
そうはっきりとした答えに安心したのと同時に涙が頬を伝った。カノンに言われた言葉を思い出して、つい意地悪をしたくなってしまった。
「たとえば…、愛玩動物みたいな?」
実際どう思っていたのかを知りたくなった。否定されても肯定されても複雑な気持ちだけど、聞くなら今しかないような気がした。
「え!?…いや、愛玩動物というのは…少し違う気がする…が…。いや、でも…。」
布団越しの怜王はずいぶん考え込んでいる様子だった。どうやら本人には自覚がないらしい。
「ちなみにカノンには良くて愛玩動物って言われた。」
「え!?カノンと話したのか?…そうか、まさかカノンに言われるとはな…。確かに本来であれば私達魔族からすると人間など取るに足らない存在だ。特にアルマは体が弱かった。私が触ってしまうだけで壊れてしまうのではないかと思うほどだった。私が守ってあげれなかったという後悔をしていた。そう考えると、そう…なのだろうか。」
実際に本人の口から聞くと、自分が思っていたよりも穏やかな気持ちだった。隙間から見た怜王の横顔も懐かしい思い出を語るような穏やかな表情に見えた。
「…それでも私にとって、大切な存在だった。それこそ周りのすべてを焼き払ってしまうくらいに。けれど、結局は過去の事なんだ。私がアルマに抱いていた気持ちと、今瑠々に抱いている気持ちは全然違うんだ。」
やっと。やっときちんと怜王の話を、気持ちを聞くことが出来た。その言葉も今なら真っすぐ受け止められる。
「…私の事、まだ好きでいてくれる?」
私は相当面倒臭い女だろう。すぐに疑ってしまって怜王を信じきれなかった。話も最後まで聞いてあげられなかった。本来であれば呆れられても仕方がない。それでも言葉にしてくれないと不安になってしまうのだから。
布団から顔を出してドキドキしながら怜王を見上げると、眉毛を下げた怜王が視界に入った。
「好きに決まっている。瑠々の事を諦められたらどれだけ楽なのかと何度も思った。…けど、出来なかった。」
切ない表情を浮かべる怜王に胸の奥が熱くなる。衝動的に体を起こして怜王に抱き着いた。久しぶりの熱に悲しさとは違う涙が頬を伝った。
「私も怜王が好き。信じれなくてごめんなさい。…ちゃんと話を聞かなくてごめんなさい。」
罪悪感が心を支配して、何度も謝罪を繰り返した。怜王を傷つけてしまった私には一緒にいる資格なんてないのかもしれない。それでも、怜王の隣に居るのは私じゃなきゃ嫌だと思ってしまった。
「瑠々が好きだ。こんなことになるくらいなら最初の時に話しておくべきだった。」
怜王の声も震えていた。抱きしめ合いながらしばらくお互いの体温と鼓動を感じていると、怜王がふと体を離した。
なんだろう、と思って見上げると、顔に手を添えられて目、頬、耳元と次々とキスを繰り返される。
「え…、ちょっ…、くすぐったい…。」
いきなりの事に頭がパニックになりつつも、そのくすずったさに声が漏れる。そのキスが唇に降りかかろうとした時自分が風邪を引いていることを思い出した。
「れ、れお、風邪うつっちゃう、よ…。」
力が入らない腕で怜王を押し返しながら精一杯抵抗した。
「うつらないから大丈夫だ。」
「それに、汗、かいているし…、」
「瑠々はいつもいい匂いがする。」
変態じみたことを言われて、恥ずかしさで目に涙が滲んで顔に熱が集まる。
「…っ、その表情は、反則だ、」
え、何が…と思った瞬間には怜王に唇を奪われていた。
「ん…、」
角度を変えて何度も降ってくる唇についていくのが精一杯だ。一度離れて立て直したくても頭を怜王に抑えられていてそれも叶わなくて、されるがままになっている。
「ふ…、れ、…お…っ…!?」
懇願するように肩を叩いた手に指を絡めて強く握られる。息が出来なくて口を開くと、その隙間からぬるりと温かいものが口内に侵入した。
「ん…っ、ふっ…、」
自分から聞いたこともない甘い声が漏れる。怜王の舌は歯裏をゆっくりとなぞった後、私の舌に絡ませてきた。くちゅくちゅとした水音が脳に響いて、そのいやらしさに頭がパニックになる。経験したことのないゾクゾクとした快感が襲ってきて、瞳から生理的な涙が溢れた。
あ、もうだめかも…、酸欠状態でそう思った時には体から力が抜けた。
「…!…る、るる?」
酸素が足りなくて肩で息をする。この原因である怜王を睨みつけた。
「…ばかっ…!」
今思いつく精一杯の罵倒をすると、そのままベッドに沈んだ。もう体に力が入らない。そのまま意識を手放しそうになった時、体を移動させて布団を掛けてくれる怜王が目に入った。
「無理させてごめん。…おやすみ。」
その言葉に返事を返せていたかもわからないまま、深い眠りに落ちていった。




